絵美莉の憧れの人 1
〇〇〇絵美莉視点〇〇〇
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい
わたし鞘野絵美莉の息は荒れきっていた。ジェットコースターみたいに上下に乱高下する感情のせいで、心拍数は上がり切っている。
つい先ほど、月乃様の友達の巨大少女に踏み潰されかけたことへの恐怖心を必死に抑えながら走って足を前に進める。すぐ頭上にトラックみたいに巨大なスニーカーがあったことへの恐怖と、全力で1キロ弱のグラウンドを走った際の息切れ、そしてなにより、月乃様をすぐ目の前で見られたことへの興奮。それらの感情が合わさって、心拍数が激しくあがり、未だに息は荒れている。
それなのに、これから高さ150メートルの山を登らなければならない。この山は巨大娘用校舎と、一般生徒用校舎を隔てる山。一般生徒も巨大少女もこの山を越えることを一般的には禁止されている。だが、わたしは決まりを破って巨大少女たちの生活する校舎に忍び込んでしまった。
だって、こんな近くに月乃様がいるのだから!
たった150メートルの山を越えればすぐそばに月乃様がいるのだ。そんなチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。
わたしが中学時代からずっと憧れていた月乃様。すべてが大きくて雄大で、それでいてとても可愛らしい素敵な人。完全にわたしたち普通サイズの人間とは別世界を生きてる、上位存在みたいな人。わたしは月乃様になら世界征服されても良いし、支配されたって良いって、本気で思っている。それくらい月乃様のことが好きだった。もっとも、月乃様はとても優しいから、間違っても世界征服なんて考えもしないと思うけれど。
わたしが中学生の時に、台風で土砂崩れが起きて、道路が塞がれて身動きが取れなくなった時、月乃様はわたしたち小さな人間たちにとっての障害なんてもろともせず、優雅に歩いてわたしたちを運んでくれたのだった。人の手のひらの上に乗るなんて初めてのことだったけれど、雨で濡れていた身体全体に触れる温かくて柔らかい手のひらはとっても心地よかった。
月乃様はとても優しいから、自分が濡れながらも、髪の毛を上から覆わせるみたいにして、わたしたちが雨に濡れないようにしてくれた。上空から覗き込むようにしてわたしたち、手のひらに乗っている小さな人間たちのことを月乃様は見守ってくれていた。大きな月乃様には傘なんてないから、びしょ濡れになりながらも、わたしたちを守って歩いていた。
もしわたしが月乃様と同じくらいの身長だったら、横からそっと傘を差してあげたかったのに。月乃様のそばには同じくらいの人間なんて誰もいなかった。わたしみたいに小さな人間は月乃様には有象無象の一人としか認識されないから、月乃様はきっとわたしと会ったことがある事実も知らないと思う。認知されていないけれど、わたしはすっかり月乃様の虜になってしまった。
だから、その日から、何度も何度も月乃様と同じくらい巨大な、30倍サイズの背丈になりたいと思い続けていた。毎日毎日苦手な牛乳も飲んだし、小魚だっていっぱい食べた。それなのに、身長は153センチまでしか伸びてくれなかった。月乃様にとっては、変わらず手のひらに乗ってしまうサイズ。あと40メートルくらい大きくなってくれたら良いのに。そんなことを思っても、クラスの男子どころか、女子の大半にも負けてしまっている小柄な身長は変わらなくて、虚しくなるだけだった。
「いつか月乃様の横に並んで歩いてみたいなぁ」
時々窓の外を見て、遠くから月乃様のことを眺めながらため息をついた。わたしとは別世界を生きる巨大な月乃様に対して勝手に憧れを抱いてしまっていた。そんなわたしにとって、月乃様が巨大娘を受け入れている高校に通うという噂を聞いたのはチャンスだった。
(もしかしたら、同じ学校に通ったら月乃様に会うことができるかも……!)
そう思って学校を選び、今の高校にやってきた。だけど、残念なことに原則一般生徒は巨大生徒に会うことは禁止されていた。
(そりゃ、迂闊に入ったら踏みつぶされちゃう危険とかがあるのはわかるけどさぁ……)
大きくため息をついた。これではせっかく月乃様と同じ高校に通えるようになったのに、何の意味もないではないか。
(月乃様にだったら、うっかり踏みつぶされたって後悔しないんだけどなぁ……)
山を挟んだ先の校舎に月乃様がいるのに会えないなんて虚しい。時々山の向こうから聞こえてくる月乃様の大きくて可愛らしい声に耳を傾けることしかできなかった。
(せっかく月乃様と一緒の学校に入学したのに、このままだったら会えずに終わっちゃう……!)
意を決した。わたしは山を越えて、月乃様に会いに行こうと思った。標高150メートルの立ち入り禁止の山を登った先にいたのは、月乃様とその友達の子だった。友達の子は月乃様に比べたらかなり小柄な子だったけれど、それでも40メートルは超えていた。2人が歩くだけで地面が軽く揺れてしまった。彼女たちが歩くたびに地震でもおきたみたいに揺れるせいで、歩きにくかった。
(どうしよう……。話しかけたいけど……)
さすがにいきなり話しかけるのは不躾かも。実際に目の前にすると、月乃様はあまりにも偉大で、迂闊に話しかけられない雰囲気があった。小心者のわたしには、足元から大声で叫んで話しかけるなんてことはできなくて、とりあえず、こっそりスマホで写真を撮ってから帰ることにした。
(次に来たときは絶対に話しかけよう……)
そう思ったけれど、シャッター音が鳴った瞬間、わたしのほうに注意を向けたのは月乃様ではなく、月乃様の友達の小鈴という少女だった。初めて巨大な人間に踏み潰されそうになり、恐怖を抱いてしまった。月乃様からはずっと優しかったから何も思わなかったけれど、初めて30倍サイズの人間が、わたしたちのことなんて簡単に消せてしまえるような圧倒的な存在なんだって意識してしまった。
(や、やっぱり30倍サイズの人間って怖いんだ……)
怖くて尻餅をついて動けなくなってしまった。このまま踏みつぶされてしまうんだって思ったし、ここに来た以上、踏み潰されてしまう覚悟もしておかないといけないと思っていたから、半ばあきらめていた。だって、小さなわたしに40メートルを超える巨大な人間から逃げる術はないのだから。
けれど、それはあくまでも小さなわたしにとっての話。助けてくれたのは、また月乃様だった。わたしにとって抵抗しようのない、怒っている巨大少女の身体を拘束して、守ってくれようとしていた。ああ、やっぱりわたしは月乃様のこと大好きだな。絶対に踏み潰されずに逃げ切って、今度こそ月乃様とゆっくりお話ししたいな。そう思って、わたしは必死に逃げたのだった。




