30倍サイズの少女たちには普通の街は小さすぎるみたい 10
「ミニチュアの街、楽しかったから、また行きたいね~」
巨大少女用校舎前のグラウンドを歩きながら、わたしは小鈴ちゃんに言ったけれど、小鈴ちゃんは首を大きく横に振って否定していた。
「絶対嫌!!」
「えー、楽しかったのに」
「ぜんっぜん楽しくなかったわよ! 一歩歩くたびにいろいろ壊れちゃうじゃない。あんなところ、危なっかしくてまともに歩けないわ」
「怪獣になったみたいで、楽しいじゃん」
「怪獣なんてなりたくないんだけど!」
小鈴ちゃんが可愛らしく頬を膨らませている。その仕草があまりにも可愛らしいから、確かに怪獣っていう感じではなさそう。
「でも、せっかく大きくなったんだからさ、楽しんだ方が得じゃない?」
「月乃はポジティブで良いわね……」
小鈴ちゃんが呆れてため息をついてから、遠くの方を見ながら寂しそうに呟く。
「わたしは早く元のサイズに戻って、またアイドルやりたいわ。……まあ、戻れるのかわかんないけど」
「巨大少女でも、アイドルはできるし、きっと大きいからこそできるパフォーマンスもあると思うよ? 30倍大きな小鈴ちゃんは、大きい分みんなに幸せを振りまけると思うし!」
わたしは本気でそう思っている。実際、小鈴ちゃんくらい可愛かったら大きさに関係なく、応援してくれる人はたくさんいると思うし。わたしの言葉をきいて、小鈴ちゃんは小さくため息を吐いた。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、現実はそんなに甘くないわよ。普通の人からしたら、わたしは恐ろしい、でっかい怪獣みたいなもんなんだから……」
あはは、と乾いた笑いを浮かべている。小鈴ちゃんは弱気になってしまっていた。
「大丈夫だから」
わたしは小鈴ちゃんのことを背後から抱きしめた。首元に手を回すと、小鈴ちゃんが小さく笑っていた。
「大丈夫、大丈夫。小鈴ちゃんはこんなに可愛くて優しいんだから、みんな受け入れてくれるよ」
「ありがと……」
呟きながら、わたしの手を振りほどいて、こちらに向き合う。
「いきなりは難しいかもだけど、でも、ちょっとずつ頑張ろっかな。様子見ながら、受け入れてもらえそうなら――」
小鈴ちゃんが穏やかに笑っていた瞬間に、突然足元からスマホのカメラのシャッター音がした。巨大少女用の校舎のグラウンドのど真ん中だというのに、一体誰だろう。
「今日写真屋さんでも来てるのかな?」
わたしが呑気に尋ねているけれど、小鈴ちゃんはわたしの言葉は耳に入っていないみたい。ただ、ジッと地面を見下ろしている。先ほど泥棒の男の人を見ていたときと同じような恐ろしく冷たい視線が向けられている。視線の先には、一般生徒用の制服を着た少女が立っていた。
「は?」と冷たい声が小鈴ちゃんの口から出される。明らかに怒っている。小鈴ちゃんの様子を見て、震えてしまっていて、可哀想に思えた。わたしにとっては小柄で可愛らしい少女でも一般人にとってはビルサイズの巨大少女だから、怒っているところは怖いのかもしれない。
「こ、小鈴ちゃん、落ち着いて……」
わたしが慌てて声をかけているのとほとんど同時に、小鈴ちゃんの右足が上がる。
「ちょ、ちょっと小鈴ちゃん!?」
その足の向かう先は、困惑気に佇んでいる少女の方向だった。怯えた少女の体が、小鈴ちゃんのスニーカーの影にすっぽりと覆われてしまっている、このままだと、小鈴ちゃんが同じ学校の生徒を踏みつぶしてしまう。
わたしは慌てて小鈴ちゃんの体を後ろから引っ張るようにして抱きしめた。バランスを崩しそうになった小鈴ちゃんの足は、なんとか少女のいない場所に振り下ろされた。ズンッと大きな音を立てて砂埃を巻き上げる。足元の少女は振動に耐えられず、尻餅をついてしまっていた。
「は、早く逃げて!!」
わたしは足元の小さな少女に向かって必死に叫ぶ。
「離してよ! こいつ、わたしの写真撮ったのよ!! 拡散されたらわたしが大きいのバレちゃうじゃない!!」
「だからって、踏みつぶすのはマズいって!!」
そんなわたしたちの様子を見て、少女が呆然とこちらを見上げていた。
怖くてどうしたらいいのかわからない様子だった。冷静に考えて、ビルみたいに大きな少女たちが目の前で暴れていたら、これが現実かわからなくなって、困惑してしまうだろう。だから動けないのはわかるけど、取り乱している小鈴ちゃんは、何するかわからないから、さっさと距離を取ってほしいんだけど。怒ってる小鈴ちゃんは普段よりも力も強いから、いつまで押さえつけてられるかわからないし。
「ジッとしてないで、早く逃げてってば!!」
わたしが必死に叫ぶと、ようやく我に返った様子の少女がわたしたちに背を向けて走り出す。そんな様子を見て、小鈴ちゃんが叫ぶ。
「離して、あいつ逃げちゃうわ!!」
「だめだって……!!」
「わたしたちの写真拡散されちゃう! 早く踏みつぶさなきゃ……!!」
とにかく、親指くらいの小さな(本当は普通サイズの)少女が逃げ切るまで、小鈴ちゃんを離すわけにはいかない。わたしたちは1歩踏み出すだけで、普通サイズの人の30歩分歩いてしまうから。小鈴ちゃんが本気で走ったら、彼女が数分走った距離なんてすぐに追いついてしまう。グラウンドの真ん中辺りであるこの場所から、およそ900メートルほど、校舎間にある山まで距離があるけれど、わたしたちにとっては、その距離はたった30メートル。一瞬でついてしまう距離。そんな距離だけれど、小さな少女なら、数分かかって移動する必要がある。動いているのか動いていないのかわからない少女が山に入るのをジッと待っていた。
「い、いつまで抱き着いてるのよ!」
「あの子が逃げ切るまで」
「もう何もしないわよ」
「ほんとに……?」
「本当よ。だから、そろそろ放してよね」
「……わかった」
突然小鈴ちゃんが走り出したらどうしようと不安に思いながら、離したけれど、一応小鈴ちゃんに動く様子はなかった。すでに先ほどの少女も丘の中に消えてしまったみたいでホッとした。わたしたちにとっては、たった5メートルほどの簡単に登れるくらいの山だから、あの子もさっさと逃げきれるだろうし。もう大丈夫かな。
「じゃ、校舎に戻ろっか」
「うん……」
小鈴ちゃんが頷いてから、「あっ」と小さく声を出す。
「お財布さっきの小さな街に落としちゃったかも……」
困ったように声を出した。
「えー、実習の授業に財布なんて持って行ってたの?」
「そう、貴重品だし、一応ね」
「だれも取らないと思うけどなぁ」
「そうだろうけど、わたしは心配性だから。そういうわけでごめんね、わたしちょっと取りに戻るわ」
「6限の授業遅れちゃわない?」
「大丈夫よ」
「あんまり遅くなっちゃダメだよ」
「はいはい」
明るい声で伝えた小鈴ちゃんのことを見送り、わたしは校舎に戻っていった。だから、グラウンドに残った小鈴ちゃんの呟きなんて、もう聞こえてはいなかった。
「大きくてよかったって初めて思ったかも」
見すえる先にある小さな山にまだいるであろう少女のことを睨みつけるようにして、山を睨んでから、ゆっくりと歩き出すのだった。
「待ってなさい。わたしのこと晒そうとしてること、絶対に許さないから……」
小鈴ちゃんは怒りのボルテージを一切下げることなくズシンズシンと地面を踏みつけるようにしながら歩くのだった。




