30倍サイズの少女たちには普通の街は小さすぎるみたい 9
〇〇〇〇〇
月乃と小鈴の大きな足音も次第に遠ざかっていく。無人の街に残ったのは、身長45メートルを超える東条紗羽と、その足元にいる、強盗をしていた男の2人だけだった。男は、先ほど小鈴に脅されていたせいですっかり震え上がっていた。
「と、とりあえず、こいつだけなら逃げられるかも……」
男は慌てて立ち上がった。目の前にある巨大なミュールサンダルを履いている事務員はおっとりしている様子だし、先ほどの暴れていた女子高生よりもはずっと見逃してくれやすそうに感じられたのだった。
巨大な女性に囲まれていた状態から、2人が去ってくれたことで、今が逃げるチャンスだと判断した男は、震える足を必死に叩いて鼓舞しながら、足をもつれさせながら逃げていこうとした。
だが、男の予想は外れた。この事務員もまた、容赦のない人物だった。
「あれあれぇ、この期に及んで逃げるなんて、反省が足りてませんねぇ」
紗羽は軽く足を上げて、男の前で、ダンッと地面を踏みつけてしまえば、巨大なサンダルが行く手を阻む壁になる。男がどれだけ逃げても、紗羽は一歩で簡単に追いついてしまう。紗羽のきまぐれで、男の逃げ場なんて一瞬でなくなってしまうのだ。
「まだ鬼ごっこするならつき合いますよ? まあ、うっかり、踏みつぶしちゃうかもしれませんけど」
うふふ、とにこやかに笑いながら、紗羽は男を見下ろしていた。そんな状況で、これ以上逃げる元気もないらしい。その場で力が抜けたように座り込んでしまうのだった。
「さて、どうしましょうかね」
紗羽がゆっくりとその場にしゃがんでから、男のほうに手を伸ばして、指で摘まみ上げた。
「く、苦しい……」
潰さないように配慮はしているけれど、ぎりぎりまで力を加えて、痛みは感じるようにしている。その辺の加減は、紗羽は異様にうまい。
学生時代に巨大化してしまってから、幾度となく喧嘩好きな男子たちの相手をしてきた結果だ。はじめは丁寧に一人ずつ相手をしてあげていたけれど、途中から面倒になって、適当にグループで一番強そうな子を見せしめ的にやっつけることにしていた。それ以来、どのくらい力を加えれば痛めつけられるかについては、しっかりと理解していた。
苦しんでいる男を、瞳の前に持っていく。
「わたし、結構怒ってるんですよねぇ。うちの可愛い生徒を銃で撃つなんて、あまりにも酷いと思うんですよ」
もっとも、月乃は撃たれたところで、痛むどころか、気づいてすらいなかったのだけれど。
「だから、代わりにわたしがお仕置きしておこうかなって思うんですよねぇ」
男が背筋を震わせる。
「……潰しますね」
ニコニコと微笑んでいたかと思うと、突然瞳がスッと細くなる。
紗羽の本気の睨みは、同じくらいのサイズでも、向けられるだけで恐怖してしまう。それを自身を潰すことのできる巨大な指の間で見せられて、恐怖しないはずがない。男は失禁をしてしまったのだった。もっとも、そんな少量の尿なんて、紗羽が気づくはずもないのだけれど。
「や、やめてくれ……」
「やめてほしいですか?」
「あ、ああ」
男が必死に頷いている。
「そうですか、わかりました」
紗羽が素直に受け入れたから、男は一瞬納得した。だが、次の瞬間、話は変わる。紗羽がパッと指を離した。しゃがんだ紗羽の視線の先はアパートの屋上くらいの高さがあるというのに。
「えっ……」
突然の浮遊感に、男が混乱する。体が空中に投げ出された。
「う、嘘だろ……!?」
終わった、と覚悟した男だったが、幸い落下したのは、柔らかい地面だった。痛みは感じるけれど、大きな怪我はない。
「痛た……、ここは……」
まるで巨大な滑り台のような急斜面を転がり落ちていると、気づく。ここが紗羽のプリーツスカート越しの太ももの上であることに。付け根のほうまで転がっていって、ようやく動きが止まった。とりあえず、怪我をせずにすんだから、安堵しようかと思ったけれど、そんな余裕もない。すぐに上空から声が聞こえてくる。
「人の太ももに挟まる変態さんは潰しちゃいますね~」
紗羽が人差し指を、脚の付け根にいる男に向かって近づけていった。
「や、やめろ、やめろ、やめろ!!」
男のすぐ頭上に指先がもっていかれて、恐怖してしまっている。
「潰しはしないですけど、反省はしてください」
指を近づけるのをやめた紗羽が髪の毛をほどき、ヘアゴムを取る。ハーフアップにまとめられていたブラウンカラーの髪がパサリと下ろされて、周囲一帯に紗羽の使っているシャンプーの爽やかな匂いと、少しの汗の臭いが広がっていった。
「とりあえず……」
男を指で摘まんでから、再び紗羽は立ち上がる。立ち上がった紗羽の高さに怯えた男が「ひっ」と喉から声を出していた。そんな男のことは気にせず、紗羽は周囲をキョロキョロと見渡していた。
「えーっと……。あ、いいところがありましたね」
ズシン、ズシン、と音を立てて、地面を揺らしながら進んでいくと、立ち止まった場所は、昔ながらの銭湯だった。紗羽がしゃがむと、目線の先の煙突に向かって手を伸ばす。
「しばらくここで反省しておいてください」
「え?」
男を銭湯の煙突にくっつけると、ヘアゴムを使って、縛り付けるのだった。
紗羽にとってはしゃがんだ目線の高さだけれど、男にとっては、落ちたら無事では済まない高さ。そんな高所に、胴回りだけ縛られて動けない状態で、脚はちゅうぶらりんの状態で括り付けられる。いつ落ちてもおかしくないという恐怖に駆られてしまっていた。
「じゃ、そこでしばらく反省しておいてくださいね。わたしはお仕事に戻りますので」
「えっ……、ちょ、おい!! 助けてくれって!!」
銭湯の煙突に括り付けられてしまった男のことを放置して、仕事をするために巨大少女用校舎に戻る。歩くたびに発生する振動によって煙突が揺れるたびに、男は恐怖させられるのだった。




