30倍サイズの少女たちには普通の街は小さすぎるみたい 8
「まあいいや。さっさと摘まんじゃうから逃げるのやめてね。間違って潰しちゃったらごめんねー」
わたしが伝えると、男の人は必死にジャケットの内側から何かを取り出している。一体何を取り出したのだろうか、そんなことも気にせず、指を近づけていくと、2つ隣くらいの町の花火大会のような、小さな音が鳴り響いた。それと同時に、指先にくすぐったい感触もあった。
「何だろ?」
わたしの視線からはよく見えなかったけれど、しっかりと確認していた小鈴ちゃんが突然わたしの手首をつかんで瞳の前に持ってきた。
「つ、月乃!!! 大丈夫!?」
「え? 何が……?」
訳のわかっていないわたしと違い、小鈴ちゃんが必死にわたしの指を口に咥えだした。
「え? え? 何……!?」
温かい舌がわたしの指を丁寧に舐めている。
「こ、小鈴ちゃん、どうしたの?」
小鈴ちゃんは、わたしの指を口から離してから、必死にわたしに確認してくる。
「ねえ、大丈夫!? 痛くない?」
「いや、だから、何が……」
困惑しているわたしのことを一旦おいて、小鈴ちゃんは男の人のいる方をジッとにらみつけた。
「よくもやってくれたわね」
小鈴ちゃんの口から発されたと思えないくらいの冷たくて怖い声。こんな怒ってる小鈴ちゃんのこと、初めて見た……。
何が起きたのかわかっていないけど、何かが起きたらしい。今まで建物を壊すことを躊躇していたのに、突然男の人を挟み込むようにして、小鈴ちゃんが両手をバンッと地面にたたきつけた。両サイドから強烈な力で手の平がたたきつけられたから男の人の体が宙に浮いた。男の人が口をパクパクとして小鈴ちゃんの方を見上げている。あまりの怯えっぷりに、さすがにかわいそうになってしまう。
「月乃の手はね、とっても柔らかくて、温かくて、優しいの。それを傷付けるなんて、月乃が許しても、わたしは絶対に許せないから」
「いや、許すとかより、まだ何が起きたのかわかんないんだけど……」
困惑しっぱなしのわたしはおいていかれている。
小鈴ちゃんがフ―ッと力いっぱい男の人の体に息を吹き付ける。男の人は一気に吹き飛ばされてしまい、商品陳列棚に体をたたきつけられてしまった。
「え? こ、小鈴ちゃん!?」
今まで普通サイズの人の扱いにはかなり気を付けていた小鈴ちゃんが、明らかにおかしい。しかも、まだまだ追撃の手は緩める気はないみたい。さらに手を思いっきり振り上げる。
「ねえ、小鈴ちゃん……」
まさかそのまま虫みたいに叩き潰すわけじゃ……。不安になりながら小鈴ちゃんを見守っていたけれど、さすがにその手はたたきつけるのは辞めたみたい。ゆっくりと降ろして地面に置く。
「ダメよね」
うんうん、とわたしは横で頷いた。冷静さを取り戻してくれたみたいでホッとした。けれど、そうではなかったらしい。
「月乃を酷い目に遭わせようとしたやつを、ひと思いで終わるような罰で済ませたらだめよね……」
「……ん?」
わたしの解釈が間違っていたみたい。これ、冷静なんじゃなくて、怒りが最大限を超えちゃってるんだ……。
小鈴ちゃんが立ち上がる。
「踏みつぶしてあげるわ。それも、じわじわと力をかけていってね」
小鈴ちゃんが足を上げて、スニーカーの底面を男の人のほうに向けた。
「や、やめてくれ……」
「だめ。わたしの大好きな月乃の手を銃で撃った人間にかける情けなんてないわ」
小鈴ちゃんが冷たい声で伝えた言葉を聞いて、耳を疑ってしまう。
「え? 今なんと……?」
頭の中ではてなマークをたくさん巡らせる。銃って言った……? 確認するために、小鈴ちゃんのスニーカーの陰になっている怯えている男の手元を見る。確かに銃が構えられていた。当初コンビニか銀行に入る予定で脅すために携帯していた銃を使って、あまりの恐怖でわたしに発砲してしまったらしい。まあ、状況を理解しても、まったく撃たれた実感が無いのだけれど。
「撃ったの……?」
自分の指を確認したけれど、致命傷どころかかすり傷にもなってないんだけど……。
「脅してきただけじゃないの?」
「ううん、撃ってた! わたしはこの目で見たから!!」
小鈴ちゃんが片足を浮かせて男の人のすぐ真上にかざして、怒っている。
もう一度しっかりと指を見たら、指紋の隙間にゴミみたいなものが挟まっている。もしかして、これが銃弾なのだろうか。ゴミと変わらないからよくわからない。本当に銃弾なのだとしたら、銃で撃たれてもケガどころか、気付きもしないなんて、わたし強いな……。自分でも困惑してしまう。
「よくわかんないけど、そんな弱い攻撃されても痛くもかゆくもないし、許してあげたら良いんじゃない?」
まったくダメージなんてなかったわけだし、気にしなくても良いじゃん、と思う。
わたしの言葉を聞いて、小鈴ちゃんがグッと顔を近づけてくる。可愛らしい顔を、鼻先がわたしの鼻先に触れるくらい近づけてくるから、緊張してしまう。
「良いわけないでしょ!! 銃で撃ったってことは、こいつ、月乃のこと殺そうとしたのよ?」
わたしから顔を離すと、小鈴ちゃんがダンッ、ダンッと何度も男の近くに足を振り下ろす。
「逃がさない、逃がさない、絶対に逃がさない! わたしの月乃に酷いことするなんて、絶対に許さない!!」
ダメだ、小鈴ちゃん変なスイッチ入っちゃってる。このままだと小鈴ちゃんがほんとに男の人を踏みつぶしちゃう。
怒りのままに踏みつぶしちゃったら、優しい小鈴ちゃんは、冷静になった後で、後悔してしまう。だから、絶対に止めないといけない。わたしは立ち上がって、慌てて小鈴ちゃんのことを後ろから抱きしめた。
「や、やめなって。わたしたちが踏んづけたら、この男の人死んじゃうから!」
「そんなの知ってるわよ!」
「離して!」
ギュッとしっかり抱きしめると、小鈴ちゃんは身動きが取れなくなってしまう。
先ほどまで男の人を踏みつぶそうとしていた怪獣みたいに大きな少女は、わたしの身一つで簡単に動きを止められてしまうのだった。男の人との対比で感覚が鈍っていたけれど、やっぱり小鈴ちゃんは小さくて可愛らしいな。怒っている状態でも、可愛いの感情が勝ってしまう。
後ろから抱きしめながら、そっと頬を撫でながら、耳もとで伝える。
「わたしの為に小鈴ちゃんに酷いことしてほしくないから!」
「……月乃」
小鈴ちゃんは困ったようにため息をついた。
「ごめん、わたしが間違っていたわ」
小鈴ちゃんはあっさりと理解してくれて、申し訳なさそうに謝る。ただし、足元の男ではなく、あくまでもわたしの為に。
まあ、元通りの可愛い小鈴ちゃんに戻ってくれたのは良かったと思う。小鈴ちゃんの巨大なスニーカーよりもずっと小さな男が震えていると、また別の振動によって、身体を震わされていたのだった。
「2人とも潰さなかったら実習は合格で良いかなぁ」
東條さんがにこやかな笑みを浮かべてわたしたちの方にやってくる。
「やったね~」
「これで、もう次に妃織ちゃん先生に意地悪したら、遠慮なく怒って大丈夫だねぇ」
にこやかに微笑む東條さんが怖くて、わたしはヒエッと声を出してしまった。
萩原先生を飲み込みかけてしまったこと、実はかなり怒っていたみたい。
「えっと……。す、すいませんでした」
「その言葉は妃織ちゃん先生に言ってあげてねぇ」
謝りたい気持ちはもちろんあるけれど、まだちょっと気まずい。喉に萩原先生の感触がまだ残っている感じがするくらい、さっき飲み込みかけたばっかりだもん。とはいえ、拒めば東条さんに怒られそうだから、仕方なく頷いておいた。
「わ、わかりました」
「じゃ、これで実習は終わりにするから、さっさと謝りに行ってあげてねぇ♪」
「はーい」
わたしは小鈴ちゃんと一緒に巨大少女用の校舎の方に戻ったのだった。




