30倍サイズの少女たちには普通の街は小さすぎるみたい 7
わたしは指先にくっついている、目を凝らさなければ見えないような小さなお金をジッと見続けていた。
「おもしろいね、これ。ミニチュアなのにちゃんと本物なんだね」
「ミニチュアっていうか、それが正規のサイズなのよ。わたしたちが大きいだけだからね」
小鈴ちゃんに言うと、呆れたようにため息をつかれた。
のんびりとしているわたしと小鈴ちゃんとは違い、東条さんと、スーパーの中の小さな男の人はなんだか殺伐としていた。東条さんが冷たい捕食者の目で男の人のことを見下ろしている。
「ねえ、このお金、ボストンバッグに入ってましたけど、明らかに買い物に使う量じゃないですよねぇ? こんなお金をスーパーに持っていくなんて、明らかに不自然なんで、理由を説明してもらわなければいけませんねぇ」
「い、いや、その……」
東条さんの冷たい瞳に晒されて男の人は怯え切ってしまっていた。
わたしたちでも東条さんの時々見せる冷たい瞳は怖いのに、それを30分の1サイズで見せられたら、きっと震え上がってしまうだろう。わたしと小鈴ちゃんが同じことをされたら、泣いてしまうかもしれない。東条さんは、普段はゆるふわとしているだけに、敵意のこもった瞳を見せられた時の恐怖感は得も言えないものがある。それを指で摘まめる小さな体から見上げさせられている男の人に少し同情してしまうのだった。
そうやって、他人事として東条さんたちのやり取りを見ていたら、突然わたしに声がかけられた。
「春山さぁん、さっきの実習の続き、やろっかぁ」
「つ、続きって……」
「この人摘まむやつだよぉ」
「えぇ……」
ジッと男の人の方を見ると、こちらに向かって叫んでいた。
「お、お願いだぁ。やめてくれぇ!!」
「すっごい叫んでるんですけど……」
東条さんの方に本当に摘ままないといけないのかの確認の意味を込めて尋ねたけれど、ニコリと微笑むだけだった。つまり、本当にわたしは摘ままなければいけないらしい。なんかめちゃくちゃ嫌がってるし、ちょっとかわいそうなんだけど……。
わたしの手、家とか掴めちゃうくらい大きいから絶対普通の人から見たら怖いだろうし。そう思いつつも、ちょっと面白そうだったから、せっかくなので東条さんの指示に従って手を近づけていった。そして、頭上で指先をうねうねと動かしてみる。
「ほらほら~、摘まんじゃうぞ~」
なんて軽口とともに近づけていく。
「絶対楽しんでるでしょ……」
横で小鈴ちゃんが少し呆れている中、頭上を見て怯えている男の人に向かって指を近づけていくのだった。
「や、やめろぉ!!」
東条さんが脅したせいか、男の人はすでに半狂乱になっている。ちょっとかわいそうだから、逃げるチャンスくらいあげておこうかな。
「必死に走ってわたしの手から逃げたら助かるかもよ?」
わたしの声を聞いて、男の人が一目散に走りだす。これだけサイズ差があったら逃げ切れるわけはないのに、必死に入っている姿が少し可愛らしかった。手を伸ばせば簡単に捕まえられる範囲を、必死に商品棚をよけながら走っているのだった。
「ねえ、月乃……。あんた一体何言ってんのよ」
小鈴ちゃんが呆れたように横で呟いた。
「小さい子が一生懸命になってるのってなんか可愛いじゃん」
「このおじさん、明らかにわたしたちより年上の人なのに、そんな子ども扱いしたら失礼じゃない?」
「年関係なく、手のひらサイズの子が一生懸命頑張ってる姿って、なんか可愛くない?」
小鈴ちゃんが大きなため息をついた。
「やっぱり月乃はドsね……」
「べ、別にそういうのじゃないよ……」
わたしはちょっと恥ずかしくなったから、さっさと捕まえてしまおうと思い、男の人が走っているすぐ目の前に手のひらを地面と垂直において、壁を作った。
「う゛っ゛」
鈍い声が聞こえた。わたしの手のひらの壁にぶつかった男の人が倒れこんでしまう。
「ちょっ、月乃、何やってんのよ……。可愛そうじゃん」
「小鈴ちゃんがわたしのこと揶揄ってくるから……」
あんまり焦らすと、またサディスト扱いされてしまいそうだったから、さっさと終わらせた。男の人が逃げる姿をさっさと終わらせたらサディスト扱いはされないはず。そう思ったのに、小鈴ちゃんはいつものように呆れてため息をついた。
「やっぱり月乃ってドSだわ」
「えー、そうならないように気を付けたのに……」
なんだか納得いかないなあ、なんて思うのだった。




