30倍サイズの少女たちには普通の街は小さすぎるみたい 5
「じゃあ、建物に触れるための訓練をしよっかぁ」
東条さんが足元にある、この街で一番面積の広そうな建物のスーパーマーケットを指さした。この周囲の街の中では一番大きなスーパーだけれど、それでもわたしたちにとっては膝の高さくらいまでしかないし、転んでしまったら全部ぺちゃんこになってしまいそうな、小さなものだった。
「これ、踏んだら壊れちゃいますけど、訓練になるんですか?」
わたしが呑気に尋ねると、東条さんがうん、と頷く。
「どのくらいの強さで踏んだら壊れるのかの確認をするわけ。だから、壊さないギリギリを狙うんだよ。壊しちゃったら、わたしの修復の仕事が増えちゃうからできるだけ壊さないようにね」
東条さんの笑みにどこか圧を感じてしまい、ちょっと怖い。
「東条さんが直すんですか?」
「そうだよぉ。わたしは建物管理全般を任されてるからね。なんせ、わたし一人で重機数十台分くらいの働きができるわけだし。工事会社に頼むよりもずっと早いんだよぉ」
確かに、わたしたちが運べる部材の量の方が、重機が運べる部材の量よりも圧倒的に多いのは間違いない。東条さんは体育館の天井にモニターを設置したりもしていたから、そういう作業は得意なのかも。
「でも、学校の外でも建物管理をするんですか?」
「この街は学校の範囲内みたいなものだからね。普通に使ってる街だけど、土地自体は学校が買い取ってるんだよぉ。だから、家賃とかは格安だし、スーパーとかの人件費は高額になってるんだぁ。その代わり巨大少女からの使用願い出されたら、避難しなければならないんだよぉ」
「そうなんですね」
そういう事情なら、東条さんの仕事を増やさない為にもきちんと実習をしなければ、と思っていたら、小鈴ちゃんが申し訳なさそうに東条さんに頭を下げる。
「あの、すいません。わたし、いっぱい壊しちゃったから、お仕事増えますよね?」
「そうだよぉ。増えちゃうよぉ」
わざとらしく頬を膨らませていたけれど、東条さんは別にムッとしている様子もなかった。
「仕事増えちゃうけど、特別手当とかもでるし、ちょっと美味しいから良いんだけどねぇ」
そう言って、東条さんは履いていたミュールを一回脱いで、スーパーマーケットの天井にソッと乗せた。さすがに30倍サイズの東条さんの靴でも、スーパーマーケットの天井よりもは小さいみたいで踏み抜いても建物すべてを壊してしまうようなことは無さそうだった。その代わり、心なしか、ミシミシと音を立ててる気がした。
「置くだけでこんな感じだから、完全に力をかけたら壊れちゃうよぉ。気を付けながら、少しパキッと音が鳴って、壊れそうな感触がするところまでやってみてぇ」
「い、良いんですか……?」
「良いよ。リアルな建物で、強度確認しておいてほしいから。補修してくれるなら壊しても大丈夫って、もうお店には許可ももらってるし」
「じゃ、安心して壊せますね!」
「できるだけ壊さないでもらえたら嬉しいかなぁ……」
東条さんが苦笑いをした。わたしは、はーい、と返事をしてからスーパーの屋上駐車場にスニーカーを履いた足を乗せてみる。もちろん、駐車場に車は一台もない。
軽く乗せれば、壊れることもないだろうと思っていたのに、バキッと大きな音を立てて、天井に穴をあけてしまった。
「あっ、やばっ」
バランスを崩して、一気に踏み抜いてしまった。商品陳列用の棚がいくつも壊れてしまったような感触がスニーカー越しにする。
「あちゃー……」
「なんで思いっきり踏みつけてるのよ……」
小鈴ちゃんが呆れたように言ってくるけれど、これでもかなり力をかけずにほとんど触れるだけだったんだけどな……。
「軽く乗っただけなんだけど、わたし重いのかなぁやっぱりダイエットして軽くなった方がいいのかな」
「ダイエットでやせたところで付け焼刃だと思うよぉ……」
東条さんが苦笑いをする。
「月乃ががさつなだけでしょ?」
「じゃあ、小鈴ちゃんもやってみてよ」
「足乗っけるだけでしょ」
そう言って、小鈴ちゃんも同じように軽く乗せるのだけれど、またしてもバキッと大きな音を立ててしまう。
「あれ……?」
「ほら~、小鈴ちゃんもがさつじゃん」
「ち、違っ……」
小鈴ちゃんが少し恥ずかしそうにわたしのことを見上げてくる。見つめてくる瞳が小動物みたいで可愛らしかった。身長43メートルの小鈴ちゃんの可愛らしい上目遣いを見られるのはこのサイズの特権だと常々思っている。そんなわたしたちの様子を見て、東条さんが楽しそうに笑っていた。
「思ったよりも難しいでしょ?」
東条さんに聞かれて、わたしたちはしっかりと同意した。本当にわたしたちの力は強すぎるみたいだ。
「でも、中に人がいたら大変だったよね」
「そうよ。わたしたち巨大怪獣みたいに破壊しちゃってるもん……」
小鈴ちゃんが申し訳なさそうに天井に大きな穴の開いたスーパーの中を見下ろしていた。
「さすがに人がいるときにこんな実習しないよぉ」
東条さんが苦笑いをするのだった。
「そうですよねぇ……、って、あれ……」
小鈴ちゃんが見下ろした先にあるスーパーマーケットの大穴を見つめて少し表情をこわばらせた。
「どうかしたの?」
「いや……、いるじゃん」
「ん?」
「人が……」
指先を震わせながら、足元にある天井の穴を指さした。
「あ、ほんとだ……」
わたしたちの視線の先では、先ほどスーパーマーケットに入っていた泥棒の男がいた。必死に叫びながら、飛び跳ねて、手を振り、自分の居場所を知らせていたのだった。




