30倍サイズの少女たちには普通の街は小さすぎるみたい 4
とりあえず、小鈴ちゃんが機嫌を直してくれてホッとしたのだけれど、そんなわたしたちの様子にずっと怯えて冷や汗をかいている人間が街の中にいたのを、この時はまだわたしも小鈴ちゃんも知らないのだった。
「な、なんなんだよ、あの巨人たちは……」
この街の住民ではなかったのと、公的な手続きを取ってこの街にやってきたわけではないせいで、事情を知らない泥棒が一人、東条さんのすぐ足元に存在しているスーパーマーケットの店舗の中で怯えていた。なぜだか街から人がいなくなったのをいいことに、最寄りのスーパーでありったけの品物を盗もうとして、この街に紛れ込んでいたのだった。
幸い、泥棒が今いるスーパーはこの街で一番大きなスーパーで目立っていたから、踏みつぶされることはなかったけれど、もし、小鈴ちゃんの下敷きになっていたとしたら、その時点で息絶えていたに違いない。そんなことを考えて、泥棒は恐怖心で息を荒げていた。
「と、とにかく、この街から早く出ねえとな……」
スーパーマーケットのレジを漁っていた泥棒は、数万円をカバンに突っ込んだ。当初は、一気にレジ全部のお金を奪い取るつもりだったのに、もはやそれどころではない。生きてこの街からでなければ、どれだけお金を盗んでも意味なんてないのだから。
とりあえず、外に出るために店内を走り出したのだけれど、定期的にやってくる地面の振動に襲われて、うまく立つこともできない。月乃と小鈴が東条さんの元に向かっていた。巨大な2人の少女が近づいてくる足音によって、泥棒はまともに動けずにいるのだった……。
そんな泥棒の存在なんて知らず、外ではわたしは小鈴ちゃんの手を引いて、東条さんのもとへと向かっていた。恐怖心に負けそうになっている泥棒とは違い、わたしも小鈴ちゃんものんびりと歩いていた。
「街を歩くのもこのサイズだと結構大変でしょ?」
東条さんが尋ねてくるから、わたしも小鈴ちゃんも一緒に頷いた。特に、小鈴ちゃんは大まじめに大きく頷いていた。よほどさっき街を壊しまくったことが怖かったらしい。
「でも、東条さんは凄いですね。こんな小さな街でも物を壊さずに歩けるなんて……」
小鈴ちゃんが羨ましそうに言うけれど、東条さんがあっけらかんと笑う。
「いやいやぁ、そんなん無理だよぉ」
「え?」
「わたしも結構踏みつぶしちゃってるよぉ。ここに来るまでに道路に大穴開けたし、標識もいくつかへし折ってるよ」
「あれ……?」
地面をよく見ると、確かに東条さんのミュールの形に道路は軽く陥没しているし、標識や信号も壊れている。
「多少は仕方ないんだよねぇ。わたしたちのサイズだと無事に歩き切るなんて不可能だもん。大事なのは、できるだけ被害を小さくすることだよぉ。だから、建物関係を踏まないように気を付けるために、この実習もやるんだよぉ」
「な、なるほど……」
「それに、春山さんも、白石さんも、うっかり建物を踏んじゃうことはあっても、わざと踏みつぶすことはないから、わたしも安心して見ていられるし」
「えっと、わざとって……?」
さすがにわたしも困惑気に尋ねてしまった。その言い方だとわざと建物を踏みつぶしていた子がいたみたいな言い方だ。
「櫻井さんは、初めて実習したときに学校を意図的に踏みつぶしてたから、すっっっごく大変だったんだよぉ。そのせいで、もうこの街からは学校がなくなっちゃったんだもん」
わたしと小鈴ちゃんは無意識のうちにお互いに顔を見合わせて、お互いに顔から冷や汗を流した。
「い、一応確認ですけど、中には人はいなかったんですよね……?」
「いなかったけど、ちょっとだけ問題になっちゃったね。たばこの火を消すみたいに、校舎の一部を念入りにグリグリ地面に押し付けて、コンクリートを跡形もなく粉々にしちゃったし、放っておいたら全部潰しちゃいそうだったから、さすがのわたしも胸ぐら掴んで何回かビンタしちゃったぁ」
東条さんは、てへへ、とかわいらしく舌を出してほのぼのエピソードみたいにして語ってくれていたけれど、今のエピソードには残念ながら何一つ可愛らしいところはなかった。
胸ぐら掴んでビンタをするなんて、昔男子1000人とタイマンをしていたという鬼紗羽様の片鱗が見えているし、何より詩葉先輩が学校を踏んですりつぶしてしまうなんて、さすがに恐ろしいんだけど……。はじめは気さくで人懐っこいイメージの詩葉先輩だったけれど、午前中の萩原先生への態度と言い、どんどん怖いイメージになっている。わたしたちに優しくても、普通サイズの人たちに対しては恐ろしいくらい好戦的ならしい。
「まるで弱い者虐めじゃん……」
小鈴ちゃんが呟いた。
「大きな体を利用して、建物を潰しちゃうなんて、本当だったら、わたし許せないよ……!」
やっぱり小鈴ちゃんは優しいみたい。でも、このまま小鈴ちゃんが詩織先輩のことを敵視してしまうと、詩葉先輩と小鈴ちゃんの間に変な亀裂が入ってしまいそうで、少し心配になるのだった。
「ま、まあ、ほら、もしかしたら悪の組織的な学校だったのかもよ……?」
正直わたしも詩葉先輩の行為は褒められたものじゃないと思っているから、あまりフォローし辛いのだけれど、とはいえこのままたった5人しかいないクラスで険悪な空気感を発生させるわけにもいかず、とりあえず、無理にフォローしておいた。
「悪の組織的な学校って、そんなの街中にあるわけないでしょ……。月乃はやっぱりちょっと変わっているわね」
小鈴ちゃんが呆れたようにため息をつくのだった。とりあえず、ちょっと困惑はされたけれど、一応小鈴ちゃんの気持ちは落ち着いてくれたみたいでホッとするのだった。




