30倍サイズの少女たちには普通の街は小さすぎるみたい 3
「もう嫌……」
せっかく歩き出した小鈴ちゃんだけれど、また歩いているうちに次々と車も看板も家も踏みつぶしてしまっていた。小鈴ちゃんは悲しそうに、自分が壊した街を見下ろしていた。
「ミニチュアだったらよかったのに……」
人こそいないものの、足元に広がっているのは、普通の街である。当然、普通なら簡単には壊れないような強度になっている。だけど、わたしたちの重さなら簡単に壊れてしまうのだ。それが、本来小さくて軽いはずの小鈴ちゃんであっても。
「これじゃあ、ほんとに怪獣じゃないのよ……。アイドルなんて夢のまた夢だわ……」
「小鈴ちゃん……」
小鈴ちゃんが落ち込んでいるから、わたしも心配になる。小鈴ちゃんの優しい性格には、このサイズも破壊力も、かなり持て余してしまうみたい。少しぐらい詩葉先輩のメンタルを分けてもらった方がいいのかもしれない。
「東条さん、わたしもうこの授業受けたくないです……。街、歩けないです……」
小鈴ちゃんが涙目で東条さんの方を見上げた。
「一応そういう思いをしないように、街を歩くことに慣れてもらうためにこの授業をやってるんだけどねぇ……」
東条さんが苦笑いをする。
「でも、無理強いはできないし、嫌ならやめとく?」
東条さんが小鈴ちゃんに尋ねると、小鈴ちゃんが、頷いた。
「じゃあ、これで授業は終わり――」
「待ってください!!」
わたしは街中に響き渡るような大きな声を出して、東条さんの言葉を遮らせてもらった。
「春山さん?」
「あの、わたしの個人的な話なんですけど……」
小鈴ちゃんと東条さんが怪訝そうに見てくるけれど、気にせず続けた。
「世界一大きなアイドル姿の小鈴ちゃん見てみたいんです! 絶対、間違いなく、可愛いはずなんです!! だから、その……、ちゃんと街で踊れるくらいスムーズに足を動かせるように、頑張ろうよ!!」
小鈴ちゃんの体によって壊されてしまった街の上を歩き、小鈴ちゃんに近づく。バキバキと足元でいろいろなものが木っ端みじんになっているような感触はするけれど、気にしている場合ではなかった。この街の無事よりも、小鈴ちゃんへの心配の感情が勝っていた。
しゃがんで、小鈴ちゃんに視線を合わせる。
「わたしは、小鈴ちゃんが大好きなアイドルになれるところを見たいし、小鈴ちゃんの一番のファンでいたいよ。だから、一緒に頑張ろうよ」
わたしが手を差し出すと、小鈴ちゃんがわたしの方を上目遣いで見上げる。
「本気で言ってるの?」
「もちろん」
わたしが迷いなく伝えると、小鈴ちゃんは小さく笑った。
元々アイドルみたいにかわいらしくて、瞳が大きな小鈴ちゃんの上目遣いはなかなかに破壊力があり、少しときめいてしまいそうになる。危ないな。同じルームメイトに対して変な感情をもつのはさすがによくないと思い、そんな怪しい感情は慌てて否定した。でも、小鈴ちゃんのアイドル姿を見たいことも、小鈴ちゃんのことが誰よりも心配なことも本当の感情。
「月乃ってサディストなのに、わたしには優しいの、なんかむかつくわ」
「サ、サディストじゃないし、そもそもムカつく感情の意味が分からないんだけど……」
わたしちゃんと良いこと言ったと思うんだけど……。困惑気に伝えると、小鈴ちゃんが少し残念そうに笑う。
「月乃は鈍そうだから、今はわからなくても良いよ。でも、ずっと伝わらなかったら、わたしも怒っちゃうかもしれないからね?」
「な、なんの話?」
小鈴ちゃんが真剣そうに伝えてくるけれど、一体それが何を示しているのかわからなかった。困っているわたしを見て、小鈴ちゃんは空気を緩和するみたいに、わたしが差し出してた手を取ってくれた。
「手、離したら怒るからね?」
「え、うん」
小鈴ちゃんが握ってきた手を、わたしも握り返した。一緒に立ち上がると、わたしたちの視界を邪魔するものは何もなかった。街の全てを一望し、少し離れた海までよく見えた。気持ちの良い春の日差しが世界を照らしている。
手は立ち上がる時にだけ掴んでもらうつもりだったけれど、小鈴ちゃんは不安だからか、わたしの手をずっと掴んでおきたいみたい。まあ、それならそれでいっか、と思って、わたしも手を握り続けていたのだった。この手が簡単に建物を壊してしまえるような巨大な手だなんて信じられない。わたしにとっては、小鈴ちゃんの手は小さくて、温かくて、柔らかい。そして、ほんのり安心感を与えてくれるもなのだった。




