30倍サイズの少女たちには普通の街は小さすぎるみたい 2
「2人とも、この町は人がいないからもっと適当に歩いても問題ないよぉ」
少し離れた場所から、東条さんが手を振ってくれた。わたしたちにとっては、ほんの20メートル程離れた場所にいるのだけれど、実際には600メートルも離れているから、その間にも結構いろいろな建物があった。
「建物だけ壊さないように注意してこっちにおいでねぇ」
「はーい」
と呑気に答えていると、月乃ちゃんが、わたしに耳打ちをする。
「東条さん、怒ってなくて良かったわね……」
確かに、東条さんの表情は普段通りだった。萩原先生のことを食べそうになったなんて、てっきりいつもの萩原先生を揶揄っていたら殺気を帯びさせてくる東条さんなら、かなり怒ると思ったのに。とりあえず、何もなくて良かったと思い、ホッとしながら、わたしも小鈴ちゃんと一緒に歩いていく。
特に周囲を気にせず歩いていると、右足が住宅に触れてしまった。それと同時に、ガシャン、とまるでガラスでも割ってしまったみたいな音がする。いや、実際にガラスにスニーカーをめり込ませるみたいにして、蹴ってしまったから、ガラスも割ってしまっているのだろうけれど、それだけでなく、外壁も瓦屋根も、まとめて蹴ってしまった。その結果、住居がすべて壊れてしまった時のガシャン、である。
家を足で蹴って壊してしまう音なんて普通は聞くことのない音なのだけれど、わたしは中学時代にも、割と頻繁にこの音を聞いていたから、慣れたものだった。
「やっちゃった……」
結構大規模な壊し方をしてしまったけれど、まあやってしまっていたことだし、人がいないならそこまで気にしなくていいか、と思いまた歩き出す。
「ねえ、月乃……。お家を蹴っ飛ばすなんて、何やってんのよ」
「ちょっとおっちょいこちょいみたいだね」
「お家を壊しちゃうなんて、おっちょこちょいで済ませていいことじゃないでしょ!」
小鈴ちゃんがムッとしたようにわたしの方に視線を動かしていたせいで、足元が疎かになってしまったみたいだ。パキッ、と小枝でも踏んだ時のような音がした。
「何か踏んじゃった?」
小鈴ちゃんが足元を見ると、根元から折れて、平面になっている信号機と道路標識があった。小さな小鈴ちゃんでも、30倍サイズになると、質量は2700倍になるから、簡単に壊せてしまうらしい。
「小鈴ちゃんも人のこと言えないね」
プッ、とわたしが笑うと、小鈴ちゃんがムッとしたように顔を赤くした。
「つ、月乃はお家を丸ごと壊したんだから、月乃の方が酷いことしてるんだから!!」
ポカポカと軽い力で小鈴ちゃんがわたしの肩のあたりを、触れるような軽い力で叩いた。もちろん、わたしにとっては痛くもない強さだけれど、もしこれを地面の建物に向かってやると、それだけでありとあらゆるものが軽く壊れてしまうのだろう。
何かの間違いで人間にしてしまえば、潰されてしまうような強い威力が、かわいらしい小鈴ちゃんから発されている。けれど、当然同じくらいのサイズのわたしにはただのかわいい猫パンチみたいなものだった。そう思うと、なんだかちょっとおもしろい。
「2人とも~、じゃれてないで早くこっちにきて」
東条さんが呆れたように手招きをする。
「急いだほうがよさそうね」
小鈴ちゃんが一歩を踏み出すと、またバキッと音が鳴る。
「あ……」
慌てたせいで思っていたよりも一歩を大きく踏み出してしまっていたみたいで、住宅を思いっきり屋根から踏みつぶしてしまったみたい。
「や、やばっ……」
小鈴ちゃんが顔を青ざめている。小鈴ちゃんの中では看板や信号はセーフで、住宅はアウトという独自の判断基準があるらしい。
小鈴ちゃんが慌ててしゃがんで、地面に顔を近づけて念のために人がいなかったどうかを確認し始める。すると、お尻を地面に近づけたせいで、小ぶりなお尻が別の住宅の屋根を壊してしまうし、家の中を覗き込むために姿勢を変えて足を動かしたときに次々と道路上の標識や信号や街路樹、路上駐車している車等を壊してしまっていた。ただ四つん這いになっただけで、小鈴ちゃんの周囲は暴動が起きた後みたいにボロボロになっていた。
「ねえ、小鈴ちゃん。どんどん壊しちゃってるよ……」
さすがのわたしも困惑してしまう。小鈴ちゃんは悪意はまったくないけれど、今まで小さな人や街と接することが少なすぎたせいで、動くたびに何かを壊してしまっている。
呆れたように指摘したわたしのことを、一瞬睨むようにして見上げてから、すぐに瞳を潤ませた。
「え? 小鈴ちゃん、どうしたの?」
今にも泣きだしてしまいそうな小鈴ちゃんのことが心配になる。
「ねえ、もうわたしこれ以上動けないんだけど!」
「誰もいないんだから、大丈夫だよ?」
「無理、無理……! もしかしたら逃げ遅れてる人とかいるかもしれないし……!! そんな人の上に足を乗せちゃったら……」
四つん這いになったまま、わたしのことを怯えたように見上げてくる。
「とりあえず、立てる?」
「無理! 無理! 動いたら壊しちゃう!!」
小鈴ちゃんが悲鳴に近い叫び声をあげている。住宅のすぐ真上に顔がある状態でそんな叫び声をあげたら、もし中に人がいたら耳鳴りでもしてしまうのだけれど、多分そういったことも小鈴ちゃんはわかっていないのだと思う。いずれにしても、立って歩いてもらわないと、東条さんの元にたどり着けないのに……。困ったな。これじゃあ授業どころじゃなさそう。
「仕方ない……」
わたしはとりあえず、小鈴ちゃんの足元にあった住宅街の上にジャンプをしてみる。わたしの体が浮いた拍子に地面が軽く揺れる。
「え?」
困惑気にこちらを見ている小鈴ちゃん。着地をすると、当然のように振動で数十棟まとめて壊れてしまう住宅街。
「な、な、な、なんのつもりよ!? 何考えてるの!!」
「小鈴ちゃんが壊すのが怖くて立てないんだったら、周囲の建物を先にわたしが壊しておいたら良いかなって」
「い、良いわけないでしょ!?」
わたしの姿に困惑して我を忘れてしまったのか、それとも、もうすでに壊れてしまっているから気にする必要がなくなったからかはわからないけれど、小鈴ちゃんは勢いよく立ち上がる。その拍子に、スニーカーが電信柱から伸びている電線にひっかかってしまった。
「わっ!?」
「あっ……」
小鈴ちゃんが足を取られて転んでしまう。思いっきり正面から転んでしまったせいで、周囲一帯に激しい揺れが起きてしまった。実習している街のすぐ近くの一般生徒用の校舎では大きめの地震と勘違いして外にでてくる生徒たちまで現れてしまっている。
「小鈴ちゃん……」
わたしが恐る恐る声をかけると、座って体勢を整えた小鈴ちゃんがジッと大きなかわいらしい瞳を潤ませながら、わたしの方をジッと見上げる。
「もう嫌ぁぁぁ!!!」
「わ、わたしも中学時代に歩道橋で転んだことあるから、大丈夫だって……」
あはは、と苦笑いをしたけれど、小鈴ちゃんはまったく表情を変えずに、瞳を潤ませたままなのだった。ほんの20メートルほど歩くだけで小鈴ちゃんは悪気無く、通り道の建物を半壊させてしまっていたのだった……。




