30倍サイズの少女たちには普通の街は小さすぎるみたい 1
授業中だけれどわたしは小鈴ちゃんの手を引っ張って、わたしたちの部屋へと連れていった。多分、小鈴ちゃんは今はまともに授業を受けられる状態じゃないだろうから。
普段はしっかりしている小鈴ちゃんだけれど、泣きながら手を引っ張られている姿はなんだか小さな子どもみたいだった。小鈴ちゃん本人は巨大さにコンプレックスを持っているみたいだけれど、こんな小さくて軽い子が巨大なんて、なんだか不思議だった。わたしたち生徒の中では断トツで一番小柄なのだから。
「小鈴ちゃん、あんまり気にしない方がいいよ。お姫ちゃん先輩は小鈴ちゃんを傷付けようとして、言ったわけじゃないんだから。わたしのほうが小鈴ちゃんより、もっとおっきいんだし」
わたしが言うと、小鈴ちゃんが「え?」と驚いた声を出した。
「小鈴ちゃんの憧れてるお姫ちゃん先輩に大きいのが変って言われたから、悲しくなったんでしょ?」
お姫ちゃん先輩には、当然小鈴ちゃんを傷付ける意図なんてなかったと思う。自分も大きいから、自分自身もイレギュラーだってことを伝えたかったのだとは思う。けれど、それは小鈴ちゃんにとってはもろにコンプレックスを刺激される言葉であることには違いない。
小鈴ちゃんはわたしの言葉を聞いて小さく頷いた。
「いや、それもあるけど……」
「それも?」
わたしが尋ねると、小鈴ちゃんが小さく頷いた。
「わたしたち、あわや萩原先生のこと殺しかけちゃったんだって思うと、怖くて……」
殺しかけた、と言われると一気に罪悪感が湧いてくる。一応巨大少女の発生の際に急遽制定された巨大化した者に対する特別法によると、重大な故意過失がある場合以外は、巨大少女による一般人への危害は罪には問われない。
一説によると、一般人に適用される法と同様の重さにしてしまえば、簡単に器物破損や障害に関する罪が発生してしまう。その際、従来の法を適用することにより、自暴自棄になった巨大少女が街で暴れてしまって、大量殺人をしかねないかららしい。
それに、巨大少女を収監できる刑務所を作るのもコストが多大になりそうだし、逮捕されるような事件を起こしてしまうような乱暴な巨大少女相手に規律を守らせながら監視させられる監視員も限られてしまう。きっと本気で敵対した巨大少女を止めるには、軍を出動させなければならないと思うから。
そんなリスクを負うくらいなら、多少の被害には目を瞑ってでも、できるだけ穏便に共存してしまおうということなのだろう。わたしたちの力は、それだけ大きくて重い。そして、一般人からしたら、多分とっても怖いのだと思う。きっと萩原先生にとっても怖い思いをしてしまったに違いない。
「確かに、ヤバいことしちゃったよね……」
さすがにわたしも頭を抱える。と言うか、喉から食道にかけて人が移動していく感覚は若干トラウマものである。自分の中で人が必死に抗っているのに、まったく抵抗できず、そのまま悲鳴とともにズルリと滑り落ちていく感覚は思い出すだけでゾッとする。もちろん、実際に飲み込まれてしまった萩原先生はもっとトラウマだろうけれど……。
「ねえ、月乃。わたし、やっぱり怖いわ……」
小鈴ちゃんはわたしの首に手を回してきて、正面からギュッと抱きついてくる。うん、と小さく頷いて、わたしも小鈴ちゃんのことを抱きしめ返した。どんな反応をすれば良いのかわからなかった。わたしもさすがに今日のできごとは怖かったけれど、かといって、一緒に恐怖してしまうと、小鈴ちゃんも不安になってしまうと思うから。ただ静かに、わたしは小鈴ちゃんの頭をゆっくりと撫でることくらいしかできなかった……。
そんな風に2人で抱きしめ合いながら、今日の出来事にたいする不安を共有していると、突然ドアがノックされた。わたしたちが慌てて離れたのとほとんど同時に扉が開き、東条さんが入ってくる。
「2人とも、お昼からは授業変更にするみたいだよ」
「授業変更? 萩原先生のこと殺しそうになったから、警察からの事情聴取を受けないといけないから、とかそういうことですか……」
小鈴ちゃんが不安そうに尋ねている。どうやら、小鈴ちゃんは巨大娘への法適用の話は知らないらしい。
「違うよぉ……」
東条さんが苦笑いをする。
「周辺地域への許可が取れたから実習するみたいだよ」
「実習?」
「そう。ちゃんと巨大な体を認識しないといけないってこと。ずっとわたしたちサイズの場所にいると小さな世界への感覚がマヒしちゃうからね。たまには街に出て、わたしたちの行動がいかに小さな人たちにとって脅威か確認しようっていう授業」
「な、なるほど……」
いまいち何をするかわからなかいけれど、とりあえずわたしたちは5時間目の授業は外でするらしい。
「外って久しぶりだね」
5時間目の時間になって、小鈴ちゃんと2人で外に出た。春先の日差しが心地よくて、わたしはのんびりと声を出す。学校の敷地外に出るのは、入学式の日に大掛かりな交通整備をしてもらいながら来た時以来だった。のんびりとマイペースに歩くわたしとは違い、小鈴ちゃんは怯えるように、下をジッとみながら歩いていた。
「ね、ねえ、ほんとに下に人いないのよね?」
小鈴ちゃんは一歩進むごとに立ち止まっては、次に踏み出す一歩の踏みしめる場所を確認する。元の足のサイズは22センチらしいのだけれど、今履いているスニーカーのサイズは約6.6メートル。間違えてスニーカーの下に人を置いてしまえば、当然ぺちゃんこにしてしまう。
「そんなに慎重に歩かなくても……」
わたしは軽く道路の方を見るだけで一歩を進める。雑に一歩ずつ進んでいくわたしを見て、小鈴ちゃんが慌てて大きな声を出す。
「ちょ、ちょっと、月乃! そこに人がいたらどうするのよ!」
「大丈夫だって、いてもみんなすばしっこく逃げてくれるから」
「ねえ、その考えでほんとに誰も踏みつぶしたことないの……?」
「ないよ。みんな逃げてくれるから。わたしが転んだ時もかなり建物を壊したのに、一人の怪我人も出さなかったんだから」
えへん、と無意味に胸を張ってみた。
「そんなこと胸張って答えないでよね……」
わたしの返答を聞いて、月乃ちゃんが呆れてため息をついたのだった。




