30倍サイズの生徒の担任は危険だらけみたい 3
2限目は萩原先生はお姫ちゃん先輩の机の上で授業を教えていた。わたしたちが画面越しに初めて会った数学の先生の授業を聞いていると、後ろの方から、萩原先生が小さな声で必死に叫んでいるのが聞こえてくる。
「松林! 起きなさい! 潰れるから!」
お姫ちゃん先輩が、顔を机にくっつけて居眠りしてしまっているのだけれど、よく見たら、お姫ちゃん先輩の高い鼻と机の間に萩原先生が挟まってしまっていた。
「何してるんですか……」
あと少しお姫ちゃん先輩が顔を机に押し付ける力を強めてしまったら、そのまま萩原先生が潰されてしまいそう。わたしは慌てて席を立って、お姫ちゃん先輩の体を起こす。萩原先生が全身で押し返してもまったく動かせなかったお姫ちゃん先輩の体は、高身長だけれど、とても軽いみたいで、簡単に動かせた。
さすがモデルさん、痩せてるみたい。体を起こされたお姫ちゃん先輩は、小さな顔を上げてわたしの方に向けて、不思議そうに首を傾げた。綺麗に手入れされたショートカットの髪の毛が、規則正しく揺れている。
「どうしたの?」
「萩原先生のこと潰しかけてました……」
「えっ!?」
お姫ちゃん先輩は慌てて机の方に視線を戻す。
「あー……、ご、ごめんなさい」
萩原先生はお腹をさすりながら立ち上がってから、少し苦しそうに言う。
「松林は次わたしの授業で寝たらトイレ掃除3ヶ月ね……」
「き、気をつけます……」
お姫ちゃん先輩がかなり反省した様子で言っていた。でも、お姫ちゃん先輩の整った顔をあれだけ至近距離で見ることができた萩原先生のことは、ちょっと羨ましかったりもする。
わたしと小鈴ちゃんに続き、お姫ちゃん先輩にも怖い思いをさせられてしまった萩原先生だけれど、一番大変なのは詩葉先輩の机の上で授業をしている時だった。詩葉先輩は多分わたしたちの中では一番萩原先生へのイタズラを楽しんでいる子だったから。
さっきもお姫ちゃん先輩が萩原先生を潰しかけてしまっている様子の一部始終を、お姫ちゃん先輩が眠りかけて頭をふらつかせている状態の時から見ていたのに、ずっと頬杖をつきながら退屈そうに見ていただけだったみたいだから。この間も萩原先生のことを躊躇なく胸ポケットに突っ込んでいたし、多分一番サディスティックな子なのだと思う。
3限はみんなリモート授業をした後、4限が詩葉先輩が萩原先生の授業を受ける番だった。詩葉先輩のことだから
何かトラブルを起こしそうだとは思ったけれど、授業開始と同時に、いきなりトラブルが起きるのは予想外だった。さすがに早すぎる気がする。
「ちょ、ちょっと、教師の目の前で堂々とお弁当を食べるのはやめなさい!」
萩原先生がお弁当箱の周りで必死に両手を振って詩葉先輩の注意を惹こうと頑張っている。
4限が始まる前くらいの時間に、大型トラックを何台も使って教室内にお弁当が運ばれてくるのだけれど、詩葉先輩は授業中にさっさとそれを自分の席に持って行ったらしい。詩葉先輩は隠す気もなく堂々と先生の目の前で早弁を始めてしまった。
「別にいいじゃん。お腹減ったし。気にせず続けといてよ」
後ろの席から漂ってくる美味しそうなハンバーグの匂いに、思わずわたしのお腹も鳴ってしまった。近くに一般生徒がいたら雷鳴みたいに聞こえていたのだろうか。だとしたら恥ずかしいから、同じくらいのサイズの子たちばかりの環境で良かったな、と思う。
わたしが一人恥ずかしがっている間にも、後ろの席では詩葉先輩は萩原先生の注意をまったく聞くことなくお弁当を食べ進めていた。
「ちょっと、ほんとに怒るわよ!」
萩原先生が言ったのを聞いて、詩葉先輩が小さくため息をついた。
「ひーちゃん先生、ちょっとうるさいかも」
そう言って、あろうことか萩原先生のことを箸で摘んでしまったのだった。
「ちょ、ちょっと! やめなさい!」
「うるさいから、食べちゃうね」
詩葉先輩が口を大きく開ける。箸で摘まれているせいで身動きの取れない萩原先生がどんどん詩葉先輩の口内に近づけられていった。
きっと、萩原先生の視界いっぱいに詩葉先輩の大きな口の中が映っているのだろう。経験したことないけれど、きっと自分のことを丸呑みできてしまう口というのは怖いに違いないというのは想像がつく。これはさすがに放っておくわけにはいかない。
「さすがにまずいですって!」
「やめてください!」
わたしと小鈴ちゃんが同時に立ち上がって後ろの席の詩葉先輩の方を向いたところで、詩葉先輩は苦笑いをして萩原先生を口から離した。そのまま、先生を箸から離して、お弁当の上に乗せたのだった。
「2人ともマジにならないでよ……。普通に冗談だから」
「な、なんだ……」
とホッとした。小鈴ちゃんが、お弁当の白米の上に置かれていた萩原先生のほうに急いで指を近づけた。お米の上に乗っていたら、梅干しみたいに一緒に食べられてしまいそうだな、なんて思ってしまう。
「大丈夫ですか? そこにいたら危ない気がします……」
「あ、ああ」と萩原先生が大きく息をついて、小鈴ちゃんの人差し指に飛び乗った。小柄な小鈴ちゃんの指でも、きっと先生から見たら木の幹みたいに丈夫に感じるのだろう。かなり安心して体を預けている。
そのまま、小鈴ちゃんは萩原先生のことを詩葉先輩の机の上に戻した。
「詩葉先輩、冗談でも先生を食事扱いするのはさすがにダメだと思います」
小鈴ちゃんがジッと真面目な瞳で詩葉先輩の方を見つめた。
「小鈴ちゃん、ちょっと堅すぎじゃない? ほんとに食べるわけないじゃん。あたし小人ちゃんの味苦手だし」
「ほんとに食べたことあるみたいな言い方しないでくださいよ」
「流石に飲み込んだことはないかな」
「そんな、口に含んだことあるみたいな……」
「それくらいならあるよ」
詩葉先輩が真面目な顔で答えたから、わたしと小鈴ちゃんが慌てて顔を見合わせた。
わたしたちが驚いているのを見て、詩葉先輩が苦笑いをする。
「食べてはないからね?」
「でも、口には含んだんですよね?」
「簡単に口に入れられるサイズだし」
詩葉先輩が当然のように言う。
「口に入れられるサイズって言っても……」
人を食べるという感覚がわかりにくかった。わからなかったら試してみたかったけれど、さすがに先生を口に入れるわけにもいかないから、試しに小鈴ちゃんの頬にかぶりついてみようとした。
「ちょっと味見させてね」
「え? 何を……って、何するつもり?」
ゆっくりと顔を近づけるわたしのことを小鈴ちゃんは困惑気に横目で見ていた。
わたしは唇を小鈴ちゃんの頬にくっつけてみる。お餅みたいに柔らかい小鈴ちゃんのほっぺたは、なんだか本当に美味しそうだったから、そのままソッと舌先で舐めてみた。小鈴ちゃんの柔らかい頬に舌を這わしてみると、汗のせいか、ほんのりしょっぱい味がした。なるほど、これが人の味か、なんてことを呑気に思っていたら、小鈴ちゃんから「ぬ゛な゛っ!?」と聞いたことのない声が出た。それと同時に、わたしの体を思いっきり突き飛ばす。
「いてっ」
わたしはそのまま詩葉先輩の机で背中を打ちつけてしまった。
「あ、ごめん……」
小鈴ちゃんが困惑気に謝ってくる。幸いそこまで強打はしなかったから良かったのだけれど、机の上から何かがわたしの頭を超えて飛んでくる。
「あれ? 何か飛ばしちゃった? 消しゴムかな?」
初めはそれが何かわからなかったけれど、「た、助けて!」と怯えた声を聞いて、机から吹っ飛んできた何かの正体がわかる。
「萩原先生じゃん……」
萩原先生が、机から投げ出されて、わたしの顔に乗っかってきたのだった。




