ビルみたいに大きなアイドルなんて見たことないでしょ? 5
「月乃と一緒にいたらなんだか気持ちが楽になったわ。今朝あったばかりだなんて信じられないくらい、久しぶりに楽しい一日になったわ」
しばらくして泣き止んだ小鈴ちゃんが大きく伸びをした。
「喜んでくれたんならよかった。明日からもよろしくね」
「ええ」と小鈴ちゃんが頷いて、わたしも小鈴ちゃんもそろそろ寝ようかと思った時に、スマホを見た小鈴ちゃんが、硬直してしまっていた。
「どうしたの?」
「月乃、あんた……」
画面を見ている小鈴ちゃんの手が小刻みに震えている。
「どうしたの? なんか変なことでもあった?」
「あったわよ……!」
こちらをジロッと睨んできたから、わたしは思わず半歩ほど後退りをした。
「ど、どうしたの……?」
恐る恐る尋ねたわたしに、小鈴ちゃんがスマホ画面を見せてくる。
『小鈴ちゃんいつも通り可愛いし、横の子も可愛いね! でも、この横の子、前に話題になってた巨人の女の子に似てない……? 小鈴ちゃんも巨人だったりしてw』
「ねえ、月乃。あなた大きいことそんなたくさんの人にバレてるの?」
「ど、どうなんだろうね……」
あんまりネットとか見ないからわからないや。そんなことを思っていると、小鈴ちゃんが苛立った声でわたしに言う。
「つ、月乃ぉ……。これ何……!?」
「これって……」
小鈴ちゃんが動画を見せてくる。
「あ、わたしだ」
いつの映像だろう。大雨の降っている様子で、画面の奥の方では、交差点を3つほど隔てて信号機よりも大きなスニーカーが写っている。わたしが中学時代に履いていたものと同じだった。そう思って、「あっ」と思い出した。
「これ、あれかも。台風の日に土砂崩れで電車止まっちゃった日に電車に乗ってた人を手に乗せて運んだ日かも」
カメラが少しずつ上に動いていき、わたしの手のひらの上にズームされる。手のひらの上では、ホッとしたように乗客達が傘をさして、わたしの方を見上げて頭を下げていた。時々上から重たそうなバケツをこぼしたみたいな水滴の塊が傘を揺らしているのは、多分わたしの毛先から溢れたやつ。両手に人を乗せてたから、雨が直撃してて、巨大な雨粒が毛先からボタボタと滴っていた。
「下からみたらこんな感じなんだね」
普段上から街を見ていると、下から見上げられてる自分のことがなんだか新鮮だった。呑気に見てると、画面の中から驚いた声がする。
『ヤバっ、こっちくる! 逃げろ!』
画面の中のわたしが一気にカメラの方に近づいてくる。一歩歩くごとにカメラが大きく揺れた。すぐ近くに少し汚れた白いスニーカーが振り下ろされる。大きな水たまりを踏んだみたいで、周囲のビルの外壁の二階部分くらいまで水飛沫がかかる。バシャリと大きな音で水がかかる音が聞こえる。画面にも水がかかった。
人がいない場所をちゃんと歩いてはいるけれど、少し間違えて踏まれてしまったらやばそうなのがわかる。ゆっくりと近づいてくるスニーカーが動くごとに無意識に怯えてしまいそうになる。わたしが歩くたびに、全長6メートルの重たそうなスニーカーが水飛沫をあげて地面を揺らしている。地面から見たわたし、結構大迫力で怖いな……。確かにこれは怪獣かもしれない。
『見てください、巨大な中学生が自衛隊と連携を取って人々を運んでいるようです』
リポーターのような澄んだ女性の声が聞こえてきたところまで見て、小鈴ちゃんは動画を止めた。一瞬わたしを睨もうとして上目遣いで見てきたけれど、また俯いた。
「どういう感情になれば良いのよ!」
「ど、どういう感情って……?」
「月乃が人助けしてるのは良いことだし、カッコいいけど、月乃がそんな凄い子って知らなかったから……」
「凄くないよ。わたしただ両手に人乗っけて歩いてただけだし……」
「そんなことないわよ! 月乃はとっても立派だわ! わたしが自分の大きさを嘆いて一人で塞ぎ込んでる時に、ずっと小さな人たちを助けてたなんて」
「ずっとじゃないけど……」
小鈴ちゃんはずっと不機嫌そうに話しているから、てっきり怒られると思ったのに、なぜかわたしを褒めてくれていた。
「ねえ、小鈴ちゃんは怒ってるの……? 褒めてくれてるの……?」
「手放しで凄いねって言いたいけど、月乃のせいでわたしの大きさがバレちゃいそうでヤバいから、本気で困ってるんだけど!」
「人違いじゃないですかって言っとこうよ」
別にインスタの写真がわたしだって特定されているわけじゃないから、いくらでも逃げ道はあると思う。わたしみたいな地味な子は世界中のどこにでもいるだろうし、どうにでもなるでしょ。
「……そうする」と小鈴ちゃんが小さく頷いた。
「でも、世界一大きなアイドル目指すんだから、いつかはバレちゃうんだし、いっそ今バレてもいいんじゃないの?」
そう言うと、小鈴ちゃんが一瞬固まって考えてから、首を横に振った。
「そ、それとこれとは別よ! まだバレたくないのよ」
「バレないと目指せないのに」
「そのうち頑張るけど、まだその、タイミングが……!」
小鈴ちゃんが必死になっているから、とりあえずわたしは諦めて同意しておいた。これ以上続けたら小鈴ちゃんが不機嫌になってしまいそうだから。
「わかったよ」
「わかればいいわよ」
そう言いながら小鈴ちゃんは目を血走らせながらスマホに文字を入力していた。そして、少ししてからフーッと小さく息を吐いてから、微笑んだ。
「これで大丈夫よ」
「ならよかった」
そう思ってスマホ画面を見たら、わたしの方が冷や汗をかいてしまう。小鈴ちゃんの返信したコメント、全然大丈夫じゃなさそうなんだけど……。




