48メートルのギャルと50メートルのお姫様 5
「痛た……」
お姫ちゃん先輩にデコピンをされた詩葉先輩はおでこを手で押さえていた。お姫ちゃん先輩の攻撃は、可愛らしい攻撃だけど、これも当然萩原先生たち普通サイズの人間が食らうと入院してしまうくらいの衝撃なのだろう。
「お姫ちゃん先輩のデコピン痛いんだけど! 一般生徒の校舎にやったら外壁壊れちゃうところだったよ?」
「一般生徒用のところにはしないわよ。丈夫な詩葉ちゃんだからやってるの」
冷静に考えて、生徒達の過ごす校舎よりも丈夫な人間というのはおかしな話なのだろうけれど、わたしたちの場合は事実だった。
「ていうか、巨女って言われ方、可愛く無いから一番嫌いなんだけど」
「寝てたと思ってたんだもん」
「枕元でこんだけ騒がれたら起きちゃうよ。そもそも寝てても言わないでよね」
のそりと上半身を起き上がらせたら、家を丸呑みできそうなくらい大きな口を開けて欠伸をした。完全に気の抜けた表情すら美人なのは羨ましかった。
眠そうに目を擦っているお姫ちゃん先輩に小鈴ちゃんが目を輝かせながら近づた。
「あの、わたしSAKIさんのファンの白石小鈴と言います! デジタル写真集買ったので、タブレットにサインしてもらっても良いですか?」
言うまでも無いけれど、わたしたちにとって普通サイズの書籍は豆本よりもずっと小さいから、読むことはできない。欲しい本は電子データで購入するのだ。
「良いけど、タブレット汚していいの?」
「SAKIさんのサインを汚れだんてとんでもないです! 普通サイズの子になったら、大きなSAKIさんに体いっぱいに書いて欲しいくらいですよ!」
「それはちょっと書く方も気が引けるかな」
お姫ちゃん先輩が苦笑いをしてから続ける。
「あー、でも、ファンの子にわたしの大きさバレちゃったのか。バレないように気をつけてたのになぁ……。白石さん、幻滅しちゃったんじゃない? 応援してた子がこんなに大きかったら」
「何をおっしゃいますか!」
普段の冷静な小鈴ちゃんとは違い、大きな声を出したかと思うと、お姫ちゃん先輩の手をソッと両手で包み込むようにして握る。
「大きさを知って、もっともっと大好きになりましたよ! わたしたちみたいな背丈の子でもこんなにも可愛くなれるんだって、希望が持てました!」
「それは嬉しいなぁ。頑張って良かったよ。
お姫ちゃん先輩が微笑むと、小鈴ちゃんがにやけていた。ずっと小鈴ちゃんの真剣な顔ばかり見ていたから、こんなにも緩んだ表情の小鈴ちゃんは珍しかった。
「わたしを褒めてくれるのは嬉しいけれど、そこのもう一人の新入生ちゃんも可愛いらしいとおもうけどなぁ?」
そう言って、お姫ちゃん先輩はわたしを指さしてきた。美人さんに可愛いなんて言われて照れちゃうなぁ、なんて思っていると、小鈴ちゃんは首を横に振って、否定してしまった。
いや、わかってるよ。自覚はあるよ。わたしがそんなに可愛く無いこと。でも、そんなど直球に否定されたらちょっとショックかも。そんなことを思っていると小鈴ちゃんがため息をついた。
「この人、見た目は可愛いですけど、すっごいサディスティックで怖いですから……。中身全然可愛くないですよ」
「えー、おっとりしてそうなのに意外だね」
小鈴ちゃんがなんか変なことを言い出した。わたしのことをお姫ちゃん先輩が誤解しちゃうじゃん。
「別にサディスティックじゃないですよ。小鈴ちゃんが自分のことをお淑やかに思い込ませて、SAKIさんの前で可愛く見せようとしてるだけじゃないですか」
「校舎を踏み潰しかけたり、体育館に集まってる人たち食べようとした上に、担任の先生のこと突ついて揶揄っちゃう子が?」
「こ、校舎は小鈴ちゃんの為を思って……」
そう言うと、小鈴ちゃんが恥ずかしそうに、「それについてはありがと」とボソッと言った。そんなわたしたちの様子を見て、お姫ちゃん先輩が楽しそうに言う。
「2人とももう仲良しさんなんだね」
「別に仲良しとか、そんななんじゃ……」と歯切れの悪そうな小鈴ちゃんと、「もうとっても仲良しですよ!」と元気に言うわたしの声が重なったから、お姫ちゃん先輩がクスッと笑った。
「楽しそうで何より。サディスティック新入生ちゃんは、お名前、何ていうの?」
「だ、だから別にSっ気があるわけじゃないですよ……」
「どっちでも良いからお名前教えてよ。あ、わたしは松林咲姫。名前に姫ってついてるから、みんなからお姫ちゃんって呼ばれてるけど、気にしないでね」
名前のせいだではない気がする。なんて、思いながら、わたしは「春山月乃です」と自分の名前を名乗っておいた。
「白石さんに、春山さんか。可愛らしい子たちで良かった。2人ともよろしく」
「あたしたち4人、同じくらいの大きさ同士で仲良くしていこっか」と詩葉先輩も楽しそうに続いてくれた。巨大少女用の学校、ここに来るまではどんなところなのだろうかと不安もあったけれど、みんな優しい人ばかりで安心した。まあ、東條さんはちょっとだけ怖いけど……。
「じゃあ、これで入学式終わりでいっか」
詩葉先輩が勝手に終わらせようとすると、詩葉先輩の胸元から声がする。
「せめて、担任の許可くらいは取りなさいよ……」
萩原先生は諦めたように嘆いていたのだった。




