第1話:現代がファンタジー
突如現れたモンスターとダンジョンによって、日常は崩壊した。
「おらの畑が……」
「おじいちゃん! 逃げるよ!」
どこかの畑にはダンジョンの入り口に飲み込まれ、
「頼む! 俺も乗せてくれ!」
「もうこれ以上無理だ!」
どこかの町ではモンスターから人々が逃げ惑い、
「嘘だろ……」
「こんなのどうしろって言うんだよ」
自衛隊は巨大な怪物を前に絶望した。
「ようやく俺が本気を出す時が来た!」
「異世界きたーーーー!!」
ネット掲示板は密かに沸いていた。
人類は滅ぶのか、誰しもの頭に過ったが神は人々を見捨てていなかった。
『職業を選択してください』
「なんだこれ……?」
人々はこの職業の選択が自身の未来を決めると気付き、慎重に決断していくのだったーーどこかの誰かを除いて。
「ん?」
『職業:商人が選択されました』
「ふぁ~、寝よ」
この時、山河蟹男は自分が大事な選択を誤ったことをまだ気が付いていなかった。
○
山河蟹男、蟹好きの父が付けたその名前は同級生に散々からかわれたためあまり好きではなかった。
いつか改名しようと心に誓って十数年、今やその名前をからかってくる人もおらず、六畳一間の安アパートで一人寂しく暮らしている。
夢はない。
三十路となって夢を見ることさえ敵わないほど、現実を知ってしまった。
つまらない人生だ、けれどそれが努力も才能もない自分には相応しいのだと自身に言い聞かせる日々。
仕事をこなし、少ない給金をやりくりし、漠然とした不安を抱えながらも穏やかに過ごす。 それは死ぬまで続くはずだった。
しかしそんな日常はある日を境に終わった。
蟹男は理解していた。
大きな変化が起こった時、速やかに正しい選択をした者は大きな利益を得ることができると。
「職業か……やっぱり戦闘職が良いよな」
世間の話題はモンスターやダンジョン一色だった。 東京の辺鄙な町に住んでいたためか、蟹男の近所では騒ぎは起きていない。
故に実感はないが、ニュースやSNSでは現代が物語の異世界のように変わったと理解できた。 それなのに、
『職業:商人』
鏡で見た自分の横に表示される文字。
「どうしてこうなった……」
異世界化した現代で、人間も変化したらしい。
ゲームのように職業を選ぶことができて、それによって魔法が使えたり、人知を越えた怪力になったりーーまるで世界がアップデートされたようなことが起こっていた。
職業の選択は今後の人生を決める。
そんなこと子供でも分かる。 それなのに蟹男は戦うことも、守ることもできない。
わざわざ選ぶ必要もない商人となっていた。
「ああ、昨日寝惚けてやっちまったのかなあ」
蟹男は四つん這いになって絶望した。
「終わった……」
物語のように成り上がるなんてもはや不可能。 そもそも生き残れるかも難しくなってしまった。
その時、
ーーgruuuuuuu
部屋の外から何かの唸り声が聞こえてきた。