7 ニナちゃん
更新が止まってしまい、すみません。ちょっとき、ではなく、個人的に受け入れられない小説を読んでWEB小説自体に苦手意識が芽生えてしまいまして。何とか自分の小説を執筆できるくらいには復活したので、またのんびりですが更新再開します。
悪いことは重なるもので。リーゲルは第一王子の立太子に伴う式典などへ出席する為、中央に戻らなければならなくなった。役所の一室にて、ソファで項垂れるじめじめリーゲルへ向けてニナは適当に励ます。
「そんなに落ち込むな―。辺境伯は二日に一回しかエリスに会いに来ないんだぞー」
「……しかし、今回中央に戻れば一か月は帰って来れないのです。それどころか兄上に中央に居ろと命じられる可能性も……」
王太子が第一王子に内定し、何もかも良い方に転ぶかと思いきや元第二王子派閥の者達がなかなかしぶとく、第一王子派閥は対応に手を焼かされている。そんな中で信の置ける腹心を増やしておきたい第一王子はどうもリーゲルを中央に戻したいらしく、それとなく圧を掛けてきていた。
「よっしゃ、第一王子爆散させちゃるー」
「ニナ嬢」
「あい、冗談でつ」
この発言は王族として看過できないという強い視線に即負けした珍しいニナの反応に、驚きつつ少し申し訳なくなったリーゲルは言葉を付け足す。
「ニナ嬢の気持ちは嬉しいですよ。アルテオ兄上が居なくなれば確かに僕は中央に戻らなくて済みますから。しかし、国にはアルテオ兄上のような者が必要なのです」
「弟の恋路邪魔する兄ちゃんなのにー?」
確かに、第一王子アルテオは兄としては間違っているかもしれない。しかし、国を成立させるシステムとしての王となるべく育てられ、己の感情よりも国を第一とする思考を持つ彼が他者にも国を優先しろと強いるのは仕方がないことなのだとも言える。
「俺が国優先するから他人もそうしろってーゆーの、我がままじゃーん」
「いえ、どちらかというと、アルテオ兄上は本気で感情を優先させる人間を理解できないのでしょう」
エリスや辺境伯以上に幼い頃から何でも出来る完璧超人であるが故に第一王子は少々感情が乏しいのである。周りもそれを良しとし、ただ彼に感情に左右されない王という駒となるように仕向けた。
「なんかその話聞いてたらお前の兄ちゃんかわいそに思えてきた……ニナさんと会う前のエリスじゃん……」
「前国王の祖父が情に厚い王であったが故の失敗から、現国王の父上は人間に対して冷たい王となってしまった。それを補佐する宰相たちが苦労しているので、次は感情の希薄なただ王としての責務を全うするだけの存在が求められたのです。これにはアルテオ兄上自身が納得していますので、本人は不幸とは思っていませんよ」
「あれ? じゃあ第二王子派閥は? なんで感情優先のアホ推してたの?」
「国のことを一切考えない愚か者の集まりだからです」
「わーお、言い切った。そいつらが今も周りに迷惑かけてるせいでお前の兄ちゃん苦労してんだなー」
「ええ、その通り……」
ニナと会話している内に少し冷静さを取り戻したリーゲルが小さく息を吐いてから背筋を伸ばす。
「思うと、辺境に来てからは少し王族としての思考が薄くなってしまっていたん」
「学校でエリスに惚れてからずっとじゃねー?」
発言を遮られ、図星を突かれたリーゲルは小さく「ん゛っ」と言葉に詰まる。
「そういえばりーげる、子供の頃からエリスのこと知ってたのに何で一年の最初からじゃなく途中からエリスに絡んできたんだー?」
リーゲルとエリスは確かに学園入学前から顔見知りではあった。
「それは、以前言った通りエリス様とニナ嬢を見て、幼い頃の僕と妹を思い出したからですね」
「それはうそだろー。ニナさんダシにしてエリスに近づこうとしてたじゃん」
再び図星を突かれて咳払いで誤魔化すリーゲルだが、一度気になると解決するまで諦めない質のニナは追及を緩めない。
「言えやこらー、何で突然エリスに絡んできたー言えやこらー」
ニナがびすびすと人差し指でリーゲルの横腹をつつく。こうなったニナから逃げるのは至難の業だ。ここで誤魔化しても諦めない彼女はエリスのいる場所で再び聞き出そうとするだろう。観念した彼は素直に話すことにする。
「……僕がエリス様に抱いていた印象は美しいが心が凍り付いている令嬢というもので哀れだと感じましたが、近づこうとはしませんでした。ヴェイン兄上の婚約者ですから、僕は立場上接触しない方が良い、そう思っていました。その考えが、突然雷に打たれたような衝撃と共に覆されたのです。ニナ嬢、貴女を膝で寝かしつけるエリス様の心からの慈愛に満ちた笑みを見た、あの日から」
「つまり……エリスの笑った顔見て惚れたと……!?」
言葉にされると少し恥ずかしいなと思いつつ、リーゲルが頷く。
「その時点でエリスは第二王子の婚約者……つまり自分の兄ちゃんの未来の嫁に惚れたと……!?」
本当に改めて言葉にされると恥ずかしい、どころか少々よろしくない状況だったなと、リーゲルが再び咳払いする。
「兄ちゃんの未来の嫁に横恋慕……!?」
しかも、それを理解した上でエリスに近づこうとしたという、不倫一直線コースであった。
「兄ちゃんの未来の嫁を寝取ろうと……!?」
「ニナ嬢、もうやめて下さい……」
リーゲルが少々赤くなった顔を片手で隠すようにして、ニナを制止する。が、面白くなってきたニナは続ける。
「兄ちゃんの未来の……」
「ニナ嬢、これ、チョコレートマフィンです」
咄嗟にこんなこともあろうかと後ろの棚に隠していた秘密兵器を差し出す。
「わーい、ニナさんちょこすき」
すぐにバスケットを開けてマフィンを取り出しかぶりつくニナに安堵するが、恋慕をエリスにバラされるのは不味いと、これまたこんなこともあろうかと考えていた策を講じる。
「美味しいですか?」
「んお、なにこれちょううまうまー! なにこれー!」
今迄に無い程にがっつくニナにリーゲルが告げる。
「それは僕が作りました」
これは嘘だが、このマフィンを用意できるのはリーゲルだけであるのでバレることは無いと踏んでいる。
「おっへえええええ、ごふっごふっ」
驚きやらなにやらで咽たニナにリーゲルが苦笑する。
「美味しかったのでは?」
「うん……?」
美味しくない筈がない。今までにニナが好んだ味を把握させ、素材から厳選し彼女の口に合うように計算して作らせたものだからだ。
リーゲルには中央から連れてきた専属料理人がいる。彼は味を数値として感じる感覚を持っているのだと自称しているが、誰にも理解されず変人扱いされていた。以前からニナをいざという時コントロールする術を複数模索しているリーゲルが彼の発言に賭けてみるのも手かと採用したのだ。彼は自分の話を信じてくれたリーゲルに大変忠実でニナ好みのお菓子も複数考案してくれた。そのひとつが先程渡したマフィン。ニナの反応から、専属料理人の持つ感覚は確かなものだったのだと理解したリーゲルは基本給を上げてやらねばと考えつつ、目の前で複雑な顔をしてマフィンとにらめっこする者に声を掛ける。
「僕が作ったと聞いたら美味しく無いですか」
それを聞いて、ニナが再びマフィンを齧り、あっという間に完食する。
「……何か納得できないけどうまい」
「もっと沢山食べたいと思いませんか」
手に残る紙のマフィンカップを見詰めて「ぐぬぬ」と唸り出すニナ。
「……くやしいけどもっとほし…………」
ニナが完全敗北したという雰囲気を纏わせながらしょんもりする。
専属料理人にニナが接触して彼を懐柔するのを危惧しての自作発言だったが、ここまで葛藤されるとは、彼女は本当にエリスとの仲を取り持ってくれるのかと心配になるリーゲルであった。
「では先ほどの発言をエリス様に秘密にしていただけるなら、今後も提供しましょう」
「くっそー交換条件かよ、くっそー。まあ、黙ってるくらいならいいけどー。リーゲルのお菓子に屈したのが気に入らなくっしょおおお」
ソファにぼすっと音を立てて座り、足をバタバタさせてニナが悔しがる。
「ちなみにマフィンだけでなくクッキーもあります」
後ろの棚から様々な動物の形をしたクッキーが収められた大きな瓶を取り出す。
「にゃんだと」
「これは以前エリス様が作って下さった物の方が美味でしたし、取引無しで差し上げますよ。日持ちするのでエリス様と召し上がって下さい」
「ヤッター」
さっそくシャクシャクと夢中でクッキーを貪るニナを見て、しまった、これも使えたかと若干後悔したがもう遅い。
「食べ過ぎには注意してくださいね」
「えー」
「夕食が入らなければお菓子の食べ過ぎだとエリス様に叱られますよ」
「はっ、そうであった」
辺境軍兵士から甘い物を沢山貰い、全部食べて叱られてたことがあるので大人しくニナは瓶に蓋をした。
「さて、話を戻しますが、僕は中央へ戻るのでエリス様のことを頼みますよ、ニナ嬢。くれぐれも城で間違いなど起きないように……」
自分で言って置いて再び落ち込むリーゲルを見て、ニナは
「あーもー、ジメるな。めんどくさい」
「ジメってません……」
こうも何度もジメられると流石に鬱陶しいなと、ニナは少しイラついた。それから抱えているクッキーの瓶とリーゲルへ交互に視線を遣り、
「しゃーねーなー。ニナさんがどうにかしてやるよ」
「どうにか、とは?」
まさか、また第一王子を爆散とでも言うのかと思いきや。
「ニナさん、抑圧している自分を解放しちゃる」
「……はい?」
ただでさえ自由なのに何をいっているのかと、そう思った次の瞬間、突然ニナが強く発光する。それは一瞬だがリーゲルの視界を奪う程の強さだった。
「ニナちゃん爆誕!」
ニナが先程まで座っていた場所に、ちんまりとした五、六歳ほどの子供が座っている。その子供は銀の髪と緑の瞳を持っていて、纏う外套も間違いなく魔術師団の物。
「に、ニナ嬢? まさか、変身魔法……!?」
変身魔法はこの国では禁術とされている、極一部の者しか知りえない術だ。しかし、目の前で起きた現象を説明するには禁術しか思い浮かばない。
「なんかよくわからんけど、きんじゅちゅらしーなー。ニナちゃん、拾われたときから使えたけど」
「それは、魔術師団に報告していますか」
「ちてるー。ニナちゃんはちゅかっていいってーてってーてってってーれ」
何やら不可解な点が多いが、魔術師団が把握しており、ニナの持つ特権で使用が許可されているのなら問題はないな、とリーゲルは深く考えないことにした。
──いや、でも、拾われた時点でこれが使えたという事は、ニナ嬢の本当の年齢は本格的に分からなくなるのでは。何らかの理由で人格に関する記憶のみ喪失し、魔術に関する記憶が残っている状態で発見されたと仮定すれば……それに徹底管理されている禁術がどこかで……ええい、深く考えるのは止めにするんだ!
「これは使えますよ、ニナ嬢! 貴女の今の姿をエリス様が目にすれば大喜びでしょう。今以上にニナ嬢の面倒を見たがるはずだ!」
「だよなー。だからよくないと思って今迄使わなかった」
ニナは本能的にエリスが愛情の置き場を欲しているのを察している。おそらく子供の頃、母親と愛猫に向けていたそれは、父の再婚以降表へ出る事無くさまよい続け、学園でニナと出会ってから、より強くなって現れているのだろう。
「エリスって愛されるより、愛したいタイプよなー」
「ええ、それは僕も薄々感じていました」
「恋愛でいうと追いかけられるより追いかけたい?」
「ですね」
「りーげると辺境伯、エリス手に入れるのはなからむりじゃね?」
「それは言わないで下さい……現実だとしても直視したくない……」
リーゲルも子供になれば愛されるぜと言うニナに、それは欲しい愛じゃないとリーゲルは答えたのだった。