13 予期せぬ来客
「やっぱり私の子孫にニナの傍に居てもらうのが一番良いと思うの」
数日間の話し合いでもエリスの考えは変わらない。少し前までニナと一緒に居られる今が幸せだから誰かと恋愛するなど、ましてや結婚など必要の無いことであったが、いずれ独りになるニナの為に子供を産まねばと強く意思を固めてしまった。
深く考えずにエリスに似た人間が今後も傍に居てくれるのは「うれしい」とついうっかり発言してしまったニナだが、やはりそれはよくないとエリスに説得を試みたが無意味であった。そもそもニナにはシェンテ男爵家という家族がいると言っても「ニナは今後も辺境で過ごすのだからシェンテ男爵家一族とは疎遠になるはず」、ニナは今後も新しい友人を作るから一人ぼっちじゃないと言っても「新しく友人が出来てもニナの正体を明かす事はできないから、事情を知ったエリスの子孫たちが居た方が良いに決まっている」と言い切るエリスの中でもう結論は出ているのだった。
だから、ニナは言いたくは無かった一言を発する事にした。
「そもそもエリスはわたしの親でも何でもないのだ。ともだちでも結局は他人……」
違うとわかっていても、すっかりニナの母親気分だったエリスは胸を押さえ傷ついた表情になる。
「他人の人生を勝手に決めちゃう権利は誰にもない。だからエリスが子孫をニナちゃん係にするのは過干渉っていうの? だからダメ」
ニナが孤独になるのを防ぎたいエリスはこの発言にも負けなかった。
「……そう、そうね。他人の人生だもの。だからニナが私の人生に口出しする権利も無いの」
「ふぁっ!?」
「私が子供を作ってにニナと仲良くしてねとお願いするのは私の自由なのよ」
言い返したいが、如何せん精神が幼いニナは引っ掛かることを上手く言語化できない。ニナの今後の人生の為に子供を作るなんて重大なことを決めてほしくない、だがエリスはそれを望んでいる。自分の主張が正しいのか、エリスの意思を尊重するのが正しいのか、己や他人の人生について重大な決断など下したことの無いニナは混乱した。
エリスの考えを変えさせるのは今は無理だと感じたニナは、急いで結婚するのは無し、子孫に強制させるのは無しと条件を出した。後の事はその時考えていくしかない。
そもそも、ニナと同居しているエリスはこれ以上の幸せを望んではいない。辺境伯やリーゲルに好意を向けられても鈍いのは生来の資質もあるが、ニナの以上の存在を求めていないことも関係している。何となくそんな気配をニナは感じていた。これは良くない、でもいつかは自然にエリスは誰かと結婚して、ニナも精神的に大人になるのだ、なんて適当に考えていたが寿命問題が出てきてややこしくなってしまった。何が最適解なのかわからない。とりあえずエリスのしたいようにさせることが、後に後悔しないでいられるかもしれないと思うしかない。
頑ななエリスを相手にして疲れ机に突っ伏しているニナの姿はニナちゃん状態である。魂が五、六歳なら幼児状態でいた方が精神上良いに違いないとエリスが強く推すので基地や城ではこの姿で過ごす事になったのだ。
「まずは結婚相手ね。どうやって探しましょう……」
「えりすー、雑婚活ダメ」
「ええ、それはわかってるわ」
「急いで決めなくても、今後も普通に生活して良いな―って思う人と結婚したらよろし」
「そうね、でも私は聖女だなんて呼ばれてしまっているから……普通に生活は少し難しいかしら」
「ハッ……そうだった……」
魔族の事や寿命の事でニナはすっかり忘れていたが、エリスは聖女騒動の余波に未だ影響を受けているのだ。辺境伯がやんわり止めているものの、聖女信仰は広まりつつあり、辺境伯と聖女の恋愛劇などという噂話も尾ひれがつきまくって盛り上がっている。そんな状況で城の敷地外に出れるはずも無く、エリスは仕事場である基地と借りの住まいである城を往復するだけの毎日だ。
事態が落ち着いても聖女と評される稀な魔力を持っているのは間違いない為、良からぬ輩が近づいてくるのも容易に予想できる中で伴侶となる人との出会いを待つなどのんびり構えていられるかは微妙だ。人の好い顔をして近づいてくる者ほど怪しい、そんな状況で良い出会いがあったとしてもそれに気付けるだろうか。
「だから、私から積極的に相手を探す必要があると思うの」
「えー」
「聖女騒動の前から私と面識があって、騒動後も私と接する態度が変わらない人が良いかもしれないと思っているのだけど……」
「あー、なるほど」
確かに、それは理にかなった判断とも言える。王都に居る人間は距離的に無理として、辺境に来てから知り合った人間だけでも働く場所が城の敷地である事から、かなり人数が多い。あせらずゆっくりと既存の知人の中から自分が良いと思う人間を探せば良いのだ。
ニナとしてはリーゲルを推していたが、辺境伯も真剣にエリスの事を考える頭は持っていたと分かったので拘る必要も無い。それに、この二人から選ばなくてならないのではないのだから、例えニナの為に子供を作るのがエリスの中で最優先だとしても、彼女が良いと思う相手を見つけて欲しい。そうでないとニナは今後長い人生で一生負い目を引き摺るだろう。
ニナが遠い先を思い暗くなりかけた所で、エリスは何か言いたげに小さく口をはくはくさせた。ニナが首を傾げる。
「ええと、決して急いで結婚しようとは思っていないと先に言って置くわね。その……何というか、辺境伯様は私に好意を抱いてくれているように感じるの。……でもニナが嫌、よね?」
「エリスの結婚相手はエリスが選ぶべき、ニナちゃんは口出さない」
今まではエリスに近づく辺境伯を追い払っていたニナとは思えない発言に驚くエリス。だが、子孫にニナの傍に居てもらうためにはニナが嫌悪感を感じない相手にしなくてはと考えているので食い下がる。
「そう……でも、一応友人として辺境伯様をどう思っているかを聞いておきたいのだけど駄目かしら」
いきなりとも言える心境変化を言葉で説明するのは今のニナには難しい。それに、ニナが寿命差を気にしてエリスに干渉するのを控える気なのだとエリスが知れば、ばぶニナ廃業時の絶望顔エリスの再来だ。それは避けたいニナは素直に答える事にした。
「うーん、つい最近は嫌じゃなくなったかも?」
その言葉にまたもや驚くエリス。
「そ、そう……」
ニナが嫌でないならば、と思うが、何故か辺境伯とそういう仲になるのはしっくりこないエリスが首を傾げる。
「エリスはいや?」
「嫌というか、何故好かれているのか全くわからないの」
「ひとめぼれっちゅーやつかも」
「それは無いと思うわ」
エリスはニナよりも先に辺境に来ていた。基地で治療師として挨拶の後は特に接触も無く、働いている時に何度も辺境伯を見かけたが特に声を掛けられる事が無かった。それがある日突然辺境伯が頻繁に話しかけてくるようになったのだ。特にこれといった理由がわからず戸惑いが大きいのである。
「ふーむ、それはなぞ。でもニナちゃんが医務室に居座り始めた頃には辺境伯エリスにめろめろだったけど、いつから辺境伯口説きにきた?」
「……ニナが辺境に来てすぐだった気がするわ」
「ぬーん、何かひっかかるから直接確かめにいってくりゅ!」
エリスが止める間もなくニナは辺境伯の元へ向かった。
□
「辺境伯なんでエリス好きなんじゃい!!!!」
突如、辺境伯の執務室に押し掛けたニナの第一声がこれである。室内の文官達は衝撃で固まっている者、辺境伯の答えを聞き逃すまいとしている者、我関せずと仕事している者、など様々である。
辺境伯は手にしていたペンを置くと、机に肘を置き手を組む。
「ニナよ、それは今で無いと駄目か?」
「だめでーす」
ぴょんぴょん跳ねながら急かすニナの言葉に辺境伯が隣の秘書官アルバへ視線を向ける。ニナに嫌われると面倒事が増えそうなのでアルバは頷いた。
「仕方が無いですね。十分だけ時間を許します」
「ひょー、ひしょかんにーちゃん良いやつー」
場所を変え、隣の小さな応接間へ。
「で、何で好きなんじゃい」
長椅子でごろりと横になったニナの問いに、辺境伯は瞼を閉じて記憶を掘り返す。
「そう、あれは忘れもしない初夏の頃、私は珍しく目覚めた直後、良い夢を見たなと感じ……」
「長くなりそうだから短くして!」
「夏に遅れてお前が配属されただろう」
「うん」
「エリスは市壁の検問所までお前を迎えに行っていたな、私も偶然別の件でその場に居たのだ」
「ほお」
「そこで私はエリスの瞳が喜びに輝くのを始めて目にしてな、お前を見詰めるエリスの笑顔は慈愛に……」
「ちょっとまて! 前それおんなじの聞いた!」
この話を誰かにするのは初めてだというのに、どういうことだと、嫌な予感がする辺境伯。
「りーげると一緒! おんなじ! りーげるも辺境伯も、ニナちゃんに対して笑ってるエリスが好きなんじゃん!」
辺境伯は一時停止してしまう。ちなみにニナの大きい声は隣の執務室に丸聞こえである。
「奴も……だと……!?」
エリスの笑顔が慈愛の女神の如く美しく、同時に可憐で愛らしいのは間違いないが、リーゲルと同じと言うのが気に食わない。
「こりゃー、エリスはどっち選んでもおんなじですわー」
「それはない……! 奴よりも私はエリスを好いている。より幸せにする自信もある」
「そりゃー、りーげるもそういいますわー」
「私は辺境伯だ。エリスの子孫が今後お前を庇護するなら我が一族が適任だ」
「りーげるも一応まだ王子ですし」
リーゲルは第一王子の臣下であるが、籍は未だ王族なのだ。これには何も反論できない。
「じゃあニナちゃん、エリスに報告しゅる! さいなら!」
またもや止められる間もなく駆け出す素早いニナであった。
□
「ただいまえりしゅー……って誰やねん!」
エリスの元へ戻ったニナの目の前にはエリスと見慣れぬ人間の姿があった。その者は淡い空色の髪に金の瞳の男。
「んん~?」
リーゲルと同じ色を持つその男をまじまじと見つめるニナ。そんな彼女の様子に男はへらりと笑う。男は整った顔立ちをしており、そんな笑い方でも相手に不快感を与えない。細部は違うが、どことなく顔立ちまでリーゲルに似ている男の顔を指差してニナが叫ぶ。
「そこはかとなくりーげる感あるコイツだれ!?」
「こら、ニナ。人を指差しては駄目よ。この方はリーゲル殿下の双子のご令兄、リオス殿下。学園で何度か目にしていると思うけどお会いするのは初めてだったかしら?」
紹介されたリオスは堅苦しい挨拶は抜きで良いと言う。
「ニナチャンって呼んでいい?」
「ゆるす」
エリスがお茶を淹れに言っている間に二人は部屋の端にある向かい合わせの長椅子に腰を下ろした。
「ニナチャンさ~、ミョー好きなんだって?」
「うん」
リオスが手荷物の中からある物をすっと取り出す。白くてふわふわの物体がいくつか連なったそれは。
「ミョーのちっこいぬいぐるみいっぱい!」
「王都で今流行ってんだ~、こういう小さいぬいぐるみを鞄につけたりすんの。はい、あげる」
ミョーの小さなマスコットはそれぞれ頭に小鳥や花など乗せていて少しずつデザインが異なるものだった。
「わーい、みょーぐるみはもってるけど、こんな小さいくて色んなのは持ってない」
手に持ってモフモフしてご満悦のニナ。
「ミョーはいいよな~。可愛いしフワフワな」
「まーなー」
心の中でにわかだなコイツと判断するニナ。
「見た目に反して獰猛だけど知能は高いから誰彼構わず襲う他の魔物とは一線を画す存在。気難しいから飼育は困難。そして、何とか飼育はできても魔族でさえ使役はできない孤高の魔物」
「そうそう」
それなりに知ってはいるのかと見直すニナ。
「そんなミョーを神獣として崇めてた古代の王国があったのはニナチャン知ってる?」
「え!? なにしょれ!?」




