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4.再会--大きな川のほとりにて


 天使たちの前から姿を消したミカは、筒状のトンネルの中を運ばれていきました。

 22年に少し満たない人生が、走馬灯のように浮かんできます。出会った人たちのこと。おかあさん。おとうさん。おじいちゃん。おばあちゃん。「ミクッツ」のマイ、ヨッシー、タエコ、前任メインボーカルのミク。軽音部のマーちゃん、ナッチ。中学から一緒だったリツコ。マーちゃんの後輩のクーちゃん。顧問の香川先生。担任の松本先生。スタジオ「ソヌス」の戸松さん。付属病院ホールの福田さん。ハンバーガーショップ「JUJU」の半澤さん。タエコのお兄さまの恵一さん。県立天歌高校陸上部のコトネちゃんとカケルくん。先生方。クラスメイト、そして...ノエル...あれ、おかしい。あとひとり、大事な人がいるはずなのに...どうしてだろう、思い出せない...


 トンネルを抜けると、そこは春の花園。タンポポ、レンゲソウ、シロツメクサ、ナズナ...季節の花が一面に咲く野原にミカは立っています。どちらからともなく降り注ぐ、うららかな日差しが心地よく感じます。

 自分で動けるようになったミカは、導かれるように少し先の岸辺へと向かいました。近づくにつれ、水面を覆う川霧の向こうに、対岸の陸地がかすかに見えるような気がします。

 ほどなく岸辺に辿り着きました。目の前に広がるのは大きな川。見たところ流れはゆったりとしているようです。小さな波が河岸に寄せては返します。


 川霧の中から「ポンポンポンポン」という音が聞こえてきました。やがて一艘のボートが、姿を現わし近づいてきました。天歌の漁港で見かける小型漁船にもない、ずいぶんと古い型のエンジンのようです。

 5人も乗ったら一杯になってしまいそうな、小さなボートに乗っているのは二人。

 艫のところでエンジンと舵を操っているのは、顔から足まで一面真っ青で、腰に立派なパンツを穿いただけのモジャモジャ頭の男性らしき人。がっしりとした体で、身長は2mくらいあるでしょうか。近づくにつれて、おでこの上のあたりの左右に、わずかに曲がった円錐形の突起がついているのがわかりました。

「あの人、ひょっとして鬼?」とミカは思います。


 そして舳先に座っている男性。こちらはふつうの人間の姿です。ボートが近づくにつれて、懐かしさが込み上げてきました。

 そう。ノエルです。ノエルがこちらに向かってきます。

「ノエル!」と叫びたいのだけれど、ミカは胸がいっぱいで声が出ません。

 進むにつれてボートの舳先が川面を切り裂き、波紋が左右に広がります。見る見る大きくなるノエルの姿。顔にはあの優しい、にこやかな表情を浮かべています。

 川岸まであと10mくらいになったところで、ノエルが立ち上がり、右手を上げました。ミカも右手を上げて応えます。


 ノエルこと中上なかがみ 乃恵留のえるとミカは、中学のときの同級生でした。周囲が「つき合っている」と思うほど仲が良かったのですが、中学3年の秋の文化祭のときにちょっとした行き違いがあって、それ以降口をきかなくなりました。高校は、ノエルは県立の進学校、ミカはルミ女に進学しました。

 二人が再会したのは、高校2年のとき。ノエルがたまたま、ミカが演奏するバンドのステージを観たことがきっかけでした。そのときノエルは入院していました。ほどなくミカは、彼が余命宣告されていることを知ります。

 バンド活動をしながら、ミカは入退院を繰り返すノエルに寄り添いました。高校3年の夏休み以降、ノエルはずっと入院するようになり、ミカは足繁くお見舞いに通いました。病室で二人きりのときは、ほとんど恋人であるかのような振る舞いもしましたが、ノエルは最後の一線を決して越えようとはしませんでした。あとわずかで命が尽きることがわかっている自分の運命に、ミカを縛りつけたくなかったのです。

 その年のクリスマスイブ、ちょうど18歳の誕生日に、ノエルはミカが歌う思い出の曲に送られて静かに旅立ちました。


 青鬼がボートの舵を器用に操り、川岸の浅瀬に横向きに接岸させました。先にノエルが、続いて青鬼がボートから下りました。浅瀬を渡ってこちらへ歩いてくるノエル。青鬼は杭にロープを引っ掛けてボートを固定します。

 川岸で待っていたミカの前に、ノエルが立ちました。青鬼は、少し離れたところにある木造の小屋の中に入りました。


「ノエル!」

 ミカはやっと声を出すことができました。

「おう、ミカ。久しぶり。元気か?...っつうか、元気だったらこんなところにはいないよな」

「ここは、ひょっとして三途の川?」

「ご明察。ここを渡ると、閻魔庁があって、その隣に地獄、反対側には極楽浄土が広がっている」

 対岸のほうを指しながら、ノエルが説明します。


「ここが三途の川なら、わたしと一緒に渡る人たちはどこにいるの? それに、なぜノエルがやってきたの?」

「一般の渡し場は、ずっと下流のほうにある。ここは、特別な渡し場だ」とノエル。

「それからオレがここにきたのは、閻魔大王に直々に命じられてのことだ」

 ノエルは、いきさつを話し始めました。

 ノエルは死後、閻魔大王のお裁きで極楽浄土へ行くことができました。18年の短い人生では、大した罪を犯すこともなかったからです。浄土でしばらく過ごしていると、閻魔庁からアルバイトの募集がありました。のどかで幸福なのだけれど、いま一つ刺激のない浄土の生活に退屈気味だったノエルは、アルバイトに応募し採用されました。


「閻魔様のところで働いているのって、赤鬼とか青鬼とかじゃないの?」とミカ。

「そう思うだろう。オレも生きてるときはそう思っていた。けれど鬼たちの役割っていうのは、警察とか警備隊、地獄の看守とかに限られるのさ。いまそこの小屋にいる青鬼も、警備隊員のひとりだ」

 人間界でいうならば武官と文官、というところでしょうか。閻魔庁の仕事のうち鬼たちが担うもの以外は、冥官といわれる昔から閻魔庁に勤めるお役人と、ノエルのように浄土から採用された職員が行っているのです。

 働きぶりが認められたノエルは正職員に登用され、閻魔大王のそば近くに仕えて、直接命じられた様々な業務を担当するようになりました。密命を帯びたものを含めていろいろな案件を処理しましたが、三途の川を渡っての案件は、今回が初めてです。


「でも、なぜわざわざ三途の川を渡って、ノエルがわたしを迎えにやってくるの? 死ぬんだったら、普通にわたしが三途の川を渡ればいいだけのことじゃないの?」とミカ。

「それがそうでもないんだ」

 ノエルは一呼吸おいて続けます。

「おまえは、まだ死ぬと決まったわけじゃない」

「えっ?」

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