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2.異変、そして...


「わたし、ときどきこのあたりがムズムズするんだよ」

 背中の肩甲骨のあたりに右手を回して、ミカがタイシくんに言います。7月下旬の晴れて暑い日のこと。日差しにイチョウ並木の緑が美しく映えています。

「天使だったら羽根が生えているあたりだね。痛みとかは感じないの?」とミカの背中をのぞきこむようにしてタイシくん。

「うん。ちょっとムズムズするだけ」

「いつから?」

「高校の頃からかなあ。本当にときどきなんだけど」

 T県西部の天歌あまうた市にある国立天歌大学。キャンパスのメインストリートを歩く二人は医学部医学科で学ぶ医者の卵です。

 二人は高校時代、学校は別ですが同学年でした。ストレートで合格したタイシくんこと中村なかむら 大志たいしは4年生、一浪したミカこと森宮美香は3年生です。


 世界的なパンデミックが波及した最初の頃は、キャンパスに通う機会がほとんどなくなりました。その後徐々に元に戻り、いまではほとんどの授業が、マスク着用、座席の間隔をとって、キャンパスで行われます。

 3年生のミカは、専門科目の講義の真っ盛り。4年生のタイシくんは講義の締めくくりの時期で、後期からは臨床実習に向けたカリキュラムや試験が控えています。お互い忙しい中、昼休み、放課後や土曜日の図書館で一緒に時間を過ごします。

 すれ違いざまに誰もが二度見するほどの美人と、すらっとした好青年のコンビ。キャンパスで肩を並べて歩く微笑ましい姿は、恋人と言われてもおかしくありません。けれど当人同士、特にミカはそのことを否定します。いわく「二人は医学の道を志す『同志』」なのだと。そのへんの事情は、追々お話しすることになります。


 ミカが体にちょっとした異変を感じたのは。夏休みに入ってすぐの夜のことでした。

 私立ルミナス女子高校、通称「ルミ女」の2年から3年の1年間、彼女は軽音部のバンド「ミクッツ」でベースとメインボーカルをやっていました。卒業後バンド活動はしていませんが、ときどき楽器を出してきて小さな声で歌うことがあります。

 その日も寝る前にベースを抱えてちょっと歌おうとしましたが、声がかすれてうまく歌えません。よもや感染症?と思って熱を測ってみたら平熱でした。一晩寝て変わらなかったら考えよう、と思って、その日はそのまま眠りにつきました。

 翌朝起きてみると、声は元通り。熱も平熱でしたので、そのまま気にせずにいました。


 数日後、8月になりました。

 感染症の流行の波に再び襲われ、ミカたちが住むT県の感染者数も、日を追うごとに増加しています。

 一緒に住んでいるおじいちゃん、おばあちゃんと夕飯を食べ、ミカが自分の部屋に戻って1時間ほどしたときでした。背中の肩甲骨のあたりに痛みを感じました。

 熱はありません。少し様子を見ましたが、痛みはおさまらないばかりか、少しずつですが強くなっています。数日前に声がかすれたことも気になって、タイシくんに電話して相談しました。

 タイシくんのお父さまは循環器を専門とするお医者様で、ご自宅で「中村内科クリニック」という医院を開業されています。ミカから相談されたタイシくんがお父さまの中村先生に相談したところ、「診療時間外だがすぐに来るように」とのことでした。


 ミカは11歳のとき、高速道路のパーキングで自動車事故に遭い、母親を亡くしました。一緒にいたミカは軽傷ですんだ(ことになっている)のですが、実はそのとき、医師も簡単には気づかないような、ほんの小さな傷が心臓の近くの血管に残りました。それから10年間、その傷はなにも起こすことはありませんでした。ところがもうすぐ22歳になろうとしていたミカの体に、この小さな傷がきっかけとなる異変が起こり、急速に大きくなっていたのです。


 タクシーで中村内科クリニックに行ったミカは、中村先生に背中の痛みと声のかすれについて話しました。

 先生はすぐにレントゲン検査をし「緊急入院が必要」と仰ると、国立天歌大学医学部付属病院に連絡して受け入れの依頼をしました。タイシくんは119番に連絡しましたが、感染症の流行拡大で救急搬送の手配がなかなかつかず、30分以上かかるとのことでした。

 ミカの背中の痛みは徐々に強くなっていきます。おじいちゃんに電話して、急遽付属病院に行くことになったことを伝えたころには、話をするのもつらい状態でした。タイシくんがお父さまに「家の車で運んでは」と提案しましたが、「無理な体勢で揺さぶられると、急激に悪化する危険がある。万が一の場合の対応もできない」ということで、救急車の到着を待つことにしました。


 看護師であるタイシくんのお母さまが点滴をセットし、待つこと30分。やっと救急車が到着しました。医院のベッドからストレッチャーに移され、ミカは救急車の中に運び込まれます。付き添いとして中村先生とタイシくんの二人が乗り込みました。先生は、病院の医師に診断内容と経過について引き継いだら、翌日の診察もあるので戻る予定です。「学生の身分でまだ何もできるわけではないが、経験にはなるだろう」とお父さまに言われたタイシくんが、病院に残って付き添うことになりました。


 タイシくんのお母さまが心配そうに見送る中、ミカを運ぶ救急車が、中村内科クリニックから国立天歌大学医学部付属病院へと出発しました。

 ミカが付属病院に運び込まれたときには、最初に背中の痛みを感じてから1時間ほど経過し、思わずうめき声を漏らすほどになっていました。救命救急入口からCTの検査室へ運ばれる途中で、ミカの上半身、背中から胸の広い範囲に激痛が走りました。

「うっ」とひとこと叫ぶと、ミカは気を失いました...


 気がつくと、ミカは手術室の天井のすぐ下に、横向けになって浮かんでいました。

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