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地獄に天使  作者: ふゆづき
冥界・人界編
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英雄の剣

 伝説の英雄が使っていた武具を手に入れればその伝説にあやかれたり、売り飛ばしてお金に換えたり、様々な恩恵に与れるのだが、それは同時にリスクも背負う。

 同じく探していた競争相手によって強奪されたり、探索中に事故に遭ったりして命を落とすことすらあるのが常だった。

 そうして探される英雄の武具の中でも、最も多くの偽物が作られたりしている武具がエルイラーナ王国の英雄の一人、一角馬殺しのドットの剣だった。

 冥界の天使グラセルの羽を材料にしており、魔獣に対して比類なき力を持つというその剣はあらゆる物を苦もなく切り裂いたと伝わっている。

「……だって。どうする、ドット」

 新聞を片手におもしろがるように問うのは、豪奢な金髪を揺らす優男、フェジオだ。

 対する白髪に近い金髪の男は先程から真っ黒な狼の毛皮をブラシで丹念に梳っている。

「どうするもこうするもあるか。無名の剣を手に自分が名を上げるという骨のある奴は居ないのか?」

 そう言う彼の手には『ラウル』と書かれた狼専用のブラシがあり、側のゴミ袋には黒い毛がたくさん入っていた。ドットが言うには換毛期はもっと凄いらしい。

「そういえば、今度は現世で死者の誘導だってね」

「ああ、グラセルが言うには伝説の英雄の武具を探してその子孫や縁者などを名乗り立身出世を狙うのが流行っているのだとか」

 くあ、と狼が大きなあくびをしてずらりと鋭い牙が覗く。

「ラウルも行くか?」

『必要になったら呼んでください』

 尻尾が床を軽く叩いた。

「わかった」

 ドットはブラシを置いて赤いリボンを手にし、首に巻いてやる。

「じゃあ、俺は仕事に行ってくる」

『気をつけて』

 冷たい鼻先が手に押し付けられ、ドットは微笑み黒い頭を撫でて剣を手にした。

「行ってくる」

 現世への扉を開いて現世へ到着すると、未だに現世にいる死者たちが居た。

「来い」

 呼べば集まる死者たち……全員がこうならいいのだが、世の中はそんなに甘くない。

 リストと照合して一人足りない。

 応援を送ってもらい誘導を引き継ぎ、自身は探索に向かう。

 現世の貨幣を手に近場の町に行き、パンや水、チーズと酒を買うと酒場の老人に声をかける。

「すまない、このプルゥルという男を知らないか」

 似顔絵を見た老人は眉根を寄せた。

「二十年前、そんな墓荒らしがいた」

「墓荒らし?」

「ああ、古の戦士たちの墓を荒らして副葬品を持ち去るのさ。態度が悪かったから覚えているよ」

「嫌な記憶を聞いてすまない。誰の副葬品を狙っていたんだ」

「英雄ドットの、天使グラセルの羽を使って作られたっていう伝説の剣だったはずだよ。そんなのありやしないだろうにな」

「そうなのか?」

「おう。ドットは実在したかもしれんが天使うんぬんは後付けだろう。実際そんな剣があったら今頃エルイラーナで量産配備されているさ」

(そうなったら最後、グラセルの羽は一枚も残らないな)

 胸の内で涙目の天使を思い浮かべた彼はそっと苦笑して、老人に酒とチーズを渡した。

「ありがとう。体に気をつけて」

「どうも」

 プルゥルという名の男は伝説の剣を探していたらしい。しかも自分の剣。

 グラセルの羽を用いた剣は魔獣相手にしか使わなかったし、日常的に使っていた剣は数打ち物だったのだが。

 ウムブラこと一角馬の首を飛ばしたのも量産品の剣だ。

 自分が老いて剣を満足に扱えなくなった時、夏空と羽の剣はグラセルに返し、他の剣と防具は子供や孫、そこらの若いのにくれてやった。

 その際、ちゃんと数打ち物であると言ってある。

 そうして、自分の手元に残したのはナイフだけだった。

 しかもその用途はというと、グラセルやラウルたちのために果物の皮を剥いたり、二人が狩ってきた獲物の肉を切り分けたりするためだ。

 夏空の剣とグラセルの羽を除いて、自分が武器として手にしたのは一般兵と同じ量産品か、そこらの石ころや木の棒だったような気がする。

 つまるところ、自分は伝説などとうたわれるようなことなど何一つ無いし、特別な武器などほとんど使ってない。

 ただ運が良かっただけだ。

 見た目幼妻でとても強くて賢い天使と、真っ黒で優しい神狼、偉大な竜、そしてトトーラ王妹のララナに愛されただけの、ごく普通の人間だ。

 などということをつらつら考えつつ数多の墓荒らしが命を落とした場所、オークやゴブリンの居城に向かうと、そこは屍の山だった。

 自分が生きていた頃、魔獣などと戦うために派遣された鬼や悪魔たちと人間の間に生まれた混血児たちの末裔が彼らで、まだ本物の鬼や悪魔を覚えている稀有な存在だ。

 だが、最近では知能が異様に低い子供が生まれるようになり獣同然のオークたちもいるため害獣として討伐されるようになり、種族としての寿命が近いのかもしれない。

 そのオークやゴブリンが迷惑顔で人間の死体を引きずって運び出そうとして、ギクリとこちらを見た。

「あ、なんだ、獄卒の旦那ですか」

「お疲れ様。すまないがこの男を知らないか」

 冥府に来てないんだが。

 言って似顔絵を見せるとオークはああ、と手を打った。

「知ってます。俺たちの城を襲って来たため迎撃して仕留めたんですがアンデッドになって、奥の武器庫を占拠しちまったんです。追い出そうにも武器を吸い込んで自分の血肉にしちまうんで手に負えないんです」

「手に負えない割には無事だな」

「これ以上強くならないように閉じ込めているんですが、最近武装した人間がぞろぞろやって来て……もうここの拠点を放棄しようかって話をしています」

 ふむ、とドットは考える。

 このまま非武装のオークやゴブリンを放り出すのはまずい。

 遠からず人間の里などを襲うしかなくなる。

「ならそうだな……人間の一群が来たら砦の外側、人間の後ろにアンデッドが好みそうな武器や武装した人間の死体を置け」

「は、はあ」

「それで砦に戻って、アンデッドが外に出たら同時に戸締りをしろ。アンデッドを締め出せ」

「おお、それなら我々は家を失わずに済む!」

「実行には危険が伴う。気をつけてな」

 さて、アンデッド相手にはグラセルの羽がよく効く。

 腰に差した剣の鞘に手を乗せればほんのりと熱を返す。

 出会ったあの頃より身長が三ミリも伸びたと喜んでいた妻は今どうしているだろうか。

 土産の一つや二つくらい考えた方がいいだろうか。

 などとつらつら考えていると人間の村から冒険者を自称する傭兵たちが出てきた。

 冥府の鬼となり、かつてより強化された耳は風の声をよく拾ってくれる。

 どうやらこの拠点のオークやゴブリンを討伐しに来たらしい。

 生者の縄張り争いには干渉できない。

 ゴブリンたち……彼らの子孫を信じるしかない。

 傭兵たちが門前に到着して門塀に腰掛ける戦士を見つけた。

「あんた、ここはオークとゴブリンの拠点だ。何してるんだ?」

「散歩だ」

 傭兵たちはゲラゲラと笑った。

「こんな所に散歩か! おい、あんたどこのギルドの者だ」

「無所属だ」

 強いて言うならあの世、などと言ったらどんな反応するだろうか。

 傭兵たちはゲラゲラ笑いながら中に入り、しばらくして裸同然の男たちが半狂乱で逃げて来て、追うのは全身が武具の寄せ集めでできたアンデッドだ。

 もはやリビングアーマーとも言えない。

 グラセルが見たらきっと、歩くゴミの山と言うだろう。

 オークたちは作戦通り戸締りをした。

「旦那、ご武運を!」

 片手を振って応え、傭兵の最後の武具を奪ったアンデッドと傭兵の間に割って入った。

「剣を……武器をよこせ……」

「随分と大きくなったな。大人しく冥府に行く気はあるか」

「武器をよこせ!」

「聞く気は無し、か」

 飛ばされた凶刃を軽く弾き飛ばし、ドットは大きく息を吸った。

「我こそはエルイラーナのドット、これなるは天使グラセルの羽を用いた剣だ!」

 アンデッドの目の色が変わり、周辺の武具を吸い込み始めるがドットはそれに逆らうどころか従うように剣を投げた。

 剣はアンデッドに吸い込まれ、その血肉になるかと思われた。

 だが、突如アンデッドは動きを止めてその体がガラガラと崩壊し、中から痩せ細った男の霊体が現れた。

 ドットが犬笛を吹くとドットの影から赤いリボンを首に巻いた漆黒の狼が現れ、ばくりと霊体を咥えると消えた。

 一先ず仕事は終わった。

 彼は無言のまま瓦礫の山を漁って自分の剣を回収し、帰るべく踵を返した。

「……なんの真似だ」

 突きつけられた白刃にドットは新緑の目を細める。

「その剣、本物だろ?」

 暗によこせと言う傭兵にドットは短く息を吐き言った。

「傭兵や冒険者ではなく強盗の類か」

 言って彼は片手で軽く白刃を叩くと剣が折れた。

「は?」

 無言のまま男たちを縛り上げ、町まで引きずり始める。

「……ラウル、すまないが手伝ってくれ」

 再び漆黒の狼がドットの影から現れ、尻尾を振りながら男たちの縄を咥えた。

「ありがとう。帰ったら、ブラシと食事にしよう。ブラシが終わる頃にはグラセルが帰ってくるだろうし、ルプゥ様たちが食事を作り終える頃だろう」

 ピィピィと甘えるように鼻を鳴らし、ラウルは上機嫌に歩調を速め、ドットは微笑み走り出した――二人して傭兵を引きずりながら。

 巨大な狼と共に走りながら男を引きずる姿は町でとても目立ち、すぐに警邏の兵士が飛んできた。

「なんの騒ぎだ」

「すまないがこの男たちを引き取ってくれると助かる。町の外で俺の剣を奪おうとしてきた」

 ピクリとラウルの三角の耳が動いた。

 ギロリと黄金色の目が縛られた男たちを睨み、鋼鉄も易々と噛み砕く鋭い牙を剥き出しに唸り始める。

『グラセル様の羽を?』

「お、おい、あんた飼い主だろ、なんとかしてくれ」

 兵士が小声でドットに訴えるがドットは真顔で返す。

「いや、俺は飼い主じゃない」

 さあ、と兵士の顔が白くなる。

(よく変わるな)

「ふふっ……ラウル、放してやれ。噛むなら牛の骨の方が楽しめると思う」

 す、と前足がわずかに持ち上がった。

「ブラシの前に風呂になるな」

 すなわち、怒られるしご飯が遠退く。

 しゅん、と耳と尻尾が垂れて前足が下ろされ涎まみれの縄が落ちた。

「おまえたちもこれに懲りたら物盗りなどから足を洗え」

「ひゃ、ひゃい」

「あの、お名前を伺っても?」

「ドットだ。こっちはラウル」

 擦り切れた雑巾のようになった男たちを引き渡された兵士はおや、という顔をした。

「あのエルイラーナの英雄の名前をもらったんですね」

「お……」

 濡れた鼻先で突かれ、ドットはよろめいた。

『骨。お腹空いた』

「わかった、帰る、帰るから。牛の骨も用意する……すまないが帰る」

「あの、連絡を取りたい場合はどうすれ……あれ?」

 狼にじゃれつかれていた男と狼は影も形も無くなっていた。

 数年後、兵士の頭に白いものが混じり顔に年齢が刻まれる頃のこと。

 豊穣祭に連れて行けと孫に強請られた彼が神殿に参拝しに行ったのだが、神殿には先客がおり見覚えのある漆黒の狼と、見知らぬ美しい少女がいた。

 巨大な狼の首には赤いリボンが巻かれており、神殿の巫女服を着た少女は無邪気に笑って狼の首に抱きついたり撫でたりと忙しい。

 大地の女神に豊穣を願う舞を捧げる巫女だろうか。それなら笛を奏でる者がいるはずなのだが。

 す、と周りを見渡すとあの、忘れ得ぬ男が老いもせずにそこにいた。

「グラセル、ラウル、そろそろ時間だ」

「あ、うん! ラウル」

 わふ、と小さく鳴いてラウルと呼ばれた巨大な狼がのそりと立ち上がりゆったりと歩く。

 そして、舞の時間が来た。

 市井から選ばれた巫女と奏者が笛と舞を奉納したのだが、全員が終わった後にあの少女が現れて舞台に立った。

 神殿の者たちも驚き、若い神官が舞台から降りるように言うのを神官長が止めて無人と定められている高御座と少女たちに深々と頭を下げた。

 そして、少女が舞台の中央に立ち男が笛を構えた。

 どこの国のものとも知れぬ歌と笛の音色に自分を含めた観客の目が丸くなる。

 大地の草木がざわめき、本来なら喰らい合う仲の動物たちも続々と集まりじっと少女の舞と笛の音色に集中している。

 剥き出しの大地と青々とした木々からは不思議な光が溢れ、それらを受けると枯れかけの植物が立ち上がり花を咲かせたり実を結んだり、果ては人間の病まで癒した。

 今まで掃除されるだけで空位だった高御座には典雅な衣装を纏った貴人が満足そうに微笑み座している。

 歌と舞を奉納し終えた少女は貴人に一礼し、次いで観客に一礼すると舞台を降りて姿を消してしまった。

「神官長、今の御方は?」

「大地の天使グラセル様と、エルイラーナの英雄、ドット様ですよ。ドット様は死後冥界と契約して、生前と変わりなくグラセル様にお仕えしているとか」

「おじいちゃん、なんのお話?」

 孫に問われた彼は答えた。

「古いお話だよ。勇者ドットのお話をしただろう?」

 滅びかけたエルイラーナ王国を賢王フェジオと共に立て直し天使グラセルに最も愛され、世界各国を旅した英雄。

 とても足が速く彼に追いつける者は風や光くらいだったといい、一角馬に襲われたグラセルの危機を救い逃げ出した一角馬を追い抜き、振り向き様に首を落としたのが主な伝説だ。

 老年期は国に帰って剣をグラセルに返し、グラセルの使いの黒い狼の世話をしながら穏やかに過ごし、グラセルに看取られて冥府に旅立ったという。

「天使様と一緒に旅に出たんだよね?」

「そうだよ。二人の旅はまだまだ続いているみたいだ」

 その旅人は先程の舞でこの辺り一帯にいた亡者たちを片端から冥府へと送ったため、空いた時間を食べ歩きに使っていた。

 甘い芋に蜜をかけたお菓子を満足そうに食べる少女に頬を緩めた男は惣菜パンを咀嚼し、その足元では狼が牛の骨を豪快に噛み砕いている。

 歯応えが良いとかで気に入っているらしく、無くなる速さが尋常じゃない。

 馬車を引いていた馬が暴れても狼のひと睨みで大人しくなり、少女は変わらぬ様子で水飴を舐め男は串焼きに歯を立てている。

「ドット、ラウル。美味しいね」

「ああ。平和が一番だな」

 英雄なんて、生まれないのが一番良いのだから。

 ドットが何気なく投げ捨てた串は、スリを働いた女の手に刺さりちょっとした騒ぎを引き起こした。

「狙った?」

「ああ。そろそろ帰ろう」

「うん!」

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