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地獄に天使  作者: ふゆづき
冥界・人界編
43/47

狩人の国

 エルイラーナは近隣諸国を片端から併合し、そこに追い打ちをかけるようにシラネが暴れ回り、小国家のほとんどが滅ぼされていたのも幸いした。

 今やエルイラーナは大陸の支配者と言える。

 そして今日、ガルマインを除いた最後の小国であるミゼリアの王がやって来た。

 恭順の意を示すためである。

 フェジオが王になって以来、エルイラーナから他国への侵略はないが、戦士団の勇猛さは知れ渡っていた。

 魔獣や盗賊と戦ったが故に英雄視されている。

「王権を譲渡したい意向はわかった」

 普通はあり得ない。フェジオの声に警戒が滲む。

「条件はなんだ」

 手続きの煩雑さもある。

 何より民草は納得しているのか。

 エルイラーナ王フェジオの最大の懸念であった。

 するとミゼリア王は、

「我が国に獣の死体が湧くようになりました」

 謁見の間が静まり返った。

 何度斬りつけても槍で突いても意味は無く、レンガ造りの塀もほとんど効果が無い。死体に倒された者もまた死人の兵士になる。

 訴えるミゼリア王の声は掠れ、拳は震えていた。

「先の戦もあり、我が国にはもうほとんど戦士が残っていないのです。どうか、民のためにお救いください」

「わかった」

 フェジオは即答した。

「死の軍勢に関して解決した暁には王権も領土も、すべて我が国がもらい受ける」

「はい。私は一度本国に戻り家臣に伝えますが、その間人質として長女のラヴァンドラを置いて行きます。当方に不審な点がございましたら、いかようにもどうぞ」

 す、とまっすぐな目をした少女が膝を折り深々と頭を垂れた。

「ミゼリア王国第一王女、ラヴァンドラです。この身、いかようにもお使いください」

「顔を上げろ。ドット、出陣だ。まずは偵察を出せ」

「はっ」

「ミゼリア王フィークス、ドットとグラセルが貴殿と兵士を貴国へ送り届け、その足で偵察を行う」

 フィークスの目に希望が宿った。

「貴国で不足している物はあるか。食料、医薬品、武器、何でも言ってみろ」

「食料と医薬品、狩人をお願いします」

「わかった。クエネル」

「手配する」

 支援物資とフィークス、ミゼリア兵、狩人を乗せた魔法の荷車をグラセルはしっかりと点検した。

「ドット、荷物と人員の固定終わったよ」

「ああ、グラセルも席に着いてくれ。フィークス様、ミゼリア兵諸君も、体を固定する紐には絶対に触らないでください。ほどけたら振り落とされますから。あと、歯を食いしばっていた方が良いですよ」

「美味しい物を食べても味がわからなくなっちゃうよ」

「本当ですか?」

 兵士の一人が小声で狩人に問うと本当だ、と深刻な顔で言ってしっかりと布を噛んだ。

 戸惑い顔で彼らは言われた通りに身構える。

「それじゃあ、出発!」

 魔法の馬に牽かれた荷車は本当に荷車かと疑いたくなる速度であまり整備されていない街道を駆け抜け、荷物の重量などを考えると本来なら一週間の道のりを半日で走破した。

「着いたぞ」

 城塞都市ミゼリアの城壁の外にはいくつもの天幕が張られ、言い争いや殴り合う音や声を風が運んで来た。

「治安が荒れ始めているな」

「お腹が空いているのかな」

 グラセルが手を叩いて魔法の紐を消すと、ミゼリアの王も兵士も荷車の外によろよろと転がり出て吐き戻した。

「こ、これが、エルイラーナの国力……ですか」

「いえ、これは規格外です。陛下、立てますか。つかまってください。グラセル、荷車を頼む」

「はい」

 真っ青な顔をした兵士の誘導に従い彼らは王族の天幕に行き、状況を説明し狩人とミゼリア兵が主体となり救援物資を配ることになった。

 後続の馬車も追いつき、不安視されていた物資不足も解消され、人に安堵の笑みが浮かぶ。

「それじゃあ、私たちは偵察行って来るね。みんなも害獣避けとか夜警頑張って!」

「お任せください、お気をつけて!」

 ミゼリア兵の案内によりグラセルとドットは城壁の上に立ち街並みを見下ろした。

 樹木の年輪のように丸く広がる城壁の中は死人が溢れており、人間側はとても苦戦している。

「うわぁ、酷いね」

 言った矢先、空で爆薬が爆ぜた。

「第四城壁が落ちました。第五城壁に撤退します」

「ここはどこにあたるんだ」

「第六城壁です。中に展開されている城壁はすべて城や民の家に使われていたレンガを再利用して作られているんです」

 レンガを再利用して作られた。その言葉通り、瓦礫の山にしか見えない城壁を、ドットは苦い顔で睨む。

 あれを築くまでの間、どれだけの兵士が犠牲になったことか。

「この正規の城壁も強化してはありますが、破られたらあいつらが溢れ出してしまいます」

「ねえ、あの中央には何があったの?」

「戦士の墓がありました。建国の英雄、ケラス。聞いたことは?」

「すまない」

 そうですか、と兵士はさして気を悪くするわけでもなく語り始めた。

「ケラスは、元はただの狩人だったんですよ」

 そうして始まるのは失われかけている物語だ。

「彼は当時重税をかけたり人の妻を奪ったりして民を苦しめていた王を討ったんです。その後彼は王になってくれと民に頼まれましたが条件を付けました。国中の村々から賢い者を代表に出してくれと。そうして村の代表と知恵を集め、国の礎を築いたんです」

 ケラスは英雄にありがちな悲惨な末路を辿ることもなく、ある程度の仕事を終えるとすぐに一番賢くて若い者に玉座を譲って隠居してしまった。

「でも、彼の技術を抜ける戦士も狩人もとうとう現れず、彼は冥府へ旅立ちました。祭りが近づくとあの墓の側には常に三本の旗が掲げられ、お墓の前では戦士も狩人も被り物を脱ぐんですよ」

「となると、本来の祭りは豊猟祭か」

「はい。たくさん獲物が獲れますように。森が滅びませんように。家族が飢えることがありませんように。そう祈る祭りだったんです。そしてあの三本の旗は、弓、槍、剣を表すんです」

 グラセルはじっと風に揺れる旗を見た。

「ドット、呪物を見つけたよ。旗に偽装されてる」

 確認したドットの目にも呪詛で黒くなった旗が見えていた。

「確認した。案内してくれてありがとう。新しい旗を用意しておいた方が良いぞ。グラセル、狙えるか」

「ちょっと待ってね」

 グラセルは石を投げたが、衝撃波で周囲を薙ぎ払っただけだった。

「すり抜けた!?」

「……ふぅん、そういうこと」

「なにかわかったんですか?」

「狩人の挑戦状だよ。一番遠いここから、それぞれに対応した武器を用いてあの三本の旗を倒してみろって。死人の兵士もそれなりにいるけど、一番多いのは動物の骨だもん。これは人間から人間への挑戦だ。ドット」

「わかった。武器を頼む」

 グラセルはすぐに己の羽で弓矢と槍、剣を作り出した。

「どうぞ」

 ドットはまずは槍を手に構え、投げた。

 槍はまっすぐに飛び、槍の旗を消し飛ばす。

「次、剣と紐をくれ」

「どうぞ」

 ドットは剣の柄に紐を結ぶと二人に離れて伏せるよう言い、それを振り回し始め、手を離すと剣の旗を貫いて燃えた。

「二本目の旗消滅! はい、弓矢」

「ありがとう」

 弓に矢を番え彼はそっと的を見据えた。

 音が消えた世界の中、風向きなどを感じ取り――矢は自然と手から離れ飛び出す。

「おおっ」

 大気を裂き、風に揺れる旗を射抜いた矢は旗ごと消滅し、三本の旗が無くなるとケラスの墓から光が溢れる。

 光は城壁一杯に広がると死の軍勢を残らず消し、辺りには静寂が戻り、墓から少し離れた所には人間の兵士が何人も倒れていた。

「生きているぞ!」

「回収急げ!」

 第五城壁の兵士が駆け寄り、倒れている兵士を助け起こすのが遠目に見えた。

「お見事です」

「当然だよ。私の夫だもん」

 それで、とグラセルの冷えた目が兵士に向けられる。

「なんでこんなことをしたの? 普通なら天界に行ってもう一度生まれてくるはずでしょ」

 グラセルは逃がしてなるものかと臨戦態勢を整え、兵士は逃げませんよ、と両手を挙げる。

「その前に急ぎ回収したい物があるので、走りながら説明します」

「わかった」

 兵士に続き、二人は走りながら彼の声に耳を傾けた。

「私は祭りの度に呼ばれて降りてはいたんですよ。ですが今回の場合、ろくでもない物が四つも供えられました」

「四つ? あの三本の旗以外に何かあったのか」

「はい。幼子が好みそうな人形です。ですが、あれは良くない。とても妬みと悲しみに満ちていた。子供が持っていてはすぐに命を落とすでしょう。祭りで私に捧げられた物品は子供たちが好きに持ち帰って良いことになっていまして、あの人形を子供が手にしようとしてしまったんです」

「それで」

「私は旗の力をほんの少しだけ使い、人々に幻を見せました。恐ろしい、死の恐怖を知らぬ不死の軍勢が襲い掛かる幻を。動物になってしまったのは予想外でしたが、大人も子供も物を落として逃げ、人々を混乱に陥れることには成功しました。そうして、死人がらみの騒ぎを起こして獄卒の方を待つことにしたんです」

「では、獣にやられた兵士は?」

「全員生きています」

 三人は瓦礫の城壁を乗り越え、ケラスの墓の側に転がる人形を見た。

 すっかり汚れている。

「じゃあ、消すね」

「お願いします」

 グラセルが剣で人形を刺すと人形は跡形もなく消滅した。

「これで安心して生まれ直せます。ただ……毎年祭りを楽しみにしていた子供たちには、悪いことをしてしまいました。どうすれば償えますかね」

「生まれ直したら、無理のない範囲でたくさんの人を喜ばせれば良いと思うよ」

「ありがとうございます」

 兵士は穏やかな顔をして、風に溶けるように消えた。

「ドット、もうひと走りだね」

「ああ。空の荷車を持って帰らないと」

 二人がミゼリアの王とエルイラーナの狩人たちに報告を行い、本国にいるフェジオに報告を行うべく駆けている時、兵士ことケラスは冥府にて役人にこってり絞られていた。

「転生前の魂が勝手に現世に行くんじゃない! 喰われていたらどうするつもりだったんだ」

「はあ、すみませんねえ」

「反省しとるのか貴様!」

「してますしてます」

 ますます赤くなる鬼を隠竹が止め、言った。

「ところでケラス、おまえはあの旗の力を使ったと言ったが何ともなかったのか」

「なんとも。扱いがちいと難しいだけで、あれは力の塊です。気難しい赤ん坊をあやすのと一緒で、コツさえつかめば誰でも簡単に使えます」

 ただ、と彼は顔を曇らせた。

「人の恐怖を煽ることを目的とした時、あいつは嬉々として力を貸してきました。あれは人の世に在ってはいかん物ですよ」

「そうか……そうだな。協力感謝する。良い人生を」


 約束通りミゼリアをもらったフェジオは人道支援と称して物資や人員を送り込み街道の整備と町の復興を急いだ。

「引退したら隠居できるんじゃなかったんですか?」

 フィークスの嘆きに、フェジオは書類を捌きながらそれを鼻で笑った。

「寝言は寝てから言え。人道支援や問題の解決など、功績があるとはいえ、今まで愛されていた王をないがしろにして次代の統治が上手く行くとでも思っているのか」

「うぐっ」

「政治家も足りないんだ、ミゼリア王国は無くなってもシラネやピスティスと同様に地方都市として残すことは決定事項だ。優雅な隠居暮らしをしたければ民を賢く、豊かにしろ」

「ひぃぃ」

「お父様、お茶が入りましたわ」

「フェジオ様も、少しお休みください」

 事務が増員され、土木建築に慣れた職人たちの手によりミゼリアの復興は一年で終わった。

「ぃよっしゃあっ! 祭りに間に合わせたぞ!」

 大歓声の中、ドットはグラセルを、フェジオはクエネルを探せば二人の天使は人気が無く星がよく見える城壁にあった。

「二人ともこんな所に居たのか。寒くないのか?」

「大丈夫だよ。お空はもっと寒いもん……ドット、あのね」

「なんだ」

「これから最後の呪物の対処を行うんだけど、とても危ないことになる。私でも消滅しかねないんだ」

「ついて行く」

 すぐさま返された答えにグラセルは目を丸くし、フェジオとクエネルは笑った。

「庇ったりする余裕なんて無いよ」

「構わない。俺はグラセルに助けられた。だからこの命はグラセルのものだ。俺がそう決めた」

「え、で、でも……」

 助けを求めるようにクエネルを見上げるが、そのクエネルも優しい笑みを浮かべていた。

「だから言っただろう、諦めろと」

「う、うーん」

「簡単じゃないか。敵は斬る、味方は守る」

 しばらく唸っていたグラセルだったがやがて諦めたのかドットを見上げて笑った。

「消し飛ぶ時は多分一緒! それまでよろしく!」

「ぷっ、くくっ……なんだ、それ……ああ、その後もよろしく」



 冥府中央最深部にて、隠竹は復帰した玖城や獄卒、天使たちが回収した呪物を改めていた。

 中でも、贋作として作られたらしい絵画は一際強い呪詛を纏っている。

 彼は己が持つ太刀の中で一番古く霊力が高い物を抜き、グラセルの羽を刃に添えた。

 羽は刀身に溶けるようにして消え、太刀に浄化の力が乗ったのを確認し、彼は更に己の気を乗せ二枚の絵画に振るう。

 風を切る音すら置き去りに振るわれたそれは正しく絵画を切り裂き、絵画の断片は青白い炎で焼き尽くされ完全に消滅した。

「お見事です」

 最深部を守る鬼に言われたが、隠竹は己の手の中にある太刀に顔をしかめる。

「そうでもない。こいつを見てみろ」

「は……これは……!」

 鏡のように磨き抜かれ、天使の光輝さえ宿した刀身は今にも朽ち果てそうだった。

「そんな、あの刀匠天鬼の作ですよね」

「ああ。古の大戦初期、天鬼の太刀だった。それが紙切れを切った程度でこの様だ」

「天使の力と反発でもしたのでしょうか」

「いや、それだけ呪詛が強かったんだ。冷えた油粘土を木刀で叩き斬るような、そんな感触だった。どれだけの生命を注ぎ込んだのか見当もつかん。この刀も大地に還し、供養せねばなるまい」

 微かに太刀にまとわりつく呪詛の残滓を鬼火で更に焼き払い、今度こそ朽ちた太刀は折れて床に落ち粉々になった。

「……お疲れ様でした」

 鬼は静かに頭を下げ、隠竹は丁寧な手つきで砕け散った刀身を集めると桐の箱に拵と共に納め、最深部を後にして自分の職場へと戻った。

「ミカエル、そちらから送られた絵画二枚だがたった今消滅させた。あの天鬼の太刀がたった一振りでぱあになった……この通りだ」

 箱のふたを開け、露わになった中身を見てミカエルは顔を歪めた。

『浄化特化の鬼の太刀でもそれか』

「ああ。それで、そちらは偵察を行うとのことだったがどうだ」

『それが厄介なことが判明した』



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