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地獄に天使  作者: ふゆづき
天界編
2/41

たからもの

 自分たち天使は道具である以上、教育や養育というシステムは非効率だという声もあるが、人間をある程度教導する必要性から天使には養い親が存在し、それぞれのやり方で戦う術などを教えて導くのだが問題児が一名。

 そう、グラセルだ。

 なぜか成績は良いのだが座学では寝てばかりだし、入学初日で脱走を図りグランマークに捕獲され、急遽健康診断を受けたが栄養失調等で危なかった。これを機に新たに生徒を受け入れる際は家庭環境の調査と健康診断が行われるようになったのは幸いな事なのか、嘆かわしい事なのか。

 そんなことより、あの子は練習用の武具などを持っているのだろうか。

 週の初めに三連休の間に調達してねと言ってはあるが、ヤスミンには不安しかないのであった。

 そのグラセルだが、ミカエルの館にはまったく帰らず英知の森に帰り、そこからグランマークの許可を得た隠竹(おにたけ)に連れられて冥府にいた。

「学校は楽しいか?」

 元気にうなずき一安心したのも束の間、その後にはじっとしているのはつまんないと付け足された隠竹はそっと苦笑した。

 森での暮らしに慣れた身では、じっとしている時など獲物を待つ時か手傷を癒す時、それか身を休める時くらいだろう。

 長いお話を聞く事などまず無かったこの子がじっとしているのは他の子の勉強の邪魔をしてはいけない、先生の指示には従いなさいと言い聞かせているからに過ぎない。

「あとね、これから戦い方を本格的に教えるから、汚したり壊したりしても大丈夫な練習用の武具を持ってきなさいって」

「それなら任せろ。グランマーク先生から言われている」

「ありがとう!」

「戦い方も練習しないとな」

 こうして、地獄にてグラセルの猛特訓が始まった。

「生死をかけた戦いなんていうものはあれこれ考えず勝てばいい。戦いながらあれこれ考えるくらいなら、ぶちのめしてから考えろ」

「はい!」

 文字通り鬼の訓練により、グラセルは石ころ一つでも武器にできるようになった。

「はぁい隠竹。おもしろそうな事してるじゃない。あたしも混ぜて」

 ふらりとやってきたのは太陽のような金色の目をキラキラさせた女性で、耳たぶが無く耳の先がやや尖り、耳の先に水晶のような物が見える事から竜族とわかる。

「ステラお姉ちゃん、こんにちは!」

「はい、こんにちは。今日もかわいいね」

 褒められ撫でられ嬉しがる幼子にひとしきり機嫌を良くした彼女は隠竹に問う。

「グラセルちゃんに戦い方を教えているの?」

「これから徒手格闘を教えるところだ」

「じゃあ、あたしも教える!」

「いいぞ。城崩しを見せてもらおうか」

 良いわよ、とステラの目がぎらついて口元に牙が覗いた。

 竜族は本来の体躯の大きさや生命力もそうだが、何より恐れられたのが強靭な力と群を抜いた知恵から来る破壊力の高さだった。

 神々の武具にも用いられる神鋼で作られた、要塞の外側を覆う外郭がたった一発の拳によって大穴を開けられたのは当時の兵士たちを震え上がらせた。

「グラセルちゃん、神鉄を紙切れ扱いして半人前よ!」

「はい!」

 隠竹とステラ二人がかりで仕込み、時空間を弄った特殊な訓練場で技術だけは完全にものにさせた。

「それじゃあ、実戦だな」

 手を引かれ歩くグラセルの目には獄卒に責め苛まれる囚人たちの姿があった。

「お兄ちゃん、なんであの人たちボロボロにされてるの?」

「生きている内に悪い事をしたからだよ。ほら、あそこにいるのはまったく反省していない奴らだ」

 獄卒も不意を突かれたのか頭をかち割られて中身をぶちまけ、服などを剥ぎ取られて原型を留めていなかった。

「鍛錬が足りんな。グラセル、助けてやれ」

「はい!」

 地獄の刑場でも荒れていて、獄卒でも対応に困る区域にグラセルを放り込んで隠竹とステラは笑う。

「そこにいる奴、みんなやっつけていいぞ!」

「全部ミンチにしたらお夕飯ハンバーグにするからね!」

「はーい!」

 再生中の獄卒を嬲って遊んでいた囚人は何事かと胡乱な目を向けていたが、笑っているのが一際強い鬼と竜と幼いとはいえ天使と知ると短く悲鳴を上げて我先にと逃げ始めた。

「て、天使だ、天使が来ているぞ! ……ぷげっ」

 ばしゃりと水を撒いたような音がして、囚人の一人は動かなくなった。

「た、助けてくれ!」

「ヤ」

 血塗れでにっこり笑う幼い天使に囚人たちは震えあがる。

「今日のご飯、ハンバーグだもん!」

 ぱん、と囚人の頭が弾け飛んだ。

 手加減無しで放たれる蹴りや拳に肉体が肉片へと変わり、遠くへと逃げ去る者に対しては石が飛んだ。

「お姉ちゃん、お兄ちゃん、みんなやっつけたよ!」

 すると、再生を果たし意識を取り戻した獄卒は復讐するなら今とばかりに亡者復活の呪文を唱える。

「活きよ、活きよぉっ!」

 怨嗟を含んだそれは挽肉にされた囚人たちの時間を巻き戻すかのように復活させ、叩き起こす。

 復活させられた囚人たちは呆然とし、状況を理解して震え上がった。

「おかわりだって。水餃子も出るよ!」

 ピクリとグラセルの耳が大きくなった。

「ご飯……おかわり!」

 復活の呪文が唱えられる度に挽肉系のおかずが増える。

「ステラ、調理にかかるから量や種類が加わるようならこっちに送ってくれ。風呂と着替えの準備もしておく」

 言って通信機を渡し、隠竹は走って食材の調達に行った。

「いってらっしゃい」

 グラセルは囚人の武器を奪い地形を変えつつ夕暮まで狩りを行い、隠竹が調理の合間に連絡を入れるまでの間、刑場は赤く濡れ乾くことがなかった。

『ステラ、食事と風呂の準備ができた』

「わかったわ。グラセルちゃん、ご飯だよ!」

「はーい!」

 真っ白な翼を赤黒く染まった背中から出してぱさぱさと飛んで行く。

「いっぱいやったね。まずお風呂にしよう」

「はい!」

 獄卒が使う風呂を貸してもらい、血で濡れそぼった服を四苦八苦しながら脱いで、ステラが服共々洗ってやっている間に隠竹がハンバーグなどを並べながら報告書を受け取る。

「速いな」

「いえ。今回は本当にありがとうございます。おかげさまで助かりました」

 グラセルが散々にぶちのめした結果、獄卒をなめていた囚人たちはすっかり大人しくなったという。

 まあ、今日のご飯はハンバーグと呪文のように唱えながら爛々と目を輝かせ、笑って挽肉を大量生産していれば怖くもなるか。

 そう思っているとぺたぺたと軽く小さな足音がして、目を向けると風呂から出たばかりのグラセルが食欲に目を爛々とさせていた。

「では、私はこれで」

「ああ」

「お兄ちゃん、お風呂入ったよ。お手伝いすることある?」

「お、綺麗になったな。じゃあ、お箸やフォークをテーブルに持って行って並べてくれ」

「はい!」

 グラセルはせっせと手伝い、ご馳走を待ちきれなさそうにじっと見ていた。

「よしよし。それじゃ、いただきます」

「いただきます!」

 ハンバーグに焼き餃子に水餃子、ミートボールにミネストローネ等々、少し作り過ぎたかと心配だったが杞憂だった。

 小さな体のどこに入るんだという勢いで料理が無くなるが、下品に見えないのはグランマークの教育の賜物だろうか。

「ごちそうさまでした」

 食べ終わったら片づけを手伝い、歯を磨く頃にはもう半分以上夢の世界に旅立っていた。

 隠竹が布団に誘導すると、すぐに眠ってしまいちょっとのことでは起きそうにもない。

「かわいいわ。家に来てくれないかしら」

「難しいな。グランマークの目の前で引き抜こうとしたらグラセルごとぶっすりやられた」

「天使ね」

「ああ、ろくでなしだ」

「そろそろ帰るわ。グラセルちゃんにこのブーツとグローブ渡しておいて。魔法をかけてあるから大人になっても使えるわ」

「わかった。またな」

「ええ、また」

 ステラが帰り、隠竹はルキフェルから預かっている武器を見る。

 見た目はカラフルな渦巻き模様の丸い棒付き飴だが、素材が凶悪だった。

 魔界に住む亜竜の骨や鱗から抽出した素材から作った装甲板を加工した物で、魔法の杖や盾にもなる優れ物。多少重いため攻撃が大ぶりかつ間合いが狭いのを考慮したのか、広範囲を薙ぎ払う術式が刻まれており一対多数でも対応可能だ。

 ステラが用意したブーツとグローブも見た目詐欺だ。

 グローブは見た目こそ猫の手のようなふわふわのミトンだがちゃんと鋭い爪が生えており出し入れ可能。ブーツは竜革製で足の裏には硬くてしなやかな鱗が仕込まれており、鋭く尖った物に飛び降りても足を守るだろう。

 そして自分が用意した物はフリルとレースで飾られたエプロンドレス。

 どれも少し前に冥界の居酒屋でルキフェルとステラ、そして自分でそれぞれの案を出し合ってくじ引きした結果だった。

『普通の鎧の方が良くないか?』

 隠竹が出した図案は可もなく不可もなく、無難と言われる軽鎧の図案だった。しかしこれに待ったをかけるのが二人。

『戦いでしょ? 絶対こっちの方が良いわよ』

 竜革を惜しむことなく使った、ロングコートをより動きやすくした物で見た目はミカエルを始めとする大人の天使たちの服に近い。しかし要所に鱗が施され急所を切断したり貫いたりするのは困難を極める事が予想される。

『これなら素手でも戦えるし、砂漠や雪原の行軍中に自重で動けませんという無様な事も無いでしょ』

『真面目に考えるならステラのだな。彼女の防具の上に隠竹の軽鎧を着こめば完璧だろう。だが、これは子供の訓練だ。私は遊びたい』

 す、とルキフェルが出した仕様書に隠竹とステラの目が丸くなる。

『え、ちょっと、本気?』

『いくらなんでもこれは』

 ルキフェルが出したのはフリフリのエプロンドレスのようなワンピースだった。

『スカートの裾は薄い桃色にしてみた。武器は清掃用具と飴と迷っているんだ、どうしたらいいと思う?』

『そこは後で考えるとして、まず誰の案を採用するんだ?』

『どうしようもないからくじ引きで良いでしょ。ま、どっちにしろあたしはあたしでグラセルちゃんに服を贈るわ』

 それもそうだな、と適当にくじを作ってそこら辺の奴に引かせた結果、ルキフェルの案が通ってしまった。

「グラセル、気に入ってくれると良いな」

 こうして、隠竹は翌日を待った。

 休みの最終日、隠竹が武具をグラセルに見せたところとても気に入った様子だった。

「このフリフリお花さんみたい!」

 こっちは猫さんの手! と目をキラキラさせて忙しい。

「猫さんの手か……ちょっと待っててくれ」

 隠竹が余った材料で素早くある物を作り、グラセルにつけてやる。

「お耳、尻尾!」

 呪いが施されており、装着した者の感情に反応して動くようになっている。

「あと、これは桃の木さんからお守りだ」

「わあ、綺麗!」

 若葉のような色の中に、角度によっては一瞬紅葉の色が見える宝石が使われた髪飾りはグラセルによく似合った。

 どの品も幾重にも魔法や呪術が施され、使用者をよく守り、大人になっても使える物だった。

「グラセル、よく聞いてくれ」

 グラセルはじっと隠竹の言葉を待った。

「学校では、おまえの装備を馬鹿にして笑う者が必ず一人はいるだろう。そういう奴は笑ってぶちのめしてやれ」

「はい!」

「あと、俺たちはグラセルを愛しているからな」

「あい?」

「とても大切で、大好きという事だ。グラセルは俺たちの宝物なんだ。バカにされたり傷つけられたりするのは嫌だ」

 ふんふん、とグラセルはうなずく。

「そこで、だ。もしやられたら俺たちの代わりにやり返しておいてくれ。俺たちは中々グラセルの傍に居られないから」

「はい!」

「よしよし、頑張れよ」

 その日はグラセルを装備に慣れさせて一日が終わり、翌日学校へ送った帰り道の事、隠竹は「あ」と声を上げた。

「いけね、手加減教え忘れた」

 まあいいか、と彼は思考を彼方へと豪快に投げ飛ばして職場に向かうのだった。

 一方、担任のヤスミンは武装したと言い張るグラセルの格好を見て嫌な予感が的中したのを知った。

 色々と呪いが施されているのか、その素材や性能を看破することはできないがろくでもないモノという事だけはわかる。

「グラセル、本当にそれで戦うの?」

「大丈夫か? 私の予備を貸そうか?」

「大丈夫。じごくの、けーじょうっていう所で特訓してきたから!」

 その時、背後からばさりとスカートが捲られた。

「フレメル?」

 しかし、捲った本人は何故か顔を真っ赤にして逃げ出した。

「なんだったんだろう?」

「さあ?」

 まあいいや、とグラセルは飴の棒を撫でる。

「打ち合う事とかあったらぶちのめすね」

 一方、グランマークは校内を巡回中に廊下で顔を真っ赤にして蹲って頭を抱えているフレメルを発見した。

「どうしたんだい? 具合でも悪いのかい?」

「ひょわあっ! な、なな、なんでもねぇよ!」

「そう言わず、先生にお話ししてごらん」

「なんでもないったら!」

 そうか、とグランマークは立ち上がってぼそりという。

「好きな子のお尻やパンツでも見たのかな」

 瞬時に飛んだ回し蹴りを避け、彼は声を上げて笑った。

「イタズラも程々にね」

「先生、なんで知ってんの?」

「グラセルの服を見た時やりそうだな、と思ったからだよ。それと、キミが見たグラセルのパンツだけど、あれは幻術だよ。あんなふうにパンツ一枚に気を取られていると、頭から真っ二つにされちゃうよ」

 ええ、とフレメルが青くなっていると授業開始五分前になり急いで闘技場に向かった。

 そして始まった授業、まずは子供たちの実力や癖を見るために教官に一撃当てるというお題が出た。

「おい、本当にその恰好でやるつもりか?」

「はい!」

「あぁ~まあいいや。さっさと来な」

 最後まで言えず、教官の天使は爆音のような音を立てて闘技場の壁をぶち抜いて外へと叩き出されていた。

 賑やかだった児童用の闘技場が、水を打ったかのように静まり返る中、斧のように大きな飴を肩に担いだグラセルは心底不思議そうな顔をして一言。

「あれ?」

 遠見の術で様子を見ていたルキフェルは魔界で腹を抱えて大笑いしていた。

「油断しているからさ!」

 その事は叩き出された天使が一番痛感していた。

「オレじゃ無理……マースよりジール。悪い、今手ぇ空いてるか? ああ、戦技教導でオレの手に負えないのがいて……そう、あのグラセルって子だ。性能が隠蔽されているジョークメイルを装備してる。グランマーク先生も呼んでおいて……すまん、頼む」

 言ってマースは意識を飛ばし、呼ばれたジールは闘技場の隅で退屈だと全身で訴える子供を見つけた。

「実力を見るための簡単なテストだってな。楽しそうだな」

「どこが」

 むす、とした顔の先には楽しそうに教官に打ち込む同級生の姿があった。

「お兄ちゃんとお姉ちゃんと遊んでいる時の方が楽しいもん」

「どんな遊びだ?」

 あんなの、と示されたのは授業中の子供たち。

 子供たちは時々投げ飛ばされたりしながらもせめて一撃、あわよくば倒すと頑張っている。

「おまえはどうしたんだ?」

「先生三人やっつけちゃったから見学だって」

「そりゃつまんないな」

「帰って良い?」

「その前に、俺と手合せしないか? これでも上級生の戦技教導もやってるんだ。俺を倒せたら帰って良いぞ」

 グラセルはすぐに立ち上がって武器を構えた。

「約束だよ。つまんなかったらお部屋に帰ってお昼寝するから」

「良いぜ。ほれ、来い!」

 光を超える速度で振られた飴は地面を叩き割り、横殴りに振り抜かれ舞い上がった砂礫を散弾のようにジールへと飛ばした。

「あっぶね!?」

 反応というよりは戦闘経験から来る反射で回避した彼は、喜色を浮かべて飴を構え直すグラセルの笑みに鬼の面影を見た。

 三人伸したと言っていたが、全員初手で沈められたのだろう。

「あは、あっはははは!」

 笑いながら相手を叩き潰しにかかる姿は正しく鬼だ。

 闘技場をボコボコと穴や亀裂だらけにしながらグラセルはジールを挽肉にすべく飴を振り回し、時には石を蹴って飛び道具代わりにした。

 ジールも時折反撃するのだが、きちんと防がれる。

「良い師匠に恵まれたな」

 この戦い方、色々混ざっているが基本になっているのは鬼の戦い方だ。おそらくは獄卒。その中でもかなり強い鬼だろう。

 ジールが指先で小石をグラセルの顔に向けて弾き飛ばし、回避に出た時に生じた一瞬の隙を突いて飴を蹴り飛ばし、小さな手から弾き飛ばした。

「意外と重いな」

 あんな重いのを軽々と振り回していたのか。

 そんな感想を抱いている内にもすぐに徒手格闘に切り替えて来たグラセルへの対応を迫られた。

 柔軟性に富み、全身をバネにして放たれる拳や蹴りは流しても重く、ジールも見たことが無い動きが大半を占めた。

「その動き、誰に習った?」

「うんとね、お兄ちゃんとお姉ちゃんと、猫さんたち!」

「猫?」

「うん! あと、熊さんとスギさんとヒノキさん!」

「よし、わからん」

 動物はともかく、植物が体術を教えらえるのか。いや、きっとそういう名前なのだろう。

「む……本当なのに」

 一瞬の溜めを見たジールは盾を呼び出し、グラセルの拳を受け止めて流すが嫌な音がした。

 次いで襲ってきた痛みに骨が折れた事ともう一つ悟る。

「通したのか!」

 明らかに竜族の拳だ。

「お姉ちゃんに教わったの。最後に使えるのは拳なんだから、武具なんてティッシュと同じにしちゃいなさいって」

「どんな女だよ」

「とっても強くて綺麗で、カッコイイお姉ちゃん!」

 言いつつ繰り出される凶器は確実にジールの武具を壊していき、拳が掠めただけでも服の布地が裂けた。

 やろうと思えば殺せるが、そうもいかない。さてどうしたものかと考えた時、グラセルがイタズラを思いついたような顔をし、見た途端ジールの背中を氷塊が滑り落ちた。

「当たんないなら当てればいいじゃない」

 素早く飴を回収して構えると光りが集まる。

「は」

 危険察知の本能に従い、ジールの頭上に光輪が現れ自身を障壁で覆った。

 光の粒を零し始めた飴が上空へ向かって振り抜かれ光の玉が飛び、上空で打ち上げ花火のごとく爆ぜた。

 それらは空中で燃え尽きることなく、昼間だというのに夜中の流星群の様に光り、豪雨のように闘技場に降り注いで爆ぜた。

「まるで空爆だね」

 のんきに言うのは要請を受けてやってきたグランマークで、彼が展開した障壁の中に児童や回収された教員たちが身を寄せ合っていた。

「あれも初期型の力ですか?」

「いや、あんなの力の内に入らないよ」

 ウソでしょ、とヤスミンが青くなった。

「あれは武器の性能を引き出しているだけで、武器に付与されている対魔法障壁の応用だよ。そも、あの子の武装は守りに特化しているから攻撃性能なんて無いんだ」

「グランマーク先生、本当に腕力や反射速度を上げたりするような強化能力が無いの?」

「無いよ。あの飴も拳も、ただ頑丈なだけの盾でぶん殴っているのと同じだよ。この広範囲攻撃もお遊びで済む程度だし」

 本当に? と見上げて来る子にグランマークは目線を合わせるようにしゃがむ。

「本当だよ。こんなに薄くて柔らかい障壁も破れないし。あの攻撃力は全部グラセル自身の技術と腕力だよ」

「グランマーク、グラセルの教導、どうしましょう」

「今の彼に必要なのは、手加減と引き際を見る目だよ。止めてくるね」

 グランマークは障壁から出るとそっと歌い出した。

「ヤスミン先生、これなんの歌ですか」

「子守歌だよ。上級天使はみんな小さい頃この歌を聞かされていたって。対初期型用の緊急停止コードだけど、普通に歌っても意味がないよ」

 グランマークはグラセルを眠らせるつもりなのだろうが、グラセルは元気に動き回っている。

 グランマークはそれを受け小さく首を傾げると懐を探り小さな小瓶を二つ取り出した。

 花の香りがグラセルに届き、目に見えて動きが鈍りとうとう手を止めてその場で眠ってしまった。

「キミの子守歌はこっちだったんだね」

 小瓶をしまい、彼は服がボロボロになったジールへ歩み寄る。

「大丈夫かい? 腕を見せてごらん」

「はい、助かりました」

 差し出された腕を見ると腫れ上がって関節が一つ増えたかのような様子に彼は小さく唸った。

「運が良かったね、これならすぐに治るよ」

 グランマークは懐から短剣を取り出して折れた腕を固定すると傷に手を翳し、その手から蛍のような光が零れて傷に集まり、しばらくすると腫れは引いて腕は治っていた。

「ありがとうございます」

「どうしたしまして。腕の違和感が無くなるまで安静ね」

 二人がグラセルに目を向けると遊び疲れた子供の様にすやすやと寝ていた。

「どうやって寝かしつけたんですか?」

「花の香りと夜の香りを混ぜた匂いを風に乗せて嗅がせたんだ。野性味の強い子だから効いてくれるかわからなかったけど、桃の木が力を貸してくれて助かった」

 香りでグラセルの気を引くとほぼ同時に桃の木の力がグラセルを抱くように包んで撫でていた。

「後で英知の森に行ってきます」

「うん。私も行くから、空いている日を教えて」

 後に自室で目を覚ましたグラセルは武具の手入れをしつつ言った。

「すっごく楽しかった。またやりたいな」

 ジールは苦り切った顔で言う。

「おまえが上級生になるまでやらんぞ。そっちは獄卒にやってもらえ。おまえがこれから覚えるのは手加減と引き際だ」

「え」

 この後、グラセルがそれら二つを覚えるのに一年も費やした。

 翌日、教室に集まったグラセルたちにヤスミンが告げた。

「日程表にある通り、来月の頭からサバイバル訓練を行う。各自教本の中身を頭に叩き込んでおくように」

 ドスン、と重たい音を立てて教本に載っている植物が置かれる。

「それと、教本に載っている植物の実物を持ってきたから、よく観察するように」

 ブチブチと文句を垂れながら各自が教本を捲り、武器や道具を作る練習をする日々が続きその前日がやってきた。

「それじゃあ、明日からサバイバル訓練だけど前から言っていたように私物の持ち込みは禁止。また体内倉庫もロックするから中の私物をこの箱に全部出して」

 ヤスミンが言うと、子供たちは各自箱に入れ始めたがグラセルは挙手した。

「どうした?」

「もっと大きい箱をください。入りきらないので」

「意外と入るかもしれないぞ。整頓なら手伝うから」

 ウィネルとクエネルが本を入れる傍ら、グラセルがしまっていた物を出し始める。

 大量のヘラジカやトナカイ、エルクの角、トラの爪、綺麗な鳥の羽、桃を始めとする植物の種や苗に枝や葉っぱ。ぴくぴく動いているトカゲの尻尾に蛇やセミの抜け殻各種。

「グラセル、このエビフライコレクションは何?」

「リスさんが齧った松ぼっくり」

「食べカスかよ!」

 ウィネルが全力で突っ込む横でクエネルが二つの木の実を見て言う。

「これ、生命の木の実と知恵の木の実じゃないか?」

「うん、美味しかったよ」

「食べたのかよ!」

 ヤスミンに言われて追加の箱を持って来たグランマークは少し考えると魔法のコンテナを出した。

「グラセル、もっとあるでしょ」

「な、無いよ。サバイバルには全然役に立たないよ!」

「おまえ、嘘下手だな」

 立派な鹿の角を見ていたフレメルが呆れ顔で言った。

「さあ、全部出そうね」

 がっしりとグランマークに押さえ込まれ、体の中をまさぐられるグラセルは翼を出してまで大騒ぎしている。

「うひゃあっ」

「この辺かな」

 突っ込んだ手をガサゴソと動かすと白い翼が羽を散らした。

「く、くすぐったいってば!」

 そこやめて! と暴れる度にひらひらと羽が舞う。

 そうしている間にもグラセルの中から宝物が次から次へとつかみ出される。

「すげえ、あれ宝石の原石の塊じゃねえか」

 色鮮やかな岩がゴロゴロと教室の床に出され、教員たちの手によってバケツリレーのようにコンテナに納められた。

「どこで見つけたの?」

「地面の中。モグラさんと探検してた時に見つけ……ああっ、私の非常食!」

 グランマークは虹色の卵を十個つかみ出すとそっとヤスミンに預けた。

「絶滅種イナイウモの卵だから、生物研究所に回して」

「はい」

「美味しかった?」

「うん……ひゃああっ」

 グラセルからはもう絶滅したと見られていた植物や動物の卵、枯渇したと思われていた資源など、学術的にもとても貴重な物が山のように出た。

 特に卵に関しては体内倉庫の中は時間というものがほとんど無いのと複数の巣から卵をくすねていたという事が功を奏したようで、イナイウモは奇跡の復活を遂げる事になる。

「も、もう無理ぃ」

「まだまだ入ってるでしょ」

 意地の悪い声と共にぐり、と手が大きく動かされた。

「ひゃんっ」

 その後も、グラセルからは財宝が出てきた。

 古の貨幣などの金銀財宝や戦場で失われた兵器の数々や設計図、処分されたと思われていた機密文書、古文書に魔石に魔道書。

 欲する者からすれば黄金をいくら積んでも釣り合わないような、そんな宝から鬼のパンツまで。

 引っ張り出したばかりの、赤と黒のトラ模様のフンドシを手にグランマークは戸惑いの声を上げる。

「鬼のパンツ……だよね? どうしてこんな物が?」

「お兄ちゃんと川遊びしていたら、急にお仕事が入ったって忘れて行っちゃったの。それで、洗って返そうと思って保管していたの」

「そっか、没収ね」

「ええっ」

「ほら、まだまだ有るでしょ」

「ひゃあっ」

 ずるりとオーロラのように輝く衣が引きずり出された。

「グランマーク、これは妖星の衣では?」

 大戦時に用いられた気象兵器の一つで、一定範囲内に一瞬で氷河期を招く代物だった。妖精族の冬将軍が所有していたが、ヤムとマクールと交戦した際に二人に吹き飛ばされて行方不明になっていた。

「父上に渡さないとね。キミが持っているとは思わなかったよ。ほら頑張って。昼は長いんだから」

「も、もう許してぇ」

 十数分後、倉庫の隅々まで探られたグラセルはゼイゼイと息を荒くしてぐったりと全体重をグランマークに預けていた。

「まだ有るみたいだね」

「知らにゃいってばぁ」

 引っ張り出されたのは翡翠で飾られた巨大な鏡だった。

「うーん……お宝の類はキミが学校に来る前に手に入れたんだよね」

「ほとんどそうですよ……ふえぇ……庭師鳥さんと新しい巣を作るつもりだったのにぃ」

 千里眼で見れば、桃の木の横に獣の皮と鹿の角、虫除けの葉っぱ、グラセル自身の羽などで作られたグラセルの巣があった。

 だがそれをグレードアップするにしても各世界、各種族の宝物を使う奴がどこにいるだろうか。

「こんなのを使うなんてセンス無さすぎじゃないかな」

「金ぴかを敷いて寝ると涼しいんだもん」

「黄金は熱伝導率が高いからね」

 グランマークは言いつつ手を緩めない。

 宝石と黄金で飾られた宝剣、宝石をくり抜いて作られた兜、竜族の英雄が使っていたマントや牙、鱗など。

「キミはタイムカプセルかい?」

 答えは無く、グラセルは無心にグランマークの頭髪を数えていた。

「……うん?」

「まだ有るんですか?」

 記録を取り関係各所への連絡や移送の手続きを取っていたヤスミンが驚きを露わにし、グランマークは口をおもしろくなさそうに歪めてうなずいた。

「なんか、私の手から逃げるんだよね」

 ムキになって両手を突っ込んでかき回すが、やられるグラセルはたまったものではない。

「も、もうヤダ!」

 出て行って! と強烈な思念と共に体内で練られた力は爆発し、グランマークの顔面に文字が刻まれたエメラルドの柱が叩きつけられた。

「せ、先生!」

「痛い、顔が痛い! というか、重!」

 柱の下敷きになったグランマークが鼻血を流してのたうち回っている間にグラセルはよろよろと床を這って逃走を図るが、その足をがっしりとつかむ手が。

「今のは効いたよ……久々に私も本気を出そうか」

「ひっ」


 フギャアアアッ!


「たくさん出たねえ」

 財宝を前にグランマークはスッキリ! と晴れ晴れとした顔だが、グラセルは暴漢にでも遭遇したかのような有様だった。

「グラセル、大丈夫?」

 ウィネルが言うとぽつりと返事があった。

「もう、お嫁に行けない」

「気を落とさないで。お嫁さんがダメでもお婿さんがあるから」

「いや、そうじゃないんじゃないか?」

 フレメルが言う後ろでは呼ばれた軍人が慎重な手つきでエメラルドの柱を回収していた。

 グラセルの宝物は妖星の衣と鬼のパンツを除いてすべて各種研究機関や博物館に行く事になった。

 抜け殻や尻尾でさえも、学術的見地からとても貴重な物だったらしい。エビフライコレクションと言われたリスの食べかすも絶滅寸前の松の木を再生するための貴重な資源となった。

 特に、グランマークに叩きつけられたエメラルドの柱は魔法の戦略兵器であったため、軍隊がこれを回収して解体する事になった。

「……先生、何で私の羽集めているの?」

「持っていると良い事があるから」

 グランマークは魔法でグラセルの羽を一枚残らず集めると袋に入れ、自分の倉庫へとしまった。

「それじゃあ、遅くなったけどロックかけるね」

「うぅ」

 胸と背中にべったりと何かがへばりつくような感覚にグラセルは唸って身を捩った。

「私の巣がぁ……庭師鳥さんと遊ぼうと思ったのにぃ……」

「キミの巣だけど、今イノシシに蹴散らされて廃墟になったよ。その代り、桃の木さんは無事だった」

「帰ったら狼さんと食べてやるんだから!」


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