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第54話『夢』2/6

 人が悪魔になる。


 それは十字教の概念だけではなく、仏教にも存在する。

 悪魔とは映画にある様な怪物的存在ではなく、心の中に芽生える周囲の全てを悪へと導く魔のことだ。



 比喩でもなんでもなく芦崎礼司は魔王だ。


 その恐怖は実態とは違う。

 力があるとかそういう問題ではない。


 悪の根源になり得るかどうかが問題だ。


 例え魔王の本質が善人であってもその姿が世界を滅亡に導くというのならそれは魔王であり、悪魔ともなり得る。


 魔法少女にとって今の魔王、芦崎礼司は悪魔であり殺すべき存在である。



 だが。


 彼女は生かすことを諦めない。

 躊躇もあるし、クソガキのことを可愛いと思える個人的感情もある。



「俺の、せい、ふふふ、そんなこと。当然じゃないか! 俺は魔王! 母を殺された恨みを果たし、この世界に降り立つ殺戮者! 俺はもっと殺す! 世界を守りたければ俺を殺せ! 魔法少女!!」


 悪虐に笑う。

 不必要に大袈裟に笑う。


 出来ているなら最初からそうしている。

 それを分かりながらの煽りセリフ。


 殺される危険はあったが、ここでの問答で心を折られればどんな魔法をかけられるか分かったものではない。


 そう、魔王は既に魔法少女の戦い方を理解しつつある。


「殺すのならとっくにやってるわよ。私はアンタを矯正するの、昔みたいに、丁度女の子の格好をしてるんだから、懐かしい、また虐めてあげる。竜子ちゃんが起きたらね?」


「そう、そうだ! 竜子は! なんなんだあの間抜けな表情の竜子は! いつも変だがいつにも増して変だ! 本当に大丈夫なのか?」


 唾液が口端から溢れて居る、目を開けたまま寝て居る様な状態である。直立しながら、だ。


「安心しなさい、確かに今攻撃たら確実に殺せるけどそんなつもりはないし、そんなことをしようとしたら洗脳状態は解除されるわ。それが魔法よ、一度法として律すれば行使者でも歪ませることは出来ないのよ。だから暴れるな。今私は竜子ちゃんと対話してる、男のアンタと話す余裕はないわ」


「対話? そうか、アンタ竜子と話してるのか」


 それだけで、その情報だけで、礼司は魔法少女のロードの性質を特定した。



(神聖属性、信仰強制型、しかもマニュアル式!! 物理特化の竜子にとって最悪の相性のROADだ、畜生が! オートマチックの洗脳なら条件が分かれば簡単に解除できるけどこれは対一専用の洗脳魔法! 戦略的火力を犠牲にして一人だけを改心させる為に作られたROADだ、だが………………パイセンは勘違いしている)


 原作者の記憶を持ってる礼司にとって、ROADの力のことは知り尽くしてる。

 戦ったことはないが知識はある。


 だからROADの知識は魔法少女より深い。


 だからこそわかる、魔法少女の一つのミス。


 心の中で笑う。




(このままだ、竜子を洗脳させたまま、竜子を信じる。それがこの魔法少女の不意をつく一撃を。一撃でぶちかます、所詮は女! 男の俺に勝てるわけがないんだ! ザマーミロ!)


 盛大に負けフラグを掲げ魔王は心の中でだけ笑う。



 一方、精神世界での竜子は………………魔王の予想通り頭の悪い展開になっていた。




 ◇



 手を取る。

 その前に、竜子にはしたいことがあったのだ。


「ヒャッハー!! ちっちぇえええっ! ぷにぷに! クッソ生意気な表情! こりゃいじめるなってのが無理ってもんだ!!」


 夢の世界でのちっちゃな礼司に抱きついて遊んでいた。

 頬をつねったり両手を掴んでジャイアントスイングの要領でぶん投げたり、かと思えば空中で掴んで恐怖させたり色々だ。


「さ、さわんな!! お姉ちゃん助けでぇえっっ!!」


 涙目で魔法少女の元にトタトタと駆けてゆく。


 そんな姿を尊ぶ顔で見る幼馴染み。


「ふふふ、私はそういう目でちっちゃい頃のレージを見てなかったからなぁ? コイツは楽しまない方が損ってもんだぜ!」


 勇者は一切恥じることなく夢の中のちっちゃな礼司を愉しんでいた。



「アンタ、今がどういう状態か分かってるの? 今アンタは現実世界で立ったまま気絶してる、今見てる私も仮の私、本当の私は現実の世界でメイスを持ってアンタを撲殺しようとしてる」


 自分から今の状況を説明する。


 そんな魔法少女を見て竜子は、優しい顔になった。


「撲殺すれば良い、私は、()()()()()()()()魔法少女よ」


 絶体絶命の状況下、竜子の見せた本性は限りなく魔法少女の意にそぐわないものだった。


「どうして……………っ!!」


「どうして? 嗚呼そうかここで私が必死に抵抗して生きることの大切さ? を私に教育でもしようとしてたのか?」


 誰にも見られていない。

 本音だけを言える精神空間。

 その場で出た勇者の本音。


 それは死人の言葉だった。



()()()()()()()()()()お前を待ち遠しく思っていた。最初はジンがそれだと思っていたんだがな、どうやらアイツはホモで礼司に夢中になってるからな、私の事など眼中にない。嗚呼私は私の本音にやっと気がついた………いや、思い出したと言った方が正確だな」


「なにを言ってるのよ、意味わかんない」



「お前のいう通り私は“正義の味方”だからな、この世界の最も凶悪な存在である私も倒すべき者の一人だったんだ」


 嘘をついても無意味なこの精神世界で、竜子は本音を語る。


 魔王にすら言えなかった、心の形。

 この世界で絶対的な強者として生まれた勇者にとって、人間の中に生まれる悪魔の心を持つ者は許せない存在だったのだ。


 だから子供の頃から顔を隠して正義の味方ごっこ(詐欺師〜マフィア撲滅まで)をして来たことがあった。

 しかしそのうち彼女は1ヶ月もしない内に気が付いてしまうのだ。



「私を殺せ。魔法少女、この世の悪を成す魔物はここに居る」



 心の臓腑を親指で差してニヒルに勇者は笑う。


 嗚呼、やっと彼女の夢が叶うのだ。

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