第52話『Alice in Wonderland』3/7
白無垢と呼ばれる服にそれは近かった。
呪文にしては短い一言だけでその〈魔法〉は完成していた。
胸板の心臓部に手を当てて『ロード』と唱えると全身が白色の光りに包まれそれが次第に服の形に変化していった。
主人という意味でなく道という意味のロード。
やがて白無垢の様に見えたそれはどちらかというと白い魔法使いが来ていそうな大きなフード付きのローブになりそのフードには長いウサギの様な耳が生えていた。
そしてローブはサイズを変更し長身のサクラの形にフィットする様にスタイリッシュな形に変形する。
肌の露出は少ないが布の形が肉体の形を作るほどに薄く密着している。
さらにその拘束を強くする為なのか数本の黒く細い皮ベルトで肩、腋、腰、脚などを締め付けている。
スタイリッシュな魔法少女がそこにいた。
白無垢の様な魔法少女と黒い礼司のウェディングドレス、二人でこれから結婚式でも挙げそうなくらいお似合いのカップルに竜子には見えた、だから殺す。
目前敵を見つけ次第動いたのなら殺してしまえ。
善悪の判断など後回しだ。
そんなのは自分の王がしてくれる。
怒った魔王の顔を妄想してしまう、むしろご褒美だ。
ザシュ、
斬撃で白無垢ウサギの少女が真っ二つに裂かれる。
「ぃやった!!」
手応えあり。
肉と骨を絶った感触。
確実にやった。
「ひゃははははははははっ!!」
簡単に、呆気なく終わった。
狂喜し破顔する竜子を見て礼司は。
何も反応がない。
どうやらあまりにもショッキングな場面で反応できない様だ。
口が開き、何か口にする。
「どこ斬ってるんだ?」
「へ?」
血が噴き出ない。
一滴も剣に血がついていない。
肉人形が崩れ落ちない。
死に体のはずの肉人形が、そこになかった。
「幻惑? 馬鹿な! そんな馬鹿な? 私の魔眼は! 私の蛇眼は魔術を暴きコピーできるっ! それがないということは魔術ではない!! 魔術以外で、こんなのあり得るか!!」
肉を割き骨を絶った感触があった。
だがそれすら幻惑。
そんな高度な幻惑は魔術でしかない。
創作物の心理学的催眠ではこのレベルの催眠はあり得ない。
「歯を食い縛れ」
「ほへ?」
ぶぉぐんっ!!!!!
突如ウェディングドレスの恋人、礼司からの強烈な右ストレートパンチ。
(この感触、攻撃力、絶対礼司じゃない! コイツ! この攻撃はまさか!!?)
もちろん礼司の心も逐一確認済みだった。
今も見ている。
自分を殴った礼司の視点がみえている。
(…………この読心もおそらく幻惑攻撃、まだ騙されたフリを続けて隙をうかがおう。この手の攻撃を逆手に取ってやる)
「待て、礼司! 私はお前の恋人だぞ!?」
懇願する様に話しかける。
騙されたフリは上手である。
だが。
「一発で済むと思うなゲス女」
どうやら魔法少女は幻惑で正体を隠すつもりなど毛頭ない様だ。
竜子の顔が恐怖で歪む。
「ひっ!!」
ぼぎゃんっ!!
べきん!!
どこんっ!
ぐぎゃん!
全て大振りの拳のコンビネーション。
敵に絶望を与えるための痛みという制裁。
魔法少女の攻撃方法はスラム流の拳闘術。
心を折る攻撃。
完璧な攻撃の激痛に耐えながら竜子はそれでも冷静だった。
(拳の角度が、明らかに私より背が高い、礼司は私と身長が同じくらいか低い。振り下ろす様なパンチング、その痛みと力の向きが見ている幻覚と違う、明らかに私より背の高い人間の攻撃、つまりはピンク女の攻撃!)
「痛みだけは幻覚を見せないつもりかサクラ!」
顔面に喰らいまくったパンチの跡が生々しい。
肉は剥がれなくても少し腫れている。
女の子のしていい顔ではない。
「喋んな!」
ごぼぉ!!
真正面から鼻を中心に食い込む様に殴った。
礼司の姿をしたそいつの拳は竜子の血でリンゴの様に真っ赤だ。
拳が竜子の頬に食い込ませた状態のまま、硬直した。
「捕まえた❤︎」
ガシ!!
手首をそのまま掴む。
そう、殴られる角度が分かるのなら、それさえわかれば幻惑だろうがなんだろうが関係ない。
殴られたままで掴めばいいだけだ。
(死ね! このまま引っ張って刀で斬り殺して、やる………………引っ張って?)
想定外、魔法少女の腕力は勇者より強い。
手首はビクともしない。
そう、幻惑の能力を駆使する魔法少女は肉体派である。
「歯ぁ、食い縛れ」
ごっ!!
「んぎょくっ!!」
ヴォンっ!!!!
食い込んだ拳をそのまま腕力で振り抜いた。
ギュオオン!!べキャス!
先程の奇襲の再現。
壊されてなかった方のコンクリが瓦礫になってしまい校庭に瓦礫と共にエクスカリバーも吹っ飛ばされる。
ザァァアァァァ!!
しかし二度目となれば竜子も猫の様に体勢を整えて着地できるようになる。
反射的に魔術を極力使わない。
四足獣のスタイルで頭を低くしてその場に待機して起こった事を考えた。
(何が、起きた? いや、分かっている。私は幻惑系の攻撃を食らって礼司に見せられたサクラとかいう奴の攻撃をまともに食らった。見ているものと明らかに違う攻撃、そして私が礼司の心を読むと言う楽しみにすら幻覚を重ねてきた。なんでだ?! 何故魔術を感知できない??!)
鼻から出た血を親指で拭きながら竜子は頭を冷やす。
(いや、そもそも何故この力を最初から使わなかった? 答えはおそらく私の魔術のカウンターだからだ、しかしそんなもの、私の速さでカウンター返しできる、魔術である以上全てが無意味なんだ………………魔術じゃ、ない? 異能? いやアイツの異能は歌、それに異能ならその気配がする、それすらないとすると異能でもない)
考えてもまとまらない、ならば直接聞いてみる。
「なんだ?その力は一体なんなんだ?」
その声にサクラは答えない。
「馬鹿が、それを教える訳ないだろ? そこでお前は私の幻覚と戦っていろ」
冷たい目で見下して言い放つ。
少年漫画の様に自分の能力をベラベラと喋るわけがない、そもそも彼女は油断しない。
自分の能力を過信することもない。
ぞろぞろ、
いつの間にか竜子を中心に四方八方から十数人の白無垢ウサギ姿のサクラが現れた。
同一人物がそんなにいるわけがない。
幻惑である事を隠さない。
その中の一人が落ちていた刀を持つ、そうすると全員が同じ刀を持つ。
(酷い幻覚だ、私のエクスカリバーは私にしか使えない。それ以前に複数存在しない、特性も何も知らずにめちゃくちゃな幻覚を見せやがる)
熱い心のまま冷静に敵の能力を解析する。
(つまり自分知る情報を見せる系の幻惑、脳を覗かれているわけではない?)
勇者は獲物を横取りされたと怒りを忘れない。
(マニュアル系の幻惑能力、オートではない、恐らく幻覚の形をサクラも見てる)
こんな屈辱は産まれて初めてだから、もう選択を誤らない。
(私の魔術がトリガーとなって発動した、この特性は魔術や異能だがそのどちらでもない。もしここで私が魔術を発動させれば更なる発動を誘発してしまう、ならば…………)
ならば、魔術ではなく物理攻撃。
身体能力をフルに使って様子を見る。
地道に情報を得て反撃の機を狙う。
否。
「はははは」
そんな考え方では勇者にはなれない。
「だったら魔術を使いまくってお前の幻覚を超えてやるよ! 丁度その姿をぶっ殺しまくりたかったんだ!!!」
見えていないだけでその場にいるはずのサクラに向かってぶち破られた教室を睨む。
幻覚から逃げるのではなく、真っ向から立ち向かう。
分からない攻撃に距離を取る段階は既に終わっている。
戦いの口火が切られたのなら後退は愚策となり得る。
王の居ない勇者の行動とはこう言うものだ。
己の行動を制御せず目の前の敵をぶち殺しまくる、だからこの世界に王が必要なのだ。
無駄に被害が拡大してしまうのだから。
「ぐがぁああ!!!」
ごむっ!!
顔面パンチを仕返し一人を圧倒。
後に刀を取り返した認識を得てエクスカリバーをしまう。
そして別のエクスカリバーを取り出した。
「エクスカリバー型エクスカリバー、一撃で幻惑だろうが現実だろうが全てをぶっ殺す」
両刃の太い西洋剣、それを両手で天空に掲げて全魔力を込める。
「空をも穿て、エクスカリバー!!!」
そのエネルギー、斬撃エネルギーを校庭に存在しない幻覚全てに隙間なく、空中も含めて地面から上空にぶち上げる。
その光は王国全ての人間に確認できるほどの高さまでぶち上げていた。
当然だが幻覚達は全て食らう。
斬撃エネルギーに消え失せてしまう、それが攻撃した者の受けたイメージとなる。
それは勇者として生まれた者の圧倒的力。
生まれついた強者のイメージの絶対的人外さ。
『幻惑系の力の対抗策は大きく分けてふたつの選択肢があるわ、幻惑される前に奇襲するか精神力で幻惑自体を圧倒するかのどちらかよ。あれは惑わすというよりは精神攻撃に近いの、自分のペースを乱さないのが重要よ』
守礼の何気ないアドバイスを思い出していた。
そして竜子は後者を選んだ。
「全くおねちゃんの言うことはちゃんと聞いておくものだな」
教室の方から声がする、竜子には聞こえないレベルの小声で呆れながら言い捨てる。
「…………全くなんて馬鹿げた、精神力、なのよ」
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