第326話
船旅は思った以上に快適だった。
海は荒れないし、魔物も来ない。海賊の姿も見えない。その上、めんどくさい乗客もいなかった、と、くれば、もう、ただの豪華クルーズの旅だ。
あちらでは一度も船旅、それも豪華客船になんか乗ったこともなかったのに、こっちに来てからは二回目だ。贅沢~。
しかし、港町についてみれば、なんというか、なかなかな荒れ具合。
なんか昭和なイメージというか、船乗りたちだけでなく、その住民も荒っぽい人が多そう。波止場で裕次郎さんが、ロープを繋げるヤツに片足のせていそうだわ。裕次郎世代ではないけどね。
……というか、なぜ、エルフの国に来たのに、肝心のエルフがいないのかっ!
通りを歩いているのは、人族か獣人族。時々、ちょっと身体の小さいおっさんが歩いているのは……あれは、ドワーフか。ずいぶんと大きなマサカリ担いでる。エルフを見に来たのに、なぜだ。
そんな街中を抜けてしばらく行くと、少しずつ街の様子も変わっていく。貴族街と言えそうな、立派な建物が増えてくる。
そして目の前にしている宿は、貴族街の入口にあった。
「ミーシャ、今日はこの宿に泊まろうか」
イザーク兄様が私の隣に立ちながら、にこやかにそう宣う。
うん、結局、私の同行者はイザーク兄様だけになった。終始、紳士的だったイザーク兄様(何かあったら犯罪よ、犯罪。私が自力で抹殺してるわ)に、私の方も二人で行動するのに抵抗がなくなってしまった。
最初は双子も行きたがってはいたものの、やはりダンジョンの魅力には敵わなかった模様。攻略したら追いかける! なんて、張り切っていたけれど、二人だけじゃ無理だと思うんだが。そこは、上手いこと、パーティメンバーでも集めて挑戦するのかもしれない。
「……イザーク兄様、こんな立派な宿、お金は大丈夫なんですか」
思わず、あんぐりと口をあげて見上げる建物。
逃亡中などは、それなりにいい宿に泊まらせていただいたが、双子たちとの旅では、そこまでお金をかけた宿には泊まっていなかった。久々のキラキラした豪華な宿に、目が点になる。
「すまんな、もう少し安い宿もあるにはあるんだが……」
兄様が口ごもるのも、仕方がないかもしれない。通りすがりに見えた町の様子や宿のあんな荒っぽいところじゃ、落ち着いて休めそうもないし、むしろ危なそう。いろんな意味で、私よりも、兄様が。
最悪、転移で森の家に行ってしまえばいい、とは言うものの、毎回それでは、旅の楽しみもあったものではない。
「いえ、予算が大丈夫ならいいんです」
一応、今はイザーク兄様が金庫番なのだ。私もちゃんと自分のお金は持ってるけど、兄様曰く、兄としても、男としても、そこは譲れないらしい。おばちゃんは気にしないんだが、そこは年の功で、折れることにしている。
木製の重そうなドアを開けると、広くて明るいフロアに、カウンターには、この大陸に来て初めてのエルフの姿があった。むしろ、他のスタッフはどこにいる?
「いらっしゃいませ」
格好だけは執事っぽい感じだけど、客商売だというのに、無表情に出迎えたエルフ。いいのか、それで。
エルフは最初、イザーク兄様に目を向けてから、次に私の方へと目を向ける。一瞬、何かに驚いたのか、目に動揺を浮かべたような気がするのは、気のせいだろうか?
「泊まりたいんだが、部屋は空いているか」
「……お二人ですか……一部屋でしたら、ご用意がございます」
「ミーシャ、いいかな」
「……うん、いいよ」
色々思うところはあるが、何よりも、金銭的な心配を優先した私は、大人だと思う。
イザーク兄様の嬉しそうな顔は、見なかったことにする。






