人を呪わば ーハロイ教教祖の場合ー
ハロイ教の教祖、ナリアード・ドロルドは、怒りのあまり、手にしていた報告書を握りつぶしてしまった。
「どうして、こんなことになった!」
ナリアードの怒鳴り声が、執務室に響く。
話は二週間程前に遡る。
ハロイ教の中には、特殊な研究を任されている部署がある。その研究室で、激しい爆発事故が起こった。爆発の元となったと思われるのは、『魔物の葉』を保管していた棚だった。
この『魔物の葉』に関する呪いについて専任で研究をしていた者、それが半年ほど前にコークシスの王室に、『魔物の種子』と『魔物の葉』を渡してきた男だった。
その爆発に巻き込まれ、その男は重体。まだ目が覚めていないという。
そして報告書によると、同じような時期に、『魔物の種子』を受け取ったコークシスの第三夫人の離宮でも爆破騒ぎがあり、未だに第三夫人が行方不明だという。
重体になっている男の研究報告では、過去に三例あり、そのどれもが、問題なく呪いが発動していたと書かれている。
一例目は、男の身内、義理の姉、二例目は、男を酷く嫌っていたトーラス帝国の伯爵令息、三例目が、オムダル王国王太子妃の有力候補の侯爵令嬢。
それぞれに、奇病ということで医師に診断され、オムダルの令嬢以外はすでに亡くなっていた。
「この、コークシスの第三夫人の呪いの相手は誰だったのだ」
男の上司は、ナリアードに報告しながら、額から流れる冷や汗をハンカチで拭う。
「は、はい。あの、どうもウルトガ王室の者だったらしいのですが」
「ウルトガ? あのケダモノどもの国か」
忌々し気に言うナリアード。ウルトガは精霊を信仰する国で、ハロイ教の入りこむ余地がなく、余計に気にくわない。
「あ、はい、しかし、その、ウルトガに潜入している者からは、特にそういった奇病の噂話などは出ていないようでして」
「……それだけ、王室の緘口令が厳しいということか」
「あ、はい、いえ、ただ」
「ただ?」
「ウ、ウルトガ国王の第三夫人が、北部にある離宮に幽閉されたようです」
「その第三夫人というのが、呪いの対象だったのではないのか?」
「た、確かに、第三夫人はコークシスの出身だったようですが、症状が……」
「なんだ」
「どうも精神疾患なようで……」
その言葉に、ナリアードは口を噤む。『魔物の葉』による呪いに、そのような症状が出るとは報告を受けてはいない。新たに、そういった現象が起きるようなモノが含まれていたというのだろうか。
ジッと皺くちゃになってしまった報告書に目を落とす。
「……そういえば、侯爵令嬢の方は、どうなっている」
「は、はい。あちらは、未だに膠着状態のようで」
「チッ、『聖女』も、甘いもんだな」
呪いの思いの強さによって、症状が変わることは、ここまでの研究結果でわかっていた。男の義理の姉は、よっぽど男に憎まれていたのか、三日と持たずに亡くなった。そしてトーラスの伯爵令息は、一カ月。
件の侯爵令嬢は、『聖女』であるアイリス・ドッズに呪わせた。しかし、所詮、十代の小娘の呪いの力では、限度があるということか。
「しかし、なぜ、アレが爆発したのだ」
「は、いえ、それがまったくわからず……あの部屋には発火するようなモノなど何もなかったのですが……」
ナリアードは目を閉じ、考え込む。その間、上司は所在無げに、視線をあちこち彷徨わせる。
そして、ものの五分程した後、カッ、と目を開けたナリアード。
「……まさか、解呪した者がいるのかっ」
「か、解呪ですか!?」
過去の例で、教会関係者に診られているのは、未だに病床にいるという侯爵令嬢のみ。それでも、呪いであるとは判断されていなかった。
「アレを、呪いと気付いた者がいるということか」
ギリギリと歯を食いしばるナリアード。その様の恐ろしさに、上司の身体が震える。
「……くそっ」
バシッと報告書をテーブルに叩きつける。
「至急、ウルトガに人を行かせて、調べさせろ」
「は、はぁ、何を」
「そんなのもわからんのかっ! 当時、怪しい奴がいなかったかどうか、普段ウルトガにいないような何者かがいなかった、か。とにかく、虱潰しに調べてくるようにしろっ」
「は、はいっ」
慌てて出ていく上司の後ろ姿を、睨みつけると、ナリアードは自分の椅子にドカリと座りこんだ。
結局、ナリアードの元にもたらされた情報は、人族の双子の冒険者がウルトガの王宮から出てきたことと、ふだん寄り付きもしない冒険者の第八王子が戻ってきていたことだけ。
それも、指示を出してから、一カ月も経ってからだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ようやくカクヨムと同じところまでたどり着きました。
思いのほか、長かった^^;;;;
これ以降は、カクヨムとペースを合わせての更新になります。
今のところ、月・水・金での更新予定です。本日は最新話を11時に更新いたします。
お付き合いいただければ、幸いです^^






