第19話
声をかけてきたのは、大きい通りからではなく、脇道の奥の方からで、現れたのは黒っぽいフード付きのローブを着たおばあちゃん。私よりも少し背が大きいせいか、手元のランタンの灯りで、若干赤くなった顔を見ることができた。うん、ちょっと怖い。
「まったく、人がほろ酔いのいい気分で帰ってきてみれば……ほれ、さっさとおどき」
「あ、す、すみません」
酔っ払いっぽいせいか、不機嫌さが増してる気がする。これ以上、絡まれるのもマズイ。私はその場から離れようとしたのだけど。
「ん? なんだね、子供かい。駄目だろ、こんな時間にうろついちゃ」
そう言っておばあさんは私の腕を掴んだ。その手が意外に力強くで、ビクともしない。
「あんたの家はどこだい」
「あ、いや……」
「なに、家出かい」
「いえ、そういう訳じゃ」
「じゃあ、孤児かい。 まったく、お上は何をやってるんだか……こうして子供がうろついてるんだってのに。王都にだって孤児院は必要だってのがわかってないんだ……ほら、うちにお入り」
酔っ払いのせいなのか、ブツブツと文句を言いながら、まったく人の話を聞こうとしない。というか、子供とはいえ(実際には子供でもないけど)安易に部屋に上がらせていいのか、おばあちゃん!
鍵を開けて店の中に入っていくおばあちゃん。店からは微かに枯れた植物のような匂いが漂ってきた。
「ライト」
おばあちゃんは魔法で灯りをともすと、私をかなり強引に家に引っ張り込んだ。その勢いで、ローブがはだけて中が見えてしまう。
「あれま、そんな短い髪をしてるのに、あんた男の子じゃないのかい。それに、その格好! なんだい、なんだい、お前さん、どこかから逃げてきたのかい」
おばあさんは私の格好を見て驚いた。まぁ、確かに、粗末な貫頭衣に素足の子供がいれば、そう判断されたって仕方がない。しかし、髪が短いだけで男の子と間違われるとは。もしかして、この世界って、女性は長い髪が必須なの?
「一気に酔いが覚めちまったよ。ほれクリーン」
キラキラと何かが私の周りを舞っている。人から自分に魔法をかけてもらうのは初めてだから、新鮮だ。周囲を見回してみると、乾燥した植物がぶら下がっていたり、液体の入った小さな瓶やら手のひらサイズの壺が並べられている。
んー、これはいわゆる薬局みたいなところなんだろうか。
「ところで、あんた、飯は食ったのかい」
「えと…」
干し肉を夕飯と言っていいのか迷ってると、おばあちゃんは勝手に解釈したのか、店の奥へと入っていく。
「ほれ、入っておいで」
このまま、逃げてしまってもよかったかもしれない。だけど、この世界にきてまともに会話をした人だっただけに、私は迷ってしまった。気を使ってもらえたことが、ちょっとだけ、嬉しかったから。
私は溜息をつくと、そのまま、店の奥へと入っていった。






