7-①
「どうでしたか!」
灰賀丈が戻ってくると、即座に恒住が立ち上がった。
地下文書室。彼らの他には誰もいない。灰賀丈はゆっくりと首を横に振り、
「ダメだった。やつら、総務省とのラインは完全に切ったらしい。考えられるあらゆるルートを試してみたが、連絡がつかん」
「そんな――、」
「スケープゴートにされたな。一応信頼できる幾人かには今回の情報を流して、最後までどうにか足掻いてもらうことになったが、期待しない方がいい。マスコミ相手の支配力勝負は、うちでは及ばない。私は少なくともこの一連の騒動が終われば懲戒。君もE研には戻れないだろう」
「そんな、そんなこと問題にしてるんじゃないですよ! こんなのは、ただの殺人だ……」
恒住は顔を覆うと、そのまま椅子の上に崩れ落ちる。
沈痛な面持ちで、灰賀丈はそれを見ている。
「……間違いないんだな。E研の防災研究室が設計した、ここのシェルターに数値の改竄があった、というのは」
間違いだったらどんなにいいか、と恒住は顔を上げないままで言う。
「管轄違いだからって、自分の目でチェックを怠るべきじゃなかったんです。あんなのは誰が見てもわかる……。あんな、本当の基礎の部分で数値を入れ替えているとは思わなかった」
「仕方ないだろう。誰も、まさかそんな、人命に深く関わるところで政治的思惑が働いているとは思わない」
「仕方なくなんかありません。俺が、俺が気付くべきだった……」
懺悔するように、恒住は首を垂れる。洟をすする音がした。灰賀丈は深く溜息を吐いて、眼鏡を外すと、もうひとつパイプ椅子を足元に寄せて、それにどっかりと腰かけた。
「……問題は、IEOだけでも、この国の内部だけでもないだろうな。災害、それからエネルギー。それぞれに大量のステークホルダーがいる。そもそもここにシェルターが建設された時点で、計画は始まっていたんだろう。君は、たまたまそこに組み込まれたに過ぎない。もしも君がいなくとも、数年後には誰かが〈エフェクト〉の人為発生の手法を編み出しただろうさ」
「その、数年の間に……、この計画が暴かれたかもしれない」
「無理だろうな」
灰賀丈はきっぱりと言う。
「朔山市に一定以上の専門知識を持っている人間はいない。仮にE研からどうにかしてシェルター設計の内部資料を引っ張り出せたとしても、市長をはじめ、誰にもその粗は探せないさ。私がここに来たのも、どこまで総務省独自の人事なのか知れない。万に一つも……、いや、万が一くらいだろうな。久宗がどうにかそこにアクセスできれば、そのくらいだ。もっとも、あいつもただの非常勤だし、ほとんど不可能だろうが」
時計の長針が、一周するくらいの沈黙。
「――あの人は、何者なんですか」
口火を切ったのは恒住で、灰賀丈は肩を竦める。
「さあ。……妹の親友で、古い友人といえば、それ以上の関係ではないが。私がいちばん驚いているよ。長い付き合いだが、〈エフェクター〉なんてことは一度も聞いたことがなかった」
「本当なんですかね。あの人の言う……」
「どうかな。あいつは絶対に嘘を言わない、なんてことは私の口からは言えない。が、少なくともこの場面で嘘を吐く必要もあるまい」
「〈共鳴〉の方はあの人が何とかしてくれるって……。大丈夫なんですかね。〈エフェクター〉が〈共鳴〉を起こしてるわけじゃない、って。なんだかやたら確信に満ちてましたけど」
「信じるしかない。君が〈共鳴〉の理由がわからないというのなら。……さて、そろそろ報告は終わりだ。君にも上に来てもらう」
「え?」
恒住は間抜けた声を上げる。
「外部協力者の名目で部長室に詰めてもらう。裏取りもできた以上、君のことはきっぱり味方として扱わせてもらうぞ」
「んなっ――、いや、それは構いませんけど。大丈夫なんですか、そんなことして」
「構わん。懲戒事由が増えるだけだ」
言って、灰賀丈は立ち上がる。
「やることは山積みだぞ。駅東のシェルターが破綻した地区はそのままにしておいたら当然マズい。避難経路の再設定をしなければならないし、シェルターの復旧が望み薄だとするなら、それを塞ぐためのバリケードでもなんでも作る必要がある。さらに言うならその対応を行うために手早く現状の説明をしなければならないし、動員をかけるためには市長・副市長への根回しもいる」
「……言っておきますけど、公務員的な事務処理能力はあんまりありませんよ」
「ないよりマシだ。言ったろう、リスクがないならプレイヤーは多いだけで助かる」
大股で歩いていく灰賀丈に、恒住も立ち上がってついていく。
「なんにせよ、時間との勝負ですね」
「ああ。……君の残した第三実験。それが内閣府によって実行されるまでにな」




