5-④
「……繋がらない」
祐弥は携帯から顔を離して、もう一度番号を確認する。貰った名刺。恒住利一郎の電話番号に間違いはなかった。
何か知っているのかと思ったのだ。自分たちの記憶が消えていることについて、恒住が専門家だというのなら。
もしかしたら〈エフェクト〉に遭遇した人間はみなそういう後遺症を残すのかもしれない。祐弥はそれについて聞いたことがないし、永だってそんな話は聞いたことがないと言うのだが、何しろお互いその記憶すら信用できないのだから、信用できる筋に確認を取るのが一番だと思ったのだ。
しかし、繋がらない。先ほどから何度かかけ直しているものの、一度として繋がらない。合間合間に祐弥の携帯からネットでこのことについて調べてみたりもしたのだけれど、それらしい情報はひとつだって見つけることはできなかった。
「でも、おかしいよな」
祐弥は言う。
「絶対おかしいだろ。ふたり揃ってこんなに記憶が抜けるなんて、普通じゃない」
一方で永は躊躇いがちに、
「祐弥さんはともかく、私はあまり、普通ではないので……。あてにならないかも」
「でも、永だって朔山の災害に遭ってからなんだろ? その降霊、みたいなのができるようになったのって。だったらやっぱ、おかしいだろ。あたしが記憶をなくすようになったのだって、どう考えても去年の首都高の〈エフェクト〉以降だし。絶対関係あるよ」
「それは……そうですね」
「なんかすげえもやもやするんだよな。忘れちゃいけないこと、忘れてるみたいな。永はそんな感じ、ない?」
「……正直に言うと、」
永は手先を少し、遊ばせながら、
「あります。でも、思い出していいことなのか、というのも心配で」
「え?」
祐弥は首を傾げて、
「どういうこと?」
「忘れてることには、忘れるだけの理由があるのではないかと思うんです。たとえばそれが、すごく嫌な、覚えていたくない記憶で、自分の心を守るために、無意識のうちに忘れたんじゃないかとか……。すみません。後ろ向きな性格で……」
いいよ全然、と言いながら、祐弥は永の言ったことについて考える。
覚えていたくない記憶を忘れる。そんなことあるのか、と思いつつ、そんなことがあるとしたら、と心当たりが思いつく。
両親の死。
その前後――特にその後――の記憶がほとんど抜け落ちている。そして今の自分は、それに実感を持つこともなく、こうしてそれなりに普通に暮らせている。もしも本当に、自分が忘れたくて記憶をなくしているとしたら、たぶんこれに纏わることだろうと、そう思う。
でも、
「だったら、なおさらだ」
仲のいい家族だった、と思う。
他の家庭がどういうものなのかを知らないから、比較的、なんて言葉は使えないが、祐弥にとってはいい家族だった。たとえふたりとも病院勤めで、あまり家にいなかったとしても、その分を補うに余りあるだけ、自分に優しくしてくれたと、今は思えるようになっている。
それを忘れたまま、放っておくことはできない。祐弥はそう思う。
たまたま、一度だけ見た永の降霊会。そのとき、壇上のあの、家族を失った男だって言っていた。
悲しみは、受け止めなきゃいけない。
「あ、そうだ。永、」
そこまで言いかけて、
「……いや、やっぱなんでもないや」
やめる。不思議そうに永は首を傾げている。
降霊会のことを思い出したから、一瞬魔が差した。それは一瞬だけで、だから祐弥はそこで取り消して、別の心当たりを探した。
「永ってさ、うちの叔母さん……由祈乃さんって言って、今朝病院で会った人なんだけど、あの人のこと、知らないんだよな?」
永が、はい、と頷くのを見て、ようやく、古くなった引っかかりを思い出す。
由祈乃の部屋には、永を描いた絵が置いてあった。
何か繋がりがある、とは思っていない。結局一ヶ月も一緒に暮らしたというのに由祈乃について知っていることは少なく、絵を描くのが好きなのかどうかすらも聞いていない。たぶん、どこかで永のことを見て、戯れに描いてみただけなじゃないか、と勝手に思っている。
でも今は、それを思い出しただけで十分だった。
「由祈乃さん、何か知ってるかも」
少なくとも、どこかに動き出すための目印ができただけで、十分。
「永。うち、行ってみよう」




