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5-①



「……いえね。本当に予想してなかったんですって。いやほんとほんとほんと。ありえないでしょ。誰があんなことになるなんて思うんですか。天下の朔山ですよ? 採算度外視でシンガポールよりもたっかい防壁入れてるんでしょ? むしろ俺が不安になるくらいですよ。本当に大丈夫なんすか? アラスカの流星群を対応上限として想定してるって聞いてたんですけど、これ明らかに足りてないっすよね。新規事例ではありますけど、そこまできっつい力が働いてるわけじゃないでしょう。発散実験つったって、セーフティネットが機能しないんじゃただの計画自爆……、ああ、はいはい。申し訳ございませんでした。そちらについてはあてくしごときが口出しすることじゃあございやせんでした。でも、これじゃもう実験の継続はできませんからね。無理です。こんなアクシデントが起こるようじゃとてもじゃないけど第三実験はできやしません。

 ……何度も言ってて情けなくなるんですけど、そりゃあわかりゃしませんよ。なんてったって名前からしてそうでしょ? 〈エフェクト〉――直訳で単なる〈効果〉。原因不明で、何かそこに〈効果〉――、不思議で、説明のつかない結果だけが起こります。爆発から自然災害から、生物の異常発生、インフラの崩壊なんでもござれ。我ら知に欠けた現生人類はそれに振り回されるしかありません。おお神よ、哀れで愚かな我らを救いたまえ、それとも神よ、あなたが我らを哀れにしているのですか――ああ、いやいや。別に別に。馬鹿にしてるつもりはないですよ。すみませんね。

 なこと言われてもね。天才だとかなんだとか、そんなの人が勝手に言ってるだけですよ。俺はただ人より集中して、人より時間をかけて取り組んでるだけです。わからないもんはわからない……待てよ? S値――、〈エフェクト〉の燃料になる〈兆候〉、signの値に比べてV量――variation、〈変化〉の量が不自然になってるケースがどっかに――あった。ツングースカ。……いや、でもなあ。流石にレアケースすぎるというか。まさかそんなことないと思うんですけどね」

 恒住利一郎は、電話に向かって、

「resonance――〈エフェクト〉の同時発生による〈共鳴〉が発生してる場合は、ありうるかもしれないですね」



「うわ」

 と。

 朝起きて、リビングに来て、開口一番それだった。

「やばいね。その並び」

 おはよう、よりも先に祐弥はそう言った。珍しく今日は朝早くから家にいるんだ、なんて思うよりも先に、由祈乃と、食パンと、焼肉のタレの並びを見て。

 けれど、由祈乃はきょとん、として、

「美味しくなかった? 前、食べたよね」

「いや食べたけど……」

「ダメだった?」

「いやダメでもなかったけどさ……。てか、それトーストにすらしてなくない?」

 由祈乃は手に持った、生のままの食パンを見て、

「うん、そうだけど。めんどくさいし」

「……えー……」

「美味しいよ? 味ついてるし」

 食べる?と聞いてくる由祈乃に、一度はいやいいっす、と返したが、すぐにぐぎゅる、と胃のあたりが鳴って、何も言わずに由祈乃はキッチンに消えていく。

 ちーん、と音がして、戻ってきた。

「どうぞ」

「……ありがと」

 目の前に差し出されれば、さすがに食べる。実際美味しいのだけれど、何かもの悲しさがある、と祐弥は思う。もしも今の自分がやっている弁当と総菜三昧の生活の行き着く先がこの食生活だとしたら、それはあまりにも虚しい。ちゃんと自炊しなくちゃなあ、とここに来て以来一ヶ月、すでに何度も考えているぼんやりとした決意が心に浮かぶ。

「今日、仕事じゃないの?」

 のんびりしてるけど、と祐弥が聞くと、

「うん。ダメ人間だから仕事してない」

「……いや、いつもはしてるんでしょ」

「週三日だから四捨五入したらゼロだよ。まあ夜番なんだけど。それより、頭大丈夫?」

「は?」

 いきなり喧嘩を売られたのかと思った。今の流れの中で自分の頭の中身について心配されるような要素があっただろうか。わかりにくいギャグの可能性もあるし、と反応に困っていたら、

「たんこぶ。できてるでしょ」

「え?」

 由祈乃が立ち上がって、後ろに回り込んでくる。振り向こうとしたら肩に手を置かれて、そのまま大人しくする羽目になる。

「いっ、」

「ほら、腫れてる」

 由祈乃に後頭部を触られて、声が出た。自分でも触ってみると、確かに膨らみができている。

「え、いつ?」

「おやおや。記憶喪失になってる。漫画みたい」

「え、なになになに。怖いんだけど。え、いつ?」

「昨日眠そうに帰ってきたと思ったらふらふら壁にぶつかってたから」

 すさまじい音してたよ、どっかーん、みたいな。由祈乃は言う。

 全然覚えていない。

「え、マジ? 昨日何やってたっけ……? あれ、マジで思い出せない。え? 待ってこわいこわいこわい」

「どうせ私今日午前中は暇だし、一緒に病院行こっか。頭はあんまり放っとかないほうがいいよ。本当に大変なことになる場合もあるから」

 怖いこと言わないでよ、と情けない声を出せば、あはは、と由祈乃は笑う。他人事だと思って、とちょっとむくれる。

 もう一度、自分の頭を触る。

 何も思い出せない。



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