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4-②



「ふ、封鎖ぁ?」

 そりゃそうだ、と思わないでもなかった。

 シェルターなのだから。危なくて街を囲っているのだから、危ない間に人を外に出すわけがない。そういう常識的な論理があることはもちろん理解できた、それが発動していることを予測できていなかったのは、純粋に自分の見通しが悪かったからと諦めるしかない。

 通行止め、と書かれた札をかけた三角コーンが、ロープで繋がれて道を塞ぎとめている。

 通用口。街の外と中を結ぶ、数少ない場所。高速道路の料金所に似ていて、姿を見られずに通り抜けすることはできそうにない。

 一瞬だけ立ち止まって、それからすぐに動き出す。

「あの、」

 警備員の制服を着ている初老の男に、

「女の子見ませんでしたか? 和服の、かわいい」

「あー、見とらんねえ!」

 いくらなんでも声がでかすぎるだろ、と祐弥は慄く。別に怒っている風ではなかった。単に声のボリュームの基本値がそこらしい。たぶん台風の日に外に出たって、この人となら会話できる。

「友達かい」

「まあ、そんなとこです」

「外にゃ来ないと思うよ! だいじょーぶ、こん街のシェルターは強いから! いーっぱいお金かけてんだからさ。心配しないで中入ってな!」

 正論だった。まともな神経をしているなら災害警報が鳴った後に外に出ていったりはしない。問題は探している人間がどうもまともな状態じゃなさそうだったということで、だからそれでも渋っていると、

「見かけたら声かけとくから! 和服の子ね!」

「あ、はい」

 そこまで言ってもらえるなら、もう粘る意味もなくなる。心配は心配だけれど、もうこれ以上心配してもしょうがないだろう、と無理矢理自分を納得させて、いやそれでもやっぱりなんでか後ろ髪を引かれる思い、とその場で不自然な足踏みを何度か重ねて、

「あれ、あの子じゃねえかい?」

「え?」

 それでようやく振り向いた。

「ほんとだ」

 見間違えようがなかった。

 小柄で、和服で、同じ年くらい。ここ数日でいちばん見た顔だから、記憶にも新しいし。永は祐弥の後から、街の方から現れた。なんでだよ、と思ってから、たぶんどっかで追い越したんだ、と気付く。足おっそ、と思い、そういえば最初のときもそうだった、と思い出す。

「永、」

 そして、いまだに様子がおかしかった。

「おーい」

 声をかけても反応がない。足元はふらついているし、目線は下がっている。こちらに気付く素振りがまるでないし、雰囲気が怖い。

「どしたん、あの子」

 警備員が言う。あたしが聞きたい、と祐弥は思い、とりあえず迎えに行くかと一歩前に踏み出して、

 近くに捨てられていた空き缶がものすごい勢いで吹っ飛んできた。

 ちょうど祐弥と警備員の間を通り抜けていった。遅れて風圧が来るような速度で、祐弥の髪が揺れるよりもよっぽど先に背後で衝突音が鳴る。

 恐る恐る振り向くと、同じように恐る恐る振り向いた格好の警備員と、その先にひしゃげた缶が転がっている。

 アルミ缶だったらいいな、と思った。

 それでも嫌だな、と気付いた。

「ちょ、ちょっと待て――」

「なんだあっ?」

「と、とりあえず退かないと!」

 びゅんびゅん物が飛んでくる。それこそ大型の台風でも吹き荒れてるみたいに、道端にあるものが根こそぎ吹っ飛んでくる。風向きはわかりやすくて、永から祐弥、警備員、その奥の外の世界。

 たぶん、まっすぐその向きで吹いていた。

 慌てて祐弥は横に逸れる。それに合わせて警備員も通用口の正面から身体を退ける。少し遅れて、ばつ、ばつ、ばつ、と音が鋭い音が聞こえてくる。何かと思ったら、通用口の詰所の壁に、吹き飛んできた礫がぶち当たる音だった。それはどんどん重みを増してゆき、それがなぜかと言えばどう見ても永がその場所に近付いているからで、早めの避難がどれだけ自分の健康増進に役立ってくれたのかを実感させてくれる。

「あの子、降霊会やってる子かい」

 男が聞いた。

「そうです。知ってるんですか」

「まあ、そりゃあ……。お嬢ちゃん、外から来た子? 最近」

 頷くと、

「そんなら知らんか。あの子はちょっと、訳ありでなあ……」

「――って、そんなこと言ってる場合じゃない! 止めなきゃ! あれ出てっちゃうじゃん!」

「あー、待った待った!」

 慌ててまた走り出そうとしたところを、男が手首をつかんで止める。いつもだったら振り切れたはず、と祐弥は思うけれど、今はまだ頭が痛いのもあって、動きが鈍い。つんのめるようにして止まって、

「近寄らん方がいいよ」

「なこと言っても――」

「知らんかもしれんけどね、」

 男はそこで、ふと声を潜めるようにして、

「あの子は大丈夫なんよ。心配せんでも」

「――、」

 どういう意味だ、とか。

 何を知ってるんだ、とか。

 自分だけわかったようなこと言ってないでちゃんと言えよ、とか。

 色々言いたいことはあったけれど、いちばん率直で、すぐに出てきた言葉はこう。

「んなわけないだろ!」

 手を振り解く。走り出す。

 永はまだ扉の前で止まっている。よくは知らないけれど、たぶんあれが通用口とかいうやつなんだろう。永が自分で言っていたことだ。それがあんな風に目の前で棒立ちしているのだから、きっと意識がはっきりしていない可能性が高い。

 シェルターは警報が鳴ったときからか、普段の透明な色から白に変わっていて、外の様子はまるで見えない。永がどこに行こうとしているのか、何をしようとしているのかだってわからない。

 でもたぶん、止めた方がいいんだろうと、そう思った。

 危険なものから守るためのシェルターなのだから。

 永から吹いていた奇妙な風は、後ろ側から近づく分にはまるで影響しなかった。祐弥は進む。自分の中にある怯えを隠すように、ずんずんと進む。

 後ろから肩に手をかけて、

 目の前でシェルターがぶっ壊れた。



「あっ、えっ?」

 声を上げたのは高階だけではなかった。

 防災センターの中にいる職員が次々に呆気に取られたような声を上げる。

「何、何かあった?」

 小山田が聞くと、高階は自分でも半信半疑だ、と言いたげな声色で、

「いや、映像、映らなくなっちゃったところが……」

「どこ?」

 機材を弄る手を止めて、小山田が顔を上げる。

「駅東地区です。なんか急に……」

「その前はどうなってた?」

「いや、それがさっきの人型がちょうど映ってるところで――、」

 嘘でしょ、と小山田は言う。顔色が変わる。先ほどまでは残っていた少しばかりの余裕が剥ぎ取られている。また機材を叩く。同じ操作を何度かする。何度かする。何度かして、立ち上がって、

「灰賀丈部長!」

 部屋の奥に向かって叫ぶ。

「シェルター、破れてます!」

 たぶん、と付け足さなかったのが緊急性の現れ。



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