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3-③



 ふれあいコーナーで、ヒトデってよく見るとキモくね?という話をしているときだった。異変に気が付いたのは。

 うおお、なんて声を上げながら、祐弥はうねうねと身体を動かすヒトデを見つめていた。これヤバくねえかと同意を求めても返ってこなくて、てっきりあまりのグロテスクぶりに言葉を失っているんだろう、お嬢様っぽいし、と思っていたら、全然違った。振り向いて気が付いた。

「おい、どした」

 永が少し顎を上げたまま、固まっている。何か見ているのかと思って、その視線の先を見てみるが、何もない。白い壁。

「おーい」

 目の前で手を振ってみる。無反応。永の方が背が小さいので、少し背伸びするだけで顔を覗きこむことだってできる。そしてちょっとヤバいかも、と祐弥は思う。

 目の焦点が合っていない。

 たとえばこれが、単なる同級生だったりすれば、もっと軽く流せるのだけれど。

 あの暗闇の儀式を見ているのだから。

 いきなり震えだしてぶっ倒れるんじゃないだろうな。そんな不安から祐弥は永の両肩に手を添えながら、もう一度、

「おーい」

「来ます」

「は?」

「大きなものが、」

「何言って――」

 とんでもない音が響いた。

 うひゃあ、と間抜けな声が出たし、体温だって瞬間的に二度は上がったし、何なら年下の子に体重をかけて寄りかかって、その子が体重負けして傾いたから焦って引き戻したりもした。

 強いて言葉にして表すなら、トータートータートーター、とか、そんな感じの音だったと思う。ものすごく甲高くて、妙に不安になる音。火事か、と祐弥は思ったが、全然違う。館内放送。

『〈兆候〉発生の観測に伴い、市内全域に〈第一次エフェクト警報〉が発令されました。市民の方は、落ち着いて屋内に移動し、待機を行ってください。繰り返します。〈兆候〉発生の観測に伴い――、』

「はあっ?」

 昨日の今日でかよ、と祐弥は口に出す。ありえないだろ、とまで言う。

 実際、ありえないことだった。

 こんなに短期間で同じ場所に〈エフェクト〉が発生するなんてこと、聞いたことがない。世界各地で〈エフェクト〉発生の報道はあるけれど、それだって毎日の話じゃない。二回も同じ場所で発生するなんてことすらもとんでもなく珍しい話で、ネットニュースで『朔山市 まさかの二度目』の見出しがしばらく泳いでいたのだって、ちゃんと見ているのだ。

 ましてや、三回目なんて。

「呪われてんのかこの街は……」

 口にしてから、口に出さない方がよかったかもな、と思う。こういう悪態はもっと馬鹿馬鹿しいことを言って気を紛らわすものであって、たとえ僅かでもマジでそうかも、という気持ちがあってはいけない。その場合、単なる不吉な予言に思えてきてしまうのだから。

「永、あたしら、ここにいていいのか? 他にちゃんとした避難場所とか――」

 室内に移動しろとしか指示はなかった。

 祐弥だってこの街に来てから、嫌でもあの透明なシェルターは目にしている。それがどのくらいの防衛強度を持っているのかは知らないけれど、どう見たって東京にいたころよりかは安心なんだろうということくらいはわかる。それでも、ビルの上階に居続けていいのかということについてはそこまで自信がなく、災害のときだったらやっぱり下に降りておいた方がいいのかな、とりあえず地元民の意見を聞いておこう、そう思って永に話しかけたのだけれど。

「――おい、ちょっと。大丈夫か」

「――――」

 答えがない。

 嫌な感じがする。

「おい、大丈夫? 自分の名前言えるか? なあ、もしかしてパニック起こしてんじゃ、」

「行かなきゃ」

「いや、だからどこにって――」

 そこでふっと、祐弥の意識は途切れる。

 瞼を閉じる直前、永の姿がさかさまに見えた。



「あ、ありえないでしょこんなの……」

「いや、ほんと。ありえないね」

「やっぱ室長もそう思いますよねえっ?」

 呆然としている暇は全くもってなかった。時刻は十三時二十分。大会議室に大慌てで作業着の職員が飛び込んできたのがそのタイミング。そのとき高階は、集合の時間よりも少し早めに大会議室に訪れて、連れ立って来た小山田にいかに自分の普段やっている仕事に無駄が多いかという話をうだうだと零していた。

 いまだに愚痴は零しているが、どうしたって余裕はなくしている。

「どんだけ〈エフェクト〉出てんですか! 滅びますよこの街!」

「こーら、縁起でもない」

 大会議室にいながらではない。今はもう移動している。大会議室よりも広い部屋で、第四会議室と名付けられていて、職員からは防災センターと呼ばれている。高階はそこに入るのすら初めてで、わけのわからない機械が壁際に並んでいて、正面に大量に備え付けられたモニター群は、今時よっぽどチープなSF映画くらいじゃないとお目にかかれそうにない。わけのわからない機械を操作しているのが小山田で、チープなモニターを監視しているのが高階。手慣れた様子なのが小山田で、明らかに焦っているのが高階。

「ていうか、何を見ればいいんですかっ? 変なものがあったら報告って言われても何もわからないんですけど!」

「本当に何でもいいんだよ」

 小山田は普段のおっとりしたような口調のまま、

「〈エフェクト〉っていうのは何でもありだから。S値がどうとか、V量がどうとか、色々言われてはいるけど、専門家だってわからないことを僕たちが理解できるはずないからね。やるべきことは、見たままを捉えること。何が起こっているのか、起こるはずのない何が起こされているのかを報告すること。モニタリング業務はそれだけで大丈夫だよ」

「そ、そんなこと言われても……。爆発とか、そういうのがあるならわかり――、」

 言い終わらなかった。唇の上と下が離れたままで止まる。

視線は引き寄せられている。

「あの、これ、室長」

「うん?」

「人型なんて、報告例ありましたっけ」



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