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3-②



「先輩、結局どうなんですか?」

「何が?」

 とぼけちゃって、と高階は笑って言うが、ここのデータ間違ってるよ、というカウンターを思いっきり食らって、濁った驚きの声を上げる。

「ええっ、どこですか。私ちゃんとダブルチェックしたんですけど」

「夜勤中にダブルチェックしたでしょ。集中力切れてるし無意味だよ」

「ううっ、」

 グサッと来ました、と言いながら高階はわざとらしく胸を押さえる。あとこことこことここも、もしかして項目ごとチェックしてなかったりしない?などと追撃されれば、顔も上がらなくなる。

「すみませぇん」

「いいよ、別に。一個も間違いないんだったら、私が確認作業する意味ないでしょ」

「優しい」

「いや、ごめん今の嘘」

「優しくなかった」

「それぞれがミス一個もしないつもりでやらないと、見逃しそうだしね。修正ファイル保存しておいたから、共有で確認しておいて。黄色のとこ」

 はあい、と言いながら高階はマウスを動かし始める。でも結局、

「で、どうなんですか?」

「しつこいなあ」

 強い言葉も、微笑みと組み合わされてしまえば拒絶の意図は見えなくなる。

「みんな結構気にしてますよ。どういう関係なのって。ていうかぶっちゃけ、新部長来てからみんなずっとその話してます」

「どうでもよくない? 人のこととか」

「ちなみに今のところ、新部長が面食いという説が有力です」

 あはは、と由祈乃は声を上げて笑った。

「よかった。私には悪い噂立ってなくて」

 む、とそこで高階が口を噤んだのを見て、

「別に、ただの昔の知り合いだよ。友達のお兄さん」

「あ、それだけ」

「うん。どうでもいいと思って言わなかったんだけど。昔のことだし」

「……にしては、すっごい一緒にご飯とか行ってませんか?」

「さあ。ひとりでご飯食べるの、寂しいんじゃない? ……あれ、なんかメール入ってる」

 高階が視線を少し上げる。由祈乃は少しだけ画面に顔を近づけて、

「あ、高階さん見といた方がいいやつかも」

「マジすか。やだなー、なんですか? また動員?」

 有給取りたーい、と言いながら高階もメールを開く。そこにはこう書いてある。

『【!重要!】エフェクト対策部創設に伴う機動的人員配置について(通知)』

 差出人は行政改革課だった。開いてみると、さらにこう。

『標記の件について、先月、市にエフェクト対策部が創設されたところですが、その部員について、部長会議の結果、別添のとおり定めましたので、ご確認ください。

該当職員は当面、現在の業務と兼任する形で行うこととしますが、詳細については、本日十三時三十分から大会議室の説明会でご説明しますので、御多忙のところ急な召集で申し訳ございませんが、ご出席くださいますようお願いいたします』

 高階は添付されたファイルを開く。検索窓を開いて、キーボードに自分の名前を打ち込む。

 ヒット一件。

「きょ、今日の午後イチっ」

「急ぎのやつがあったら言っておいてくれれば作って回しとくよ。ただ私、今日は日勤だから、戻ってきたときはもう帰ってるかもしれないけど」

「ちょ、ちょっと待ってください。なんかやばいのがあったよーな……」

 机の上に積まれたバインダーをひっくり返し始める。あちゃあ止めてた、なんて不穏なことを言いながら蛍光ペンで数字をチェックしたりハンコを押したり暴れている高階を笑って見つつ、由祈乃も添付の名簿をスクロールする。

 そして、こんなことを呟く。

「多いね」



 同じころ、灰賀丈は部長室でプレゼンテーション用の資料と向き合っていたりする。机の上には高級エナジードリンクの空き瓶が立っていて、小さく溜息を吐くと眼鏡を少しずらし上げて、眉間を揉み解すように指を動かす。

 それからぐい、と椅子を机に近付けて、姿勢を伸ばし、

「総務省からの出向でエフェクト対策部長を務めることとなりました、灰賀丈です。本日はみなさん業務御多忙のところお集まりいただき、ありがとうございます。

 知ってのとおり、朔山市は〈エフェクト〉対策のモデル都市として全国から注目の集まる都市であります。多数の犠牲者を出したあの〈朔山消失事件〉以降、コンパクトシティ化と防災シェルターの導入によって、朔山市の〈エフェクト〉対策のレベルは、この国だけでなく、世界的に見てもトップクラスとなっています。

 今回、私はさらなる〈エフェクト〉対策の推進と、全国各自治体への技術広報を目的として、朔山市長からお声かけをいただいたところです。

 当初の構想としては、エフェクト対策部は他の職員を定置することを予定しておらず、私自身が決裁権限のあるプレーヤーとして、防災課と連携しつつ業務を遂行することを見込んでおりました。

しかし、先月の〈エフェクト〉の発生を受け、市長及び副市長との再検討の結果、実際に〈エフェクト〉対策を行うためのチームの養成が必要不可欠であるとの意見の一致がありましたので、この度、みなさんにこうしてお集まりいただいたところです。

当面は、現在運用中の『エフェクト発生時対応者名簿』を拡充し、それに該当する職員の皆さんに当部と兼任いただく形になりますが、中長期的には専門的な知識・技能を持つスペシャリストの育成を視野に入れているところです。

実際の配置については、このあと、行政改革課の渋谷課長よりご説明いただきます。

三十年前から突如として発生し始めた新災害――〈エフェクト〉の対策は、朔山市のみならず、あらゆる人々が率先して取り組むべき大きな課題です。発生原因は不明、そしてその発生による効果――まさにその〈エフェクト〉がどのようになるかも常に未知数であり、有効な対策を取るのが大変困難な災害ですが、国・県とも連携し、十分な防災・減災の体制を整えていくことが市民の方々の生活と幸福に役立つことであると私は考えております。

私も当部の長として、朔山市の〈エフェクト〉対策行政に尽力してまいりますので、どうぞご協力をお願いいたします」

灰賀丈は時計を見る。それから手元に打ち出された進行表の『灰賀丈部長挨拶(二分程度)』という文字を見て、

「……まあ、こんなものか。いや、ちょっと他人行儀すぎるか……」

 残念ながら、その挨拶が披露されることはない。



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