冒険の準備②
「ありませんね。」
神官の男はやれやれといった様子でそう言い放った。
もしも俺が回復や補助の奇跡とやらを使用できたり、あるいは修得できる可能性があるのならば戦闘経験なんて人生に一度もない自分でも大きな戦力になりうると考えたのだ。
そしてまず真っ先に「僧侶の訓練所」へと訪れたのである。
質素な石造りの外壁の中に、簡素な祈祷所が幾つも設けられている。奥に十字架が掲げられている祈祷所、仏像が置かれている祈祷所、台座の桶に水だけ張ってあるもの、台座の上で煌々と火が揺らめいている祈祷所など、あらゆる信仰や崇拝に配慮しての不可思議な構造といったところか。
それらの祈祷所群を抜けた特に、一際大きな聖堂のようなものがあり、そこが謂わば本堂。「僧侶の訓練所」と呼ばれている場所であった。召喚された寺院で見掛けたローブの者が多く、この国の教徒の制服なのだろうか。"喚ばれし者"らしき人達はそれぞれに由来のありそうな法衣を身に纏っていた。
『本当に何も使うことができないのでしょうか。』
訓練所の窓口にて神官との面談を求め(あまり長くは待たされなかった)、経歴やこれまでの信仰体験を語る中で、資質や授かっている奇跡を教授してもらう制度を利用しにきたつもりであったがガチガチに緊張している採用面接よろしくボロボロの有り様である。
「そもそも"使う"という考え方を正すべきです。奇跡とは自らの信仰の結果授かるもの。あなたはこれまでに何か信仰を捧げられた経験は?」
『えぇっと…』
一応仏教ってことになるのだろうか…。でも改めて言われてみると祈りなんて捧げた事もなかったし、お経も全く唱えられるものなんてない。
「神や仏から加護を受けていた痕跡はかすかに感じられるようです、それも非常に様々な神からですが。先程仰っていた文明がどういった背景であったのかまでは存じませんが、奇跡を授かるには信仰が明らかに欠如しています。ですが、まぁ御安心ください。そういった意味合いではあなたはあらゆる信仰者の奇跡を身に受けることができるでしょう。」
元の世界に戻ったら写経とかはじめよっかな。そんなことを想いながら奇跡の一覧表(傷を癒す、毒を治す、周囲を照らす等、様々な代表的な奇跡が記載されている。)の資料をもらい僧侶の訓練所を後にした。