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迷宮日誌   作者: ケット・C・ニャンガード
迷宮日誌 〜迷宮入り編〜
53/66

踊れ炎よ④

いたるところに付着している透き通った緑色の液体はよくスライムと呼ばれる魔物である。


動きは極端に遅く、知る限りでは飛んだり跳ねたりすることもない。


ずるずるとゆっくり床や壁面を這いずり廻り、苔や虫を取り込んでゆっくりと栄養を吸収するのみで能動的に攻撃してくるといったことはまずない。


だがこの能動的に動かないというのは、つまりこちらの行動に対して距離をとったり避けたりするわけでもない為、視界が著しく悪い時などには気配を感じられず壁に手をつくつもりが、うっかりその液体に手を突っ込んでしまうことになる。


それだけで手をもぎ取られるという事態にはならないだろうが、植物やら昆虫やらをはじめ雑食であるスライムは毒や麻痺を有しているケースもあり厄介なことになりかねない。



"灯り"の奇跡は使用者とその仲間達のみに光をもたらし視界を著しく良好にする、まさに迷宮内における"奇跡"である。他者や魔物からも目立ってしまうようであればむしろ"呪い"と呼ばれ敬遠されたことだろう。


視覚的不利を解決した俺達にとってスライムはただの柔らかい障害物に過ぎず、剣や短剣で削ぎとったり、杖で適当に殴りつけるだけでも弾け飛び小さな瘴気と化した。


戦闘とも呼べない一方的な駆除に対して、シュウと小さな音をたてて立ち昇る、それはそれはちっぽけな瘴気の量からいって、俺達に成長を促してくれるような経験になるとはとても思えなかった。




スライムの存在より俺達が気を取られたのは、巨大昆虫である。巨大といっても俺の頭と同じほどのサイズの昆虫で、もっと下層へ行けばさらに危険で暴力的なサイズの個体だって存在するのだろう。だが今まで台所に出現するゴキブリにだって小さいだの大きいだのと揶揄していた俺にとっては、それは充分に凶悪なサイズであり巨大と形容するしかない。


艷やかに黒く光る丈夫そうな甲殻は、迷宮で壮健に育んできたことを誇りに思っているかのように大きく膨れ上がっており、ずんぐりとしたその出で立ちは大きな黒い鉄球を思わせる。


ボーリングビートルと呼ばれる種に属する昆虫の魔物で、迷宮内に広く生息している。


降り立った地点から幾らか進み、二箇所か三箇所ほどの燭台に無事に松明をくべたところで、六匹の甲虫ボーリングビートルの群れと出くわした。


角を曲がったところで丁度対面する形となってしまい、進むには退治する他なさそうであった。


こちらを見上げる甲虫の群れは甲殻の下の鋭そうな脚を忙しく動かしながら、迫ってきた。


錆びついた鋏を連想させる巨大な焦げ茶色の顎は俺の五本の指全てを食いちぎるには充分な大きさを備えている。


俺はもともとこういった虫が苦手であったが、もはやここまで大きいと嫌悪感や逃げ出したいという恐怖よりも、必ず討伐しなければいけない驚異という印象が打ち勝った。


人の繰り出すタックルのそれと違うとは言え、急速に距離をつめてくる虫達の勢いにただ飲まれてしまっては不利になると感じた俺は大声をあげながら左手には小盾を構え、右手には5番剣ファイブを突き出し先頭に迫る虫へ目掛けて地を蹴った。


チャンスもこれに続き「わああああ!」と奇声を発しながら短剣を両手で握りしめ端の一匹へ目掛けて飛び込んだ。



俺が突き出した直剣は昆虫の頭部あたりに命中し、サクリと音をたてて甲殻の内部へ侵入したことを知らせると、ブシュッと泥水のような体液を噴出させながら甲虫の腹を内側から貫いた。


チャンスも短剣をぐっさりと甲虫に突き立てており、彼のターゲットも絶命したようであった。



「虫ごときで煩い。」


振り返ると籠を背負ったまま腕組みをしたシルバが呆れた様子で立っており、片方の足元にはぺしゃんこに潰れた甲虫と泥溜りができていた。


















瞬間









「きゃあああ!」とアレクシアの短い悲鳴があがった。



俺とチャンスは我を忘れて前へ出すぎていた事に気がついた。


互いに突撃し交錯した六匹いたはずの甲虫はまだ半分も残っていた。


その中の一匹が突進の勢いをそのままに翅を不快な音とともに羽ばたかせてアレクシア目掛けて飛びかかっていた。








































バチィィィン!とバレーボールが弾け飛ぶような音が通路に響く。








































「下がれ。私の出番だろうからな。」


シルバが落ち着いた声でアレクシアとパストアを数歩下がらせる。


空中をまっすぐ進んでいたはずの甲虫は無機質だった壁際の白い石柱を、その渾身の黒と茶色をもって芸術的に彩っていた。


地を這ったまま進み、わずかに遅れる形となった残りニ匹の甲虫もシルバから繰り出される長い四肢を存分に堪能し、あちらこちらに身体を形成していた甲殻を分解させながら体液とともに飛び散った。

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