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迷宮日誌   作者: ケット・C・ニャンガード
迷宮日誌 〜招集編〜
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城下町の落陽②

建国の王の頃より3~5代くらい後の現国王は、衰退していき、いずれは迷宮から溢れ出る魔に飲み込まれてしまうのを待つばかりのこの国を憂い、対策を画策した。


王国は軍事力と繁栄を失った。迷宮は大魔道士とアミュレットを失ったが、どうやら長年のうちに巣くった何者かが新たに君臨したのだろう。


数年前に迷宮内から魔物の群れ(一部は武装や統率されており軍団のようでもあったようだ)が侵攻してきて、残存兵力でなんとか防いだものの、いよいよ国家存亡は時間の問題となったのだ。


隣国に内情を知らせて救援を乞い、門をくぐらせることはそれもそれで国家ごと飲まれることになりかねない。


故にこの世界とは無縁の者を外界から召喚しているというわけだ。


召喚が成り立っているのにはこの世界と文明に魔術が溢れていることに加え、国王に受け継がれているアミュレットに秘められた力も関係しているのかもしれない。


周期や法則など細かなところは彼らなりに色々と設けているのだろう。


強制的ではあるが、人口を増やし、街を活気づかせることもできる。


軍は動かさず隣国の防衛の為に維持しつつ、召喚した者達に迷宮の謎に迫らせ、押しつ押されつで拮抗するならば良し、迷宮内の魔の根源に至り、これを除去することができればなお良し。


俺はたまたまその国家存亡の危機に、召喚され巻き込まれてしまったというわけだ。


こんな生物がほんとうにいるのかというような亜人も街の生活に馴染んでいることから、時代や文明を越えてというより、時空だけでなく世界線も1本や2本は軽々と越えていると言っていい。


『元の世界へは?』


「目的を成し遂げなければ帰すことは叶いません。私共には喚ぶことしかできません。できるとすれば陛下がお持ちのアミュレットのお力をもってのみなのでしょう。やって頂かなければならないのです。」


『目的を果たせずに死亡した場合は?』


「肉体的な損傷であればある程度は我が国の奇跡や魔術、薬学により修復が可能です。ですが精神的な死や、肉体の再生が叶わず蘇生が不可能となった場合には、そうですね、この国から帰ることができます。」


それを帰るといえるのだろうか。


「どういった所からお越しになったか我々は存じませんが、あなたは久しく温厚で物分りも大変よく安堵いたしました。」


近くで対話をしているのは修道僧の男一人だが、一定の距離を保って5名のローブ姿のフードを目深にかぶった修道僧が囲むようにして立っている。あまり院内が明るくない為か、白さや神聖な印象は得られず、どちらかというと不気味であった。


その時、ぎゃあああああああああああああという男性の悲鳴が遠くから反響し伝わってきた。


「受け入れる方ばかりではありませんので、我々も命懸けです。」


修道僧はちらと声のした廊下の方へと目をやると小さく溜息をついた。


受け入れないばかりでなく、反抗して襲い掛かった者の末路だろうか。悲鳴を最後に、しんと寺院が再び静寂に包まれたあたりから、かなり穏やかではない。


これはある程度情報を仕入れて整理した内容だが(国の情報はともかくとして、この国にいる人間の事には注意を払っている。それがいつ味方として必要になるかもしれないし、迷宮攻略の助けとなってくれる可能性があるからだ。)今組んでいるパーティーメンバーにも比較的近い価値観の近代的な者がいるが、喚ばれる文明や時代はまったく整合性はないようだ。ただ自分の知りうる歴史上の人物や有名人というのは見かけたことが無い。


独り者がほとんどで、こういってしまってはなんだが、あまり元の世界で歴史を左右するほどの物事に深く関わっていなかった、欠けてもなんとかなる者が"喚ばれし者"に選ばれているのではないか。不本意だが。不本意ではあるのだが。


そういう推理が働いてしまうくらいには、元の世界への執着というか執念みたいものは強いほうではなく、まぁこんな目にあってしまうのも何かの縁なのだろうと思うことにした。


だから選ばれたなんて言われたところで、自分が元々特別な者ではないという自覚があり、油断をすればいつこちらの世界で幕を閉じるかもしれないという弱気な感情も捨て去ることができずにいる。


勇者の相場といえば16歳。


俺はもう33だぞ。勇者になるには17年遅かった。


だが、勇者一向くらいにはなれるのかもしれない。


勇者一向にアドバイスをしたキーマンくらいにはなれるのかもしれない。


迷宮の攻略といったって、自炊の為の包丁くらいしか刃物を使ったことがないし、特別武術を習得しているわけでもない善良な日本の一般市民がどこまで生き延びられるのかというのは考え出したら冒険が終わる気がした。


すぐに迷宮へ行き死んでこいというわけではなさそうだったので、頭を使い準備をすればすこしは生き永らえるかもしれない。


「こちらをどうぞ。我が国の通貨です。武具であれば短剣と小盾あたりか、あるいは麻の衣類と革の靴を一式揃えるくらいのものです。あなたは身なりは整っているようですから、武具や情報の収集に充てるほうが懸命でしょう。宿代としては通常の部屋に1週間滞在できる程度になりますが、城下での窃盗や殺人は固く禁じられており、王国魔術団により監視されています。極端な話、路上で寝ようとも心配はいりません。どうしても雨風にさらされたくないと仰るのであれば、あなたでしたら資金が安定するまではこの寺院を訪れても構いません。これを増やそうと思うのであれば迷宮で得たものを売買したり、心を許しあった仲間同士でやりくりをするということになります。」


硬貨の入った革袋を受け取り、迷宮探索の準備について思いつく限りの会話を終えると俺は出発することにした。


「あぁ、いけません。すっかり忘れておりました。」


修道僧の声に足を止める。


「お名前を登録するのを失念しておりました。本名である必要はございませんよ。もはや素性はあってないようなものですから。」


『なるほど。』


あえて本名を名乗ることで、他者からすればある程度の国籍や時代などの判別の要素にはなるのかもしれない。


しかしそれがわかったところでメリットがあるのだろうか。


適当な名前を名乗っておいたほうが安心のような気もする。


かといって全く慣れない名前を用いるというのはすんなりとできそうなものとも思えなかった。


「こちらへ。」


修道僧の差し出してきた台帳に、俺はゲームなどでよく用いる名前を記入して寺院をあとにした。

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