決闘④
俺とシルバームーンは再び酒場の外にて対峙する。
パストアが審判として合間に立つ。
二度目の決闘はすんなりと受け入れられた。
いや、正確に言えばやや渋い反応をされたのだが、今回もまた隅っこで酔い潰れている常連ドワーフへと視線をやるとドワーフは満面の笑みを浮かべ、ほっほとこちらへ手を振ったのだった。
「わかったわかった。」
『俺達の要求は変わらず貴女だシルバームーン。俺が勝ったら仲間になってほしい。』
「あの惨敗からたった数日で勝てる気でいるのか?」
『正直なところ勝てる気は全くしないが、貴女が決闘を受けてくれる限りは俺は挑み続ける。』
シルバームーンは少々意外そうな表情を浮かべると、俺が敗けた場合は前回1割としていた納付額を2割にすることを条件に、すたすたと店外へ出ていった。
今度は距離をあまり取らない。3メートルといったところだろうか。
通行人達がざわざわと周囲を囲い始める。シルバームーンの強さが知れ渡る一方で、俺の弱小っぷりもやや話題になっているようであった。
「いいのか。この距離では前回よりも早く決着が着くぞ?」
『前回はただ恐ろしかった。だが今回は覚悟が決まっている。』
内心、前回喰らった一撃の痛みが今にも甦りそうであったが息を吸い込み恐怖を鎮める。
またこっぴどくやられるかもしれないが、パストアがついている。
そして彼女を仲間にすることができなければ、俺には迷宮に挑み攻略するなどということは成し遂げられない。
じっくり探せば良い人材はいるのかもしれない。
だがそれではダメだ。
いつか巡ってくるかもしれない可能性を待つより、今目の前にある可能性を掴もうとしなくては。
今確かに目の前にいる孤高の狼、シルバームーン、貴女こそが俺達には必要なんだ。
「お二方、準備はよろしいですか?」
「いつでもいい。」
『大丈夫です。』
「では…はじめ!」
パストアが右手を天へと突き出し、振り下ろす。
『うおおおおおおおおおおおおお!!!!!』
ジェットコースターで急降下している時の気分だ。恐怖を払い除ける為、腹の底から絶叫をあげ、姿勢をできる限り低くして突っ込む。
「ヒュームのくせによく吠える。」
シルバームーンは落ち着いた様子で身体をやや開き、拳を胸の前に構えた。
こちらより姿勢が高い。引き付けてアッパーが来るだろうか。蹴りも警戒しなくては。獣的な身のこなしもできるし、人としての格闘技や体術もこなす。
突進して体当たりでもお見舞いするつもりだったが、高い姿勢を維持しているシルバームーンのほうがリーチが長いか。
右足が浮いた。
蹴りだ。
狙いはどこだ。
頭だろうか。いや体勢は低く保っている。頭は狙いにくいはずだ。
脇腹にぐっと力を込める。
衝撃が左半身に走った。
俺は自らの左腹と挟むようにして両腕で彼女の放った脚を捉えた。
『ぐっ…!』
シルバームーンは弓のように大きく仰け反ったかと思うと逆さ手で地を支え、俺もろとも脚を振り上げる。
身体が宙に浮いた。
なんと桁外れの脚力だ。
このまま抱えていてはシルバームーンの後方宙返りに巻き込まれるようにして頭から地上に打ち付けられる。
咄嗟に脚を解放する。
「ほう。」
シルバームーンはくるりと華麗に宙返りをすると楽しそうな表情を浮かべた。
俺は喰らったキックの痛みと、脳天直撃真っ逆さまの危機を回避したやらで、完全に突進の勢いは削がれてしまった。
っていうかどうしよう。
激痛。
これ続行できるんだろうか。
「どうした。降参するか?」
『今日はまだ意識があるぞ。』
シルバームーンの表情から笑みが消えた。
特に警戒した様子もなく、自然な足取りで距離を詰めてくる。
『オオオオオオオオオ…!!!』
威勢だけだ。
なんとか大声を振り絞り前に進むが、身体に勢いがない。
痛みを消し去れない。骨とか砕けてるのかこれ。
走れない。
だが立ち向かわなくては。
ビュンと音がしたかと思うと、またもや強烈な衝撃とともに後ろへと勢いよく飛ばされる。
前に向かっていたはずなのに。大きく後退し仰向けになっている。
胸に穴でも空けられたかのようだ。心臓はまだ動いてるんだろうか。
打ち付けた背中も痺れが走っている。
あぁ…、今日は良い天気だな。
「ここまでですかな。」
パストアが酷く心配した様子で駆け寄ってきた。
『まだ…意識はあります。』
いや意識はなんとかあるけど起きられそうにない。
「そのようだな。」
シルバームーンがつかつかと歩み寄ってくる。
止めを刺すつもりなんだろうか。
そういえば最初に殺しても詫びないとか言っていたっけ。
確かにこんな軟弱者にしつこくまとわりつかれたって彼女にとって良いことないよな。
銀色の狼が冷たい眼で俺を見下ろしている。
シルバームーンの鋭い爪先が迫る。
結局迷宮に挑むことがないまま、俺の異世界での人生は幕を閉じるのか。
結局どこにいようと何も成し遂げられなかったな。
悔しさで涙が溢れる。
大の男がみっともない最期だ。
「立て。手を貸してやる。」
『へ。』
「な。」
俺とパストアは同時に間の抜けた声をあげた。
「決闘はお前の敗けだ。パストアと言ったか。お前はさっさとこいつの手当てをしろ。ほら、立て。」
俺は涙でぼやけている視界の中、シルバームーンの差し伸べた手へと手を伸ばす。
冷たそうな銀色の毛並みなのに、温かな感触であった。
「これ以上お前に付きまとわれるのは堪ったものではない。そして何よりお前のせいで他の連中からもひっきりなしに声をかけられてうんざりだ。」
『すまない。』
シルバームーンの手を握り残りの力を振り絞って立ち上がると、パストアが肩を貸してくれ、同時に負傷した箇所から優先的に治療を開始してくれた。
「お前の仲間になれば少なくとも他の連中の勧誘は静かになるかもな。」
『あぁ、知っての通り俺は全く声がかからないからな。…ん?え?』
「約束は約束だ。お前は私に負けているので僧侶と合わせた2割だ。」
『もちろん。約束は守るよ。』
「そして私はお前らが足手まといと判断したらその場で見殺しにするからな。」
『じゃ、じゃあ仲間に…?』
「ついていってやるだけだ。」
「ケット殿…!」
パストアも感極まっているようであった。シルバームーンは尻尾がパタパタとしていた。
「それと、これでもう少しまともな装備を買え。今のままではついていくのも恥ずかしい。」
そういうとシルバームーンは腰の革袋をぽんとこちらへ放り投げた。
「私は既に住み処も得ているし、そんなにあっても重たいだけだからな。」




