冒険の仲間③
「まずはご注文をどうぞ。あなたもどうです?」
白髪で鼻の高い牧師は再びにこっと緩やかな笑みを浮かべ、木製のジョッキを手に取る。
『ビールですか?』
「えぇ。あなたもこれを口にしに来たのでは?」
もしかすると"喚ばれし者"の中でも比較的近い時代の人間なのかもしれない。
美味しそうなビールを眼の前にし、ごくりと唾を飲むと俺は注文を決心した。
『そうします。あと、ポトフもいいですか。』
「はっは!ご自由に!あなたの夕食をお邪魔するつもりはありませんよ。」
牧師の男はどうぞ気を使わずにといった様子で明るく笑うとビールを飲み干し、自分のおかわりと併せて注文をしてくれた。
「はいお待ち!」
程なくしてすぐにビールがやってくる。
「乾杯をしても?」
ジョッキを手に取るなり牧師は俺に訪ねてきた。
『え、えぇ。はい。』
「それでは、不可思議な夜に。」
『え、えぇ、か、乾杯っ…!おつかれさまです。』
コクがあるというか苦味が深いというか、元の世界でよく飲んでいた味とはまた違っているものの、これはこれでとても良いビールだ。良く冷えていて喉越しも良い。炭酸がスカッと身体の疲れを気体化させているような気になり、ゴクゴクと進んでしまう。一息に半分ほど飲んでしまった。
「良い飲みっぷりで!はっはっは!」
手をパンパンと大げさに叩いてはしゃぐ牧師。良く見れば牧師も顔を赤らめており、幾分か酔っている様子であった。
「パストアです。よろしく。」
突然の自己紹介と差し出された手に動揺したが、俺もビールで少し勢いづいていた。
「もちろん登録名で構いませんよ。」
『あ、ケットです。』
寺院で名前を記してきたものの、登録名を実際に人に言うというのは妙な気分だ。オンラインゲームのオフ会をやったりチャットで友達になったりという感覚に近いだろうか。もっとカッコイイ名前とか、呼びやすい名前とかあるかもなぁとか考えてしまう。由来は特別強いものでもなかったが、響きが気に入って使っていくうちに自分の中では第二の名前のようになっていた。
「おぉ、ケット。改めましてよろしく。」
牧師はこちらが素直に名前を言ったのが余程嬉しかったのか、もうひとつの手までだして両の手で固く握手をしてきた。
パストアと名乗る男は、その様子の通りでドイツで牧師をしていたらしい。正確な年代はお互いにピンと来るものがなく明確にはならなかったが、パストアのほうはパストアのほうで、俺のことを黄金の国ジパングの者かということで妙に納得をしてくれたようだ。
出生の話もほどほどに、すぐにこの世界の話となった。
「私もつい数日前にこの世界へやってきたばかりなのですが、醒めぬ夢であると思い、"訓練所"なるところで神に祈り、夜は酒を飲んでいるうちに、いよいよあなたのような方と出会ってしまいました…。」
確かに受け入れるほうが難しいのかもしれない。俺はやや自虐というか、なんとなく俺なしでもきっと日本も地球も回っていくのだろうなという、平穏な日々と暮らしの中で、諦めや失意のようなものも同時に抱いていた。
だが見たところパストアは自らの神に仕え、導いてきた者。確固たる使命を持って生きていた人物なのではないか。
「私は強く神を信じ、その教えを説いていました。ですが、そうですね。神にも救えない災害や戦争があり、守れない命がある。そう思ってしまったことがあった事が私をこの世界に誘ったのでしょうか。」
ガヤガヤと賑やかな酒場の中、カウンターの一角だけが初老の牧師と中年のサラリーマンの並んだ肩で沈んだ空気を放っている。
使命感や歴史的偉業の要因以外にも、迷いや悩みを抱えていても召喚の対象になってしまうこともあるんだろうか。しかし"喚びだされてしまった"いま、元の世界へ戻る努力、つまり課せられている迷宮の攻略に挑まねばならない。
迷宮の攻略…。
親近感のある牧師と出会えたことに喜び、酒を飲んでいる場合ではない。
奇跡や魔術の使えない自分にはそれができる仲間が必要である。
そしてもしかするとこの牧師は…。
戦士の訓練所で修練の日々を積んだとして、一人前になるのは明日明後日のことではない。よほど実力を認められる者でなければ声をかけられることなんてないだろうし、自分でもわかる。もしこの俺に一団の人員として声をかけるような者がいたらそれは迷宮内での捨石やだまし討ちといった最期となるだろう。見ず知らずの異世界で自分の命を守るためにも一団は自分で探し、見つけ、語り、結成していきたい。
『牧師さん、もしやこの世界に来て不思議な力を利用できるようになってはおりませんか。』
「む?あぁ、そういえば。」
パストアは思い出したように握っていたジョッキから手を放すと、手のひらを俺へと向け、念じはじめた。
すると幾秒もたたぬうちに、火照っている身体が醒めていくのがわかった。
パストアの手から温かなような、清々しいような気流を感じ、その気流を受けて全身からアルコール分が抜け、正常な状態になっていくかのようであった。
『これは…!?』
「解毒とでも申しましょうか。人(他者)に対しても効き目があるとは今まで知りませんでした。」
元の世界でそれなりに信仰を積んできている者には確かにこの国で奇跡が与えられているようだ。
『牧師様、どうか俺と共に迷宮攻略に挑んでいただけないでしょうか!』
「その呼ばれ方は非常に懐かしく感じます。そして困っている者に頼まれるというのもなんだか本懐を遂げているような心地があります。これも神のお導き、そして与えたもうた試練なのでしょう。私などでよろしければ、お力になりましょう。ただし私のことはパストアと。さて、お次もビールでよろしいですか?」
すぐに迷宮に挑むつもりはなく、修練や予習に励んでから迷宮に臨むことを伝えるとパストアもそれを快諾し、パストア自身がどのような奇跡を授かっているのかを確認する為、彼もまた"僧侶の訓練所"での修練に励むこととなった。お互いの宿舎や、生活ローテーションを交換しあい、たまに両者の修練の成果を報告しあうため、(俺のほうは報告する技なんてものはなく愚痴ばかり。一方パストアのほうは新たな奇跡のレパートリーが着実に増えていく)この酒場で幾度と肩を並べるのである。




