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掃除屋と呼ばれた冒険者  作者: 尾籐イレット
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五話 ストラザール村の少女(5)



―――誰かに抱えられている…?


 ヘレナがゆっくりと覚醒して行くと、自分の真下を物凄い勢いで地面が流れているのが見えて来た。



「おっと…。暴れるなよ。落ちたら助からないぞ? 」


 どうやら自分は馬に乗っている男の脇に抱えられているのだと気が付く。


 その声は何度も悪夢にうなされたバルダのもので、自分は身動き一つ取れないまま攫われて行っているのだと理解出来た。



 幼い頃、母に絶対に人に見せてはいけないときつく言い含められていた魔法まで使ったのに、結局倒す事が出来なかった。


 この男だけが、一直線に並んでいた賊の列から離れたのは、自分が何か切り札を隠し持っていると気が付いたからだろう。



 悔しさのあまり、涙が零れそうになる。


「くそう。お前はなんだってんだ。これじゃ心を壊しておかないと売り物にすらならない。全員やられちまうし、大損害だぞ? 」


 そんなヘレナの気持ちを知ってか知らずか、バルダが悪態をつく。


 

「全員…? 」


「あん? そうだ。生き残ったのは俺だけだよ。逆に好都合でもあるがな。やっとの思いで村から逃げて来て、せめて奴隷だけでもと思ったらお前が居るじゃないか。これでまた組織を再興する足しにはなる。」



―――これで少なくとも村のみんなは、住んでいた場所を追われ、路頭に迷う事は無い。


 良かったとヘレナはホッとする。


 イワンとサーシャ。そして倒れていたキーロフに、ずっと隙を伺っていてくれたグレンの無事は心配だったけれども、今となってはどうしようもない。



―――全員がやられたと言う事は、あの冒険者はあたしの依頼を叶えてくれたんだ。



 そう思うと、ヘレナは少しだけ心が軽くなった。


 報酬を支払えないのは心残りだったが、こんな村娘一人を自由に出来たところで、彼には大した利益はないだろう。


 むしろ村人全員がこの連中の魔の手に落ちると言う、最悪の事態を防げた事実に、晴れ晴れとした気分であろうとしていた。



「なんだ? お前。これからどうなるか解ってるのか? そんな風に笑いやがって。」


「いいんです。でも……もう一度だけ義父さんと義母さんに会いたかったな……。それにゼーレンの事も心配だし……リリアとも木苺を摘みに行こうって……。」


 だが、もう二度と会えないだろう人たちの事を考えると、どうにも涙が止まらない。



「ははっ。やっぱり命は惜しいか。なに、お前がこれから過ごすところだって、心さえ壊れてりゃそんなに悪いところじゃねえよ。運が良いな。」


 ヘレナを抱えながら、バルダは下卑た笑い声を上げる。


 心を喪うとはどういうことか、それを考えると強がっていた心が途端に弱くなる。



「……だれか……助けて……。」


 気を失っている間に、もうずいぶんと村からは離れてしまったようだった。


 ここまで離れてしまっては、どうにもならないだろう。


 弱音を見せれば、このバルダと言う男を喜ばすだけだと気が付いてはいたが、漏れ出す本心からの言葉を抑える事は出来なかった。

 


「承知。」


 突然、何もないはずの空間から、あの赤髪の冒険者の声がした。


 バルダも突然聞こえた声に驚いて、慌てて馬を止める。



「どこだ! 畜生! 出て来やがれ。この女がどうなっても構わないのか? 」


 バルダは慌てて周囲を見渡し、ヘレナを盾にするように後ろから抱きかかえ、喉元に短刀を突きつける。



「しっかり目と耳を閉じていろ。」



 怯えた瞳でバルダと同じようにカイルの姿を探していたヘレナだったが、そんな声を聞いてぎゅっと固く目を閉じ、両手で耳をふさぐ。



「ぎゃああ! 手がああああ! 俺の手があぁああああああ! 」


 ヘレナの耳の直ぐ横で、バルダが叫び声を上げる。



 その次の瞬間に、ぶんと空を切る音が聞こえた。


 耳をつんざくような悲鳴は聞こえなくなり。ひゅうひゅうと風が鳴るような音だけが聞こえて来た。



 自分の真後ろで何が行われたのかをヘレナが理解した瞬間、その意識は再び暗い闇へと落ちて行ったのだった。



*



「おねえちゃん! おねえちゃん! 」


 ヘレナは自分をゆさゆさと揺さぶる感覚に目を覚ます。


 そこは見慣れた自分の部屋の天井で、ベッドに寝かされていたのもなんとなく解った。



「ゼーレン? どうしたの? 」


「どうしたのじゃないよ! 全然目を覚まさなかったんじゃないか! 」


 ヘレナはとても悪い夢を見ていたような気がしていた。



 いつものように暮らしていた村が賊に襲われ、皆が命の危機に晒される。そしてたまたまいた男に救われる。


 ただ一人賊にさらわれたヘレナは、駆け付けたその男に助けられ、まるで物語のお姫様のように抱きかかえられて村に帰って来る。


……そんな夢だ。



「ヘレナが目を覚ましたのかい? 」


 不安そうな顔をして入って来たのは、村長とサーシャさん夫婦だった。


 二人は村からの脱出の直前に着ていた鎧をそのまま着ていて……。



「お義父(とう)さん…? お義母(かあ)さん……? 無事だったの……? 」


 そんな言葉が自然と口をついて出た。



「……! ああ…無事だ。無事だとも……。ヘレナ……。」


 今までどんなに辛い事があっても、いつも笑顔を絶やさなかったイワンの目に涙が光る。


 サーシャも口元を手で抑えながら嗚咽を漏らしていた。



「夢じゃ……ない……の? 」


「何がだよ! おねえちゃん! カイルさんに抱きかかえられてやっと戻って来たんじゃないか! 帰って来てくれて嬉しいよ! おかえりなさい! 」


 そう言いながら、ゼーレンはヘレナに抱きつく。



「ああ、お帰り。ヘレナ。」


「おかえりなさい。ヘレナ。」


 口々にそう言いながら、ヘレナは家族全員に抱きしめられる。



「ただいま……。」


 そう言って同じようにみんなを抱きしめ返すヘレナの目にも、涙が光っていたのだった。



*



「あー……。そろそろ良いですかね。広場で待ってるうちの隊長が、話を聞かせてもらいたいって……。」


 部屋の入り口から聞きなれぬ声がした。



 ヘレナがそちらを見ると、金色の縁取りがなされた上等な鎧を身につけている兵士が、兜を小脇に抱えて、居心地が悪そうな顔で立っていた。



「はい。今、参ります。ほら、サーシャ。」


「ええ…。じゃあ、あたしたちはちょっと行ってくるわね。」


 やっと本当の家族になれたと言うのに、別れを予感させる二人の表情に、ヘレナは不安を覚える。



「ま…待って……。」


 ヘレナは起き上がろうとするが、身体の自由が利かない。



「無理だよ! おねえちゃん。カイルさんが薬の影響が抜けてないからしばらく寝かせておけって…! 」


「いいの! 今行かなくちゃ……。」


 ヘレナは二人のベッドの間に置いてある、母の唯一の形見である杖を取ると、それにしがみつくようにしてベッドから降りる。



―――お母さん! 大切な人をまた失ってしまいそうなの! どうか力を貸して!


 ヘレナが杖にありったけの祈りを籠めると、不意に少しだけ身体が軽くなった。



―――これなら何とか歩ける…。


 よろよろとヘレナは立ち上がると、杖を頼りながら一歩づつ歩き出す。


 最初は何とかベッドに引き戻そうとしていたゼーレンも、姉の強い意志を感じたのか、転ばないようヘレナの身体を支えながら、黙ってついて来る。



 玄関を開けた先にあるほんの数段の階段を降りるのに、かなりの時間を使ってしまったが、ヘレナは義両親が居るだろう村の広場へと向かう。



*



「……で、君たちがここの一切を取り仕切っていた…と。そういう訳だな。」


 ヘレナが広場に着くと、豊かな金髪をなびかせた女騎士が、直立不動の姿勢で立つ義両親の前で彼らに厳しい視線を向けていた。



 その周りを村人たちが取り囲んでおり、そのどの顔にも不安そうな表情が浮かんでいた。


―――綺麗なひと……。


 年の頃はカイルと同じ二十代の半ばほどだろうか。女のヘレナでさえそう思うような、美しい女性だった。



「はい。村の皆はわたしたちが何をしていたのかは全く知りません。もちろん私たちの正体が脱走兵だった事を知る者もおりません。」


「私たちは彼らに何も知られないように、細心の注意を払っておりました。もちろんその利益を独占する為です。」


―――義父と義母が何かとてもよくない事を答えている。直ぐに止めなくちゃ……。


 ヘレナは額に玉のような汗を浮かべながら、彼らの下まで急ぐ。


 その女騎士は、美しい眉を吊り上げ、眉根に皺を寄せると、はぁと深いため息を吐く。



「君たちの発言をそのまま受け取ると、とんでもない重罪となるぞ? それが解ってるのか? 」


「もちろん理解しております。もし、この場で断罪されると言うのなら……。」


 腰に下げた剣に手を掛けながら言う女騎士に、イワンがそう言って首を垂れようとした。




「ちょっと待ってくれ!! いや、待ってくだせえ!! 」


 やっと広場の端に辿り着いたヘレナの耳に入って来たのは、キーロフのダミ声だった。肩口に巻かれた包帯には、真っ赤な血が滲んでいる。



「なんだ? お前は。」


「俺は…この村に住んでる、キーロフと言います。俺もこの牧草の正体は知ってた。この人たちはこの村にとって絶対に必要な人たちなんだ。だから…罰するなら俺を罰してくだせえ! 」


 女騎士の射抜くような視線の中、キーロフは、イワンとサーシャを見ながら、声を張り上げるようにして言い切る。



「俺も知ってた。あのヨーゼフって奴が戦争中何をしていたのかもです。それに俺は元は衛兵です。本来しなくてはならない事をせずに見過ごしていた罪を罰して欲しい。」


 次に村人の輪の中から出て来たのは、衛兵上がりのグレンだった。


 次々に村人たちが女騎士の前に出て、自分こそが罰せられるべきだと申し出る。



「待て!! 私がこの村に来たのは、話を聞きに来ただけで、誰かを罰するなどとは一言も言っていない!! 」


 良く通る女騎士の凛とした声が響き、村人たちはその迫力に静まり返る。



「よし。それではまず君たちに伝える事がある。まずは下がってくれないか。」


 静まり返った広場に、再度女騎士の声が響く。


 女騎士の前に詰め掛けていた村人たちが元居た場所へと戻るのを待ってから、彼女は更に続けた。



「このヨーゼフとバルダ率いる組織の壊滅をもって、我々の任務は終了した。我々は以前からこの『牧草』の原産地を探していたのだが、中々見つける事が出来なくてな。何故、この村が我々の巡回ルートから外れていたのかを調査すると同時に、協力をしてくれたこのストラザール村の皆には、恩賞を出すように陛下に伝える。以上だ。」


「あの…私たちに対する罰は……。」


 イワンが女騎士に尋ねる。



「先の大戦で兵士であった者に対しては、軍の解体と共に、一旦全ての者に除隊の手続きが取られている。だから、既に脱走兵と言う罪は存在しない。それに、君たちはヨーゼフとバルダに騙されて使い道を知らぬまま、『牧草』だと言う草を刈っていたに過ぎない。それで何を罪に問えと…? 」


「しかし…。」


「しかしも何もない。もし罪の意識を感じているなら、この村の発展に尽くせ。また、この辺りに自生している『牧草』の駆除も頼まねばならん。今後、この村には騎士団が駐屯する事になるから、軍務歴のあるお前たちのような者が居てくれねば困る。これ以上の申し立ては、国王に対する反逆と見做す。気を付け! 」


 存外に厳しい女騎士の口調に、イワンとサーシャは背筋を伸ばして直立不動の姿勢を再度取る。



「……ありがとうございます。」


 そして、一言女騎士に向かって礼を言うと、周りで聞いていた村人たちが二人の周りに押し寄せ、もみくちゃにされる姿がヘレナの目に入る。



「どうやら、依頼は達成できたようだな。」


 いつの間にか隣に来ていたカイルが、ヘレナへと話しかける。



「そうですね……。報酬をお支払いしないと……。」




『もし皆を助けてくれるなら、あたしが出来る事なら何でもするわ! なんならあたしを自由にしてくれてもいい! 』


 ヘレナは唇をきゅっと結び、自らが言った言葉を思い出していた。



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