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掃除屋と呼ばれた冒険者  作者: 尾籐イレット
3/7

三話 ストラザール村の少女(3)



―――ううっ…。眠たい……。


 久しぶりに大泣きをした日の朝、朝食を摂った後、カイルを客間に追い返しヘレナは仕事に向かう。



 夜明け前に様子がおかしかったイワンも、朝食の席ではいつもの通りの優しい笑顔を浮かべており、ヘレナはホッとした。


 だが、サーシャは真っ青な顔をしたままで、口をつぐんだままだった。



 今日は村の皆で開墾作業に向かう事になっていたが、ヘレナはサーシャを直ぐに寝室に追い返し、イワンに彼女の看病をするように言いつけたのだった。



「皆さん。今日はサーシャさんの体調が悪いので、村長が看病するそうです。今日は申し訳ないけれども休ませて欲しいと言ってました。」


 広場に集まっている皆に向かって、ヘレナがそう伝える。



「おう。ヘレナ。そんじゃ今日は昨日の続きだな。男は土の鋤き返し、女衆は掘り起こした根と石拾いだ。たまにゃ俺たちも良いとこ見せるぞ! 」


 ヘレナの言葉を受けて、村の皆に号令を掛けたのは元は街で大工をしていたと言うキーロフだった。



 そんな号令を受けて、村の皆は楽し気に笑いながら、畑に向けて歩き出す。


 この村の人々の目には希望が満ち溢れていた。



 この村に住む七十人ほどの人々は、元は衛兵や街の鍛冶屋や大工、荷運びをしていた者が多い。


 戦争が終わって仕事が無くなり、この村に流れ着いた当時は皆疲れ果て、希望すら失いそうになっていた。



 戦争が起こる前には広大な農地に囲まれていたこの村も、何度も起こった大規模な戦闘で地形すら変わり、荒れ放題だった畑にはすでに大きな木が生えてしまっている有様だった。


 だが、そんな皆の前に立って、人一倍働き、農作業の経験の無い皆に丁寧に仕事を教え、時には叱咤して来たのがイワンだった。



 だから、キーロフのそんな言葉に、村の皆は奮い立ったのだった。



「よう。ヘレナ。お前も残って看病してたらどうだ。」


 皆が門から出て行ったのを見てキーロフがヘレナに言う。



「あ…。あたしは明日の牧草の出荷の準備をしておきます。」


 ヘレナは、ヨーゼフが明日に牧草を取りに来る事を思い出し、出荷の準備をしようと思い立つ。



「おお、そういやそうだったな。そんじゃ頼むわ。村長にお大事にって伝えといてくれ。こっちは任せてくれても大丈夫だってな。」


「はい! 」


 鋤を肩に担いで、手を振りながらキーロフが村を出て行く。



「よし! あたしも頑張らなくっちゃ! 」


 ヘレナは自分の手で両の頬をパンと叩く。



 まだ頭の芯はぼうっとしている気はするが、何にせよ気合は入った。



 そして、イワンに教えて貰ったとおり、帳簿を手に牧草が積んである納屋へと向かうのだった。



*



「花付きが…五十六束…種付きが…」


 ヘレナは仕分けをしてある牧草の束を一つ一つ数え、帳簿と照らし合わせて行く。


 文字は両親が生きていた頃に預けられていた保育所で覚えた。



 帳簿通りの数が揃っている事を確認すると、次は刈って来たばかりで仕分けの済んでいない牧草の山を仕分けて行く。



 この牧草は、昔の畑の跡に群生しており、まだ牛馬を飼う余裕のないこの村では無用の長物だった。


 ただ、月に二度この近くの牧場からヨーゼフという男が買いに来てくれており、村の収入源の一つとなっている。



 また、根まで掘り起こさなければ次の年にはまた新しい芽を伸ばし、また特別な手入れも肥料も要らない事から、村の皆は喜んで刈り取りに協力してくれていた。



 花をつけているもの、まだ葉が青いもの、そして種をつけて枯れ始めているもの…。


 季節を問わずに育つこの牧草を、ヘレナはいつも不思議だなと思いながら仕分ける。



「よし! これで終わり…っと…。」


 仕分けが終わると、全部で七束増えた。少しだけ残っている牧草はまた次の仕分けの時に纏めれば良い。



 帳簿に今回増えた束の数を足して、最後に総数を確認する。



 数を間違えると今後の買い取りに影響が出るから、絶対に間違う事が無いようにとイワンにも言われていた。



 作業が間違いなく終了した事を確認して、納屋の扉を閉める。大きな南京錠を掛ける。


 ここだけはイワンの許可を得た者しか入れないように、鍵を掛ける事に決まっていた。




 薄暗い納屋を出ると、もう陽は高く登り、あと一時間ほどで昼になる頃あいだった。


「もうちょっとでみんなが戻って来る頃か…。お昼からはあたしも手伝えるかな…。あ…お昼の準備をしないと…。」


 ヘレナは自宅へと向かって歩き出す。



「姉ちゃん! ヨーゼフさんが来たよ! 」


 道すがら、慌てて駆けて来たゼーレンにヘレナは呼び止められた。



「ええっ? 来るのって明日じゃないの? ……それに、あんたまた門の外に出てたの!? 」


「わかんないよ! 街道の方からヨーゼフさんの幌馬車が来てんだ。」


 姉の小言が始まる前にと、ゼーレンはヘレナを門まで急かす。言いつけどおりきちんと門は閉められており、閂も掛けられている。



「おおーいぃ…。」


 門の向こうからヨーゼフの声がする。


 

「あ…ちょっと待っててくださーい! 今開けますからー! 」


 門の外に向けてヘレナは叫び、閂を外そうと門へと近づく。



 そこでヘレナは今朝がたの事をハッと思い出した。


『今まで門を開ける前には必ずあの覗き窓から門の外を確認してたろ? そういう手順を一度でも怠る奴は必ず死ぬ。それを身をもって知ってもらいたかっただけだ。』


 ヘレナはその言葉を思い返して、門の右手にある外を見る事が出来る隠し窓の前まで行き、ひょいと顔を出して辺りを確認する。



 いつもは一人で来るはずのヨーゼフの後ろには、息をひそめた十数人の男が、剣を抜いて立っていた。



「どうしたー? 早く開けてくれー! 」


 好々爺と言った雰囲気のヨーゼフが、いつもの通りの口調で、中々扉を開けないヘレナへを急かして来る。



 ヘレナの頭の中が恐怖で真っ白になりそうになる。

 身体はガタガタと震えだし、握りしめた手のひらは、あっという間に汗で濡れてしまう。



 そして、その剣を抜いた男のうち、ヨーゼフのすぐ後ろに立ってニヤニヤといやらしい笑いを浮かべていたのは、ヘレナを売り飛ばそうとした詐欺師である事に気が付く。



「きゃっ…。」


 ふらついたヘレナは、静かに後ろに下がろうとするが、恐怖で言う事を聞かない身体がふらつき、隠し戸が乱暴に落ちて大きな音を立ててしまう。



「おい! 気づかれてるぞ! こんな木の門ぐらい蹴破れ! 」


 門の向こうで普段とは全く違う、怒りを籠めたヨーゼフの声がした。


 直後に木で出来た門がドカンと大きな音を立てて、激しく揺さぶられる。



「なんだお前。力自慢な癖に、こんな物も破れないのか!? 」


「お頭! こいつにゃ防護魔法が掛かってる! しかも騎士団の陣地並みの奴だ! 」


「何でそんなものが…。ええい! おい! 魔術師を呼んで来い!裏に回ってるはずだ。 お前たちははしごを持って来るんだ! 」



*



 どうやら門の向こうの暴漢たちは、この村を襲いに来たらしい。


 ヘレナはやっとその現実を理解して、とにかく誰かに知らせないとと恐怖で鈍った頭で必死に考える。



「まずは…。村長に知らせないと…。」


「姉ちゃん…! 」


 そこでヘレナは自分の服の袖を、ずっと握ったままでいた弟のゼーレンの姿に気が付く。


 なんとしてもこの子だけは護らなくちゃならない。



「あんたはリリアの……いや、モーガンさんの家に行って、ロルフと一緒に床の下に隠れてな! 何があっても出て来ちゃダメだからね! あんたの方がお兄ちゃんなんだから、怪我一つさせるんじゃないよ! 」


 ヘレナの言葉に、ゼーレンはうんと頷く。


 今まで転んだだけでも泣いていた弟が、頼もしく見えた。



「魔法を使って壊すと、戻って来た連中が逃げちまいますよ! 」


「今さら関係ねぇ! どうせ連中は自分の足でしか逃げらんねぇからな。それにこの辺りは隠れる場所もねえからよ。ここが片付いたら人狩りとしゃれこむぞ。」


「お頭ァ! はしご持ってきました! 」


 門の向こうでは着々とこの村を襲う準備が進んでいるようだった。



―――急いで家に戻って村長に知らせないと…。


 頭ではそう解っていても、思うように身体が動かない。


 後ろを振り返り振り返りヘレナは走るが、中々家に着かない。


 まるで怪物に襲われた夢を見て、必死に走っても前に進まない時のような気分だった。


 そして家にやっと家に着きそうになって振り返った時、先を尖らせた木の杭で出来た塀を、一人の盗賊が越えようとしている姿が目に入る。



―――ダメだ…。あいつは門に行って直ぐに閂を開けてしまうだろう…。そしたら門の外で待っている奴らが…。


 みんな逃げてぇ!!!


 大きな声で叫ぼうとして、思い切り空気を吸い込んでいたヘレナの頭の上でひゅん!と音がして、塀を乗り越えようとしていた盗賊がドサリと反対側に落ちる。



「てめえら! 裏切ったな! 」


 門の向こうから憤怒に満ちたヨーゼフの声が響く。


 普段ならともかく、今の声はとても温厚な農場主には聞こえなかった。



 ヘレナが家に振り返ると、髪を後ろで束ね、銀色の鎧を纏ったサーシャが戸口に立っていた。

 手には大きな弓を持ち、次の矢を既につがえている。


 普段は下ろしている髪で隠している、長い耳を切り取った傷痕が露わになっていた。



「裏切ったのはそちらの方だろう! 我々は、このような扱いを受ける謂れは無い! これはどういう事だ!? 」


 サーシャの肩に手を置いて後ろから出て来たのは、同じ装丁の銀色の鎧を纏ったイワンだった。


 イワンは一字一句を区切るように、ヨーゼフの声に答える。



「はっ! 俺たちゃここでの商売を畳むんだよ! 秘密を知っているお前たちが生きてりゃ都合が悪ぃ。奴隷になるような奴は連れて行ってやるから有難く思え! おい! やれ! 」


 その言葉の直後、門の向こうで大きな火花が弾けた。



「炸裂魔法か…。魔術師も来てるんだから本気だな…。」


「あの魔法だと、一か所に当て続けられたら数分も持たないわよ。」


「元々城門破壊用の魔法だからな。よし。ヘレナ。床下の扉を開けると横穴が掘ってあるだろ。それで塀の外に出られるから、君は逃げてみんなに知らせて来るんだ。」


 見慣れない二人の姿を見て、二人の顔を交互に見ていたヘレナの頭を撫でながら、イワンが微笑む。 



「でも…弟が…ゼーレンが…。」


「大丈夫だよ。さっきモーガンさんの家に向かう姿を見かけてね。先に二人とも横穴に逃がしてある。彼らを連れて直ぐ逃げるんだ。」


ひゅんと今度はすぐ近くで音がして、門の方からギャッと言う断末魔の悲鳴が聞こえた。



「さあ。家の中に入りなさい。ここは危ないから。」


 次の矢をつがえながら、サーシャがいつものような優しい笑顔を浮かべながらヘレナに言う。



「村長…。サーシャさん……。」


「僕たちには子供が出来なかったからね。君たちの事は本当に自分達の子供のように思っていたんだ。だから……ありがとう。……しっかりと生きて、幸せにおなり。」


 そう言うと、イワンは振り返らずに門の前へと向かう。その手には見たことも無いような大剣が握られており、その背中はずっと憧れていた村長の姿そのものだった。



「さ…早く。」


 サーシャに背中を押されて、ヘレナは家の中に入る。


 扉が閉まる前、最後に見えたのはもう破られる寸前の門と、その前でしっかりと立つ、イワンの背中だった。



 零れ落ちそうになる涙を袖で拭いながら、台所に設けられている床下へ続く扉を開く。


―――あ、冒険者さん…カイルさんも呼んで来なきゃ!


 慌てていて、すっかり声を掛けるのを忘れていたカイルを呼ぼうと、ヘレナは客間へと向き直る。



 そこに立っていたのは、黒い装束を来た男だった。



「ひっ! 」


 気配も感じさせずじっと立っていた男の姿に、ヘレナは思わず悲鳴を漏らす。



「君は逃げるのか? 」


 そんなヘレナに声を掛けて来たのは、赤髪の冒険者、カイルだった。



「あなた…。何やってるの? 早く逃げるわよ! 」



「ゆっくり晩メシまで寝ようと思ってたんだが…。これだけ騒がしいと目も覚めるな。」


 必死で訴えるヘレナにあくびと共に返って来たのは、そんな何でも無い事を告げる時のような、のんびりとした声色だった。




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