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掃除屋と呼ばれた冒険者  作者: 尾籐イレット
1/7

一話 ストラザール村の少女(1)

冒険者のカイルは、組合からの依頼書を携えて、とある開拓村へと向かっていた。


その頃、その開拓村では一人の少女が、昼食の準備に掛かっているところだった。


そんな二人が出会い、一つの依頼からその過去が明らかになって行く。


今回のお話は4万字程度で7日に分けて投稿させていただきます。

どうかお付き合いいただけたら幸いです。


平成31年1月27日



 広大な草原の中をまっすぐに伸びる並木道。そこを一人の男が歩いていた。


 腰に下げた両手剣に、使い込んだ革鎧。

 短く切った赤い髪が春の風に吹かれて揺れている。


 この、いかにも中堅の冒険者と言った風体の彼の名はカイル。



 彼は南に十里ほど行った先にある、ボイゼンの町にある冒険者組合に属する冒険者であり、請けた依頼をこなす為に、街の周辺に点在する開拓村の一つに向かっていた。



 カイルは、等間隔で設けられている一里塚の傍に、肩に担いでいた行李をドンと下ろす。


 街を出てから二度目の休憩を、水場のあるここで取ろうと言う算段だった。


 まだ春は始まったばかりだったが、天高く上がった太陽は、もう地面をじりじりと焦がし始めていた。



 塚の脇に設けられている井戸から水を汲み、半分ほどになっていた竹製の水筒に水を足して行く。


 水がいっぱいになったのを確認するかのように、カイルは竹筒を振り、水が揺れる音がしない事を確認して満足そうに頷く。


 そして腰の革ベルトに竹筒を差し、しっかりと固定用のベルトを止めた。



 一度周りを見渡したカイルは、行李の中からカップを取り出すと、井戸から引き上げた桶から水を汲み、まずは二杯ほど飲み干す。


 そして三杯目の水を汲むと、ちょうど木陰となる場所にカイルはどっかりと座り込み、荷物の中から革の紐で結ばれている今回の依頼書を取り出した。


 

 もう何度も繰り返して読んでいるその依頼書を、最初からまた読み直す。


 依頼の内容、そして完了条件、そして依頼を出した村と、その代表者。



 頭に入れておかねばならない情報と、自分の記憶に違いが無いかを確認し終わると、ちょうど半時ほどの時間が経っていた。



―――あと二里ほど歩けば目的の村に着く。



 おもむろに立ち上がったカイルは、読んでいた依頼書とカップを、丁寧に行李に仕舞い、再び背中に担ぎなおす。


「よっ。さて…行きますか。」


 カイルは一人つぶやくと、自分しか居ない道を再び歩き出すのだった。



*



 真新しい質素な木組みの家が立ち並ぶ、いかにも開拓村と言った風情のストラザール村。

 中でも一回り大きな家の煙突から、煙が立ち上り始める。


 その家の台所では、午前中の農作業から戻って来たばかりのヘレナが、昼食の準備に掛かっていた。



 食べ盛りの弟と自分の食べる分。そしてお世話になっているこの村の村長夫妻の昼食を作るのは、居候であるヘレナの役目だった。



 兵士だったヘレナたちの両親は、ちょうどこの辺りであった戦闘で死に、まだ十二歳だったヘレナと、六歳になったばかりのゼーレンの姉弟は、天涯孤独の身となってしまった。


 そして、両親が死んだ戦闘のすぐ後、国から終戦が告げられたのだ。


 姉弟には多少の見舞金が届いたものの、幼かったヘレナは、親戚を装って近づいて来た詐欺師にまんまと騙され、見舞金を奪われた上、危うく奴隷商に売り払われそうになってしまう。


 そんな時に二人を助けてくれたのが、今はこの開拓村の村長をしているイワンとサーシャ夫妻だった。



 どうやってかは解らないが、彼らは、荒くれ者の詐欺師から幼い姉弟を救い出し、そして開拓村への移住をする時も二人を連れて来てくれた。



 そして、身寄りのない二人を、自分達の家に住まわせ、まるで自分の子供のように扱っていてくれている。


 ヘレナは、イワンとサーシャには、どれだけ感謝してもし足りないと、あれから五年が経った今でも思う。

 おとうさん、おかあさんと呼びたい気持ちはあったが、抱えている秘密と、何も恩返しが出来ていない後ろめたさから、そう呼ぶことが出来ずに居た。



「姉ちゃん! 街道の方から知らない人が近づいて来るよ! 」


 慌てた声で家に飛び込んで来たのは、ヘレナの弟であるゼーレンだった。


「またアンタは門の外で遊んでたの!? 何度もダメだって言ってるでしょ! 」



 この村の子供は、見慣れない人を見かけたら、すぐに大人に知らせろと言われていた。


 ゼーレンもそれをしっかりと覚えていたが、門の中からは見えない街道から人が来たと報告すれば、自分が言いつけを守らずに村の外を流れる川で遊んでいた事がバレる事までは頭が回っていなかった。



「だって…姉ちゃん…。」


「ああ! もう! ゲンコツはあと! 急いで村長さんのところに知らせに行って来て! 」


 慌てて飛び出して行くゼーレンの背中を見送った後、ヘレナも慌てて村の門を閉めに行く。



 この辺りは大戦中は何度も大規模な戦闘が起こった場所だけあって、夜にはアンデッド、昼には死体漁りが出来なくなって、いつも腹を空かせている魔物が出る。


 また、ヘレナは、敗残兵が山賊となり、そいつらに襲われた村もあるとの話を大人たちがしているのを聞いた事もある。



 そのため、村はぐるりと三メートルほどの高さで木製の塀で囲われており、一つしかない門を閉めればその中で立てこもる事が出来るようになっていた。


 塀の外にある農場での作業で出入りをする人がいる時には開けられるが、一度閉められれば安全が確認できるまで開けられる事は無い。



 だが、その時に外に出ていた者を助ける術は、農民である彼らには無かった。


 だから、時々大人の目を盗んで門から出て遊んでいるゼーレンの事を、ヘレナは何より心配していたのだった。



*



 村に近づいて来る人影は一つだけだったが、ヘレナはその姿をしっかりと見るよりも門を閉める事を優先した。



「すみませーん! 」


 門の外から少し間の抜けたのんびりとした声が聞こえて来る。



 もし彼らが盗賊だったとしたら、人影が一つしか見えないからと言って油断していると、背後に隠れていた兵たちが一気になだれ込み、あっと言う間に村は制圧されてしまう事になる。


 ヘレナの喉の奥に、人買いに売られそうになった恐怖がよみがえる。



「……あ…あの…。いま人が来ますからっ! 」


「わかった。ボイゼンの冒険者組合から派遣されて来たカイルだ。村長のイワンさんを呼んでもらえるかい? 」


「……は……はい。」



 カラカラになった喉から何とか言葉を絞り出したヘレナに、門の向こう側の男はそう答えると、それきり黙り込んでしまう。



 村長が夜になると塀の向こうでガリガリと音を立ててよじ登って来ようとするアンデッドを何とかして貰おうと、少し前に街に行った事は知っていた。


 ただ、帰って来た村長の顔は暗かった。

 その夜の食事中の会話から、冒険者に依頼をするにはこの村が用意出来る金額では全然足りないと言う事をヘレナも理解していた。


 だから、この人が冒険者組合から派遣されて来たという話を、すぐに信じる事は出来なかった。

 また、下手な事を言って、相手を刺激してしまったらと言う思いから、ヘレナも何も言葉を発する事が出来ずにいた。


 そして村長であるイワンが駆け付けるまで、門を挟んだ沈黙は続いたのだった。



*



「私がこちらの村で村長をしています。イワンといいます。カイル…さん?でしたっけ? 」


 まだ二十代後半のイワンが、門は閉めたまま反対側に居るカイルに尋ねる。



「ああ。掲示板に貼られていた依頼書を読んで、こちらまで伺わせてもらったんだ。こちらがストラザール村で間違いないかい? 」


 イワンの質問に、門の前で黙り込んでいた男が、のんびりした声色で答える。



「はい。間違いありません。ただ……受付でこの条件で依頼を請ける冒険者は居ないと思いますと言われていたので…。」


「ああ、ちょっとこの辺りで仕事があって、そのついでに請けさせてもらったんだ。冒険者組合で正規に仕事は請けて来てる。依頼書を確認してもらえるかい? 門の隙間から差し入れるから。」


 ヘレナはイワンと男の会話を門を両手で押さえたまま、じっと聞いていた。


 男が門の隙間から差し入れると言った直後、閂を掛けた観音開きの門の隙間から、急に目の前にすいと羊皮紙が突き出され、ヘレナはおもわずひっと悲鳴を漏らす。



「ヘレナ。大丈夫だからちょっとどいてくれるかい? 」


 そんなイワンの言葉を聞いて、ヘレナはへたりと座り込む。


 思い切り扉を押していた手は白くなり、渾身の力を掛けていた腕は、まだぷるぷると震えていた。



 そんなヘレナに、イワンは大丈夫だとにこりと笑いかけると、門の間に突き出されたままになっていた羊皮紙を引き抜いて読み始める。



「これは確かに私が依頼をしたものだ。冒険者組合の依頼印も確認した。カイルさんはお一人ですか? 」


 それは、間違いなく、イワンが一月半ほど前、ギルドの受付嬢に『無駄だと思いますよ? 』と言われつつ書いてもらった依頼書だった。



「ああ…。一人だよ。」


「……解りました。今、門を開けるからちょっと待っててください。」


 気が付くと、ヘレナの周りには村の男たちが集まって来ていた。


 へたりこんでいたヘレナもいつの間にか来ていたサーシャに抱き起こされる。



 ガタリと閂が外されて、内開きの門が開くと、そこには二十代半ばほどの赤髪の男が、口元だけに笑みを浮かべて立っていたのだった。



「はじめまして。冒険者のカイルだ。まずは依頼の確認をさせて貰おう。」


「……はい……。私はこの村の代表をさせて貰ってます。イワンと言います。それでは、どうぞこちらに。」


 カイルはこくりと頷くと、先に立って歩き出したイワンに付いて行く。



「さ、ヘレナ。私はお客様を迎える準備をしなくちゃならないから。」


 ヘレナに向けて、サーシャが優しく諭す。 



 その時までヘレナはサーシャに抱かれたままだった。


 もう嫁に行ってもおかしくない歳の娘が母に甘える子供のような姿勢だった事に気が付いて、慌ててサーシャから離れる。



「はい。サーシャさん。あたしも手伝います。」


 先に歩き出したサーシャの後をついて、ヘレナも家へと向かうのだった。



*



「ねえ。ヘレナ。あの人…なんだっけ…冒険者の人。」


 それから一週間ほど経った日の昼間、村の中央にある井戸でヘレナが洗濯をしている時、モーガンさんの娘のリリアが、ヘレナに話しかけて来た。


 リリアはヘレナと歳も近く、またお互いに腕白ざかりの弟がいる事もあってよく馬が合った。



「え…? カイルさんの事? 」


 洗濯ものを、どさりとたらいに落とすリリアを見ながら、ヘレナは答える。



「そう。あのカイルって人。最初はなんだか地味な人が来たーってがっかりしてたんだけど、意外と強い人みたいで良かったよね。」


「そう……ね…。確かに最初は本当に大丈夫かなって思っちゃったし。でも、いつの間にかみんなに好かれてるよね。」


 ヘレナはカイルが来た日の事を思う。



「あてて…指先が切れちゃった…。」


 洗濯をし始めたリリアが、自分の手を見ながらぼやく。


 冷たい水での洗濯はすぐに手にあかぎれが出来る。


 時々そんなあかぎれがぱっくりと口を開けると、水に浸けただけで痛みが走るようになる。



「ちょっと見せて…。………。ほら、もう大丈夫。」


「いつもありがと。」



 ヘレナはちらりと村長が暮らす家を見る。


 今頃は彼、カイルは客間でまだ寝ているはずだった。


 カイルが来てから1週間、彼は昼間に睡眠を取り、夜は明け方まで塀に近づくアンデッドを狩る生活を送っていた。



 一人で一晩中塀の外で戦うと言う話を聞いて、村長のイワンは、いくらなんでも危険すぎると止めたのだが、それ以外に方法が無いとカイルに言われ、渋々条件を呑んだ。


 村の男たちも、そんな無謀な奴は二日と持たないだろうと噂をしていたが、三日目にはもう誰も何も言わなくなった。


 毎夜村人を恐れさせていた塀をひっかく音は聞こえなくなり、代わりに遠くから剣が堅いものを斬る音だけが聞こえて来るだけになっていた。



「あれで騎士様みたいだったらいいのになぁ…。それにあの公国なまりも……ね。」


「そうね。騎士って言うよりは狩人って感じだし…。冒険者だし、やっぱり何か訳ありなんでしょうね。」


 カイルが村に来てから何度か言葉を交わすうちに、彼ののんびりとした話し方は、公国のなまりを隠すためだと言う事に、ヘレナたちは気が付いていた。



 村から遥か遠くに見える山脈を越えると、そこは公国と呼ばれる国となる。

 数年前に終わった戦争は、その公国とのもので、戦乱の中向こうから逃げて来た者も居る。


 彼もそんな一人なんだろうと思われた。



「確かに狩人って言うか、猟師って感じだよね。笑い方もなんだかぎこちないし。…さて。」


 うんうんとリリアも相槌をうちながらヘレナに答える。



「でも……。ううん。」


 鼻歌を歌いながら洗濯に没頭し始めた友人の顔を横目で見ながら、ヘレナは言いかけた言葉を飲み込む。



 カイルが初めて討伐を行った朝、ちょうど門を開ける係だったヘレナは、隠し窓から顔を覗かせた時、塀に寄り掛かるようにして朝日に照らされる彼の姿を見ていた。


 その時のカイルの姿がどうにもヘレナの脳裏から離れない。



 その表情は、いつもの口元を引きつらせるようなわざとらしい笑顔ではなく、泣いているような、苦しそうな表情だったからだった。



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