第七話
静香は軽い頭痛で目をさました。
ああ、そうだ。なんで頭が痛いのか。記憶が一気にもどったからだ。
ヴィゴの子を身ごもり、穢れた罪として天界で処刑されたのだ。
・・・もう一度、ヴィゴに会いたい。
その一心で人間として生まれ変わってきた。静香の心が満ちた。
今初めて人間界に来てよかったと思えた。
(ああ、幸せ。ヴィゴにもう一度会えた。)
静香はまたベッドに横になりもう一度眠りにつこうとした途端携帯がなった。
「もしもし?静香?今日のセドリックの授業、あんたサボったでしょ?
(静香はあわてて時計を見、今が午後の3時と知り眩暈を起こした)
何回電話しても出ないし、ヴィゴに聞いても知らないの一点張りで。
早く来てよ!!ヴィゴが大学辞めるって言うのよ!」
「ヴィゴは?ヴィゴに代わって!」
涼子はヴィゴに携帯を渡したようだったがヴィゴは出なかった。
電話は切られ、ツーツーと淋しい音が聞こえる。
ヴィゴが大学辞める?
昨日のピンサロの件、怒ってるんだろうか?
そうそう、そういえば生まれ変わる時にヴィゴからもらった指輪を持ってきたはず。
たしか、あのへその緒の箱に。
アレを見せればヴィゴも私がアビリルだって気づくわ。もう離れるなんて考えられない。
静香はあわてて着替え、バスに飛び乗った。
例の指輪をはめて。
指輪は久しぶりに光をうけ、キラキラ輝いた。
・・・ヴィゴに早く会いたい。
窓の外は静香のうきうきした気持ちとは裏腹に、どんより曇っていた。
バスはなぜか、突然スピードを上げ、客たちはおびえた声を上げる。
そして一目散にガソリンスタンドに向かって突っ込んでいった。
意識が遠のく中で、煙の中を黒い3人の影が自分をとりまいていた。
・・・何?コイツら。
「・・・プリュキトスは男のはず。なぜ女がその指輪を持ってる?とにかくよこすのだ」
静香には恐怖はなかった。元天使の誇りがそれを許さない。静香は影達をにらみつけた。
「誰が渡すものですか!しかも誰よ、あんた達。悪魔じゃないわね・・・。」
そいつらはガソリンタンクを剣でぶちこわし、手の中に小さな火の玉を作り出した。
「人殺し!!」
静香は黒い影をなじり、ソイツにしがみついた。
火はぽとん、とガソリンに落とされ、バスの方へとじょじょに近づいていく。
炎はバスを燃やし、辺り一面地獄と化した。
「女ごと連れて行け」
ソイツラは白い光の球を作り出し、静香を抱えあげ、その中に入った。
静香は黒い影に抱えられ連れ去られてしまった。
気がつくと辺り一面美しい海が広がっている。
木でできた住み心地の良さそうな家がいかだにのり無数、海に浮かんでいる。中にはこじんまりした小さな教会、公園もあった。
そこは静香にとって懐かしい場所だった。
(まさか・・・天界?)
そして街の中央に見覚えのない異様に巨大な白い塔がそびえている。それは街とは対照的で非常に近代的な、冷たいカンジをかもしだしていた。
黒い影達は木の影で着ていたローブを脱ぐ。見た目は上品な年寄りだった。いかにも天界にふさわしい。
しかし、静香はソイツラを見てぞっとした。
忘れもしない。
ソイツラはアビリルを「赤ん坊を身ごもった、汚らわしい」と処刑にした議員だったのだ。彼らは全く覚えてないようだったが。
塔に向かう道すがら、議員達に敬意を表し、祈りを捧げる天使達がいる。そして議員達は天使たちに祝福を与えた。
白い塔の扉は重々しく開けられ、たくさんの武装した天使たちに見守られながら透明のエレベーターに乗り込んだ。
周りに見ている者がいなくなると議員達は途端に態度を変えた。
「女よ、その指輪をどこで手に入れた?持ち主は男だったはずだ。」
「・・・知らないわ。落ちてたの」
静香は本当の事を隠した。
議員は腹立たしげな顔をし、静香の頬を殴りつけた。
そして静香の肩を引っつかみ、心を読もうとした。
静香は抗い、実にくだらない事で頭を一杯にさせた。
議員達はあきらめた。
「この女の心は忌まわしくて読めぬ。
もう少し浄化してからにしよう。とにかく指輪を破壊しなければ。」
「バスはどうなったの?」
「知らぬ。どうでもいいことだ」
静香は白い塔の最上階に下ろされ、乱暴に閉じ込められた。
なんで議員が私の婚約指輪を狙ってるのよ?
塔はとても寒く、高い空気とりの小さな窓からは天界が見渡せた。
静香がイスを持ってきて2つ重ね、それによじ登り天界を眺める。
やっぱり見覚えがある。ココ。この塔は知らないけど。確かココには天界の王、ラファエ様が住んでた宮殿があったはずなのに。
と、突然一人の男が入ってきた。
「・・・なにをしてる?」
静香は驚いてイスからころげ落ちた。
「いきなり、声かけないでよ・・・。アイタタタ」
男は静香を助けおこし、イスに座らせた。
「私、いつまでここにいなきゃいけないの?人間界に帰してよ。そうだ!バスはどうなったのよ」
「・・・あまりにも惨いことなので、私の独断で部下を助けによこした。
なぜ、貴方が指輪をもっているのか。それを調べる必要がある。」
「人間界に帰してよ。会わなきゃいけない人がいるのよ」
男は静香の顔をひと目見るとかなり驚いたようだった。
「・・・貴方、もしかして・・・。アビリル?・・・私を覚えてないだろうか?」
「え?何?私知ってるの?
ペロが私に記憶戻しの呪文をかけて、自分がアビリルだってだけ思い出したの。」
「ペロ様?どなただろう、存ぜぬが。」
「あなたは?」
「ルーと申すもの。」
「ごめんなさい、覚えてない。」
「仕方ない、それより指輪をどうやって手に入れたのだ?」
「指輪はなんなの?」
「貴方の持ってた指輪にはラファエ様が封印されているのだ。」
「ええ!!なんで?しかもなんでヴィゴが持ってたのよ?」
「ヴィゴ?プリュキトスの事か?悪いが記憶を覗かせてもらう」ルーは静香の肩を痛いほど引っつかんだ。静香は抵抗したが、一気に静香の記憶がルーに流れ込む。
ルーは静香の心のヴィゴを探した。
いた。
置いてあった弁当を勝手に食べ(マルクスの大事な愛妻弁当だった)怒られている男。
・・・コイツか。
なんだか、おかしなヤツだ。
不思議な目の色をしている。
すぐにでも人間界に探しに行こう。
しかし・・・いつ、アビリルと出会ったのだろう。どこで接点が?
ルーは必要な情報は得られたにも関わらず、なお、心を覗き続けた。
・・・悪いと思いながら。
その男は有名な老舗、神デパート「ヘブンハレブン」で一角を借り、歯のマニキュアを積み上げていた。
ヘブンハレブンは議員達が白い巨大な塔を作るまでは天界一の大きな建物だったのだ。
その頃ののん気な雰囲気に包まれてる天界の映像にルーは少し、ホッとした。
それにしても議員達は何の為にあんな巨大な白い塔を建てたのか。
ルーは未だに不思議だった。ラファエ様が追放されてすぐに着工が始まったのだ。
神界に届くほどの巨大な塔。
悪魔界から改造人間を集め、奴隷のようにこき使った。
そうだ、あの出来事。
ルーは眉をしかめた。
あの時、改造人間の一人が議員達を見て、恐ろしいことを口にしたのだ。
「・・・アンタ達、見覚えがあるぞ。私は人間界では科学を専門にしていたものだ。アンタ達は我々科学者が決して踏み込んではならない禁断の知識を、それとは知りながら人間界に広めた奴らだ。私は人間の将来を予期し、恐ろしさのあまり悪魔界に逃げ込んだ。アンタ達、何が目的なんだ?」
その改造人間はすぐに殺された。それだけでは終わらず、議員達は魔王に改造人間狩りを命令したのだ。あの事件は何だったのだろう。
あの時もルーはそれ以上追求しなかった。それにしても禁断の知識って?
・・・気を取り直し、静香の記憶を覗き見る。
ヴィゴが汗をかきかき、せっかく積み上げた商品の山。それの一番バランスの重要な部分からアビリルは一つ、何かを抜きとった。
(こんなもの、あるんだ。)感心しているアビリルの横で積み上げた商品は総崩れ、男は憤り駆けつけてきた。
男は猛烈に怒りながらも天界でケンカは許されないので必死で声を抑えながら
「てめえ・・じゃないあんた・・・なんていう事を・・・サッカー見なきゃいけねえのに、オレ残業じゃんか!・・・・いやいや、ワタクシ、残業させていただかないとダメになりアソバシタ。あれ?」
「・・・ごめんなさい。私も手伝うから。」
手伝い始め、再び山を崩し、あわあわとあせるアビリルをポカンと見ていたヴィゴは大笑いしはじめた。
「使い慣れない敬語は舌を噛むよ。
まさか天使様が手伝ってくれるなんて言ってくれるなんてな。嬉しい。
でもさ、君・・・手伝ってもらわない方がいい気がする。」
神の国でけらけら楽しげに笑いあってる二人は異様に目立った。
「君は歯のマニキュアなんてしなくても、とてもキレイだよ」
ヴィゴは積み上げた商品を満足げに眺めながら言ってくれた。アビリルは嬉しかった。そんなふうに褒め言葉なんて天界ではかけてもらえないから。
友達がいなくてさみしく、すっかり仲良くなった男と少しでも一緒にいたかったので他の商品も見てみたいと言った。
ラメ入りの白粉、忘れた時のための賛美歌特集、お経特集。
「まさかの時の天使の羽もあるよ。洗濯とかするんだろう?」
再び笑い出したアビリルはヴィゴの目をじっと見つめた。
「・・・羽なんてないわ。それにあっても忘れないし。・・・それにしてもキレイな目。あなたみたいな人がこの世界にずっといてくれたら良いのに。ここはつまらなさ過ぎる」
ヴィゴはアビリルをお茶に誘ってくれたがアビリルは断らなければいけなかった。
「・・・あんまり異性と話してはいけないの。」しかしヴィゴはしつこくせがんだ。
「罪深いオレを救うためには君とお茶をしないといけないんだ。施しだよ、施し。」
神の国ではエネルギーだけを糧としている。
ヴィゴはバイヤー用の喫茶店にアビリルを連れて行き、そしていろんなものを注文しては食べてみせてくれた。
「オレ、ヴィゴって言うんだ。」
こうしてヴィゴとアビリルはデートを重ねた。
アビリルにとって天界は窮屈だった。
朝はお勤めから始まり、昼もお勤め、夜もお勤めだった。
合間合間の休憩も、「自分たちの存在する世界は本当に実在するのか?単にあると思い込んでるだけなのか?」というくだらないテーマで何時間も、何日も、そして何年も話し合っていた。
(あんたたちは存在しないかもしれないけど、私は存在してるわ!!)
そう叫びだしたいのをこらえた。久々に会いに来てくれたヴィゴにこの質問をしてみた。
「自分たちの存在する世界は本当に実在すると思う?私たちは何年経っても結論が出ないの。」
公園から廃墟の教会に行き、海に沈む夕日を階段に座って眺めるのが二人のデートコースになっていた。ここだと、ひと目にもつきにくく、たまに手を握り合う事も出来る。ヴィゴは腰に手を廻したがったが、ごくごくたまにそれも許した。
ヴィゴはキョトンとした顔をし、そしてアビリルを抱き寄せた。
「今、確実にオレ達は存在してるよ。
愛してる。・・・アビリル」
そしてキスをしてきた。
初めてのキスだった。
でもアビリルはその情熱に答えきれず、顔を背けたのだ。
「・・・私、ありえないほど、規律を犯してる」声が震える。
「どんな?」ヴィゴはアビリルのおでこにキスをしながら聞いた。
「あなたとこうして会っている、そしてキスも。」
「会いたくないの?」ヴィゴはキスをやめて心配そうに聞いた。
アビリルは首を振った。「そんなんじゃないけど」
でもヴィゴにたいしてはいつもそっけない態度でしか答えれなかった。人を愛する事がなぜか罪なように思えたのだ。
こういうデートが3年ほど続いた。
ヴィゴは会えない時もマメに人間界で素敵なプレゼントがあれば神の国へヤタガラス飛羽便で送ってくれた。
・・・なんでこんなものばっかり買うくせにバイヤーとしては成功してるんだろう?
アビリルはヴィゴから送られたどんぐりで作った民芸品を指で突きながら考え込んだ。
本当はバイヤーを辞めてもらいたかったのだ。
いつ、裁判にかけられるとも限らない。
裏金を積まなければ即逮捕、死刑になるかも。
そして新たな心配事。
ヴィゴが体を求めてくるようになったのだ。
3年も我慢すればヴィゴは限界だった。「オレ・・・死んじゃうよ」
しかし天界人は、結婚後に生涯に一度しかセックスをしてはいけない事になってる。
それも目隠しをして。
そして一度で妊娠しなければ運命として一生子供は持てないのだ。
ヴィゴはそれを聞いて悶々とした。
「何の為に神はそういう行為を生き物に与えたんだ?子孫を残すのがオレ達生き物の原理じゃないか?
それを否定するなんて、それこそ冒涜だよ」
しかし、アビリルにも限界があった。
けして興味がなかったわけではないのだから。
そういう気持ちをヴィゴに打ち明け、人間界にイイモノがあるっと張り切って持ってきたのが変なゴム製の風船だった。マルクスに教えてもらったものだった。
しかし、この「今度産む」は使い方を間違えたのだ。
アビリルたちはこれをお守りと思い、廃墟の教会の茂みの中で祭壇を作りそこに飾った。
そして生涯一度きりと決められていた行為は、何度となく繰り返された。
案の定妊娠してしまった。
ヴィゴは喜んでくれた。
ヴィゴの育ての親、セドリックは天使たるアビリルの貞操にあきれたらしいが、結婚は喜んでくれた。
ヴィゴはアビリルに例の指輪を婚約指輪としてプレゼントしてくれた。
「これにはオレの友達が入ってるんだ。信じられないと思うけど。グリフって言うんだ。
子供の時はいつも守ってくれた。次にグリフと友達になるのはオレの子だ。だから、アビリルが持っていてくれ。お腹の子に話しかけれるだろう。」
アビリルはヴィゴからのプレゼントは仲間たちにバカにされるので今回だけは笑われたくない、大事なものとしてこっそり隠しておいた。
そして覚悟を決め妊娠している事を天界の議員達に懺悔した。議員たちは冷たい目でアビリルを見下ろしていた。
「妊娠?天使ともあろう者が。穢れておる。死ね。」アビリルは死刑にされた。
指輪はアビリルの魂を救いとり人間界に落としたのだ。
・・・ルーは驚いた。
アビリルの行方がわからず、皆で探し回った。その時に議員達も一緒に探してくださり、そして結局見つからず、お別れの儀式を執り行ってくださったというのに?




