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第四話

「ちょっと、前見て歩いてよ!」

空港でボーっと音楽を聴きながら歩いていたヴィゴは威勢のいい人間女に急に怒鳴られあわてた。

その女は25年前に死んだ彼女そっくりだったのだ。

しばらく呆然と歩き続けるとその女はコトもあろうに肩を引っつかんできた。

頭の中が真っ白になり、手に抱えていたパソコンを落としてしまった。

・・・。まさか、死んだはずなのに?


女は急にしおらしくなり、ごめんなさいを連発していた。しかし、ヴィゴはパソコンどころではなかった。

落ち着くため側にあったイスに座った。反射的に落としたパソコンを拾いながら。

とにかく、パソコン内の彼女の写真を見て確認しよう。

幽霊なんてありえない。

彼女は天使だったのだから。

ヴィゴは祈るようにパソコンを立ち上げた。

横を見ると女も一心に合唱し、十字を切った。

・・・神仏混合。

突っ込みたくなったが、かろうじてこらえ、一瞬立ち上がった待ち受け画面を見、死んだ彼女の顔を確認できた。少し、違う。

目の辺りはそっくりだけど。

ヴィゴは女を振り返り、幽霊でない事を確認しホッとしたので微笑んで見せた。

女も微笑み返した。「よかった、壊れなかったみたい。」

微笑んだ目元がますます死んだ彼女に似ていたのでヴィゴは混乱した。

マズイ・・・。そっくりだ。

プツッ。

パソコンは音を立てて真っ暗な画面になり、映っているのは二人のマヌケな姿だった。


「ああ・・・。どうしよう。」

ヴィゴはイスに体を投げ出し頭を抱える。

女は何かモソモソ言っていたがヘッドフォンしていたため何も聞こえなかった。

悪魔がオレを惑わせる為に遣わせたのか?

最初の剣幕は悪魔としか思えなかった。

・・・そうだ。 

そうそう、賛美歌を聴こう。

もし悪魔なら、退散してくれるだろう。

「これこれ、どうしようって思ってる時のオレのテーマ曲」

そう言うとヴィゴはたちあがり、女の前から逃げるように歩き出した。

しかし女は追いかけてきた。退散されなかった。

「・・・何?もしかしてこういうのが逆ナンって言うやつなの?」

人間女にしつこくせがまれたら、こう言えと村仲間がわざわざ作ってくれた「2008 NIPOON」に書かれた一文を復唱した。

逆ナンっていう意味はわからなかったけど。

(もう一つ、お○○○と言ってやれとアドバイスも受けていたがこっちの言葉は言わなくて良かったと後で心底思った。多分殺されていただろう)

女は真っ赤な顔になったのでヴィゴはあせった。しかし女は再び追いかけてきて話しかけてきた。

「私、車で来てるからよかったら修理できるかどうかだけでも・・・」

・・・車。あの・・・タイヤが4つついてるヤツ?

モノ好きのヴィゴは抵抗できなかった。

しかもこれは絶対死んだ彼女の幽霊ではないと確信できたから。

神も悪魔も運転はできない。車なんてなくても好きなところに移動できるのだから。見た目は同じだが、性格が真逆な女。運命でこうしてまた巡り合えた。

彼女が死んだのは24年前。

暗闇の中で苦しい長い日々を送ってきたヴィゴの心に光が挿した気がした。

何かやり直せる気がした。


これは記念になにかプレゼントを買わないと。

ヴィゴの生まれ育ったバイセン村の掟としていい事があった日はプレゼントをする。

なんのことはない。この法律を作った大昔の長老が大のプレゼント好きだったのだ。

ヴィゴたちにとってそれは法律のようなものだった。ただ、ヴィゴのプレゼントは趣味が悪いとなかなかの評判だった。

キレイなネックレスだと行商人から高値で買わされたプレゼントは蛙のたまごだった。

人間界で仕入れてきた武器、ダイナマイトと思い込んでバイセン村の守備兵にプレゼントしたものは生理用のタンポンだったし。

最悪のプレゼントはコトもあろうに恋人に贈ってしまった。

それは自分の母からヴィゴが受け継いだ、キレイな指輪だった。

指輪をあげた翌日彼女は殺された。

犯人はわからなかったが、多分指輪目当ての悪魔が殺したのだろう。

今回のプレゼントは出来れば女に選んでもらいたかったが、女はお土産物屋なんてどうでもいいっていう顔をしていた。

女はイライラした表情で缶コーヒーを飲み始めた。

女の名は静香。

イライラしている理由はこうだった。

せっかくの休日を彼氏が「日本を出る前に静香の顔が見たい、見送ってくれ」なんてコトいうからわざわざ来てやったのだ。

そして間の悪い事にその男の妻も見送りに駆けつけ、はちあわせになった途端追い返されたのだ。そりゃお金でつきあってる男だけど、何も化け物見るみたいな目で見ることないと思うわ!

(なにやってんだろ、私。不倫男なんて所詮その程度なんだから。わかってるはずなのに。)

静香は男の大荷物の見張り番をしながら小さな声でつぶやいた。

男のやけに重いバッグを抱え込み、静香自身のなけなしのお金で買ったバーキンは泣く泣く地面に置いた。


こんなことで知り合わなければ、なかなかのいい男だった。不思議な目の色をしていた。うす紫のキレイな色だった。

髪も不思議な色。見た目は黒だが、光によってシルバーのような色に見える。飛行機の中で爆睡してたのか、かなり乱れていたが。

(・・・あんな男とだったらHも楽しいんだけどな・・・。でも、アイツ、いつまで選んでるんだろ?もう一時間近く待ってるんだけど。)

遠くからイライラした静香の顔を見てヴィゴはあせった。

(これはさっさと選んで渡してしまうに限る)

店の中はプレゼントに最適なモノは何もなく、店員のおばさんに助けを求めたが変な粉の食べ物の商品の説明をくどくど聞かされる羽目になった。

お好み焼きっていうヤツは、まだわかるけど、このもんじゃの気味の悪い事。

こんなのはプレゼントにはならない。

「女の人が喜ぶものがいいんですけど」

店員のおばさんにだめもとで聞いてみることにした。

「こんなんよろしいわ。キテーちゃん、いうてキライな女の子おりません。京都らしい舞子さんどっせ」

ヴィゴはおそろいで購入し、おそるおそる静香の所に戻った。

そしてとっておきの笑顔で差し出す。

「これ、君にあげるよ、おそろいになるね・・・っていうかこれ、ネコじゃん。」と言った。

ヴィゴにとってネコは大の苦手だった。理由は死んでも話したくないけど。

「おそろい?なんで?」

静香はあまりの馬鹿馬鹿しさにブッとコーヒーを噴きだした。

(こんな下品なこと、オレの死んだ彼女はしなかったぞ)

幽霊案はもう完全に頭から消え去った。

安心したヴィゴは静香の手からコーヒーを取り、がぶがぶ飲み始めた。「パソコン、直るといいね」静香はそうつぶやいた。


車を見た途端、ヴィゴの興奮は頂点に達した。やはりタイヤが4つ。すげえ。

「安物の軽なのよ。あんまり写真撮らないでよ、恥ずかしいから」

(・・・初めて車に乗るなんてばれたらダサいと思われちまう)

そう考えたヴィゴは慣れたふりをし、車に乗り込んだ。実際のところ、車の進行方向と逆に座ろうとしたり、シートを何度も倒したりしてしまったが。

(・・・。変なやつ)静香は車を発進させた。

「にっほんははじめてなんだ。おおっ!くるりくるり寿司じゃん!」

嬉しそうに窓を眺めている。

何でも直してくれる心強い電化製品店に連れて行く、という心強い静香の計画に乗ることにした。というか、電化製品の店に弱い。

モノ好きなヴィゴは人間界の物を買い付け天使、悪魔界に売りつける仕事をしている。


悪魔学校には「気をつけよう、甘い言葉と甘い除霊」という霊媒師の除霊の仕方をまとめた冊子を卸し、幼悪魔教育に一役かっていた。

天使界には「常に輝き続けるための魔法の白粉」を販売していた。

天使は輝く為に、けっこう体力を消耗するらしく、女性が使っているラメ入りの化粧品が人気を博していた。

おしゃれアイテムとして、悪魔界に冗談で天使グッズを売ったらこれが大ヒット。

今回のこのパソコンもヴィゴが、ある有名なプログラマーの背後霊を操り、天使、悪魔用に新たにソフトを無理やり開発させたのだ。

だから、人間界で直るわけない。


お店に着くと、静香は偉そうに「森田くん呼んでよ」とお気に入りの店員を呼び出し、ヴィゴのパソコンを見せた。

店員は「ナンじゃこりゃ」と興奮しながらパソコンを調べ始めた。

「かなり、ひどく落とされたみたいですね。」

店員の一言で顔が真っ赤になった。

(あのう・・・いくらくらいかかりますか?)

静香は小声で店員に確認した。

今月はあんまり給料も期待できない。大学の授業が立て込んで仕事どころではなかったのだ。

静香は生け花教室でバイトをしていた。

そして不倫相手はその生け花の先生。

妻公認の中だが、けして歓迎されてるわけではない。でも発表会で賞をとったりいろいろメリットはある。

自分の稼いだお金で大学に行くには、水商売か、こういった男を利用するしかなかった。

水商売にもいろいろある。

キレイなカッコさえしてればチップをくれる上級の客もいれば、キャバクラの安時給でいきなり股間をさわってくるドスケベなオヤジもいるのだ。

自分でいうのもなんだが、容姿にはかなりの自信があった。親友の涼子にはかなわないけど。男はパソコンなどそっちのけで日本の電化製品に見入っている。

「マックはウチ、直せないんですよ、しかし、なんか見たことない、なんじゃこりゃ!」

店員が一人で盛り上がってるのを横目で見ながらつぶやいた。

・・・?マック?あのマクドナルドの?

パソコン類にはめっぽう弱い静香は頭がこんがらがった。

(あのう、弁償ってなると、やっぱり高いんだよね・・・?)


パソコンなんてわからないくせに・・・

ヴィゴは人間の心が読めるのだった。

静香の心を読んでいると、なんだか淋しい重たいものを持っているのに気づいた。

(ああ、やめよう。人の心、無断で覗くなんて趣味が悪い)

そして辺りにいいものがあるか見回すと、年齢を測る機械を見つけた。

説明書どおりに手に巻きつけながら思った。

実際天使も悪魔も自分の年齢を知らない。

悪魔界のはて。忘れられたような場所にヴィゴの育ったバイセン村があった。

しかしその村でも「天使と人間のハーフ」、「悪魔と人間のハーフ」ばかりでヴィゴのように「天使と悪魔のハーフ」はめずらしかった。

子供のときはよくそれでいじめられた。

彼らは人間より長生きはするが、だいたい150歳くらいで死ぬはず。

人間界にはホント便利なものがある。

魔王なんて、占いにはまってるくせに自分の生年月日がわからないと悩んでるらしいのだ。

そりゃそうだ。

この世で初めに誕生した汚物から生まれてるんだからわかるわけない。

あれこれとボタンを押していると、ピーと年齢計が作動し始めた。

「・・・151歳と・・・ええ!!オレ、死ぬの?」

ヴィゴはあわてた。オレ、死ぬの?

静香はなぜかパニクるヴィゴをなだめ店の外に連れだした。

「あなたは死なないわ。151なんて少し高いけど、死なないわ。とにかく落ち着いて話をしたいから。そうね。くるくる寿司はどう?」

と教えてくれた。

良かった〜!生きるってすばらしい。


ヴィゴは途端に元気になり教えてくれた感謝の眼差しで静香を見つめた。

静香はなぜかモジモジしながら、車に乗り込む。

寿司屋にむかうらしい。

回転寿司というものが人間界に存在するのは知っていたが、見たことはなかった。

ヴィゴは人間と同様、食べ物からエネルギーをとることが出来た。

「予約してくるから」

静香は駐車場にオレを置き去りにし出て行ってしまった。

・・・閉じ込められた!罠か?

予約の意味がわからず車のドアの開け方もわからず、一人でパニクっていると程なく静香は戻ってきた。

「どうしたの?」

ヴィゴはあせってる自分を見せるのが恥ずかしく、音楽を聴くふりをして少しだけ静香の心の中を覗く決心をした。

(今流行のバイヤーハンターかもしれない。天使界、悪魔界ではけっこう売上伸ばしてるから煙たがられてるんだよな、オレ。殺されるのか・・・。)という理由。

意識を集中すると、静香の心が映像として目に浮かんできた。

そして目をうたがった。

それは天使だった彼女が想像もしないような、セクシーな映像だった。

ヴィゴはおどろいた。

なぜ、初対面のオレにそんな感情を?

天使だった彼女はまるで尼のような貞操を重んじた。

ヴィゴはよくそれで悶々とし、仕事仲間にからかわれたものだ。

「つきあうなら人間女がいいよ、年はとるけどセックスは最高だ」

その言葉を今思い出した。


「どこのホテルに泊まるの?送っていくから。」

ヴィゴはポケットからプリントを出し、駅前の安いビジネスホテルの予約表を見せた。

「ここに泊まるんだ」

幽霊が出るらしいからあの世との連絡を取るのに使える。天使界、悪魔界につなげるインターネットもつながりやすいってことだ。

幽霊の放つ薄ぼんやりした光はインターネットのつながりをより快速にしてくれる。

「日本で働くのね。あなたなら、バーでもどこでも雇ってもらえるわ。なんだったら知り合いのバー紹介してもいいし、涼子のショップでも・・・」

静香がいろいろ、話しかけてきたが、ヴィゴは適度にグロスが塗られセクシーに濡れている唇に見とれていた。

ヴィゴは我慢が出来ず静香を抱き寄せ、キスをした。静香は抵抗しなかった。

唇の感触はヴィゴの心をかき乱した。

なぜか懐かしいような不思議な感覚がしたのだ。


突然けたたましいベルが鳴り、静香は名残惜しそうにヴィゴから離れ、

「・・・順番がきちゃった」と言った。

(駄目よ、私はお金の為にアイツ以外の男と寝るわけにはいかないのよ。キスだけで我慢するの!!)静香は呪文のように自分にそう言い聞かせていた。


(なんだ、寿司屋の順番か)とヴィゴは安心し、かばんからリサーチ用のデジカメを取り出した。

「この寿司屋の写真、仲間に送ってやらないと。羨ましがるだろうな〜」

席につくと、静香はかいがいしくお茶を汲んでくれたり、割り箸というものを割ってくれたり優しくなった。

ただ、よく食べた。


必死で性欲を抑えようとしているらしい。

人間って正直に生きればいいのに。

8500円。

(何の為に安い寿司屋にしたのよ・・・)静香は悲しげにつぶやく。

「いいの?おごってもらっても?」

ヴィゴは心配そうな顔で財布を覗き込んできた。

「気にしないで」静香の声が震える。


ヴィゴはこっそりホテルのプリントに魔法をかけ、日付をいじった。

こんな簡単な魔法ならヴィゴは使える。

再び車に戻ると、男のホテル目指して発進した。

(何気なく、ホテルの前で降ろしてこのまま走り去ってしまうのよ)

静香は自分に言い聞かせていた。

「・・・ねぇ、君一人暮らしなの?」ヴィゴがつぶやく。

(いいんじゃねえの?・・・この子がオレと寝たがってるんだから・・・。)


「・・・そうよ」

「今日さ・・・泊めてもらっていい?」

「・・・なんで!!・・・ホテル予約してるんじゃないの!!」

ヴィゴはプリントアウトした紙を取り出した。

「日にち間違えたんだ。来年の今日なら泊まれるけど。最悪だろ?」

静香はあわてて紙をひったくった。

確かに来年の今日。

「今から、ホテル探してあげるから」静香はつぶやき路上に車を止め、携帯でいろいろ調べようとした。

しかし、ヴィゴが携帯を取り上げ、首に手を廻しキスをしてくると拒めないようだった。

さきほどの食欲は性欲を満たす代りにはならなかった。

結局静香は男を家に泊め、求められるまま一夜を過ごした。


ヴィゴにとってはじめての人間の女だった。

天使や悪魔の女なら幾人か抱いたが。

天使は貞節を重んじ、悪魔は目もはばかるような大胆なセックスをした。

そしてこの人間の女は恥ずかしがりながらもヴィゴの要求に大胆に答えてくれた。

ヴィゴには新鮮だった。

アビリルを抱いた後のように静香が寝るまで髪をなでていた。

このままずっと一緒にいたい。

ヴィゴは思った。

ここにオレの未来があった。

アビリルを失った日から、ヴィゴの心がざわつくのを感じていた。でもこの子がアビリルを失い、真っ黒に染まりかけていたオレを救ってくれるかもしれない。

この子も同じ気持ちになっただろう。こんなにオレを求めてくれたのだから。


そう期待し再び心を覗くと、そこには・・・別の男がいた。

静香はその男に今回のセックスの事がばれないようおびえている様子だった。

静香は「これっきりだからね」とつぶやき、ヴィゴに背を向けると眠りについた。

ヴィゴは心の底が抜けたような気になり、そうろっと起き上がった。


女の名は静香。それだけは最後にわかった。

机にのっていた本に名前が書いてあったのだ。

ヴィゴはおそろいで買ったストラップの一つをその本の上に乗せ、予約していたホテルを目指し自分と荷物に移動の呪文をかけた。


次の日、静香が目覚めると男は居ず、作ってくれた朝食だけがテーブルに載っていた。

男がいないのが無性にさみしかった。

(今日も泊まって行けば?)

そう言いたいのを必死でこらえ、昨日の夜コトが済んだ後で「これっきりだからね」と冷たくあしらってしまったのだ。

・・・名前さえ聞くのを忘れて。ホント馬鹿だね、私って。

静香はコロンと再びベッドに寝転び、昨日の男の抱き方を最初から思い出しては顔が赤くなるのを感じた。


   

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