第二話
悪魔界に行くことができるなんて思ってもみなかった。
このまがまがしい世界は生まれる前からずっと存在していたのだ。
行き方は簡単だった。まず飢えるカムに行く。ここの裏口に悪魔界に通じる扉があるのだ。タダではもちろんしてもらえない、金を支払うことになった。藤原が悪魔を買うため持っていた2000円を差し出したがかなり足りないらしい。
好きに記入していいよ、とみいこが渡した小切手にバーの女は2億円という数字を記入した。
裏口の扉を開けると、そこは駅になっていた。結婚式につかう白鳥のゴンドラがおいてあった。
「ブチュッ」スイッチが下品な音をたてる。
・・・人間界ともおさらばか。
藤原が感傷に浸っているときにみいこは上機嫌だった。白鳥のゴンドラが彼女の乙女心に火をつけたらしい。
真っ暗な中に進んでいき、次第にありえないほどの高速で動き出した。いつ壁にぶち当たるか藤原は不安で縮こまっていたが、みいこははしゃいでいるし、ドラゴンがゴンドラ内でもぞもぞ動き、グラグラ揺れた。
・・・もしここで落ちたらどこに行くんだろう・・・。
そんなことを考えているうちじょじょに明るくなってきた。
と、同時に線路が途中で切れている事に気づく。
やばい!
「つかまれ!!線路がなくなってる!」
声を限りにさけび、藤原達はゴンドラにつかまった。
線路が途切れ藤原達は悪魔界に放り出された。
藤原達はとうとう悪魔界に来てしまった。
・・・息が詰まる。空気の質が違うのだろう。
よどみ、そして重たかった。
陽射しだけが妙にまぶしかった。
地面はひび割れ、人間世界の植物らしいものはまったく見当たらない。藤原達は他の悪魔達に見つからないよう隠れ家を探す事にした。
しかし周りは悪魔食い植物、そしてやけに大きな虫ばかり。
大きなアルマジロと思ったら団子虫だし、ボディーボードくらいの大きさのゴキブリが這いずり回っている。
たぶんゴンドラにまぎれて人間界からやってきたのだろう。みいこは大きな虫に失神しそうになっていた。
やっと見つけた洞窟の中で這い回っている虫を追い出し一息つけるように工夫した。
あいかわらずみいこは手伝いもせずぎゃーぎゃーと虫から逃げ回っている。
藤原はもうあきれて、みいこの体を這っているゲジゲジを取ってやらなかった。
そして横になりこれからの事、そして今までの事を思い返した。
気になるのは以前の世界の記憶がなくなりかけていることだった。
この空気のせいだろう。この重苦しい頭をぼんやりさせる空気が吸いたくなくて何度息を止めただろう。
しかし本当に忘れたい事は鮮明に覚えている。そのことさえ忘れればみいこにもう少し親切にできるのだけど。
・・・それは悪魔売りを生業にしてるおっさんに会いに行った時の事だった。
雑居ビルのB1F。
初めに来たときは気づかなかったが、ここは飢えるカムで宣伝ポスターが貼ってあったストリップ劇場。
皮膚一枚、丸々脱がしてしまう人間解体ショーの舞台だったのだ。
どうりで舞台から変なにおいがすると思った。
店に入るとおっさんは出て行けと怒鳴りつけた。
「お願いです。悪魔を売るのはもうやめてください」
おっさんは笑った。
きたない歯茎をむきだして。
「お前さんは悪魔を売るなと言うが、悪魔そのものはそんなに悪い奴らじゃない。
あいつらはそれぞれ楽しんで生きているだけや。
自分の手を汚さず、悪魔に殺させる。悪いのは人間やないか。
悪魔が売れるのは不思議と今の日本のような平和な国なんや。戦争がおきると、逆に売れなくなる」
おっさんが言うには生死を間近に見る機会がなくなったので人の良心が狂うらしい。
人を食わせてもなんとも思わないそういう奴らが増えるっていうことだ。
いわゆる刺激不足ってやつ。心の天秤が狂うのだろう。
中でも親食いがめっきり増えてきて始末に困っているらしい。
みいこがやけに真剣に聞いてたのが、印象に残った。
藤原がふぅっと舞台に何気なく腰をかけると
「どうだい?今日の舞台で脱いでみるかい?どうせ死ぬなら派手に死ななくっちゃ!」
おっさんは股間をかきながら真剣な顔で藤原に話した。
藤原は猛烈に首をふり、みいこが大笑いしてるのを睨みつけた。
おっさんは、笑ってるみいこをじっと見つめ、
「おんやぁ?このガキには見覚えがある。母親と来てたろう。
売約済みのドラゴンを金をつんでつんで、譲ってもらったんだったな!!
しかしまだ、1週間にもならないのに、なんだ、このドラゴンの大きさは・・・。
お前まさか親を・・・」
「ドラちゃん、コイツ食っちゃって!」
そしてドラゴンはおっさんに飛びつき、藤原はドラゴンの口から突き出してるおっさんの足を引っ張った。
しかしそんな事で助けられる事もなく、ドラゴンは舌なめずりをしていた。
藤原ははじめてみいこの頬を叩いた。
いろいろおしえてくれたおっさんに申し訳なかった。
みいこはグスングスン泣いていたが、かわいそうだとは思わなかった。
悪魔界に来たあとも、みいこは藤原のビンタが効いているのかめっきり口数が少なくなった。
少しは後悔してるんだろうと思って安心していた。
藤原たちはみいこの持ってきた食料を食べつくしてしまった。
このままだと飢え死してしまう。
「ドラゴン、俺たちが食べれるようなものはないか?」
「街に行けばあると思うよ。人間を飼ってる奴らがいるもの」
街?人間飼い??
「・・・それは?」
「人間が悪魔を買うように悪魔も人間を買えるんだよ。あと、合体させるのに人間を使ったりするね」
これ以上、聞きたくなかったが、食料をゲットするために良い方法を思いついた。
「ドラゴン、俺たちを飼ってるふりをしてくれないか?そして街に行き食料を買ってくる。
こっちの貨幣価値がわからないけど・・・」
「それなら大丈夫だよ。人間の血で支払えばいい。少し指を切って2、3滴でいい値段になるよ」
血がお金になるのか・・・。
とにかく、街に行って見よう。ドラゴンの背に乗り、藤原達は街に向かうことにした。
南の方角に巨大なイルミネーションが浮かんで見える。
そこに街が広がっているらしい。
前方にボワンと街の景色が見えてきた。
街は胸の悪くなるようなけばけばしいイルミネーションで満たされていた。
看板が何十にも重なり、香港の景色のようだった。
しかしその10倍ものケバケバしさである。
街全体が毒々しい毛虫を連想させた。
道は悪魔にあふれ、どっちを向いても悪夢のようだった。
ロキの2倍はあろうかと思われるベルセルクが巨大な馬に乗り闊歩していた。
大ムカデが這い回っている。
時々大ムカデに轢かれ、死ぬドン臭い悪魔もいた。
露店もいろいろあり、例の天使もどきのきていた衣装も売っていた。
天使グッズはいろいろあり、あきらかに流行っているようだった。
ロキくらいの大男が天使の羽をつけ、チュチュを着てるところはコントを見ている気分だ。
悪魔たちは藤原とみいこを興味深々にみていたが、藤原たちを乗せてるドラゴンを見て、手出ししないようだった。
そうだ。明らかにドラゴンは大きくなっていた。
この調子ででかくなればロキに勝つこともありえないことはない・・・。
藤原は一種の希望をいだいていた。
もし、このままドラゴンと仲良くなり、そしてロキに勝つことができれば俺は助かる・・。
ドラゴンは「ここだぁ」とスーパーのようなところに入っていった。
郊外の大型スーパーの天井を3倍高く、広さを5倍足したくらいだ。
品揃えも人間のスーパーと変わらない。
なにより目をひいたのは人間が悪魔に連れられ、買い物に来ているところだった。
人間は悪魔に気に入られ飼われるくらいだから、非常に容姿が整っていた。
人間が犬に洋服を着せるように、かなりきわどい衣装を着せられている。
藤原は鼻血が出そうになった。
みいこが明らかに対抗意識を燃やし自分もあんなの着てみたいと言い出した。
・・・やめてくれ・・・。
ドラゴンは尻尾を振りながら売り場を練り歩き、藤原たちは欲しいものを次々かごにいれた。
値札には「血1CC」とか、「血0.5CC」とか書かれている。
財布の心配なく買い物するのは楽しかった。
かご10個を山積みにし、レジに向かった。
レジでは「マッド看護婦」といういでたちの女が採血している。髪は焼け焦げて垂れ下がり、皮膚が腐敗しかけている。あまり気持ち悪がるとかわいそうだと、藤原は笑顔で腕をさしだした。
看護婦はニンマリと笑い、きったない指で藤原の血管を探っている。
藤原はほんの少し採血しただけで済んだ。
みいこはかなりふらふらになっていた。巷で噂の天使グッズやきわどい衣装なんか買うからだ。
しかしみいこはかなりご機嫌だった。
手には「知らなきゃ死んじゃう悪魔の掟」という雑誌を持っている。
藤原が雑誌を見ようとするとみいこはさっと隠した。
・・・あやしい・・・。藤原が追求しても何も話そうとしなかった。
買い物を無事終え、出口に向かおうとしたとき、藤原はあっと叫んだ。
・・・可奈子だ。
あのショートがよく似合う大きな瞳。
きれいな形の唇・・・。しかもきわどい衣装を着せられている。
藤原はあやうく再鼻血になるところで、心の声が警告した。
・・・山下が?もしかしてロキがいるのか!
ドラゴンの上で雑誌を食い入るように見ているみいこをせかし、物陰に隠れた。あれは間違いなくロキだ。
街なんかくるんじゃなかった・・・。
「みいこ!お前がもたもたくっだらない衣装に手間取ってるからこんな事に!
とにかくお前ら先に外で待っててくれ。
目立ってしょうがない」
みいこはムッとした顔で「わかった」といい
「ドラちゃん行こう」と言った。藤原は目が離せなかった。
ロキが可奈子を飼っている?
山下がいるにちがいない。
突然、スーパーの入り口が騒がしくなった。
みいこが警備トロールと一緒に店に戻ってきたのだ。
・・・あのバカ。目立ってどうする・・・。
みいこは藤原のほうを指でさした。
「あの男が万引きしたんですぅ。私みたんですぅ」
・・・えっ?
その言葉はスーパー中の悪魔を注目させる効果はあった。
藤原はトロールの足をすりぬけ、この場を逃げる決意をした。
(ロキに見つかるじゃないか!)
しかし、最後のトロールの足を潜り抜けようとしたとき見てしまった。
みいこの勝ち誇った目を・・・。
藤原は頭が混乱し、店の外に飛び出した。
ドラゴンの姿は見当たらず、藤原は見知らぬ街を無我夢中で逃げ始めた。
いろんな悪魔にぶつかりながら、藤原は隠れるところを見つけた。
けたたましいサイレンが鳴り街全体が騒然となった。
街中のベルセルクに呼び出しがかかったみたいだった。4,5人はいるだろうか。
路上の悪魔が逃げ惑い、そして馬に踏み潰された。
ベルセルクは巨大な刀を振り回し邪魔な悪魔を投げ飛ばしていた。
(やばい・・・。俺ってそんな悪いことした?)
そして、右、左と逃げるうち裏道を見つけ飛び込んだ。
にぎやかな表通りからうってかわって静かな裏通りに一息ついた。
(みいこ、何考えてるんだ?俺が見つかったら大変なことになるのに・・・。
・・・あの勝ち誇った目。思い出してもぞっとする。)
藤原は悲しくなった。みいこに裏切られたんだ。
藤原はふらふらと裏通りを歩き始めた。
そして後ろをついて来てる悪魔たちの影にまったく気づかなかった。
むんずと腕をつかまれ、藤原は驚いた。
ロキか?とあせったが、そうではない。
屍鬼がまわりを取り囲んでいたのだ。
藤原は暴れ、何人かは確実にノックアウトしたが、追い払われる様子もない。
彼らは意思とは関係なく動いてるみたいだった。
抵抗むなしく、藤原はそいつらに担がれ、暗い店の地下に連れて行かれた。
真っ暗な店の店内にポワンとしたろうそくの明かりのもと、何か帳面に書き込んでるおっさんの姿が見えた。
この雰囲気、どこかで感じたことがある・・。
藤原はぞっとした。ストリップ劇場・・・。
・・・脱がされる・・・。
おっさんが顔を上げた。
人間界で見たおっさん以上に醜い、残酷そうな表情をうかべていた。
「これはまた、汚い獲物だな。前座にもなるまい」
藤原は少々ムッとした。
「なら、逃がしてください。俺も脱ぎたくなんかない!」
しかしおっさんは聞こえないふりをした。
「とりあえず、前前座に脱がして、屍鬼たちに食わせるかな」
藤原はイヤだイヤだと喚いたが、聞き入れられず、汚いシャワー室に突っ込まれた。
たくさんの屍手に服を脱がされ、パンツまで脱がされる。
そしてホースで水をかけられ尻の穴まで洗われた。
俺はストリップされるのだ。そして内臓をこの屍鬼達に食わせるのか!
チャン、チャカチャンカ・・・
日本風の音楽がかかる。
藤原は舞台に押し出され、スポットライトをあびる。舞台には手術道具が用意されていた。
チャン、チャカチャンカ・・・
音楽に合わせ、おっさんは藤原を鎖で縛り始めた。
これだけは断言できる。
客の誰一人として舞台を見ていないことを。
皆、ブッサイクな屍女のポールダンスに夢中になってるのだ。
生皮ストリップで脱がされるのはもちろんイヤだがこうなったら皆に楽しんで欲しい・・。
・・・無視しないで・・・。
藤原が最後、くだらない願いをして覚悟を決めた。
ああ、脱がされる・・・。目を閉じた。
なるべくお手柔らかに・・・。
藤原は腹に牙を感じた。
・・・牙?・・・よだれ?
あれ?・・・皮はぐんじゃないのか?
藤原がそう思った瞬間、ふわりと体が浮いた。
酒場の連中は「これはおもしれぇ!ケルベロスに食わせろ!」
とはやしたて始めた。藤原は注目の的になった。
屍女は注目されなくなり、口をあんぐりさせると、あごが落ちた。
・・・ケルベロス?ロキの知り合いのあの大男??
「コイツはわしが飼っていたものだ。返してもらうぞ」
SMおっさんはあせり始めた。
「へぇ、旦那・・・最初から殺すつもりはなかったんですよぅ」
ケルベロスにくわえられ、藤原はそのまま外に出た。
なんかしらんが、藤原は自由の身になれた。
ロキの知り合いに助けられた。
「こんなやばい所うろうろするな!正気じゃないぞ。生皮をはがれるところだったんだぞ!」
藤原はしょんぼりした。
ケルベロスは藤原をまだ放してくれず、藤原はよだれまみれになった。
「おい、太郎、お前に食わせるつもりじゃないんだ!」
と大男に注意され、太郎?はおとなしく藤原を地面に立たせた。
気づくと藤原は裸だった。
あやてふためく藤原に大男はおおきなジャンバーを貸してくれた。
うう、重い。圧死しそうだ・・・。
藤原がもぞもぞしてると大男は藤原をひょいと肩に担いだ。
「あまり騒ぐんじゃないぞ」
「どこに行くんですか?」
「コロニーだ。お前らみたいな人間どもが集まってるところだ」
・・・ぇえ?
「なぜ?あなたは悪魔じゃないんですか?」
「わしはこうみえても人間だ」
大男は答えた。何をいまさら、という口調だ。
おかしい、大きすぎる。
2メートル、いやそれ以上。
筋肉もものすごく人間には見えなかった。
「あの、りっぱにご成長なさって・・・。あの・・・。ちょっと信じられないん・・・」
「だまって前隠してろ!」
とどなられ、藤原はおとなしく従った。
人間コロニーはきったないマンホールの下にあった。
大男が、地下道に入り、辺りはくさい匂いが漂っていた。
「我慢しろ、ただの悪魔の死体の腐った匂いだ」
藤原は大男の肩の上からゲロッてしまった。後ろをついて来ていた太郎が怒って抗議のうなり声を出す。
「太郎!だまってろ!」
ずいぶん歩いただろうか。
藤原は今までの疲れでうとうとしかけた時
「着いたぞ」と降ろされた。
目の前に大きな扉がある。
大きな扉がゆっくり開けられ
中は蛍光灯のあかりで照らされていた。
「おかえり、太郎、おかえり、ロバート」
とてもきれいな女性が藤原たちを出迎えてくれた。
(・・・しまった。俺股間丸出しだ・・・。)
藤原はつくづく情けなかった。
「いらっしゃい、ひどいかっこうね」
女の人はクスクス笑いながら藤原に服を貸してくれた。
「藤原です」
「私はサラ。よろしく。
あら、太郎、ひどく臭いわね。
どんな腐った死体を食べてきたのかしら?」
さすがに藤原は自分のゲロのにおいとは言えなかった。
藤原は入れてもらったコーヒーをすすりながら、辺りを見回した。
室内は暗めの蛍光灯がちかちか点滅しながらもかろうじてついていた。
汚いカラオケ店という感じでいくつか部屋があった。壁にはポスターが貼られている。
「魔王の改造人間撲滅キャンペーン強化期間に向けて」の案内。
「いかに痛みのわかる人間を演じるか?」
「ここは悪魔に飼われてた人間達が逃げのびて作ったコロニーなの。もっと地下に大きな集会場があって、そうねぇ全部で200人くらいいるかしら」
200人も!
サラは藤原に焼きたてのパンを持ってきてくれた。
「一度、集会にでてみるといいわ。同じ位の年齢の子達もいるから。こっちの世界で生まれた子たちよ」
人間界を知らない人間・・・。
藤原はかわいそうだと思った。
横には骨付き肉をもらった太郎がばきばき音を立てながら食ってる。
・・・結局俺はコイツに助けられたんだなぁ。
藤原は頭を撫でてやろうとしてウゥーと牙をむかれた。
どうやら、ゲロのこと根にもってるらしい。
パンとコーヒーを頂き、久しぶりに藤原はゆったりとした気分になった、
そういえばロバートって言ってたな・・・似合わねぇ。
めっちゃ日本人顔じゃねえか。藤原は不思議に思った。
「お前、飢えるカムでロキといたガキだろう?」
「そうです、ロキに誘われて・・・。でも今はロキから逃げてます。
実はその時ロキとドラゴンに食らうメイトされてたのですが、逃がしてもらったのです」
「ふ〜ん、ロキがねぇ」
ロバートはそう言い、ウイスキーをぐっと飲んだ。
太郎が食事を終え、ロバートに甘えていた。
鼻をロバートにこすりつけ、頭を掻いて下さいとお願いしてるようだ。
コイツはホントにロバートになついてるんだなぁ。
藤原がうらやましそうに見ていると、サラが話しかけてきた。
「太郎は特別よ。ロバートが罪深い人間ばかり食べさせたから、忠実なこと犬のごとく」
太郎はおりこうなんですね、と言っておいた。
太郎がうれしそうにしっぽを賢明に振り、藤原は必死によけた。太郎のしっぽは3匹の毒蛇でできていたからだ。
「ロバートは人間界では死刑執行人だったの。その時代は死刑はいわゆる見せしめだったから、とんでもなく残酷な方法を強いられてたわ。車裂きの刑、火あぶり、碾き臼の刑そして茹でるやつ・・・誰だったっけ?」
「五右衛門だ。あれはつらかった・・・」ロバートがひきとった。
・・・藤原はロバートが明らかに日本人であるということを確信した。
「とにかくロバートは罪人が苦しまないで死ねる方法、そして皆が見世物として楽しめる方法を探したの。それが悪魔飼い。
悪魔に頭から飲み込まれるのは確かにいい見世物よ。
そして、一気に死ねる罪人にとっても。
ロバートはこうして太郎を飼う事にしたの。
罪深い人間ばかり食べさせると忠実に育つの。
太郎は悪魔界に戻る命が出たとき、ロバートと離れることを嫌がったの。ロバートも汚い人間界にはうんざりだったわ。
2人で悪魔界に暮らすことにしたのよ」
・・・なんていい話なんだろう。ロキと山下、みいことドラゴンでは話にならない。
藤原は目頭が熱くなった。
しばらくしてサラとロバートは夜の太郎の散歩に出て行った。
藤原は手持ち無沙汰になり、ちらかった机の上を探ってみた。
その時見覚えのある雑誌がドサリッと地面に落ちた。
「知らなきゃ死んじゃう悪魔の掟」と書かれてある。
みいこのにやにやした理由はすぐわかった。
ロキとドラゴンが向かい合ってる絵が載っていた。ご丁寧にフォークとナイフまで持っている。真ん中の皿の上になんと俺、藤原が乗せられていた。
(・・・しかもなんで楳図かずおタッチの絵なんだ?)
その記事の上に喰らうメイトの記事がでかでかと載っていた。
(色男ロキ、まさかの裁判でカムバック。)
付録に街角ランキングが載っていた。
「悪魔が選ぶ、これで飼い主が嫌いになりました。ベスト100」
の3位に目が釘付けになった。
親食いについてだった。
親食いは著しく成長を促すらしいが悪魔の階級が下がるらしい。
悪魔界にもどったら、階級が下がり、髪がミミズになってました・・・。
メデゥーサが涙ながらに告白と書いてあった。
そのとき、みいこの家のリビングでキッチンが料理中のままほったらかしてあったことを藤原は思い出した。
あの時、心になにかが浮かんだ。
あの時も悪魔売りのおっさんがドラゴンを見て驚いていた。
「お前、まさか親を・・・」と。
藤原は確信した。まちがいない。両親を食わせたんだ。
藤原は完全にノックアウト状態だった。
どれくらいそうしてたろう・・・。
とんとん、と肩を叩かれた。
とんとん、どんどん!
ど〜ん!
藤原はイスから突き落とされた。
??なんで??
見上げるとそこには背の低い男が腰に手をあて、仁王立ちしていた。
「なんだ?おみゃーは!」
・・・なぜ名古屋・・・。
「・・・えっと、ロバートに連れてこられて僕人間なんです」
背の低い男は邪魔邪魔と藤原を押しのけた。
座布団とおもって藤原がお尻に敷いていた布をパッと広げ、(手術着だった・・・)
男はさっとはおった。
「汚い尻に敷くな!バッチィぞ!そうだ。お前手伝え」
藤原は強引に男に手を引かれていった。
「これからどくたーと呼べどくたーと!」
「・・・はい、どくたー・・・」
藤原は壁に隠してある扉に押し込まれ、汚い階段を後ろから小突かれながら降りていった。
どのくらい降りただろう。
汚い白タイルで埋め尽くされた部屋に押し込まれた。
タイルはところどころひび割れお世辞にもキレイですねとは言えない。
しかもこの部屋が手術室だった。
「これを着やがれ」
汚い手術着を着せられた。
どんな患者か知らないが気の毒だ・・・。
ベッドにはすでに人が寝ている。
・・・女!・・・・・・しかも裸??
藤原は手術前に手術着を鼻血で染めてしまった。
「これから彼女を悪魔界に適した体に作り上げる」
・・・悪魔界順応のための手術・・・改造人間か。
でもこの人はなんだかかわいそう・・・。
とても繊細な体をしてるのに。なんのために?
どくたーは体を切り刻みはじめ、藤原はたまらなくなり外に吐きに行った。
・・・今日吐くの2回目だ・・・。
藤原が手術室の前でへばってるとサラが手術着をきて近づいてきた。
「ひどい目にあったわね。どくたーは目の前に人がいると誰彼なしに手伝えというの。
私が交代するわ」藤原はお言葉に甘えることにした。
そしておそろしい考えが頭をかすめた。
・・・俺も手術することになるのか?・・・
手術は無事終わり、どくたーとサラは疲れきって出てきた。
「おい、お前、今日からお前がこの子の面倒をみろっ」
唐突に指名され、藤原はどぎまぎした。
しかし、サラは「それがいいわ。あなたもなにか仕事がないとね」と賛成した。
藤原は覚悟をきめ、部屋に入った。部屋はまだ、血の臭いがこびりついていて、女の子は眠っていた。
・・・ホントにかわいいな・・・
藤原は女の子が息をしてるか確かめ、ベッドのかたわらに座った。
女の子の荷物を見てみるとどうやら中学生のようだった。
汚いロッカーには制服がかかっていた。
(どうしてまた、悪魔界なんかに・・・)
藤原は女の子のベッドに肘をつきいろいろ今日の事を思い返していた。
相当疲れていたのか、そのままうとうと眠ってしまったらしい。
髪をサワサワと撫でてくれてる感触が心地よく、藤原は目が覚めた。
女の子はさっき目が覚めたらしい。そして藤原の頭を撫でてくれてたのだ。
「・・・痛むところは?」
「大丈夫・・・」
「なんだか訳はしらないけど、こんなことまでしちゃって・・・」
そして女の子に服を着せるため起き上がるのを手伝った。
女の子に触るのは初めてだが、たぶんこんなに冷たくなくそしてかたくないだろう。
藤原は見てはいけないと思いながらも女の子の体を見てしまった。
・・・ロボット?
キレイな体に機械が埋め込まれている。
藤原はどくたーに怒りを感じた。
いくら本人が希望したからって、なんでもしていいわけじゃないだろう。
ここまでしないと、この世界には生き残れないのか?
藤原はとりあえずどくたーを呼ぶように渡された笛をならした。
「ふぇ〜」
少したって、どくたーとサラが入ってきた。
藤原はあとをどくたー達にまかせ、複雑な気持ちで部屋を出て行った。
集会所ではパラパラと何人か集まっている。
コイツらみんな、改造されてるのだろうか?
「マヌケな面してるな」一番大きな男が話しかけてきた。
筋肉をみせたいのかタンクトップにぬめぬめと光る皮のズボンを穿いていた。
藤原がムッとしていると、かわいい女の子がうれしそうに藤原に近寄ってきた。
「太郎元気にしてた?」
「・・・うん、ストリップされるところをたすけてもらったよ」
「すご〜い、冒険したんだね!」
藤原はその悪意のない褒め言葉にまんざらでもなかった。
「そうだよ、人間界から来たんだからね」
皆も急に態度を変え、藤原の冒険話を聞きたがった。
「悪魔界では山姥がいるが、人間界でもいるのは本当か」
「妖怪マタギキという自分で聞いてもないのに自慢げに話す妖怪がいるのは本当か」
とかいろいろ質問を受けた。
藤原は質問に答え、集会所のアイドルとなった。やんややんやと歓迎され、しまいに補習の先生に棒で小突かれた。
皆はあわてて席につき、藤原はそそくさとロバートの部屋まで戻ることにした。
迷いながらほうほうのていでたどりつくと、、ロバートがなにやら電話している声が耳に入った。
「・・・プリュキトスがロキの・・・」
藤原が部屋に入ると、ロバートがあわてて電話を切った。
「プリュキトスってなんですか?人間界の時も耳にしました」
ロバートはこっちの話だ、と話してくれなかった。
「ここで生き延びたいなら、いらない事に首を突っ込まない事だ。
それより強くなる方法を探しておけ。自分の体は自分で守る事だ。
もうストリップはこりごりだろう?」
いやな思い出がよみがえり、藤原は話題を変えるため、悪魔界の話を聞くことにした。
「ベルセルクを見かけたけれど、あいつらはなんですか?ボクが万引きしたといって追いかけてきたのもアイツラです。万引きごときであいつらは動くんですか?」
ロバートは日本酒を飲みながら話し始めた。
「ベルセルクはたぶんスーパーにいたロキを見つけたんだ。わしもあの時スーパーで晩飯を買っていたから一部始終はみている。
魔王はロキがキライだ、元神様だからな、ロキは。扱いづらい」
「魔王がロキの事キライでもなんでもかまわない。・・・可奈子が・・・ボクの友達がロキに悪魔界なんかに連れて来られて・・・。
可奈子を取り戻さないと。方法はないんですか?」
そのとき、サラが「彼女がお呼びよ」と言いにきた。手術部屋からロバートの家に移されたらしい。
薄暗い部屋の中に制服姿の女の子が座っている。
髪が長く、本当に華奢だった。
可奈子の活発な雰囲気とはまるで違う。
・・・ホント、もったいないなぁ。
女の子は泣きながらも話し始めた。
「・・・もう人間界はこりごりなの。家族はいないし。施設の先生たちも信じられない。だから悪魔界に逃げてきた。でも人間のままだったら悪魔達に狙われる、危ないからって改造を勧められたの。そうだ!あなたロキに会ったんでしょ?聞いたわ、サラさんに。私、ロキに会いにきたの。悪魔界に来れば、何か情報があるかもって。」
「・・・ロキに会いにきた?」
「・・・小学生のころ、母が彼に食べられた。
ロキは口から真っ赤な血を流し私を見たわ。
キレイな銀髪も血で汚れていた。
私は自分の部屋まで逃げたの。
ロキは階段を駆け上がり、私の部屋に飛び込んできた。
おびえる私を一度は手にかけ、殺そうとした。
でも目が合ってしまったの。彼の目はとても悲しそうだった。
逃げろって言ってくれた・・・。窓から私を逃がしてくれたの。アイツにはお前も食ったことにしておく。アイツの前に二度と顔を見せるなって」
女の子は咳き込んだ。
「・・・こんなに話しちゃ体に悪いよ。もう少し寝てなさい」
藤原は女の子を寝かせた。
「・・・ありがとう、こんなにやさしくされてうれしい。人間界であなたに会えてたら、私こんなとこに来なくてすんだかも・・・。
・・・私、美紀って言うの、よろしくネ」
「ぼっぼくは藤原。」
藤原は真っ赤になりあわてて部屋を飛び出した。
「彼女の世話、宜しくね。散歩にもつれだしてあげて。
太郎を見張りにつけるから心配ないわ。太郎、宜しくね」
藤原が浮かれてるのを見て、サラはやさしくほほえみ、太郎は大げさにため息をついた。
こうして幾日か過ぎた。
藤原と美紀はここが悪魔界ということも忘れ楽しくすごした。太郎と一緒なら街も自由に歩ける。
藤原は可奈子の姿を探しながら毎日街を散策いた。
スーパーマルトミには流行のCDも売っているし、DVDもある。
ただし全て悪魔に都合いいようにリメイクされているけど。
人間世界の物がいろいろ売っていて驚くほどだった。
どこで仕入れてくるんだろう?
そう不思議に思っていると大きな荷物を抱えたおっさんが店員と交渉しはじめた。
「これは人間界で大流行の収納タンスだ。だいたい一家に一台は置いている。」
と、得意げに荷物をほどくとなんと仏壇が入っていた。
「ふんふん、干しクビを入れておくにはいい大きさかもしれませんね」
店員はまじめになって扉を開いたりしている。
「ヴィゴ商店おしゃれアイテムコーナー」では十字架のペンダントが売り出し中だった。
あの天使アイテムはもう時代遅れなのか、ワゴンの中に山と積まれていた。
注意書きとして、心臓の弱い方は使用をお控えください。
長時間のご使用は除霊されてしまう危険があります。除霊治験例 13%
・・・めちゃ確立高いやん!
でもお守りに美紀と一個ずつ買うことにした。
かっこよく「俺が払うよっ」
藤原は手を突き出し言った。
サラに頼まれた買い物も終え、藤原たちは戻ることにした。コロニーの前まで来ると変にきな臭いにおいがした。
・・・いやな予感。
あわててコロニーに飛び込むとサラとロバートが暗い顔をしていた。
コロニーの一つがベルセルクに襲われてしまったのだ。
蟻の巣のように複雑に入り組んでるので、そうそう全滅する事もないそうだが、楽観視はできない。
「魔王の改造人間撲滅キャンペーンがはじまったわ。とにかく、今夜コロニーで会合があるから二人にして悪いけどあなた達は先に休んで。心配いらないわ。いつものことよ」
ロバート達は地下に続く階段を下りていった。
藤原達は毛布に小さく包まり、明かりを消した。
怖さを紛らわすため美紀と太郎と3人で今日買ってきたDVDを見ることにした。
超B級映画で、主人公がバンパイヤハンター、しかも本人もバンパイヤという、いろいろいそがしい映画だった。
この映画は悪魔界で今ブームだそうだ。
映画が始まると、太郎は端で見ていてもわかるくらい映画にのめりこんでいた。
主人公がピンチに陥るとウゥーとうなり、乗り切るとしっぽを振った。
太郎ってけっこう乗りやすい性格なんだなぁと映画より太郎を見ていて楽しんでいたときだ。
!!ドカーン!!
とものすごい音がし、ロバートたちが出て行った扉が爆風で飛ばされた。
一体何事??
太郎が猛ダッシュで階段を駆け下りてく。
藤原と美紀もおそるおそる後からついていった。
集会所はもう火に包まれている。襲われたコロニーから、どうやらかぎつけられたらしい。
逃げ惑う人々、そして巨大なベルセルクが剣を振り回している。真っ二つに切られるが、改造されているので血がでない。
そして、半身にされても、踏み潰されてもまだ死ねず這い回っている。
太郎が火の中から現れ、ロバートとサラを背中に乗せていた。藤原たちは無我夢中で階段を駆け上がり、コロニーを抜け、地上に出た。ガラクタの影に隠れ、様子を見守る。
集会所で話しかけてきたタンクトップ男が瀕死の状態で歩いてきて、力尽きた。
・・・コイツ血がでてる。手術してなかったのか・・・。
どこをどう逃げたのか覚えていない。
ロバートが藤原と美紀を太郎にのせ、逃がしてくれた。
「早く逃げろ!!」
街では突然の地下爆発に皆が逃げ惑っている。
ベルセルクが剣を振り回し、逃げ惑う悪魔、人間を叩き潰していた。モグラたたきの要領で。
太郎は藤原たちを乗せ、ズンズン街へにげていった。
巨大なカジノ、遊園地、人間買いショッピングセンター、ストリップ劇場。
毒々しいイルミネーションの塊にたくさんの悪魔が集う中をヒョィヒョィとすり抜けていく。
何人かのベルセルクが先回りし太郎を迎えようとした。
太郎はズンズン走り、ベルセルクの間をすり抜け、街を走りぬけ、みいこと藤原が最初にいた砂漠の方へ走っていった。
砂漠では巨大なあり地獄が(エサエサエサエサ・・・・)とつぶやきながら穴で待ち構えている。太郎はヒョイヒョイと避けていく。
どこに向かってるのかわからない。
ただ、朝が来て、また夜になった。
藤原達は太郎の背中にまたがったまま眠った。
砂漠一面だった景色に徐々にゴミが混じり始めた。
そしてどんどん増えていく。
スクラップの墓場と言ったところだ。
何千体という改造人間の墓場だ。時々うめき声が聞こえる。知能だけがまだ生き続け体と離れ離れになり嘆いている人の声だった。
死ぬ事も叶わず、生き続ける意味もない。
数千年、数億年先もこうしてここで呻いているのだろうか? 太郎はそのスクラップの山を飛び越え奥に入っていった。
そしてぽっかりあいた大きな穴に飛び込んだ。




