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第十六話

静香はヴィゴと初めて出会った空港へ急いだ。

ヴィゴから、アビリルの記憶すらなくなってる今、静香を見ても気にも留めないだろう。

いつ、記憶戻しの魔法をかけるかだ。

静香はルーから教えてもらった魔法を心のなかでくり返した。

たくさんの人ごみに紛れ、ヴィゴがぼんやり歩いてきた。


・・・ヴィゴ。

静香は駆け寄って抱きしめたいのをこらえた。

「・・・ヴィゴ先生ですよね?」静香がつぶやく。

通り過ぎようとするヴィゴをあわてて引き止めた。

「迎えにきたんです、えっと・・・大学から」

あやしくないように身振り手振りも加え、必死で説明する


「・・・迎えに?オレを?」ヴィゴはキョトンとした顔をした。

「へぇ〜。」


ヴィゴは巨大なかばんの一つを笑顔で静香に渡し、静香はよろめいた。

「にっほんはすごいな〜!」ヴィゴは大きく伸びをした。

空港で早くも土産物屋を見つけ、静香をせかした。

「だっせぇ。ハワイアンじゃん。」とハワイキティを指差した。

「・・・しかもネコじゃん」

静香はふきだした。初Hの相手を思い出したのだ。

「そうね。ネコはカンベンね」といい、ヴィゴは「・・・・アンタ、話わかるなぁ〜」と感心して言った。


静香達がかつてパソコンを覗き込んだテーブルにヴィゴはカセットウォークマンを残念そうに放り出した。

「コレ壊れてるかもしれない。さっきからキュルキュル言ってるんだ。にっほんなら直せるかな?なんたってにっほんだからな!」

ヴィゴは静香に微笑んで見せた。

「う・・・ん。直せるかもしれないケド。」

「連れて行って。」


ヴィゴは家電専門店で例のごとくはしゃぎまくり、静香はウォークマンの事で店員にあきれられていた。

「とにかくもう、古いんですよ。」

「古いの?イケテないってこと?マズイな」ヴィゴは眉をしかめた。

「オレはバイヤーなんだ。イケテなきゃ勤まらないんだよ。」

店員はIPODをすすめ、ヴィゴは大興奮していた。

「ねえ、君なら何色がいい?」

「・・・私、ピンクのなら持ってる。」

「おおっ。君、イケテるじゃん。

オレはブルーにしよう。」

車の中でさっそく試したがるヴィゴに静香はかいつまんで説明してやった。


「ありがとう。ところで君、名前は?」

「・・・静香っていうの。」

「静香か。キレイな名前だな。

オレ、ヴィゴって言うんだ。って知ってたんだっけ?なんで?」


あわてた静香が色々モゾモゾ言っているのを気にせずヴィゴはうれしげに音楽を聞き始めた。

静香は記憶を戻すチャンスなのにためらった。

思い出したくないこともあるだろうし。

・・・もう少しあとで。

ただ、自分の事を忘れられてるのはとてもつらかった。


急に元気がなくなった静香を見てヴィゴが心配そうに覗き込んだ。

「大丈夫?オレのセイで今日台無しだね。せっかくの休みなのにさ。

デートの約束とかあっただろ?」


「そんなのないよ。今日はとても楽しいよ。

ちょっと悩み事があるだけ。」静香はやさしく微笑んだ。


「マジで?」ヴィゴはご機嫌になった。


「じゃあさじゃあさ。くるりくるり寿司っていうの知ってる?

オレさ。にっほんに来てさ〜。一番楽しみにしてたんだ。」


静香は回転寿司にヴィゴを連れて行き、(前と同じルートね)と内心笑った。

(行動パターンが変わらないのよ)

「悩み事があるんだろ?オレでよかったら聞くって言いたいんだけどさ・・・。

オレも悩んでるんだよな〜。」

「ヴィゴも悩み事?」

「ああ、でもさ、思い出せないんだよな〜」


そういいながらタコの寿司をとり、「おお、デビルフィッシュ!」と叫んだ。

「静香もさぁ。あんまし悩まないでいいんじゃないか?そりゃさ。男につきあえって言われてるんだったらさ、相談に乗るけどさ。」

「なんて言ってくれるの?」静香は笑いながら言った。

「断れって言うよ。」

「なんで?」

「・・・おお、デイビィジョーンズ!」少し赤くなりながらヴィゴは叫んだ。


食べ終え、オカ マホリンホテルの前でヴィゴは降りた。

「今日はありがとう。大学でまた会えるよな?」

「そうね。私の友達も紹介するわ。とてもキレイな子で驚くわよ」

静香は涼子の事を思って言った。


「にっほんに来てよかったよ。

にっほんにはマルクスやセドリックもいるし安心して暮らせるって勧められたんだ。

オレ、なんだかここ数年の記憶がごっそり抜けちゃっててさ。」

ヴィゴは荷物を降ろしおえた。


前客の大量の中国人のチェックイン手続きは猛烈に時間がかかるらしくホテルマンはヴィゴたちを思いっきり見て見ぬふりをしていた。

「しかたないね。待とうよ。」静香は缶コーヒーをヴィゴに渡し、荷物の上に座った。

隣に座るとヴィゴの横顔がよく見える。

天界の王に選ばれた時のあの疲れた表情が少し残っていた。


「ん?」ヴィゴはじっと自分を見つめていた静香を振り返る。

「少し疲れてる?」

「そうだな・・・。今はゆっくり寝たいよ。

なんだか、長い間寝てない気がするから。」

やっとホテルマンがヴィゴの方に来てくれた。


「お泊りの方ですか?お二人様で?」

「イヤイヤイヤ、オレ一人だよ。」ヴィゴは赤くなって言った。

ホテルのキーをジーンズのポケットに突っ込みながらヴィゴはお別れを言いに来た。

「ホントありがとう。楽しかったよ。また校内案内してくれよな。」

静香は微笑んだ。


なつかしいマンションに帰ると、生け花野郎から電話が入った。

静香は落ち着いて受話器をとると、「もう、会えない。好きな人が出来たから。」と告げた。

なんだか電話口で男が喚いていたが静香は電話を静かにおいた。

なんでこんな簡単な事ができなかっただろう?

ヴィゴ以外の男なんて相手にできるわけ、ないのに。


久々の大学は静香にとって懐かしい場所だった。

学食でコーヒーを飲んでると涼子が入ってきた。

ひと目でわかる。あのお高いワンピース。

静香は懐かしげに見つめた。


「何?静香。どうしたのよ、アンタ、その優しい目つき。気持ち悪い・・・。

また無駄使いしたの!とか言わないの?」


「涼子、私ね、今期で大学やめるわ。」


「ええ!なんで?」


「生け花野郎と別れたの。働きに行かなきゃ。」


「静香が辞めるなんて、だめよ。私が払う。」


「それはイヤよ。また、お金がたまったら復帰するから。」

涼子がヤイヤイ言いはじめたが、静香の前に突然現れた男に驚き黙り込んだ。


ヴィゴだった。

へたばったように荷物を机に放り出し静香にすがったのだ。

「静香、すっげぇ探したよ。オレどこに行ったらいいのか訳わかんなくて・・・。

入ってみたら女子トイレだし・・・。怒られるし、臭いし・・・。」

涼子が驚いて静香を見た。

(誰よ。)

「新しい彼氏よ」静香はそう言って微笑み、ヴィゴを優しくなだめ、そしてセドリックの部屋に向かう事にした。

ヴィゴは周りの生徒から隠れるように静香についていく。

セドリックはまだ帰ってなく、「ありがと、ココで待つよ」というヴィゴに静香は声をかけた。


「ヴィゴ?」

「ん?」

「・・・記憶、取り戻したい?」

「・・・うーん。どうだろう。

何?いい医者でも紹介してくれるの?

そうだな。正直どうしようもなく淋しくなる時があるんだけど。

抜けた記憶の中に友達とか、もしかして恋人もいたかもしれない。


でも自分に言い聞かせてるんだ。

オレが忘れてても彼女が覚えてくれてる。

絶対探しに来てくれるハズだ。

本当に運命があるならまたいつか会えるよ。

そう信じてるんだ。」


静香は記憶を戻す魔法は忘れる事にした。

もし、思い出せなくてもかまわない。

ヴィゴはヴィゴだもん。

静香はやさしく微笑んだ。

「きっと、そうなるよ。応援するわ。」


「ホントに?なんだか未来が見える気がしてきたよ。ありがとう。」

静香がヴィゴを残し、セドリックの部屋を後にすると、涼子が追いかけてきた。


二人で大学を歩いて回った。

「静香がいなくなったら淋しいな。

でもね、アイツと別れたのは大賛成よ。また、いつでも言ってよ、仕事紹介するから。」


春の日差しがここちよかった。

静香は緊張の面持ちで壇上にあがるヴィゴを見つめていた。

壇上から静香に合図するヴィゴに少し照れながら。


「いい男じゃない?私、いつも神様にお願いしてあげてたのよ。

静香にいい男が見つかりますようにって。」涼子が真剣な顔でつぶやく。

「ありがと。」静香は微笑んだ。


ペロが消したはずの記憶は藤原にだけ残っていた。

今日は山下が可奈子に告白する日。


同じ過ちを繰り返させるものか。山下も死なずに済むんだ。

いても立ってもいられず、可奈子のマンションまでジャージ姿で向かう。

ピンポーンと押し、可奈子を呼び出した。


まだ、化粧もしてないジャージ姿の可奈子がモニターに現れる。

「藤原?何の用よ?忙しいのよ」と言われ藤原はしどろもどろになった。

(行くなよ)そう言いたかったけど、相変わらず勇気が出ず藤原はモジモジしている。

「何?」

「あの・・・さ。ふりかけ忘れて・・・。」

可奈子はあきれたように肩をすくめ、オートロックを空けた。可奈子の家の前まで来ると可奈子が腕組みをして待っている。


「何か言いたいんでしょ?男らしく言えばいいのに!」

藤原はアワアワとあせり、真っ赤になる。

その様子を見て肩をすくめ、部屋に戻りかけた可奈子の手を思わずつかんでしまった。


「行くなって!」思わず言葉に力が入る。

「俺、好きなんだ。可奈子の事が!」

気がつけば叫んでいた。

(ちょっと、何よ。だまってってば。恥ずかしい・・・。)そういう可奈子も真っ赤になっている。


「・・・何よ。私に命令するの?」可奈子が消え入りそうな声でつぶやく。

「命令するからには責任取ってよね。」


藤原はそのまま可奈子の手を引き、待ち合わせの喫茶店にいった。

おしゃれな喫茶店でピアノの生演奏を聞き酔いしれていた山下が猛烈に怒った。

可奈子がよれよれのジャージで現れたからだ。


「ナンだよ、可奈子。そんな格好で。」キメキメの山下は恥ずかしそうにつぶやいた。

「私は私よ。いつもこんな格好だから」可奈子は開き直る。

側に立ってたジャージ姿の藤原を見て山下は軽く笑った。


「全く、お似合いだな。可奈子には幻滅したよ」山下は髪をさっとかきあげ、店を出て行った。

「・・・お似合いだって」可奈子がつぶやく。

二人はそのまま喫茶店を出、近くのコンビニに行った。

二人のポケットに入っていた有り金全てはたいて豚マンを一つ買い、公園で仲良く二つに分け、だまって食べる。


「・・・いいの?俺でも?」藤原はつぶやいた。

可奈子はうなずく。


二人は見つめあい、そしてキスをした。

「・・・初めてのキスなのに、なんで豚マンの味がするのよ。」可奈子が悲しそうに言った。

藤原はあわてて口をぬぐい、再度挑戦しようと可奈子の肩を抱き寄せた時、

「・・・取り込み中ゴメンね。この辺にさ・・・墓地知らない?」 

不思議な目の色をした男が話しかけてきたのだ。


・・・ヴィゴさん!藤原は叫びそうになった。

「は?墓地?・・・変なヤツ・・・。」

可奈子はあわてて藤原を連れベンチを離れる。


「知らないんなら、地縛霊でもいいんだ。困ってるんだよ!!」男が叫ぶ。

「・・・あの雑居ビルなら幽霊出ますよ」藤原はパンテノン神殿風のビルを教えてあげた。


「マジで?ありがと!助かったよ」男は取っておきの笑顔で微笑んだ。

「君達も幸せそうだな。オレもさ、すっげぇ幸せなんだ!」男はそう言うと公園の入り口で待っていた女の人の所に戻っていった。


「あれ?お姉ちゃんの友達だ。」可奈子がつぶやく。

「ふうん、あれが彼氏なんだ、今度からかってやろうっと。」

「・・・とにかく幸せでよかった。」

藤原は静香に会釈し、静香は微笑んだ。

ヴィゴは静香の車にのりこみ、幽霊ビルに向かったようだった。


藤原達は歩きはじめた。

空には月が本当にキレイだった。

そして堤防によじ登り、藤原は未来を思った。


天界との約束を果たさなきゃいけない。

唯一、藤原が得意としていた科学が役に立つ。

いつもテストでは山下と競り合っていたのだ。

もし、山下と二人で力を合せれれば・・・。

いつか必ず・・・。


静香さんもヴィゴさんも力になってくれるだろう。

藤原は可奈子を抱き寄せ、可奈子はうっとりと目をつぶっていた。


ペロは魔方陣から降り立ち、堤防の上にとびのった。美紀に頼まれ、人間界を見に来たのだ。


そして藤原達の方に近づく。二人の話し声が聞こえてきた。

「・・・みんなで藤原の夢、実現させようよ。

パパは世界中の著名人とコネがあるし。力になってくれるよ。

皆、平和に暮らせるほうがいいもん。

そうだ!お姉ちゃんにも手伝わせよう。

いつまでも大学卒業しないで遊んでばっかなんだもん。

世の中の役に立ってもらわないと。

ああ見えても、お姉ちゃん、頭いいんだから。

そうだ!今からお姉ちゃんとこに行こう。

初めての彼氏、紹介しなくちゃ。」


小雨が降り始め、二人はあわてて立ち上がる。 

可奈子は藤原の手に自分の手を滑り込ませた。幸せそうに歩く二人をペロは見つめていた。


(人類滅亡を食い止める奴等がきっと出てくる。オレはそう信じてる。)

ヴィゴが最後に残した言葉をペロは思い出していた。


「そうだな。ヴィゴの言うとおり。

人間も捨てたモンじゃないな。

・・・少し信じてみようか。運命が味方するだろう。それに時間はまだある」


そして堤防の近くに止まっている車の中でヴィゴが静香にキスしてるのを呆れたように見つめた。

「なんと、手の早い。天界の王には相応しくない貞操の持ち主だな。

天界は息子に任せる方が良さそうだ。」


ペロは軽く笑い、雨を払いのけるためプルプルッと体をふるわせた。

そして魔方陣を手早く書き、天界に帰っていった。





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