第十五話
街を離れ砂漠を歩き出したヴィゴは腐鳥を捕まえ、がつがつとそのまま食べるしかなかった。
(やっぱりお前は悪魔だ。)ラファエは笑って言った。
(腐れ神にも何か喰わせろ。街に戻れ。悪魔でも構わん。)
そういうラファエをヴィゴは無視した。
砂漠の砂に足をとられ、何度も転んだ。
エサエサとわめくあり地獄たちも、ヴィゴの後ろに控えている大蛇に遠慮して手も出さない。
何日も歩き続け、山を登り、そして下った。
ドラゴンに乗ったときはあっという間だった山が、歩きでは途方もないほど困難を極めた。
遠回りになるとわかっていてなぜか立ち寄ってしまったバイセン村は、とてもにぎやかだった。
ちょうど静香が無事バイセン村に着き、子供ができたお祝いをしていたのだ。
セドリックの吹く喜びの笛の音は腐鳥を引きちぎりながら食べてるヴィゴの耳に悲しく響いた。
「オレがいなくても、皆、たのしくやってる。誰かに子が出来たんだ。」
(女のにおいがする。お前がこの間、抱いた女。いい女だったな。
会いに行かなくていいのか?喜ぶぞ?)
「静香が?バイセン村に?」
ヴィゴは我を忘れた。
思わず、村に近寄る。
見慣れた光景が目に飛び込んできた。
一人の女が妊娠した印のマントを羽織っていた。
誰なのかは見えなかったが。
(迷わず、会いに行けばいい。
女を抱けばいい。お前の選択次第だ。
自分ひとり、被害者妄想にとりつかれてるだけじゃないか?
本当は死ななくてもいいのだ。誰に命令されたわけでもない。
お前が勝手に思い込んでるだけなんだ)
オレが思い込んでるだけなのか?
でも・・・ライドは止めなかった。
(あの男、天界が欲しかっただけだ。
お前に任され、今頃は好き勝手にやってるだろう)
ヴィゴの足はバイセン村に向かいはじめた。
一歩一歩、引きずるように。
そして妊娠した女が静香であることを見たのだ。
「静香が?子供ができたのか?オレの・・・オレの子だ。」
(よかったじゃないか。なおのこと、一緒にいてやらねば。)
「ああ、・・・そうだな。」ヴィゴは食い入るように静香を見つめた。
ヴィゴは思わず小屋の近くまで駆け寄った。
静香の楽しげな笑い声が耳に響く。
ヴィゴは思わず叫びそうになった。
・・・今すぐ、この手で抱きしめてやらなくちゃ。
ヴィゴは静香のところに行こうと顔をおおっていたフードを上げる。
その時手に持っていた腐鳥の食いさしの骨が頬を傷つけた。
ヴィゴは驚いたように、その食いさしを眺めた。
「これは・・・。オレが喰ってたヤツだ。」
(それがどうした、はやく会いにいってやれ)
「・・・行けない。こんなもの喰ってるヤツがのこのこ現れても怖がらせるだけだ」
(なぜ?お前には責任があるぞ。彼女に対してな!
そうだ。取引をしよう。私はアンタから身を引く。
ただ子が生まれたとき名前をつけさせてくれ。)
「・・・アンタ。オレの子にまで手を出すつもりなのか?
・・・はっきりしたよ。アンタはウソばっかだ。
生まれてくる子のためにもオレはきちんとケリをつけなきゃいけない。」
ヴィゴは突然、顔を上げた。
「オレには大事なものがたくさんあった。
それを全部捨ててオレはアンタに最後までつきあってやる。」
静香は何か聞こえた気がし、振り返った。
しかし、そこには木が風で揺れているだけだった。
「あなたのお父さんの声が聞こえた気がするわ。あなたには聞こえた?」
静香はお腹の子に向かって話しかけた。
「会いたいわ。あなたを連れて行ったら、ヴィゴはびっくりするわ、きっと!」
ヴィゴはバイセン村を振り返らなかった。
ラファエがどんなになだめようが、脅そうが、耳をかさなかった。
ヴィゴは心を閉ざした。
感情のなくなったヴィゴにラファエは何を言っても無駄だった。
死者の森を歩き続け、壊れてしまった天界への塔を懐かしげに見上げ、なお奥に突き進んでいく。
とうとうヴィゴは裁判所の橋にさしかかった。
轟々と炎がもえさかり、今から裁判を受けよ
うとするものたちが緊張の面持ちでトロールに賄賂を渡している。
そういえば、確かココでオオカミに襲われた。
オレの腕の入れ墨を確認しに来たのだ。
・・・ペロ。
アイツ、何者なんだろう。今となればどうでもいいことだった。
ヴィゴが橋の上に立ち、下を見下ろした。
真っ黒の闇が広がっている。
コレで終わる。
ラファエは泣き叫んでおり、腐れ神が最後の手段としてヴィゴを喰おうと大口を開けていた。
しかしヴィゴは気にもせず虚無の狭間を見下ろせる岩に座り込んだ。
体がふっと軽くなった気がしたのだ。
・・・なんだろう?
「決心がつかないのか?」
ヴィゴは振り返り、いつのまにか近くに座っているオオカミを見た。
「・・・そうじゃない。何か、オレのなかで変わった気がする。なんだろう?」
「たった今、ロキが神にもどった。醜神が許しを出したのだ。
お前から堕神の血が消え去った。」
オオカミが言った。
「プリュキトスでなくなったのか?」
「そうだ。ラファエはお前をもはやあやつれまい。それでも死ぬつもりか?」
「ラファエはオレをあやつれない?」
「そうだ。ラファエはアンタから出て、一人で虚無の狭間に落ちればよい。
腐れ神は神界に帰るだろう。アンタはラファエをココまで運んできた。
もう役目は済んだのだ。
ラファエは愚かだ。
自分の右腕、左腕となるものがいなくなったのであれば、探すべきだった。
探す気があればすぐに見つかるのに。
あきらめたのだ。議員達が現れ、責任から逃れられるとホッとしたのだろう。
疑いもせず議員の言いなりになりおった。
議員達は頭がいい。
人間に新しい太陽の存在を教えた時、必要のない数式を設計図の中にもぐりこませたのだ。
人間が疑いもせず、設計図通りに太陽を作った。
その数式は太陽が一つ、二つのころは何の意味も持たない。
しかし数が増えるに従い、その数式は意味を持ってくる。
簡単に言えばある程度の数になると起動し始めるウィルスだ。
彼らはある数に達すると共鳴し、意思を持つ。
まちがいなく人間は支配下におかれる。
後は滅びるのを待つだけ。愚かな人間達よ。
何も知らず、せっせと作りつづけおって。
ラファエはロクサーヌの時も情けなかった。
ロキを追い出したりせず、男として堂々と勝負すればよかったのだ。
思い出した今も悔いることもなく、苦しい記憶としてなお、天界を苦しめる。
そしてヴィゴ、お前まで。
神界からの命令だ。
ラファエよ、ヴィゴから出て自分の罪を背負い虚無に落ちるがよい。」
ヴィゴの心まで凍ってしまいそうなほどのラファエの孤独感が感じられた。
「ヴィゴ、選ぶまでもないぞ。早く吐き出せ。」
(・・・お前まで、私を見捨てるのか?)ラファエは声を震わせた。
「・・・わかったよ、ラファエ。友達として、オレはアンタに最後までつきあってやる。
お前の罪もオレがひきうけてやるよ。」
オオカミはヴィゴを見つめた。
「・・・いいのか?」
「ああ、決めたことだ。
でもな、ペロ。
人間全員がバカじゃない。
人間滅亡を食い止める奴等がきっと出てくるはずだ。
オレはそう信じてる。」
ヴィゴは藤原や可奈子を思った。
「・・・ラファエ、行くぞ。」
ヴィゴは岩から身を躍らせ、真っ黒な虚無に飲み込まれていった。
天界で美紀はライドに抱きついた。
「虚無で見たとき、ひと目でわかったの。
驚いたわ。ラファエ様の右腕として活躍するハズの醜神様がなんで?って。
左腕となるはずの運命の神様も行方不明でラファエ様は困ってらしたのよ。
運命の神は何かと合体させられてるはずよ。
見られて恥ずかしいから皆の前から姿を消したの。
彼も探しだして、元に戻してあげないと。
・・・ヴィゴが死んでしまった今、あなたがヴィゴの代わりに天界を治めてくれるなんてうれしいわ。」
ライドはブツブツあやまったが、美紀は聞かなかった。
「あなたのおかげで人間界に行けたの。
お兄ちゃんにも会えたし、ロキにも。
可奈子にも藤原君にも、そしてヴィゴにもね。」
静香がヴィゴの子を妊娠してる事を知りロクサーヌは大喜びした。
「私も育てさせてもらってもいい?アビリルと二人で。」
ライドは「それはいい。私のこの顔ではあやしもできないからな・・・」と笑った。
確かに、べろべろバーと言われれば、少々きついな。
ライドの顔をビビりながらも目が離せない藤原は、天界のご馳走を食べながら思った。
可奈子も(誰かに似てるよね。アゲハの幼虫?)
(それ、誰かじゃなくて虫じゃん。)藤原が突っ込む。
ヴィゴさんがラファエを見捨てず一緒に死んであげたこと、いかにも彼らしいと思った。
次は俺の番だ。
議員達が人間界で仕掛けたことを止めなきゃ。
「私、天界から手伝うわ。
藤原さんたちが議員の仕掛けたこと、止められるように。
私は人間界には帰らないわ。
天界にいてヴィゴさん達の子、預かって立派に育てるの。
それとね、醜神様の相棒が見つかったの。
どうやらオオカミと合体させられたらしいのよ。」
「オオカミ?天界で俺たちを人間界に戻してくれたアイツ?」
「そうみたい。」
藤原はへぇ〜と言った。
「もう一度会えないかなあ」可奈子は真剣な顔でつぶやく。「なんで?」
「私の旦那さんが誰なのか聞きたいの」
「今度聞いておいてあげるわ。多分・・・藤原さんだと思うけど?」
可奈子は真っ赤になり藤原も真っ赤になった。
「とにかくあなた達は人間界に帰って。
花子は私が飼うから。」
「また、時々会いにきていい?」
「そうね、私が会いに行くわ。人間界も楽しかったし。」
藤原が意を決して言った。
「・・・あの・・・」
ライドがナンだ?と振り返る。
藤原はライドの顔にビビりながらも続けた。
「・・・喰らうメイトはどうなるんでしょうか・・・。」
ロキは「さあな、オレがまた人間飼われ身分におとされたとき、あと、アンタが議員の仕掛けを外すのを失敗した時に喰いに行くよ」と脅した。
バイセン村で静香は歯を食いしばった。
もうすぐ生まれる。
いい加減、さっさと出てきなさい。
ヴィゴみたいにぼんやりした子ね。
意識が遠のく中、手伝いに来てくれてるサラは「ダメよ、眠っちゃ!」と叫んでいた。
最後のひとふんばりで静香が力むと、かわいい産声が遠くで聞こえた。
「男の子よ、静香さんによく似た真っ黒の髪の男の子だわ。」
静香は微笑んだ。
これでヴィゴに会いにいける。
天界からバイセン村に来て以来、天界の噂は聞くことがなかった。
でも空は晴れ渡り、魔王はご機嫌で悪魔界を治めている。
多分うまくいってるんだろう。
子供が目を開けると、ヴィゴと同じうす紫だった。
「かわいいわ。」
ミルフィが「みいこが猿みたいだって言ってるよ。」と遠慮なく言った。
静香は「そう?私には天使にしか見えない。」子にキスをしながら静香は言った。
「でも、多分、ヴィゴの子だもの。エロ王子になるでしょうね。」
サラは用意していた産着を着せながら笑った。
「エロ王子だなんて・・・。
天界の王子よ。そうだ、静香。
天界の王ならみいこちゃんの呪い、解けないかしら?
ポルターガイストの顔に食べられるのが、あまりにも痛くて、ミルフィに自分を食べてもらったらしいんだけど。
王子の母親をイロイロ助けたんだから。
天界から一人でバイセン村目指して歩いてたときミルフィが見つけてくれなかったらどうなってたことか。ご褒美としてなんとかならない?」
「そうね。みいこちゃんそうしたい?」
ミルフィは心の中でみいこと話したようだった。
「・・・みいこはおばあちゃんのいるところに行きたいって。・・・天国に。」
ミルフィはさみしそうに言った。
「ルーに頼んでみる。でも多分、神様のところに行きたいって願うだけで行けると思う。
みいこちゃん。毎日、神界の神様にお祈りするの。いつか、必ずいけるわ。」
静香は天使だった頃のように優しく言った。
「私そろそろ行かなくちゃ。天界に。」
天界は活気を取り戻していた。
改造人間達がわいわいと大工仕事をしている。
現場監督の改造人間がルーに設計図のミスを指摘し、ルーはしょぼくれていた。
驚くことに街には悪魔も歩いていて、十字架をしている。
改心したのだろう。
静香は子を抱いてベンチに座り、ミサの時間を待った。
礼拝堂にヴィゴはいるはずよ。
礼拝堂の塔はもう建てられることはなく、誰でも気楽に出入りできる気持ちのいい白い建物に変わっていた。
鐘が鳴り響き、ミサが始まる。
静香は一番後ろに座った。
出てきたのはライドだった。
さすが醜神様。自信を持ったライドは恐ろしい容姿が、かえって彼に威厳を与えていた。
(ヴィゴは?)
静香は近くの天使に聞いてみた。
(王は?ヴィゴの事よ。今どちらに?)
天使はキョトンとした。
「王?ヴィゴ?」
そして静香の抱いている子を見て息をのんだ。
「ライド様!!お告げの通り、子を連れた女性が現れました!」
ライドは祭壇から駆け下りてくる。
「静香、無事に産んでくれたのだな。」
礼拝堂は歓喜に包まれた。
静香はルーに連れられ奥の立派な部屋につれていかれた。
ヴィゴに会える。
静香はせめて化粧してきたらよかったと心底後悔した。
「新しい王の誕生だ、私の役目は終わった。」礼拝を終えたライドが入ってきて子を抱き上げ頬ずりし、心底ほっとした顔で言った。
「・・・ヴィゴは?」静香は声を震わせた。
「・・・ヴィゴは?この子のお父さんに会わせてあげないと」
静香はいやな予感に包まれた。
ルーがあわてて説明した。
「・・・王は・・・虚無の狭間に身をおどらせた。ラファエ様に操られる自分を殺したのだ。」
静香はバイセン村でヴィゴの声を聞いた日の事を思い出していた。
アレは気のせいじゃなかった。
・・・ヴィゴ。
また守ってあげれなかった。
静香が一人泣いてると、ロクサーヌが入ってきた。
「アビリル、・・・静香さん?どっちで呼べばいいんだか。
ロキが神に戻れたの。私達、天界に住むことにしたわ。」
「ロクサーヌ!思い出したの?」
「うん、久しぶりね。ヴィゴとの子供、見せてもらったわ。
私、ヴィゴの赤ちゃんの頃を知らないから、ヴィゴに見えて仕方ないの。
とてもかわいいわ。」
「ホント?猿って言われたのに!!」
「ありがとう、産んでくれて。ロキがあんなに孫煩悩だとは思わなかったわ。
ヴィゴのコト、ホントになんて言えばいいか。
でもロキは神に戻れたの。
ヴィゴはプリュキトスではなくなったわ。
なんの慰めにもならないかもしれないけど。名前は決めたの?」
「醜神様が決めてくれるはずなの。」
「無理よ!」ロクサーヌは笑った。
「醜神様は全然思いつかないからロキに相談するのよ。
ロキは変な名前ばっかり提案するの。」
二人は顔を見合わせ笑った。
「ルーに会った?」
「会ったわ。相変わらず、頭が固いのよ、あの兄は。ロキのこと未だに警戒しているの。
ロキは面白がって牙を見せて脅かすのよ。」
二人が目を上げると、黒いパグがいた。
「ペロ!!」静香は叫ぶ。
ロクサーヌが不思議そうな顔をし、
「ペロ様?運命の神よ。オオカミに合体させられたらしいの。
見る人の心で姿が決まるらしいわ。」
「?ペロはペロよ。」静香は駆け寄ってペロの頭を撫でた。
「予想外だった。ヴィゴの役目はラファエを虚無の狭間につれてくる事だった。
そこからは、ラファエだけ突き落とせばよかったんだ。」
「ヴィゴはそんな事しないわ。・・・だって、友達だったんだから。見捨てないわ。」
「馬鹿だと思わないのか?」
「ええ、思わないわ。そんなヴィゴだから好きになったのよ。」
「アンタは天界の王を無事産んだ。その褒美は与えねばな。」
「ヴィゴに会いたいの。それが天国でも地獄でもいい。虚無の狭間でもいいわ。
ヴィゴがいればそこは虚無じゃなくなるもの。
ロクサーヌにあの子を預けるわ。育ててくれる?」
ロクサーヌは頷いた。
「今、アイツを人間界に堕とした。与えられた残りの寿命を生き抜くまでな。
ただ、ヴィゴのこの数年の記憶は虚無の闇の影響でほとんどなくなってる。
人間界で会ってもあんたのこともlアビリルのことも覚えておらん、それでもいいか?」
「また、会えるのね!よかった。」
「エロ王子のコトだ。他の女とうまくやってるかもしれんぞ。
なにせ、初めての相手が悪魔界のキャバクラ セクシーチョコレイトの猫娘だ。
毎日丁寧に脱毛してたから、猫娘って気づかなかったらしくてな。相当入れ込んでたらしいが、とんだ天界の王だ。」
「・・・そういえば、犬は大好きだけど、猫は蹴飛ばしたくなるって言ってた。
バカね、やっぱりエロ王子よ。
かまわないわ。一度は惚れさせたんだもの。もう一度、惚れさせて見せるわ。」
ペロは耳をカリカリかいた。
「思い出させて天界に連れ帰るがいい。
人間界での寿命が尽きるまで人間界にいたいならそれでも構わん。
どっちでも良いわ。
とにかくわしは忙しいのだ。
人間の子二人も記憶を消さねばな。あの涼子とか言う女。
アンタが天使だってしゃべりまくったからな。
一体何人の記憶を消さなきゃならんのだ。
じゃまくさいな・・・。
あの日に戻すか。
喰らうメイトが行われる前に。」
次話で最終話になります。
長々とお付き合いくださり、ありがとうございました。




