第十三話
ヴィゴの後ろに真っ黒のもやもやが現れた。
それは次第に形作り始め、大蛇になった。
大蛇はヴィゴの周りを守るようにとぐろをまいた。
ヴィゴは苦しみもだえ地面にうずくまった。
「おお。腐れ神だ。とうとう現れた。」
「その男を殺そう、そうすれば我々が飼い主となる。」男たちはローブから剣を取り出し、呪文を唱え始めた。
大蛇はもだえ、激しくのたうちまわる。
多分、腐れ神を少し遠ざける呪文なのだろう。
大蛇はヴィゴから離れ、議員達はチャンスとばかりに3人で剣をかかげ、ヴィゴを刺そうとした。
「ソイツに手を出すな!」
飛び出したライドがヴィゴをかばい、議員達の剣はライドの腹をつらぬいた。
ライドの腹からは銀色の血が流れ出る。
「・・・コイツ。なぜ銀色の血なのだ?
もしや、天界の者なのか?
虚無に投げ落とした・・・醜神・・・。」
議員達はライドを見下ろした。
・・・生かしておくわけにはいかない。
醜神なぞ。
再度、ライドに向かって剣を振り下ろそうとする。
その時突然、ヴィゴが顔を上げた。
「・・・ああ、わかったよ。ラファエ。確かにヒドイ世の中だ。・・・全員・・・死ねばいい。腐れ神よ。ラファエに力を貸してやれ。」
ヴィゴは冷たくつぶやいた。
呪文の解けた大蛇が体の半分以上もある大口を開け、巨大な牙をむいた。
そして議員の首に喰らいついた。
首から大量の血がほとばしり議員は痙攣しながら地面に倒れた。
ヴィゴの中のラファエがいった。
(腐れ神よ、喰いまくったらいいよ。ボクが新しい飼い主だ。
もっともっとあるからね。もっともっと大きくなればいい。
この世界には君へのご馳走で溢れている。)
ヴィゴの顔はロキの恐ろしい形相そのままだった。
ライドは血の出る腹を押さえ、ラファエに促され議員を喰い始めたヴィゴを見つめていた。
腐れ神はラファエを選んだ。
そして・・・ヴィゴはラファエに操られるだろう。
このままヴィゴに喰われても仕方ない。
そして自分の血が天界の者という意味を持つ銀色だというコトに驚いていた。
大蛇はライドに向かって大口を空けたが、喰う素振りは見せなかった。
急に嵐がおさまり、落ち着いたのもつかの間、ヘブンハレブンから真っ赤な血が流れ出始め天使達はおびえた。
かけつけたルーは驚いた。
「私が中を見てくる。天界人は血なぞ持たない。
人間かなにかが紛れ込んで殺しあってるのだろう。見るな。穢れるぞ。」
そういい、ルーはヘブンハレブンに飛び込んだ。
恐ろしい緑色の男が腹を押さえていた。銀色の血がほとばしっている。
「コイツは何者だ?・・・天界人なのか?」
ライドは腹をおさえ足を引きずりながら外に出て行った。
誰も止めるものはなかった。声すらかけれなかった。
我に返ったルーはヴィゴに駆け寄った。
「ヴィゴ、大丈夫か?」
ヴィゴは体中血だらけで涙が頬をつたって流れている。
「ヴィゴ。大丈夫か?先ほどのもの、何者だ?人間を殺しやがったのか?」
「・・・喰いたくなんかない。・・・喰いたくなんかないのに・・・」
ヴィゴがうわごとのように何かつぶやいていた。
「ルー・・・オレを・・・殺してくれ。」
・・・かわいそうに。人間が喰われているところを見てしまったのだろう。
さっきの緑の男。捕まえなければ。私は何をボーっとしていたのだろう。
ルーはヴィゴに眠りの魔法をかけた。
ヴィゴは前のめりで床に倒れる。
「忘れるんだな・・・。」ルーはヴィゴを担ぎ上げた。
「しかし、こんなに忌まわしい血は初めてだ。
とにかくはやく陸に避難せねば。」
ルーがハレブンの外に出ると天使達が心配そうにいかだを近寄らせてくる。
その天使の一人が代表して言いにくそうに話しはじめた。
「我々の見間違いかも知れませんが、この建物の中に議員様達は入って行かれました。その後は・・・誰も入られてません。
もし血があるとしたら、議員様が怪我をされたのでしょう。」
「ありえん、議員様は神だぞ?汚らわしい赤い血のはずがないではないか?」ルーは少し怒った口調で言った。
(侮辱にも程がある。)
あたりは気まずい空気が流れた。
すると美しい鳥がルーの肩に舞い降りた。
「ルー様、天界の収縮が止まりました。
ヤタガラスからの報告です。
皆の前に出るのは恥ずかしいと言うので私が代わりに知らせに参りました。
王が現れたのです。」
ルーは満足げに頷いた。
「やはり、ヴィゴか。神界が認めたのだ。この男こそ王。新しい時代が来る。王就任式の準備をしろ。こんな時に議員達はどこに行かれたのだろう?」ルーはあきれたように言った。
眠っているヴィゴをよそ目に天界は大忙しになった。
かなり海面が上昇し、折れてしまった白い塔はすっぽりと海に飲み込まれていた。
海に沈んでしまった街を置き去りにするしかなく、何世紀も前に捨てた陸を目指した。
植物も生えず、神のオーラも感じられない不毛の土地として陸を捨て、海を選んだ天界人たちは改めて陸に行き驚いた。
美しい緑が溢れ、小鳥達がさえずっている。
海でのあの嵐が嘘のように空は晴れ渡っていた。
ルーたちはテントをいくつも張り、その一つにヴィゴを運んだ。
ヴィゴはルーに抱えられ、死んだように眠っている。
ヴィゴは夢の中でもう、子供でなく大人のラファエに会った。
美しい顔立ちの彼はどこか淋しげな表情をしていた。
「あんたがラファエ・・・様なんだな?」
(・・・私の息子だ。やっと正しい名でよんでもらえた・・・)
数時間後ヴィゴはキレイなベッドで目を覚ました。
美しい女が手に水を持って現れた。
「お目覚めですか?王」
ヴィゴは女を恐ろしげに見ると、水を一気に飲み干し、むせた。
「ゴホっげふっおえっ」
天界に似つかわしくない下品な音が響く。
女は聞こえないふりをし、ヴィゴは気まずくベッドの上に縮こまった。
ルーが部屋に入ってきた。
「ヴィゴ殿。お目覚めか。
ここは天界です。貴方のおかげで天界の収縮が止まりました。
貴方は天界に選ばれた。王となられたのです。」
ヴィゴは少し思い出してきた。
顔がじょじょにこわばっていく。
「・・・そうだ。オレ。変な幻影を見せられて。混乱してそれで・・・。」
そこまで言うと、なんだか吐き気がこみ上げてきた。
世話役の女が駆け込んできて、ヴィゴの背中をさする。
「・・・ありがと。もういいよ。・・・もういいって。オレに触るな!」
ヴィゴは女に怒鳴りつけ、「・・・ゴメン。」とつぶやいた。
ルーは女を下がらせ、ヴィゴの横に座った。
「あれほどの目に会えば誰でも混乱する。」
ルーはやさしくヴィゴの髪をかきあげた。
「貴方は天界の王に選ばれた。自信を持つんだ。」
「なんだかぼうっとしてるよ。頭に霧がかかったみたいで。
なんでオレなんかが王なんだよ。プリュキトスなのに。」ヴィゴは外を眺めた。
「コレが天界?陸は滅びたんじゃなかったのか?あの趣味の悪い真っ白の塔は?」
「指輪が盗み出された時、真っ二つに折れました。
それより悪魔界からアビリルが追いかけて来ました、たった一人で。」
「アビリル?」
「ああ、貴方にとっては静香でしたね。」
「・・・やめてくれ。会いたくないよ。」
「しかし・・・。」
「・・・アンタが幸せにしてやれよ。好きなんだろ?」
「・・・。」ルーは世話役の女を呼び、伝言した。
「とにかく戴冠式は済ませていただかないと。」
ルーは今後の予定をとうとうと話し始め、ヴィゴはほとんど聞いてなかった。
(・・・静香。ごめんな。)
女は困惑した表情で静香の元を訪れた。
「アビリル様。・・・言いにくいのですが。
王は会いたくないと。」
「わかったわ。ありがとう。お願い、一人にして。」静香は女に微笑んでみせた。
戴冠式の時間が来て鐘の音がとどろいた。
議員達はどこを探してもいず、ルーはこれ以上儀式を後伸ばしにしては、と議員抜きで執り行うことにした。
静香は泣きはらした顔を隠すようにローブをかぶり、天使たちの間にもぐりこんだ。
ヴィゴがルーに案内され祭壇に近づく。
急遽、廃墟となっていた教会から持ち出された祭壇は真っ青な空の下の緑の草むらの中に置くしかなかった。
「本来の王が来られたのだ。新しい天界がはじまる。」
天使たちはヴィゴを見て喜びに湧いていた。
彼らの本音は議員達にほとほと愛想がついてたのだ。
ただ、ヴィゴの表情はとても疲れていて辛そうだった。
ヴィゴは感情を押し殺し必死で笑顔を作ってるように見えた。
ルーはヴィゴを気にかけながらも儀式を淡々と行った。
ヴィゴが王の杯を受けた瞬間、鳥たちは喜びの歌を歌った。
ヴィゴはその夜の宴会に参加することなく一人ですごした。
空には星が戻り、軽やかな微風が頬をくすぐる。
海は何事もなかったかのように静かにしている。
宴会の音楽が風に乗って聞こえてくる。
楽しいはずなのに、今までにないほどヴィゴは孤独だった。
(ライド・・・。オレをかばって刺されたんだ。)それだけは覚えていた。
ヴィゴは我知らず歌を口ずさんでいた。ライドに教えてもらった歌だった。
涙がとめどなく溢れ、嗚咽が漏れる。
(アイツ、母親を殺しやがって・・・。)
忘れたかった。
でも心の何かがささやき続けている。
耳をふさいでも聞こえてくる。
呪いの言葉。
ヴィゴは気をとりなおし、空を見上げた。
「・・・ヴィゴ?」突然静香の声がした。
テントの窓から聞こえてくる。
「・・静香なのか?」
「・・・歌声が聞こえたから。宴会には来ないし、心配で。」
「・・・ああ。オレより静香は大丈夫なのか?」
「うん。・・・はいっていい?」
「・・・やめたほうがいい。オレ達もう会わないほうがいい。・・・人間界に帰れよ。ルーに頼んでやるから。」
風にのって静香の香水の香りが漂ってくる。
・・・すぐ、近くにいるんだ。
会いにくるな、といいつつ、ヴィゴは外に飛び出した。
静香は驚いたように立ち尽くす。
ヴィゴは静香を抱きしめた。
「会わないほうがいいんだよ。オレ達。
アンタが記憶を失くしてるのがせめてもの救いだ。」
そういいながらもヴィゴは静香を抱きしめ、キスをしていた。
「ルーと幸せに暮らせばいい。オレのことは忘れて」
そういいながらもキスをはやめられなかった。
静香はキスをされ抱きしめられながら、とうとう記憶が戻るのを感じた。
はらはらと涙が流れる。
「・・・ヴィゴ。愛してる。ルーのことなんて、持ち出さないで。」
「・・・ごめん。」
「・・・ヴィゴ、くすぐったいから。そこは鼻よ。」
「ゴメン、暗くって見えないんだよ。
でも明るいトコじゃイヤだろう?」
「そうでもないわ。」
静香がいたずらっぽく微笑み、ヴィゴは静香を抱き上げた。
「・・・星に見られる。」
「・・・見ればいいわ。早く抱いてよ。」
ヴィゴは静香に記憶が戻ったのを感じた。
だが、あえて言わなかった。静香も同じ気持ちだろう。
今があれば、記憶なんてどうでもいい。
オレ達はオレ達だ。
星空の下で静香は確実に自分の中に新しい生命が宿るのを感じた。
静香はほほえんだ。
「・・・イロイロあるけど、この世は素晴しいわ。」
ヴィゴの心で何かが呪いの言葉を吐いた。
そんな言葉もどうでもよかった。
ヴィゴは静かに歌いはじめた。
ライドに教えてもらった歌。
歌いながら、ヴィゴは少し泣いた。
静香は「相変わらずへたくそねぇ。」と言いながらヴィゴの胸に顔をうずめる。
ヴィゴは髪をなで、髪の香りをかいだ。
静香が合わせて歌い、歌声は優しく、そして心に響いた。
朝になり、いつの間にか寝てしまった静香はベッドに移されてることに気づいた。
・・・ああ、幸せ。
またヴィゴの事思い出せた。
誰かが入ってきて静香は「ヴィゴ?おはよう。あのね!」と話しかけた。
そこにはルーが立っていた。
「・・・ああ、ルー。おはよう。ヴィゴは?」
「王が・・・。見当たらないのです。」
「ヴィゴが?昨日は一緒にいたのよ。私をここに移したのはヴィゴだわ。」
「・・・王と呼んでください。」
「ヴィゴはヴィゴよ。」
静香はルーにそう言い切りルーは驚いた顔をした。
「まさか、記憶が?」
「そうよ。戻ったの。ヴィゴの事思い出したわ。喜んでね。」
ルーは複雑な顔をしていた。
「・・・では王はどこに?」ルーは声を震わせて聞く。
「朝ごはんでも探しにいったんじゃないの?
朝から食欲だけはすごいんだから。
寝ぼけてパン一斤なんて平気で食べるのよ。」
ルーはテントを飛び出した。
「どうしたのよ!!」静香の声が響く。
天使たちを総動員し、ルーは天界を探させた。
ヴィゴには迷惑な話かもしれないが、せっかく王が見つかったのだ。逃げられては困る。
部下の一人がルーを呼んだ。
「ルー様。・・・。ロキ?・・・を見たものがいます。」
ロキが天界にくるわけない。何があったのだ?
一人の天使が震えながらルーに話はじめた。
「・・・真っ黒の大蛇を後ろに従えた男が、私達夫婦を襲ったのです。男はつぶやいていました。
あつかましくもお前が持っているのか?王の持ち物を!!
指輪を返せ!!
確かに妻は指輪をしていました。
私が海に漂ってきた指輪を拾い、そして妻にあげたのです、
男は妻の指輪をもぎ取り・・・。なんと恐ろしい・・・妻を喰ったのです!!」
「・・・喰った?」
「あれはロキです。あの目の色!あの表情!」
「ロキ?いるわけがない。
落ち着くんだ。男はどちらにいった?」
「あの山の方へ。あの悪魔め!」
ルーは指差された山の中に入っていった。
そこは小さな滝があり、ヴィゴが手を洗っていた。
そして指には指輪をはめていた。
「・・・王。こんなところに・・・。
探しましたぞ。・・・何をしておられた?」
「・・・ああ、ルー。気がついたらここにいたんだ。
なんだか手が臭くって洗ってたんだ。
それにしてもおかしいよな。隣に静香が寝ていたはずなのに。
でもさ、見つけたんだ。オレの指輪。
いつ見つけたんだろう?」
「・・・王、テントに戻りましょう。」
「ルー。喜んでくれよ。
静香の記憶が戻ったんだぞ!
オレさ〜すごい幸せなんだ。指輪は見つかるし、今日はいいことばっかだな。」
「・・・それはよかった。」
ルーに連れられ、テントに戻ったヴィゴは、静香に得意げに指輪を見せた。
「なんかさ、知らない間に指輪見つけたんだ。なぜか透明だけど。」
静香はルーに聞かされた事を思い出し、顔をこわばらせた。
「指輪が見つかって良かったわね。
私はいいわ。ヴィゴが持ってたらいいのよ。
また、かわいい指輪買ってもらうから。
今度はすてきな、そうね。ブルガリなんてどう?
それより・・・ヴィゴ。疲れた顔してるわ。大丈夫?」
ヴィゴは静香にキスをした。
「そうだな、オレ、なんかすごい疲れてる。
昨日張り切りすぎたのかな?」ヴィゴは静香に微笑んだ。
「少し寝たら?」静香はヴィゴに優しく言った。
「そうするよ。目が覚めたら横にいてくれよ。
もう離れ離れはイヤだ」
「わかった、私はここにいるわ。いつでもヴィゴと一緒にいるわ。忘れないで。」
静香はヴィゴのまぶたを閉じさせた。
ヴィゴが寝静まるとルーの元に急いだ。
「ルー。ヴィゴは全く覚えてないらしいの、どういうコト?
それにおかしいの。指輪がキレイな透明になってるのよ。」
「指輪にはラファエが封印されていた。だから濃い紫色になっていた。
ラファエは今、ヴィゴに入っている。
私の考え違いでなければヴィゴ殿は・・・ラファエ様に操られている。」
静香はため息をついた。
「ラファエ様を取り出す方法を探さねば。」
「ヴィゴはどうなるの?見捨てないで。」
「見捨てはしない。せっかく見つけた王だ。
狂われては困る。」
「そんな言い方しないで。王である前にヴィゴなのよ。」
静香は怒って立ち上がった。
静香がヴィゴの様子を見に行くと、ヴィゴは外を眺めていた。
「・・・ヴィゴ?眠れなかったの?」
ヴィゴは振り返り、静香にかけよった。
「どこ行ってたんだよ、側にいてくれって言ったのに。」
「・・・ゴメン。」
「ルーのトコに行ってたのか?」
「・・・そうだけど。」
「何しに!!」
「一体どうしたのよ。・・・痛い、離してよ。ヴィゴ、おかしいよ。」
「ゴメン。」ヴィゴは驚いたように離れた。
「いやな夢を見たんだ。ライドが死ぬ夢。」
「ライド?誰の事?」
「歌を教えてくれたヤツだ。悪魔界から天界に来るのについてきてくれたんだ。
怪我してるはずなんだ。オレをかばって。」
「怪我?大変じゃない!手当てしなきゃ。どんな人?」
「どんな人・・・。ええっとなぁ。そうだ。
涼子の家でスターウォーズ見ただろう?
それに出てくるダースモールに似てる。
緑のダースモールだ。」
「ダースモール?・・・ってなんだったっけ?
ああ、あの毛むくじゃらの。」
「違うよ。赤いヤツだよ。静香と涼子、気持ち悪いって騒いでたじゃん。」
「・・・あんまり覚えてないけど。
とにかく毛むくじゃらじゃなくて、緑で気持ち悪い人?」
「・・・そんなんでわかるのか?」
「・・・多分ね。ルーに言ってくるわ。」
「オレも行くよ。それよりまず、着替えるよ。」
ヴィゴは着替えさせられていたサラサラの服を脱ぎ、ゴミ箱から救出し、ベッドの下に隠しておいた、はいて来たジーンズとTシャツに着替え始めた。
「こんなフリフリの王子様シャツなんて着てられるかよ。
・・・ライドさえ無事なら、今すぐ人間界に帰ろう。
天界の王なんて冗談じゃない。天界も落ち着いたことだし。
このジーンズ、高かったのに、ゴミ箱になんか捨てやがってさ!うわっ、ナンだコレ?」
ヴィゴの服には議員の赤い血とライドの銀色の血がついていた。
「なんだ、この血。誰のだろう・・・。」
「・・・ヴィゴ。何か変わったことなかった?たとえば・・・そうね。幻を見たとか。」
ヴィゴはキョトンとした顔をした。
「昨日の夜から今日の朝の話よ。」
「・・・ああ、あの後、外で静香が寝始めたからさ。ベッドまで運んできたんだ。どこでも寝るんだな、静香は。そんでオレもその横にもぐりこんでさ。寝ただけだ。」
「じゃあ、その指輪は?」
「・・・そうだよな。いつ手に入れたんだろう。」
静香はヴィゴの肩に手を廻した。
ヴィゴにキスされながらも静香は考えていた。
ヘブンハレブンで何があったの?
ライドって人に聞けばわかるかもしれない。
ヴィゴの唇は少し血の味がした。
静香は思わず、身をひいた。
「どうした?オレがこわいのか?何も覚えてないから?」
「・・・ヴィゴのコト、怖いなんて思ってないわ。」
ヴィゴは静香の肩に頭をもたせる。
ライドの事を聞こうにも、その日は朝からルー達は忙しくしており、ヴィゴ達はほったらかしだった。ただ、部屋の前に幾人もの天使が武装して見張っている。
「・・・なんなんだよ。オレを見張ってるのか?」ヴィゴは不機嫌に言った。
ヴィゴが部屋から顔を出すと、天使たちはおびえたように、お辞儀をする。
それが辛くて、ヴィゴは部屋に閉じこもった。
「人間界に帰りたいよな、ここはつまらないよ。
静香は帰ったら一番に何がしたい?」
「・・・ヴィゴと暮らしたいわ。」
「そうだな。そうしよう。涼子のマンションに部屋が空いてるはずだ。
超ゴージャスだ。・・・忘れてた。オレ、一文なしだったんだ。まあいいや。寮に住めばいい。それじゃあ二番目は?」
「そうね、すごく濃いコーヒーが飲みたいかな。」
「それじゃあ、三番目」
「そうね。犬が欲しいわ。名前は・・・」
「ルーにしようよ。そいですっげえヘマしたら「ルー!お前はホントに馬鹿だな!」って言ってやるよ。」ヴィゴは笑った。
二人は取り留めのない事を話した。
次第に夜になり、静香は疲れでウトウトとした。
眠っちゃいけない。ヴィゴのコト、見てあげてないと。
静香が目を開けると、ヴィゴの姿はなかった。
「・・・ヴィゴ?」
テントの外の見張りの天使が倒れており、首を掻っ切られた後がある。
足元には銀色の血がたくさん流れ出ていた。
「大変・・・。」
静香があわてて探す。
辺りは銀色の血にそまっていた。
ヴィゴは月明かりの下で見張りの天使の肉を喰っていた。
静香が声をかけようとするのをルーがとめる。
「・・・今、ヴィゴに声をかければ・・・。
ヴィゴは傷つくだろう。愛するものに見られた事を。」
「でも・・・止めないと!」
「私達が止める。貴方は隠れてなさい。」
静香が振り返ると天使軍団が控えていた。
手には恐ろしい武器。
・・・ヴィゴ。殺されるわ。
静香が叫ぼうとした時、何かが飛び出した。
緑色の恐ろしい顔をした男。
静香は「醜神様・・・。」とつぶやく。
ルーは静香を見つめた。
「醜神だと?そう言われてみれば・・・。言い伝えどおりの姿だ。」
ルーはライドを見つめた。
「貴方、・・・何者なんだ?」
ライドは何も言わずルーを下がらせ、傷だらけの体でヴィゴに近寄った。
ヴィゴは気にせず、血をすすっている。
「ヴィゴ。止めろ!」ライドが叫んだ。
ヴィゴははっとし、我にかえった。
「ナンだ・・・。コレ。オレ、何食ってんだ?」
「ラファエの言いなりになるな。闇に勝つんだ。」
ヴィゴは自分の手を月明かりにかざし、血だらけの様子をみた。
「・・・オレが殺しちまったのか?」
「お前は心をコントロールする事を覚えなければいけない。」
「ライドじゃん・・・。大丈夫なのか?あれ、オレなんか怒ってた気がするんだけど。
ああ、そうだ。思い出しちまった・・・。」
ヴィゴがうつむく。
徐々に顔つきがかわっていった。
「貴様、私の妻を殺した!!
しかし、貴様なぞヴィゴに喰わせられるわけがない。
貴様みたいな青虫野郎!!青臭くて反吐が出るわ!!」
「ラファエ、怒りに飲み込まれるんじゃない。ヴィゴを巻き込むな。」
ヴィゴは抵抗するように手を前に突き出したが、痙攣をおこし、突っ伏した。
ヴィゴはむっくりと起き上がり、その表情はヴィゴのものではなかった。
ルーはつぶやいた。
「ラファエ様?・・・。」
ヴィゴは天界人に向かって罵り始めた。
「私を馬鹿にしてるのだろう?天使どもよ。
私を追放して楽しんだのだろう?
確かに私は妻ひとり満足させられなかった。
確かに私はロキに嫉妬していた。
ロクサーヌはソイツを愛していたのだ。
権力を使い、私がむりやりロクサーヌと結婚しようとしていた事を彼は知っていた。
ロキは私に文句を言いに来た。女を返せ。
私はバカにしたのだ。お前のようなヤツはそうだな。悪魔界に落ちろ。
ロキを悪魔界に突き落とした後、議員どもが現れた。私情で神を悪魔界に落すなぞ、神界が聞けば黙ってはいまい。
今回の事は目をつぶっておいてやる。
代わりにワシらが天界を勤め上げましょうと申し出おった。私はだまされたのだ。
だが、そうまでして手に入れたロクサーヌはロキを愛し続けた。
あの子を王に任命したのは・・・。自分の子だと思いたかったのだ。
醜神よ、お前ならひと目でわかったくせに。議員たちの正体を。
そして運命の神も私を見捨てた。
誰も・・・私を助けてくれなかった。
私は一人ぼっちだった。
・・・私はヴィゴをもらう。ヴィゴは私を見捨てはしない。」
ヴィゴはつぶやくようにいうと、そのまま地面に横たわった。
「・・・ヴィゴ?」
静香がかけよる。ルー達が引き離そうとしても静香は離れなかった。
「あなた達、殺すんでしょ?ヴィゴのコト危険だって思ってるんでしょ?
いっそのこと、私も一緒に殺して!」
ライドはやさしく声をかけ、ヴィゴから静香を引き離す。
「ヴィゴは殺させない。絶対に。」
ライドが静香を見下ろし、誰もいないテントに連れ込んだ。
ライドは小さな声で言った。
「・・・貴方はヴィゴの子を産まなければいけない。
新しい天界の王だ。貴方には私がついてる。」
「・・・醜神様。」
「当分ヴィゴには会わないほうがいい。子を産むまでは。
言いたくないが・・・ラファエがその子に気づくとまずい事になる。ふたたび、狙うだろう」
「・・・わかったわ。命に代えてでも無事に産んでみせる」
「頼もしい。ヴィゴの女にふさわしいな。
どこで産む?人間界か?」
「冗談!人間界なんかで産んだら噂で大学を辞めなきゃいけないわ。
そうね・・・。バイセン村に女の人がたくさんいたのを覚えてる。
ヴィゴの故郷だから、助けてくれるはずよ。
セドリックもマルクスもいるから。」
「決まりだ。今すぐ発て。気づかれる前に。誰か供につけよう。」
静香はヴィゴに最後会いたいと思ったが、あきらめた。
決心が揺るぎそうだったからだ。
「・・・大丈夫よ、私、天界人なんてキライ。一人の方がマシよ。
それよりヴィゴのコト、お願いね。」
静香はバイセン村にむかって旅立った。
「・・・ライドか?」
気を失って倒れ、そのままベッドに運ばれたヴィゴが辛そうな声を出した。
「ライド、怪我は大丈夫なのか?静香は?こんなオレに愛されて気味悪いだろうな。」
ライドは手を上げ、周りの者達を下げるよう命をだした。
ルーはライドに従った。それが自然なことのように思えたのだ。
ライドはヴィゴに駆け寄り、疲れ果てた顔のヴィゴにひざまずいた。
「静香は元気だ。今は言えないが、あと一年もすれば元気な顔を見せてくれる。
天界が喜びに溢れる。」
「あと、一年も待たなきゃいけないのか?喜びってナンだ?」
「今はいえない。」
ヴィゴは「いじわるだな」とつぶやいた。
「ルーたちはオレを恐れている。
それがわかるから、余計に辛い。」
「・・・恐れられるのは、確かに辛いな。」
「オレ、どうしたらいい?
ラファエを通して議員達の行いを全部見ちまった。アイツラ、悪魔以下だ。
なんでラファエは止めなかった?
最悪の兵器を人間に与えたコトを知りながら。」
ヴィゴが辛そうにつぶやいた。
「ラファエはあきらめちまったんだ。
・・・冗談じゃないよ。
天界の王に見捨てられた人間たちはどうしたらいいんだ?
とにかく、アンタが来てくれてよかった。
なんだかとても安心するよ。
ずっといてくれ。幻聴がするんだ。
喰え、喰えって。もう、イヤだ。たくさんだよ。」
テントの外で待っていたルーはライドが出てくるなり、「いかがでした?」と聞いた。
ライドは首を振った。
ルーは不安そうにヴィゴの寝ているテントを見つめた。
「私が見張る。あんたは寝ろ」ライドが言った。
夜中、ヴィゴがおきあがり、真っ黒のローブをまとうのをライドは見ていた。
「・・・行くのか?」
ヴィゴはびくっとし、振り返る。
「ああ・・・今のうちに始末つけなきゃ。覚悟決めたら楽になったよ。
静香によろしく。ルーが新しい恋人だ。オレが認めたって言ってくれ。」
「私もついて行こうか?」
「アンタは天界を見てくれ。オレの代わりに。
実際のトコ、ルーは理想論ばっかり並べるから鼻につくよ。」
「・・・母親のこと、本当にすまなかった。」
「・・・オレ、思うんだ。
お袋はアンタを見て驚いたって言ってたろ?
アンタのこと、醜神だって気づいたからじゃないか?醜いから驚いたんじゃない。
オレはそう思う。」
「・・・そうかもしれないな。」
「・・・行くよ。・・・あの歌、歌ってくれ。
・・・ライド、歌ってくれよ。」
ヴィゴはテントを出た。
ライドは小さな声で歌を歌う。
改めて歌を聞き、ヴィゴは涙を流した。
母親が作った歌。
オレの為に。




