第十二話
死者の森。
セドリックが子供達を集め、夜に語ってくれた話を思い出した。
「死者の森の呪われた木々の言葉に耳を傾けるな。
天国にもいけず、地獄にもいけない。
どちらからも見放されたモノ達が木に宿り、旅人達を恐怖におとしいれる。」
子供時代のヴィゴは頭から毛布をかぶり、マルクスに隠れながらその話を聞いた。
何日も一人でトイレに行けず、マルクスにあきれられたっけ。
マルクスがセドリックに相談し、そしてお守りとして指輪を渡されたんだ。
「お前の唯一の持ち物だった。
母の形見だろう。
お前が成人するまでは失くす恐れがあるから預かっておいたのだが。
コレを首から下げてなさい。」
ヴィゴは母の形見の指輪を握り締め、淋しいときは話しかけることにしたのだ。
驚くべきことに指輪は答えてくれた。
ヴィゴの幼少時代のマルクスを除いた唯一の友達だった。
「グリフがラファエ様か何か、知らないけどオレの友達だったんだ!!!!」
小高い丘に立ち、ヴィゴは思いっきり叫んだ。
ルーの耳元で、もっともっと大声で言ってやれば良かった。
何度も何度も叫んだ。
最後、思いっきり叫んだ反動で丘を転げ落ち、したたか尻を打った。
「痛ってぇ・・・。」
丘を見上げると、一気に距離を稼げたことに気づいた。
「・・・まあ、ラッキィ・・・なのか?」
ヴィゴが尻をぶつけた木のコブを恨めしそうに見た。
「でかいんだよ、コイツ!」
ヴィゴは思いっきり蹴り飛ばし、次はつま先の痛みにうずくまった。
(ああ・・・つくづく情けネエ)
ざわっ。ざわわ。
「なんだ?何が起こった?」
ヴィゴが顔を上げた。森が一斉にざわめきはじめたのだ。
蹴り飛ばした木のこぶはよく見ると人間の顔だった。
一本の木にだいたい10人ぐらいの顔がついてるだろうか?
(ひどいわねぇ!奥様。聞かはりましたぁぁぁ?)
(蹴られはったんやて。ねぇぇ!)
徐々に森全体に噂が広がっている。
コイツラがまさかの死者の森?
「・・・コイツら、近所付き合いハンパねぇぇ・・・。」
ヴィゴはつぶやいた。
「マジすんません、許してください。」
(奥様、なんか聞こえましたぁ?)
(なんにも聞こえしません!)
(ホンマにモノの知らん人は言うたげんとぅぅ)(ねぇぇぇ)
ヴィゴはそうろっと起き上がった。
木々は口勝手に話している。
「気持ち悪いわァ〜。動かはるえ、あの人」
「動くなんて、ねぇ〜」
ヴィゴはいい加減腹が立ってきた。
死者の森?
結局は成仏できない迷える魂の墓場じゃねえか。
しかも、京都弁。
「てめえら、燃やしちまうぞ!立ちションしてやる!!」ヴィゴがどなり、実行に移した。
「いやぁ、大したモンも持ったはらへんのに。」「かなんわぁ〜」
ヴィゴに向かって、木のコブの口が開き始めた。
ものすごい異臭がし、ヴィゴはむせた。
吸い込まれる・・・。
「何をしてる?」
凛とした声がし、木のコブに入りかけてたヴィゴは引きずり戻された。
死者の森はぴたっと口を閉ざし、なにごともなかったかのようにすましている。
「死者を相手にするな。引きずり込まれるぞ」
ソイツはすっぽりとフードをかぶり顔は全く見えなかった。
「・・・誰?」
ヴィゴはつぶやく。
「誰でもいい。なぜこんな危険なところをうろついてる?」
「オレ、天界の塔に行かなきゃならないんだ。
っていうかアンタ誰?」
(虚無の国の人やわ。アンタ口聞いたらあかんえ)木のコブがささやく。
「うるせー。ささやきコブめ!」ヴィゴは再びコブを蹴った。
「やめろ!お前も顔を蹴られるのはイヤだろう。あやまれ。」ソイツはどなった。
ヴィゴはしおしおとあやまり、ソイツが見てないところでまた、蹴った。
再び足を吸い込まれそうになってるヴィゴを冷ややかに振り返り、
「ついて来るのか?」ソイツはイライラしていった。
その夜、ヴィゴがとうとうへたばったので、急遽火をたき宿をとることにした。
「なんでアンタもこんなとこうろついてるんだ?」
ヴィゴがロバートにもらったパンを枝に突き刺し焼き始めた。
「・・・虚無の国にいるのが辛くなった。」ソイツが言った。
「へえ。マジで?虚無って何にもないんだろ?名前は?」
「名前なぞない。」「へぇ〜なんで?」
ソイツはヴィゴの言葉をうるさそうに聞いていたが、とうとう早く寝ろと言った。
マントを体に巻きつけヴィゴが小さく丸まり、なんとか寝ようとした。
夜中にふと目が開いた。何かが聞こえたのだ。
どうやら歌のようだった。
(誰が歌ってるんだ?)
木の陰に虚無の国の住人が空を見上げて歌っていた。フードを脱いで。
その素顔は驚くほど醜かった。
蛇のような緑色のぬらぬらした肌。
あまりの醜さにヴィゴは驚いたが、その歌声をずっと聴いていた。
朝までヴィゴはそこに座りこんでいた。
聞いた歌を思い出していたのだ。
「行くぞ」どこからか、声がした。
「・・・あの歌・・・。もう一度聞かせてくれ。頼むよ。」
しかし、彼はどんどん進んでいった。
男は後悔していた。なぜ、あの歌を歌ってしまったのだろう?誰に聞かせるために?
天界から投げ落とされたロクサーヌを救ったのは彼だったのだ。
彼は毎日天界を思い、憧れを抱き天界へ通じる穴の下をうろついていた。
天界がなぜ、そんなにも自分をひきつけるのか。
彼は知らなかったのだが、実は彼は天界で生まれたのだった。
そして生まれた時、あまりの醜さゆえ見るものを死に追いやる。
そういう理由で虚無の国に落とされたのだ。
彼は醜神だった。
神界より使わされたラファエの右腕となるべきものだった。
議員達は醜神を追い出し、自分達が後釜に座った。
彼は地面を這いずりロクサーヌを自分のねぐらに連れて行った。
ロクサーヌは彼の看病で息を吹き返し、暗闇の中起き上がった。
「・・・ありがとう。あなたのおかげで助かった。」
彼はフーフーと息をもらした。
彼は言葉を持たなかった。
彼は地面を這いずりまわり、ロクサーヌの為に食べ物を探してきた。
ロクサーヌには食べ物は必要なかったが、彼の気を悪くしたくなかったので食べた。
真っ暗闇で何かわからないものを口にするのは気持ち悪い。
しかしロクサーヌは食べ、彼はフーフーと喜んで跳ね回った。
ロクサーヌが自分の産んだ子を思い、涙している時は側で見守っていた。
彼女が時々口ずさむ歌も彼の耳に初めて聞くものだった。
ロクサーヌは彼に言葉を教え、彼はじょじょに話せるようになった。
彼はロクサーヌに恋をした。
しかし彼は自分の醜さを知っていた。
明るい日の下でロクサーヌに会えば驚いて死んでしまうだろう。
彼は初めて虚無の国の暗闇に感謝した。
しかし変化が訪れはじめた。
光が差し込み始めたのだ。
醜神であり、いまや虚無の王である彼の心が愛するものを得た事により幸福になったからだった。
しかし虚無に差し込む光はそこに息づくものたちに絶望を与えた。
光を得た虚無の大地はブクブクと忌まわしい空気を吐くのを恥じらい、足が無数に生えた気味の悪い虫たちは自分の姿を恥じらい、目も持たず鼻も持たず、愛を語らうこともなくただ、食する為にだけ存在する口を持つ猛獣は嘆きの唸り声を上げた。
ロクサーヌは虚無の国を歩きながら気味の悪い植物、虫、忌まわしい生き物たちに神の祝福の言葉をかけてやった。
虫たちは美しくなれるよう神に祈り、猛獣たちはロクサーヌの足元でうずくまり、精一杯自分の恐ろしい牙を隠しロクサーヌに甘えた。
だが、彼はロクサーヌに会うことが出来なかった。
彼女が自分の醜さを知り、死んでしまったら?
一緒のねぐらで寝起きをし、食事を共にし、一日中語らい、歌を教えた。
その相手がこんなに醜いと知ったら?
彼は岩陰に隠れ、ロクサーヌがいくら呼んでも探し回っても出て行かなかった。
ある日、ロクサーヌは今まで聞いたことのないほど美しい歌を歌い始めた。
それは子供の為にロクサーヌ自身が作った歌だった。
子供がお腹にいる時、よく歌い聞かせていた歌だった。
隠れてしまった彼に出てきてもらおうと心を込めて歌った。
彼は聞きほれ、自分の姿を隠す事も忘れフラフラと光の下へ這いずり出てしまった。
ロクサーヌは驚いた。
しかし、それ以上に驚いたのは彼だった。
姿を見られ、その目に明らかに驚きが見て取れた。
・・私の醜さに驚いている。やはり、彼女もアイツらと同じだった。
彼は長くぬめぬめした指を彼女の首に巻きつけ、徐々に締め付けた。
ロクサーヌは小さな叫び声を一つあげ、息絶えた。
・・・殺してしまった。
彼はロクサーヌを抱きかかえ泣き続け、緑の目は光を受け光り輝いた。
光は全世界を照らした。
議員達により天界を追い出されてうろつきまわっていた運命の神は驚いた。
なぜ、虚無の国に醜神がいるのだ?
醜神はこの世のあらゆる物の本来の姿を見抜く能力を備えている。
彼が天界にいれば改造人間ドモが議員として、はびこる事もなかっただろう。
天界の王の右腕、左腕になるはずの我々を追放したあいつら。
私をオオカミなんぞと合体させよったあいつら。
運命の神は彼にゆっくり近づいた。
彼はロクサーヌをとられまい、と必死にかばった。
「彼女をよこせ。とって喰ったりはしない。」
「殺してしまった・・。」
「ロクサーヌのことは任せろ。お前は私と共にこい。
ここにいるべき者ではない。共に戻ろう。」
しかし彼は首をふった。
「私はここしか知らない。もし、願いを聞いてもらえるのなら・・・。
もう一度この世界を暗闇にもどしてもらえないか?
たぶん・・・この世界の皆がそう願ってる。」
オオカミはそうしよう、と頷き、ロクサーヌを受け取った。
虚無の嫌な思い出にため息をつきながら後ろを振り返ると、ヴィゴは辛そうに座り込んでいた。
「オレさ。体力ないんだよ。・・・少し待ってほしい」
「よわっちいヤツだ。」
「アンタさぁ・・・名前がないと呼びにくいんだよな。ライドにしなよ。
オレの飼ってたモグラの名前だ。あんた、子供でもいるのか?子守唄歌ってさ。」
「子守唄?あの歌が?」
「そうだろ?子供に無事に育って欲しいって言葉があったよ。
オレ天界語なんてあんまり知らないけど、そこだけはわかった。ええと、こんな歌だったっけ」
ヴィゴは外れまくりの音程で歌い、ライドは「ひどいもんだ」と少し笑った。
「なあ、ヒドイもんだろ?ライド、歌ってくれよ」ライドはヴィゴの頭を少し叩くふりをし、先にたって歩き出した。
そしてキレイな声で歌ってくれた。
ヴィゴはついて行きながら、歌をまねる。
「ヒドイもんだ!」ライドがヴィゴに向かって叫んだ。
再び夜をむかえ、ヴィゴは疲れきり地面に大の字になって寝転がった。
「もう、一歩も歩けねえ。いっそのこと殺してくれ!」ライドが火を起こす。
「なあ、ライド。なんでそんなに深くフードかぶってんだよ。暑くねぇの?」
ヴィゴは肘を突きながらライドに聞いた。
「私は・・・。醜すぎるから。それが私の罪なのだ。」
「醜いのが罪?何だよそれ。失礼だな。
罪だなんてそんな事ネエよ。そりゃアンタに結婚は申し込まないけどさ。
オレには婚約者がいるんだ。
・・・っていたはずだったんだけど・・・。
ああ、思い出しちまった。」
ヴィゴは急に元気がなくなった。
「どうした?」ライドがヴィゴのパンを焼いてやりながら聞いた。
「・・・オレには恋人なんて持つ資格ないんだった。プリュキトスだし・・・それに、オレのセイで2度も命を落とさせてるから。」
「・・・明日には塔に着くだろう。もう、寝ろ。」ライドはヴィゴを改めて見つめた。
ライドは驚きパンを火の中に落とした。
火に照らされたヴィゴの顔はロクサーヌにそっくりだったのだ。
「おおう、もったいない。」ヴィゴはあわててパンを救出する。
「バイセン印のおいしいパンなんだ。」ヴィゴはパンについた煤を払いながらかぶりついた。
「貴方は・・・私の大事な人を思い出させる。」
「オレが?」ヴィゴはパンをかぶりながら聞いた。
「私はその人を殺してしまった。
罪は許されないだろう。」
「マジでか?やばいなアンタ。なんで殺しちまったんだ?」
「私を見て驚いたんだ。・・・彼女には受け入れて欲しかった。」
「なんで驚いたんだ?」
突然ライドはフードを脱いだ。
「・・・アンタ・・・シブいわ・・・緑のダースモールだ。」
ヴィゴはパンを取り落とし、感心してつぶやいた。
「昨日、私をみてもさほど驚かなかったな。
貴方、変わってる」
「オレはこの世で最悪の生き物だ。可奈子に言わせりゃプルルン金玉だ。
あんたなんてカワイイもんだよ。」
「もう、寝ろ。」ライドはヴィゴに背をむけ、寝転んだ。
「・・・オレが子守唄歌ってやろうか?」ヴィゴは淋しそうなライドの背中に話しかけた。
ライドは返事をしなかったがヴィゴは小さな声で歌い始めた。
シンとした夜にヴィゴの声は静かに響き渡った。音程はあやしかったが、ライドは久々にぐっすり眠れた。
天界への塔はそうとう古いものだった。
「崩れそうだな」ヴィゴは見上げて不安そうに言う。
「大丈夫だ。天界に来るべき運命のモノには塔はきちんとその役目を果たす」
ライドが言った。
「そうか。じゃあ、一気に上っちまおう。」
「私は・・・登れないかもしれん。私は虚無の国のモノ。塔が私を拒むだろう。」
「グズグズ言うな。行こう。」
ヴィゴはライドをせきたて塔に登り始めた。
塔、と言うよりも、切り立った崖といった方が正しいかもしれない。
ライドはビクビクしながらも、塔が自分を拒まないのを不思議そうな顔をしていた。
「なぜ?虚無の国のモノなのに?いいのか?私なんかが?」
「グズグズ言うなよ。あんた、実は虚無の国のモノじゃないんじゃないか?」
ライドは思い出していた。ロクサーヌを連れ去ったオオカミが言った事を。
(貴方はここにいるべき者ではない)
「そうかもしれない」
「なんだよ、自分のことじゃんか。たよりねえなぁ。」
ヴィゴは笑い出した。ライドも笑い出した。
「さっさと登っちまおう。塔の気が変わらないうちに!」
天界の海は荒れ、そして家は押し流されていた。
街の中心の塔は半分で折れ、下敷きになっている建物に天使達がむらがり、挟まってる者たちを助けている。
「ひでえなぁ。魔王の攻撃かな。ってオレが天界のいうコトなんか聞くなってけしかけちまったんだけどな・・・。
ナンマンダブ」ヴィゴは手を合わせる。
ヴィゴ達はあまりの高波におしながされそうになりヘブンハレブンに逃げ込んだ。
「なつかしい。オレ商店だ。」
そして水浸しの床に浮かんでいるヌーブラをライドに放ってよこした。
「アンタには想像もできないようなモンだ。」ヴィゴは自分の胸に当てて見せた。
ライドは目に当て、コレはいい、言っていた。
「コレは見たくないときにちょうどいい。
私は妙にその人の本来の姿を見てしまうクセがあるから。」
「へぇ〜。オレはどうなんだ?」
「・・・不思議な事に王の姿をしている。」
「・・・静香に言わせりゃエロ王国の王子だもんな。」
「冗談でそんな事は言わない。本当に見えるのだ。」
「マジで?オヤジ、ホントの事言ってたんだな。」
「そうだ。天界の王だ。」
「天界か・・・。もし、オレがマジで王さんなら・・・そうだな。幸せな国を目指すよ。
だいたいさ、天界の住人は自分達が天界にいること事態幸せなのに、少しでも規律に外れると悩むんだ。
自分たちの定規を勝手に作ってさ。それで一ミリでも間違ってると悩むんだ。
ばかだよ。
悪魔界は魔王がいじけてる。
自分がこの世で始めて誕生した汚物から生まれたっていつまでもすねてるんだ。
生まれなんてどうでもいいじゃん。
自分がうまく治められてないと思って天界の意見を聞きすぎるんだ。
魔王自身はそんなにヤナ奴じゃない。
天国、地獄でもけっきょく、そこを快適に過ごすのはソイツ自身の気の持ちようだよ。
アンタは虚無の生活を楽しんでたのか?」
「虚無には楽しいことなんて何もない」」
「大事な人がいたって言ってたじゃん?」
「・・・そうだな。私の人生で唯一楽しかったことだ。」
ヴィゴはその様子を満足げに見て、そして歯のマニキュアコーナーを見つけ駆け寄った。
「ココも崩れてる。ヒドイもんだ。
懐かしいな。たしか、この辺からアビリルが抜き取ってさ。」
ヴィゴはヌーブラまみれになってるライドを引っ張ってきて話をしはじめた。
「たしか、この辺だ。そんでさ、アビリルがオレの事をさ。
こんなに積み上げるなんてかっこいいわ〜素敵だわ〜って!
キッスまでしてくれたんだぞ。」
明らかにヴィゴの記憶は脚色されていた。
ヴィゴはライドを前に座らせ、静香がどんなに美人かを語ってきかせた。
「オレさ・・・。大好きなんだよな〜!」
ヴィゴはマニキュアを一つとり、ライドにほうってよこした。
「歯に塗るんだ。笑顔が引き立つよ。」
ヴィゴは歯をかちかちっと鳴らし、ライドはふん、と鼻をならした。
「オレは自分以外に大事な人が見つかるってのが一番幸せなことだと思うよ。
アンタはそれをクリアしてる。いい人生じゃんか。」
ライドはそうかもな、と微笑んだ。
ヘブンハレブンの辺りがさわがしくなる。
議員達が子供を探しに来たのだ。二人が外をそうろっと覗くと3人の白いローブのジジイ達が歩き回っていた。
しかし、子供は見つからず、議員達はイライラしていた。
「どこに行きやがった!殺してやる!」
「まあ、そう言うな。天界からは逃げられん。あのガキがホントにプリュキトスならいいのだが。腐れ神飼いを放棄させれば、我々の手に入る。神界のっとりも夢じゃない。」
「神界のっとり?なんじゃそりゃ?」ヴィゴは思わず叫んでしまった。
ヴィゴに気づいたジジイたちは急に言葉を改め、店の中に入ってきた。
「・・・どなた様ですか?」
「オレ?グリフの友達だよ。ええっと、違う。ラファエだ。ラファエがなんだかおかしな事になってんだろ?会いにきたんだよ」
(・・・まさか。コイツが?さっきのガキがプリュキトスじゃなかったのか。)
ヴィゴは身構えた。「ナンだよ、お前ら。」
「・・・貴方、もしや・・・。」そういうと、男たちは途端に態度を変えた。
「ラファエ様の恐ろしい記憶が天界をおおってしまいました。
もう天界はおしまいでございます。
指輪の持ち主ならラファエ様の苦しみを止められるはず。
彼を・・・探さなければ。」そしてヨヨヨっと泣き崩れた。
ライドはヴィゴに目配せをしたが、ヴィゴは泣き崩れたおじいちゃん達を慰めようとしゃがみこんだ。
「心配すんな。ジイちゃん。その為にきたんだ。
ラファエを呼ぶよ。そいで後は任せる。」
議員達は優しく微笑み、「ありがとう」と言った。
「お前ら・・・。」ライドが叫んだ。
「私には見える。あんたたちは神じゃない。
神と人間の改造人間だ。
私を虚無の国に堕としただろう?天界を手に入れるのに私が邪魔だったのだ!」
「コイツ、何を言っている?」
「・・・お前らは私に正体を見破られる事を恐れたんだ!
人間には絶対に知られてはならない知識をお前たちは与えた。
天界だけでなく、人間界まで手に入れるつもりなのか?」
「ライド?どうしたんだよ?血相変えて。」
「ヴィゴ、コイツらを信じるな。」
ヴィゴは爺さん達をながめた。
いかにも天界人らしくりっぱな人たちだった。
ライドは長旅のせいでマントはどろどろ、相変わらず緑色の顔をフードで覆い隠している。
見比べて、どっちを信用するかは考えるまでもなかった。
ヴィゴはあきれたようにライドに肩をすくめ、ライドに頬を思いっきり殴られた。
「痛ってえなぁ〜!ライド、てめえ、なんで殴るんだよ!」
「その方を殴るなぞ。なんと恐ろしい。見た目も恐ろしいが。そうだ、お前は悪魔だろう?」
「汚らわしい生き物め!!天界の空気を吸われるだけでも反吐が出そうだ。」
「ヴィゴ殿、そんな生き物は放って置いて私たちと共に参りましょう」
ヴィゴはためらった。
「汚らわしい生き物?ライドが?ヒドイ事言うな。お前らこそなんだよ?偉そうにすんな」
ライドは爺さん達に食って掛かろうとしたヴィゴを引き止めて続けた。
「お前らは自分達が選ばれた存在だと、信じ込んでいた。選ばれた私たちは、神として生きるべきじゃないか?と。
神と合体し、今の地位を得たのだ。
お前たちに材料となる神を3人用意した大ばか者は一体だれなんだ?」
「マジ?なんだよ、あんたら人間なのか?」
ソイツラは真っ白のローブを顔まで引きおろした。
「・・・クラックス団かよ。オレの質問に答えろ。」とヴィゴはつぶやく。
「つべこべ言うな。ラファエを呼ぶんだ。」
「うるせーよ。呼ばねーよ。」
「えらそうに。プリュキトスが。
・・・お前の心の怒りを引き出してやる。
怒りは腐れ神を呼び出させるだろう。」
男たちはヴィゴに魔法をかけた。
ヴィゴは目の前に突然現れた残酷な景色に叫び声をあげた。
燃え盛る火の中でバイセン村が焼き払われている。
セドリック、マルクス。昔からの仲間。
そして、なぜかロキ。藤原や可奈子。美紀まで。
バイセン村にいて逃げ場もなく、泣き叫んでいた。
「お前ら!早く逃げるんだ!!」
ヴィゴが助けに行こうとすると、建物は崩れ恐ろしい叫び声が響いた。
炎はヴィゴにまで迫り、自分の体が燃えていく。徐々に皮膚が真っ黒になっていった。
「うわっナンだよ。」
皮膚が崩れ落ちてもなぜか死ねない。
「助けてくれ!!」
気がつくと、ルーが女と抱きあっている。
その女は静香だった。
「お前ら、何してるんだよ。離れろ!!」
静香は幸せそうにルーを見上げていた。
「やめろ!離れろよ。」
ルーにつかみかかったヴィゴの手はボロボロとくずれてしまった。
「やめてくれ!!これは幻覚だ。本当のことじゃない。お前らの見せる幻だ。」
ヴィゴは叫んだ。
「幻覚じゃない。お前が望んだことだ。私達はお前の思いを映像にしただけだ。」
「・・・やめろ。」
「お前が生まれ育ち、いじめられた嫌な思い出のある、あの場所を焼き払いたかったんじゃないのか?」
「・・・やめろって言ってるんだ!
何を言わせたいんだ?
オレの心の闇を白状させたいのか?
ああ、オレだって色々考えるさ。
確かに眠れない夜なんか心の中でイロイロ想像するよ。でもな。現実にしたいわけじゃない。
てめえら、何してもいいのか?」
「まだまだ、怒りが足りんようだな。
では、この男。ライドの記憶を覗いてみるか?」
ヴィゴは顔を背けたが、議員達は髪の毛をつかみ、顔を上げさせた。
ライドは美紀にそっくりの女の首をしめ、じわじわと殺していた。
「美紀!」ヴィゴが思わず叫び、議員達はにやつく。
「美紀じゃない。あの女はお前の母親。ロクサーヌだ。
お前の母親を殺したのは、この男。
この気味のわるい青虫男だ。」
「・・・どういうコトだ?」
「この男は天界から堕ちて来たロクサーヌを虚無の国で弄び楽しんだ。
飽きて、殺したのだ。」
ヴィゴの頭は混乱した。
(大事な人を殺してしまった。)ライドはそういっていた。
まさか、オレの母親を?
「ライド?マジでか?オレの母親を?」
憎しみがヴィゴの心に溢れてきた。
アビリルを失った時の記憶、静香がバス事故に遭ったときの記憶。
体中の細胞に刻まれている憎しみが一気に目覚めた気がした。
ヴィゴの憎しみはラファエを呼んだ。
嵐は止まった。塔から溢れていた真っ黒の霧がヘブンハレブンになだれ込んだのだ。
真っ黒の霧が一塊に集まり、ヴィゴを取り囲みはじめた。
「おお、ラファエだ。そうだ、腐れ神よ。吸い取ってやれ!」
ヴィゴの中に真っ黒の霧が入り込む。
ラファエの記憶がヴィゴになだれ込んだ。
右腕、左腕となって支えてくれるはずの神が自分を見捨てた。
代わりに議員達が来てくれたから助かったものの。
魔王に天界を乗っ取られるところだったのだ。
それ以来、議員達に頭が上がらなくなり、いつしか実権は議員が握るようになっていた。
情けない王。
それは自分でもよくわかっていた。
唯一愛したロクサーヌはロキに奪われた。
私を愛してくれる者なぞいない。私は一人ぼっちだ。
・・・誰が信じる?天界の王が孤独なぞ。




