第一話
今日、新聞に「悪魔セールのお知らせ」が載っていた。
普通の人なら見落とすくらいの大きさ。自慢じゃないけど俺は注意深い方である。
新聞をすみからすみまで読むのだ。
近所のじいさんが死んだ広告からエッチな映画の題名まで。この広告をみたのは俺だけかもしれない。
・・・ラッキーなのか?
藤原は不思議におもったけど、店を覗いてみることにした。
そこは雑居ビルだった。近所でも有名な幽霊が出ると言う噂のビル。
バブルの時に立てられたのか、パンテノン神殿を思わせる(実際にはかなりかけ離れている)作りだった。
入り口には枯れ果てた噴水があり、大事なところが欠けた小便小僧が呆然と立ち尽くしている。
壁には古いチラシが乱雑にはられ、よく見るとフロアレディ募集。
時給850円。
(安すぎねぇ?)
年齢50歳位。
(これがまさかの悪魔の正体か??)
帰ろう、ばからしい。と思ったとき、地下からかわいい女の子が出てきた。小学生くらい。
お母さんと一緒に階段をのぼってくる。手には子犬くらいが入る段ボールを抱えていた。
「かわいがるのよ」とお母さんの声。
段ボールは何となくゆれている。
(おお、もしや悪魔。)
彼女を筆頭に何人かダンボールを抱え、地下から出てきた。
これはまずい、逃したか?
売り切れては大変と地下を駆け下りた。
入り口の枯れた観葉植物で迎えられ、床のチラシですべりそうになる。
エナメルのはげた汚いソファー。
不自然な舞台。
いかにも場末のストリップ劇場。
「あのうぅ・・・広告を見たんですけど・・悪魔をください」
藤原は店の奥に声をかけた。2000円しか持ってないけど・・・。
すると中から汚らしい男がでてきた。かなり太っている。
男はオデコをピシャッとたたき、「あいや!今売切れてしまった!」
・・・すぐ買いにくればよかった。後悔先に立たずだ。
残念。悪魔をひと目みたかったな。とりあえず床に落ちてたチラシをゲット。
肩を落として家路に着く途中さっきの女の子と母親に追いついた。
藤原はこっそり後をつけることにした。
女の子とお母さんは連れ立って家に入っていった。
そこはお金持ちィ〜な家だった。
とりあえず家を突き止めたのでいつか悪魔をひと目みるチャンスはあるだろう。
毎日学校の帰り、わざわざ遠回りしてその子の家の前を通ったりしたけどなにも変化なし。
その家はかわった様子もないけど、いつ見にいっても静かだった。
・・・むしろ静か過ぎる。
朝、夜みんなでご飯を食べる時間帯でも家に明かりもついてない。
金持ちは外食派なのかもしれないが。
最近帰りがおそいのでおかんがからかう。
「恋人でもできたんちゃう?」こういう時のおかんは最悪だ。少しでも聞き出そうとリンゴを剥いてくれたり、あれこれと手を尽くす。
うっとうしくなり藤原は部屋にこもった。
もう一度じっくりチラシを見てみる。
悪魔セールのお知らせ。
・生後一週間のスライム。水に触れると増えますので注意。
一緒の入浴はお控えください。
誰がスライムなんかと風呂にはいるかね?
・まだらたまご。
何が出てくるかわかりません。
ゾンビなら引き取ります。
ゾンビなんて絶対いやだね。うぇっ、最近しんだ近所のじいさんだったらどうしよう?
すると前回見逃した広告が目に飛び込んできた。
・生後一週間ドラゴン。
大型犬を飼ったことのある人なら大丈夫。
大きなラブラドール犬とお考え下さい。
ドラゴンだって!!そっか。ドラゴンは悪魔の乗り物だもんな。ドラゴン欲しいな〜。
欲しいな〜欲しいな〜欲しいな〜欲しいな〜欲しいな〜欲しいな〜欲しいな〜欲しいな〜
そっか!あの子はドラゴンを買ったんだ。一番乗りっぽかったもの。
大型犬を飼ったことのある人ならOK?
じゃあ、あの子の家は金持ち=大型犬も飼えるはず=ドラゴンも飼える!
・・・そんなバカな!!!大きなラブラドール犬のわけないだろ!
ドラゴンだぞ!!
藤原はだんだん心配になってきた。
あの家族食われてんじゃねえぇ?
この考えは恐ろしすぎて、吐き気がした。
とにかく明日、様子を見に行こう。その夜は悶々とねむれず、何か身を守るものを考えた。にんにくを持っていこうか、それとも十字架?
とんち勝負になったらどうしよう?
餅にいれて食わねばなるまい。
そのうちうとうと眠りについた。
次の日、藤原は手持ちの中で一番かっこいいTシャツとジーンズを着た。
おかんにデート?とおちょくられる。
デートなものか。息子がドラゴンに食われるかもしれないのに?
実は昨日親あてに簡単な遺言を書いておいたのだ。
ドラゴンを退治しにいきます。
もし帰ってこなかったら死んだとおもってあきらめてください。
そして例のチラシをホッチキスでとめた。
ああ、おかんよ。もし俺が死んだら本当にごめんな。
しおらしい気持ちでトーストをほうばり最後のカフェオレを飲んだ。
最後の晩餐にしてはわびしい。
そして戦地に赴く気持ちで家をあとにした。
昨日とはうって変わった曇り空で一雨来そうな感じだ。
相変わらず、今日も人気がない。
玄関のパンジーが水をやってないとみえて枯れている。
八人の小人が張り付いた笑顔で藤原を迎えた。
藤原は勇気を出してインターホンを押す。
ピンポーン。
「は〜い」
あれ?食われてるんじゃねえの?
ガチャっと扉が開き例の女の子が立っていた。
「荷物は?」
・・・・・。
「いやあ、そのお、あのう荷物はない・・・みたいですぅ・・・」
「やい、不審者め。みいこの家になんの用だ!」
藤原はしどろもどろで答えた。
「実はこの前悪魔のセールでお宅をお見かけしましてそのう・・・」
みいこはふぅとため息をついた。
なんだかんだいってみいこの奴は家族を呼ぶこともなく金切り声で近所に知らせるわけでもなかった。藤原は少し安心し帰ろうとおもったその時である。
見てしまった。
・・・見てはならぬものを。
みいこのスカートの影からなにやら蠢くものを。
ソイツは真っ黒のまんまるの目で藤原を見ていた。
かわいい・・・。あの目は子犬の目だ・・・。
下から見上げるあの目。グラビアアイドルがよく使うあの手法。
藤原は目が離せなくなった。
「中に入れ」
みいこが命令をくだす。はいはいと藤原は従ってしまった。
中は吹き抜けの天井。シャンデリアがきらめく。藤原はふかふかのスリッパに足をすべりこませ、みいこの後についていった。
ソイツはぴょこぴょことみいこの後を追う。
ぴょこぴょこはねるたび、前足がぶらぶら動く。カンガルーの子供くらいか。
皮膚はかぎりなくこげ茶だが、光にあたるときらきらし、深緑に輝く。
よく見ると細かいウロコになっていた。触ったらスベスベなんだろうな〜。
体のわりにしっぽはおおきくあつかいづらそうだ。
ソイツは振り返り、また例の目で藤原に微笑む。
か〜わ〜い〜い!!!藤原の顔は緩んだ。
みいこは言う。
「お前臭い。風呂にはいれ」
ぇえ?おとつい入ったぞ?臭いか?
しかし、金持ちの風呂に入ったことがないので、興味もある。
藤原は承諾した。風呂はさすがにすばらしい。
なにもかも新鮮で藤原は全く考えなしに風呂にはいった。
「ドラちゃん、晩御飯ちょっと待ってね、今、洗ってるから」こんな声が聞こえてきた。
・・・晩飯?オレ?
まずい、まずいぞ。よし、逃げよう。
その時天の助けが来た。もっとも藤原にとってだけど。
ピンポーン
「みいこ、いるんだろ。約束どおりお金もらいにきたんだけど〜。
ひとり100万くれるって本当だよね〜うそならただじゃおかないから!またいじめてあげるからね」
といいながら、がやがやと3人の行儀のとても良い女の子たちが入ってきた。
みいこはお金は用意できてない、ごめんなさいと言っていた。
カツアゲか!?ゆるせん!!100万だって?
カツアゲにも礼儀ってもんがあるんだよ。
500円だ、500円!!
自分の身の危険も忘れ、ガキ達に説教するためとびだしたのだ。
「カツアゲなんてくだらないことするな・・うぁ・・・・あ・・・・・・!!」
見てしまった・・・。
彼女らがあのドラゴンに頭から丸呑みされてる所を。
もう一人の女の子はもう腰がぬけてしまって、お母さん!と叫び続けている。
二人一度に飲み込むその姿はさっきのかわいい表現とは真逆。
そして、一気にのみこむや3人目も頭からガブリっといってしまった。
口から2本の足が突き出てるところなんて吐き気がしてきた。
藤原は泣いていた。俺もこうやって食べられるんだ・・・。こんなところで。
藤原が目をつぶり覚悟を決めていたとき、みいこが声をかけてきた。
ほら、その男も食え!!
やめてくれ、俺は何にもしてないぞ!!
願いは届かず藤原は頭から一気にのみこまれてしまった。
ああ、俺はもう死んでしまう、死ぬってこんな感じなのか?
この生暖かいねちょねちょした感じ・・・
母親の羊水に抱かれてるこの感じ・・・
なんかおかしいぞ?と思ってると途端に背中に痛みが走り、まぶしい世界に放り出された。
ものすごい顔でドラゴンが睨んでる・・・。
なぜ?俺、やっぱ、臭かった?
・・・助かったのか?俺。
みいこはおびえた顔で藤原を見ていた。
「どうしたの?ドラちゃん、コイツ食っていいのよ」
しかしドラゴンは藤原を睨みつけるだけだった。
その時、頭上からラッパの音と共に見てるだけで恥ずかしい天使のコスプレをした悪魔が舞い降りてきたのである。
体型は太ったパグを思わせ、顔は幼稚園の芋ほりでしか出くわさないいびつな形の芋に似ていた。
ソイツが純白の天使のコスプレをし、白いちっちゃい羽を羽ばたかせ、手のラッパを吹き鳴らし、こう言った。
「は〜い、ドラゴンさん。残念〜。「喰らうメイト」ですわぁ。
二丁目のロキさんもたった今、飼い主の山下はんに、藤原食って来いと命令されはったとこです」
なんだ?喰らうメイトって?それに俺は自慢じゃないが、いままで人を恨んでも、恨まれたことなんてないぞ?これは何かのまちがいか?
「なんです?喰らうメイトって・・・?」
今俺の第9感辺りが俺に教えている。
なんか知らないが、時間を稼ぐんだ!
相変わらずドラゴンはものすごい顔で藤原をにらんでる。
さっきまでのかわいらしさはどこへいったんだ?そういえばガキ三匹食ったあと、かなり大きくなったような・・・。
天使もどきはラッパの調子を見ながら答えた。
「悪魔法、第1192条。複数の飼い主が同時に同じ人間に食え命令したとき、食われる人間は悪魔を選ぶ権利を得る。
そいつが選べないときは、悪魔界にて裁判で決めるものとする。」
無理だ、絶対。コイツなら食われてもいいなんて思えるわけがない。
一体誰だ?俺を食らう命令出したのは?
そういえば、二丁目の山下って。
・・・あのクラスの?山下か??
なんでだ?俺に恨みでもあったんだろうか?
とにかく山下に会おう。
藤原はそう決心した。
「山下はんに会いまっか?ほな、ちょっと待っとって。話つけてきまっさかい。
せやけどロキさんいうたら、こわおまっせ。食われ甲斐もあるっちゅうもんだんな〜」
天使もどきはヒヒヒと笑いパタパタ羽を動かし、便所の窓から飛び立っていった。
どうしてくれるんだ!なんで食われなきゃいけない?この若さで!
藤原はみいこに詰め寄った。
「お前何したのかわかってるのか?こんなことになって。友達3人も食わせてその上この俺まで!!とにかく山下に聞いてみないと」藤原はそう言った。
その時小さいか細い声が聞こえてきた。
「頼むよぅ、助けてくれよ。ボク、裁判なんて絶対いやだよぅ・・・」
んん??
「お願いだよぅ、噛み砕いたりしないから、このボクに食べられてくれよぅ」
んんん???
まさか・・・。
振り返るとさっきのドラゴンがあのキラキラしたかわいい黒い目を涙でしばたかせ上目遣いに藤原を見上げた。
ドラゴンよ、お前、なぜしゃべれる??
しかしかわいい・・・。
いやっまただまされてはいかん!!
「ロキ様は一気に食べてくれないよ、片腕から、片足から順番に食べていくんだから。
それはもう3日くらいかけて」
それはいやだ!一気に飲み込まれるのもいやだけど、味わわれるなんてまっぴらだ!
とにかくあの天使もどき野郎が戻ってくるまでみいこの家で待つことにした。
勝手しらずの他人の家で冷蔵庫の中からビールを取り出し一気に飲んでむせこんだ。
こんな事、シラフで耐えられるか
「親はいつ帰ってくる?こんなところ見せられないだろう?」
みいこはもじもじしながら答えた。
「パパとママは出張でいないから・・・」
ああ、そうか。だから家がいつも暗かったのか。しかしこんなチビをおいて?
キッチンの床にコードレスが転がっていた。
なぜか110番の番号が押され、発信されることもなくそのままだった。
しかも床の上には玉ねぎだの、ピーマンだのが干からびて張り付いていた。
あんなチビが料理するか?第一キッチンに手が届かないはず。
両親は出張?おかしいなぁ・・・。
しかし藤原はもうそのことを深く考える余裕がなかった。
山下が本当に俺を喰らうメイトしたのか、なぜ?
ロキに会うのはこわかったけど、クラスメイトに裏切られた思いのほうが強かった。
一時間くらい座り込んでいただろうか?
ピンピンピンポーン
チャイムで気がついたときはもう辺りは暗かった。もしかしてみいこの家族が帰ってきたのか?
みいこはドラゴンにもたれ、放心している。
藤原は玄関へ急いだ。事情を話そう。しかし、玄関に立っていたのはみいこの家族ではなかった。
・・・これがロキ・・・。
見るものを圧倒させる存在感。
髪は美しい銀髪。うすむらさきの瞳。
背は高く筋肉がもりあがっている。
顔は猛々しく口元がせせらわらっている。
ウエスタンブーツに革ジャン。
かっこいい!!!!
ロキは藤原を見るとため息をついた。
「おい、ぼうず。とんだ災難だな。オレの飼い主がお前を食えっていうから。
オレを恨むなよ」
ロキの後ろから山下がのぞいている。
「とにかく、山下くんと話させてください」
「ああ、好きにしろ。オレはいつでもかまわない」
ロキは藤原の横をすりぬけ、みいこの家の中へはいっていった。
玄関で藤原は山下と二人っきりになった。
「山下、俺になんの恨みがある?」
山下は少し下を見てたが、ぽつぽつ話し始めた。
「・・・可奈子。・・・おれ、今日こくったんだけど。アイツ、お前のこと・・・」
可奈子?藤原の初恋の女性。でも小学校のころからずっと可奈子にいじめられてきたぞ?
これは何かの誤解だ。間違いだ。
「はっきりいってお前が目障りだ。
おれはロキを10歳のころから育て上げてきた。おれの命令なら何でも聞く。喰らうメイトなんて・・・はじめてだけど!」
山下がそう叫ぶようにいうと、藤原を睨みつけてきた。
10歳からロキを育てた?あの大きさにするのにどれくらいかかったんだろう・・・。
悪魔を買うような奴はやっぱり狂ってる。
中ではリビングのソファにロキがいた。
長い足を組み、(悪魔界では靴を脱ぐ習慣がないらしい。)ひじをもたせてリンゴを食っていた。
かなり離れた所にドラゴンとみいこが固まって隠れていた。
みいこは目を大きく開き、声も出ない様子だった。
「話はすんだのか?」足を組みなおしながら、ロキが言った。
藤原は答える気力もなく、かすかにうなずいた。
コイツは飼い主の言うことならなんでも聞くんだ。
かっこいいと思った俺がバカだった・・・。
その時、例の天使もどきが便所の窓からはいってきた。
心なしか、少し薄化粧してるように見える。
あれは口紅・・・。コイツ女だったのか?
天使もどきはちらちらロキの方を見ながら話し始めた。
「お顔あわせもおわったみたいですしぃ、藤原はん、どちらにしはりますぅ?
わてはロキさんの方が、(ちらっと流し目で見、ロキが咳き込んだ)いいと思うてますのんやけどぅう」
藤原はいままでの怒りがこみ上げてきた。手当たりしだいのものを皆になげつけた。
「お前たちは狂ってる!」叫び続けた。
ロキは藤原を肩にひょいと担いだ。
「離せ!!」と暴れたがロキの馬鹿力では動く事すら出来ない。
「少しは落ち着け。咽喉がかわいた。酒でも飲みながら話そう。ここには酒もない。」
ロキにどこに連れて行かれるのか不安だった。
外には家の中に入るか迷ってうろうろしてた山下がいた。
ロキが藤原を担いで出て行くのをみて、明らかに気を悪くしたみたいだった。
「おい、ロキ。藤原なんかどこつれていくんだ。
おれの援護をしろ。もう人間食わせてやらないぞ」
ロキは歩きながら振り返らず、バカにしたように背後の山下に手を振った。
「・・・降ろしてもらえませんか?もう暴れません・・・」
急に降ろされたのでしりもちをついた。
あいたたた・・・。
「質問して・・・いいですか・・・!」息も絶え絶えに叫んだ。
「ああ、なんだ?」
「どうして・・・他の人に見えないのに・・・俺にはあなたがみえるのですか?ドラゴンも!あのバカ天使も!!」
「それはこちらの意思だ。見させようと思うものには見えるようにできる。」
「・・・。それじゃあ、悪魔は人を喰わせるために飼うんですか?ひどいです。あんまりです。」
「そういうお前も悪魔飼いに少しでも興味を持ったんだろう?あんな小さな広告見て、本気で覗きに来るほどの馬鹿がいるとはな。本来はクレジットのブラックカードを持ってる奴等にしか宣伝しない事になってるはずなのに。このところ、不況だから一般にも知らせたんだろう。一般の馬鹿は来たら来たでストリップショーに出す事も出来るからな。」
あんなセール興味なんて持つんじゃなかった。
「ここで、なんか食おう」
そこにはこう書かれていた。
〜 BAR 飢えるカム 〜
ここにこんな店あったっけ?
店は薄暗く、目が慣れるまで、中の様子はわからなかった。
入ってカウンターに席を取る。
ロキは「いつものを頼む」といい、藤原にメニューを渡した。
「なんでも、食っていいぞ。最後の晩餐だ」
特別メニュー
うじむしのミルフィーユ ナメクジソース仕立て
・うじむしを腐った生肉で培養し、何層にも重ねた贅沢な一品。
(なお、生肉は00病院直送Ope後の医療廃棄物を用いております。)
ここまでメニューを読み、気分が悪くなった。
「俺、けっこうです・・・食べれる気分じゃない」
「そうか?」
ロキはなにやら、骨付き肉のようなものを骨ごと食べ始めた。
そのものすごい音は食われる時の恐怖を思い起こさせた。
藤原はますます気分が悪くなってきた。
いわゆるBARってやつに行った事はないが、これだけは断言できる。
普通のBARでは、こんな気味の悪いメニューがあるはずもないし、人間解体ショーのポスターなんてまず貼ってない。
バーテンは一つ目女で、(体のラインはとてもセクシーだった)、周りの客も化け物ぞろいだった。
肝心なところの包帯がほどけかけているミイラ男。狼男とドラキュラが仲良く話しこんでいる様子は怪物くんいらいの眺めだった。
店内に入ろうとして一つ目女に追い返され、「入れろ!!」とドアを蹴りまくっている人間の男。
たぶん普通のBARと間違って入ってきた酔っ払いだろう。
ケルベロスを従えた大男が、ロキに挨拶をした。
「よお、ロキ。探したぞ。この間、裁判でプリュキトスが見つかったらしく天界が探しまくってる。懸賞金が・・・」
・・・男はそこまで言いかけて、藤原の姿に気づき口をとざした。
プリュキトス?懸賞金?
大男は「とにかく悪魔界に戻る方法を考えてくれ。プリュキトスはわしらの取引に使えるかもしれん」と言った。
ロキは、今は込み入った話があるので席を外してほしい、と言った。大男は意地でも話しかけようとしたが、一つ目女が割り込んできた。「ロキ、馬鹿な人間男が入れろっ!!て騒ぐの。追い返して。」
ロキはビールを一気に飲み、玄関のドアで騒いでいる人間男を殴りつけに行った。
ロキがいなくなると大男はため息をつき、店の奥に帰っていった。近くにロキがいなくなり、大男もいなくなると、店の悪魔ドモが遠慮なく見てくる。藤原はイスに縮こまっていた。
突然、ロキが戻ってきた。なぜかあわてている。
「坊主、お前、悪魔界に逃げろ!今すぐ!」
「ぇええ?」藤原は耳を疑った。
「ガキのドラゴン、乗るにはいい大きさになっているだろう。うまく逃げろ。早く!」
ドラゴンと逃げろ?そんなことが可能なのか。
しかしここは早く出たほうがいい。そして可奈子に一目会いたい。
藤原はそれしか考えられなかった。
BARから出ると、救急車が止まり、犬が泣き喚き辺りは騒然となっていた。
キレイな女の人がおろおろしている。さっき殴られた男の彼女か。
ロキなんかに殴られたらひとたまりもないだろう。家に寄ろうか考えたが、親を巻き込みたくない。
じゃあ、可奈子は巻き込んでいいのか?
どうなんだ・・・?
そもそも可奈子が俺を好きと言ってくれたから山下が俺を食わせようと思ったハズだ。
可奈子はとっくに巻き込まれているはず。
一目だけ・・・。会いたい。
可奈子の家は近くだった。きれいなマンションで藤原の市営住宅とは大違いだった。
いきなり行くのも気がひけたのでまずTELしてみることにした。
「もしもし藤原?何何?どうしたの?」
「うん。・・・。今日山下君に聞いたんだけど・・・」
「あぁぁ〜今日は最悪だったよ。山下がつきあえってうるさくってさぁ〜」
えっ?
「ごめんね、勝手に名前出しちゃって。恨まれたでしょう」
藤原は呆然とした。
「今どこにいるの?」可奈子の澄んだ声が耳に響く。
「・・・家にいる」藤原はあせった。
まさか君のマンションの下まできてるとはいえない。
「どうしたの?やっぱなんかあった?」
「・・・なんでもない、声が聞きたかっただけ・・・さようなら」
「もしもし??もしもし??」
ホントかっこわるい。本気にするなんて。
可奈子みたいなかわいい子が俺の事なんて。
わかってたはずなのに・・・。
藤原は道端でワンワン泣いた。
どれくらいそうしてただろう。
外はもう真っ暗になっていた。
真っ黒の空に月が本当にキレイだった。
小雨も降っている。
泣きすぎてほてった顔に雨が心地よかった。
これでいい・・・。
もし本当に可奈子が俺の事を好きでいてくれたなら俺が失踪すれば悲しむところだった。
可奈子に悲しんでもらえないのは淋しかったが、仕方ない。
これで未練がなくなった。
みいことドラゴンのところへ行こう。
こうなると頼りはあのドラゴンだ。
しかしみいこを巻き込むわけにはいかない。
まだ、あんなチビだし、親だって心配するだろうから。
みいこの家は真っ暗だった。
藤原は電気をつけ、上がりこんでいった。
リビングでみいことドラゴンが真っ暗な中、身を寄せ合っていた。
「・・・おかえり」
「あぁ」
ドラゴンはまちがいなく大きくなっていた。女の子3人食ったんだもんな。
こんなになるまでみいこは何人食わせたんだろう?
「・・・どうしたの?なんだったの、アイツ何言ってたんだよぅ」
「逃げろって言ってた」
自分でも驚くくらい声が落ち着いていた。
「え?」
ドラゴンも首をかしげた。
「ドラゴンに乗って逃げ続けろ。そう言ってた」
「みいこもついて行く。ドラちゃんは私の友達だもの!」
「親が心配するぞ。遊びじゃないんだ。」
しかしみいこは家のなかを歩き回り、おやつ、ジュースなどをかき集めはじめた。
明らかに遠足気分じゃねえか!
みいこは大きなリュックを藤原にハイッと渡した。
「お前がもて」
・・・お前いうな・・・。
「親が心配するぞ、書置きしておけよ」
みいこは聞こえないふりをした。
藤原はそれを、別れのつらさをこらえてるゆえだと思った。
大きな間違いだったが・・・。
外に出ると雨は止み、空にはキレイな天の川が見えた。
可奈子と見ることができるのならどんなにすばらしかっただろう。
感傷に浸ってる場合ではない。
ロキがどんなやつであろうと、絶対逃げ切ってやる。
喰らうメイトが何かしらないがこんな馬鹿げたゲームに負けるわけにいかない。
藤原はそう決心した。
まず悪魔を売っていたあの親父に話をしなくてはいけない。
もう悪魔なぞ売るなと。