キュアスノーと化鳥
アズール地方。
凍てつくような寒さに、アゼルとディオは白い息を吐きながら身震いする。アゼルが呪文を唱えると、二人の身の回りに暖かな黄色い光が現れた。これでここを探索できるようになる。
「ヴォールク、キュアスノーが咲いておる場所はわかるか」
「ここから東だ。だが気をつけろ、あそこにはホワイトビーがいる」
「ホワイトビーって何?」
「鋭い毒針を持つ蜂だ。その毒は大きな化鳥さえも麻痺させる効果がある」
ディオは、寒さとは違う意味で身震いをした。その様子を見ていたヴォールクは、小さな声で、「オレたち人狼の食料でもあるがな」と呟いた。やり取りを見ていたアゼルは「ふぉっふぉ」と笑う。
「とにかくキュアスノーを探そうよ。何かあったらアゼルが守ってくれるでしょ」
その言葉にアゼルは一瞬眉を曇らした。その反応を不思議そうに思ったディオは首を傾げる。
アズール東部の洞窟。
魔法のせいか洞窟内だからかわからないが、心なしか外よりも暖かく感じる。杉玉ぐらいの大きさの水晶のような球体が、洞窟の天井にいくつかあった。
「あれがホワイトビーの巣だ。絶対に物音を立てるなよ」
「う、うん。この洞窟を抜けた先にキュアスノーがあるんだね」
「そうだ。あと少しだぞ」
その様子をアゼルは微笑ましそうに後ろで見守っていた。
――その時だった。
どこかで大きな雪崩が起こったらしい。「ゴゴォォオオ!」っという大きな音とともに、ホワイトビーの巣が数個地面へと落っこちてきた。中から、赤と白の縞模様が特徴のホワイトビーが数十匹出てきた。大きさは雀蜂ほどだ。
「アゼル、マホウで何とかできないの!?」
「さがっとれ!」
アゼルが呪文を唱える。すると、複数の火の玉がホワイトビー目掛けて飛んでいく。一通り燃やしたと思っていたが、残った物の一匹が、ディオのもとへと勢いよく飛んでいく。それをヴォールクは、爪で仕留めて、パクリと口にした。
「ありがとう! ヴォールク!」
「……助けたんじゃない。腹が減っただけだ」
そう言い捨てて、ヴォールクは、腰を抜かしたディオに背を向けた。
あとのホワイトビーはアゼルの魔法で何とかなった。そうしてしばらく歩き、アゼル一行は洞窟を無事に抜けることが出来たのである。
「キュアスノーはどこに咲いてるの? ここは行き止まりだよ」
アゼルたちが行き着いたのは、あたりに何も無い崖っぷちだった。
「足元を見てみろ」
ディオが、ヴォールクに言われたとおりにする。どうやらそれらしいものは崖伝いに生えているらしい。紫色の花に白色の葉をした花が沢山咲いているのを見つけた。
「あるのはわかるけど、これじゃ一本も取れないよ」
ディオは、アゼルのほうへと顔を向けた。ウインクをしながら「マホウの力がないとね」と言われ、アゼルは、「あまり老人を酷使するでないぞ」とため息をつく。
呪文を唱える。すると、キュアスノーが一輪だけ抜けて、アゼルの手元にやってきた。
「やったぁ! これであの子のお姉さんを助けられるね」
「余計な仕事だったがな」
「まぁ、細かいことは置いといて、あのシズメという娘の家へと向かうかの」
そんな会話をしていたら、洞窟の方から烏のような鳴き声が聞こえた。悲鳴のような大きな声だった。
「この泣き声、化鳥か」
ヴォールクが言う。アゼル一行が洞窟の中へ入ると、そこには3匹のホワイトビーに囲まれた化鳥がいた。どうやら毒針で刺されて動けないらしい。
「あの大きさだと、まだこどもみたいだな。群れから離れてここまで来てしまったんだろう。毒で死ぬことはないが、このままだと餓死する可能性があるぞ」
ヴォールクが冷静に言う。化鳥の大きさは羽を広げて1メートルぐらいで、苦しそうに目を閉じて地面に伏していた。その体は烏のように黒く、辺りには抜け落ちた羽が数枚散らばっている。
「ねぇアゼル、助けてあげようよ!」
「じゃから老人は酷使するなとあれほど……」
そう言いながら、アゼルは魔法でホワイトビーを焼き払い、化鳥の麻痺を解く呪文を唱えた。
「じゃあ、今度こそもう行くかの」
アゼルが言ったその時だった。化鳥が目を覚ましたのだ。
「……もしかして、襲ってきたりしないよね」
ディオは少し怯えて、アゼルとヴォールクの背後に駆け寄る。
すると、化鳥はどんどん小さくなって、艶やかなオウムのような姿となり、アゼル一行のもとへとちょこちょこ歩いてきた。
「え、何これ」
「エ、ナニコレ」
ディオが言った言葉を反復すると、化鳥はディオの肩へと乗った。猫のようにゴロゴロ鳴いている。どうやら懐いてしまったようだ。
「ついてくるつもりか」
ヴォールクが鬱陶しそうに言う。アゼルは、「お前と同じで、一人が寂しいのかも知れんぞ」と意地悪そうな笑みを浮かべながら言った。
「冗談はその容姿だけにしろ……」
ヴォールクはフードを深く被りなおした。
「では、キュアスノーも手に入ったことじゃし、ドルエンへと戻るかの」
アゼルはワープの魔法を使って、再びドルエンへと向かった。