少女は使徒?
朝。
アゼル一行は、バザールの賑わう声で目が覚めた。各々身支度をすると、宿を発つための手続きをするためにカウンターへと向かった。
「夜はよく眠れましたか」
昨日と同じ受付係が言った。腕には派手やかな装飾品が付けられている。
「あぁ、おかげさまでの」
アゼルはそう言うと、宿を出た。ディオとヴォールクもその後を追う。
すると、昨日の夜見かけた少女が息を鳴らして走っていく姿を見かけた。目で追いかけると、「薬屋」の看板が置いてある建物へと入っていく。
「急いでるみたいだね。誰か病人でもいるのかな?」
ディオが心配そうに言う。ヴォールクは「放っておけ」と言い捨てた。
「……では、使徒を探すかの」
三人は手の甲を合わせる。紋章が作用して先ほどの薬屋のほうへと光が指した。
「まさか、あの子が使徒なんじゃ……」
一行は、真相を確かめるべく薬屋へと向かった。
◇◆◇
「シルバーならあるわ。キュアスノーを売ってちょうだい」
薬屋には、店主と揉めている少女がいた。アゼルたちは、押しの弱そうな店主と押しの強そうな少女のやり取りをしばらく見てみることにする。
「あれはアズールにしか咲かない貴重な植物でね。残念だけど売れないんだ」
「じゃあ仕入れればいいじゃない」
「おいおいシズメちゃん。法律家の娘がそんなこと言っちゃあいけないよ。あれは絶滅危惧種だからむやみに採っちゃいけないんだよ」
店主は、和やかに言い返したが、少女が引くことはなかった。手のひら程の大きさの袋からシルバーをザラリと出して、店員に言う。
「これでもだめ?」
「いや、それはちょっと……」
目の前の銀貨を見て一瞬頬が緩むが、言葉を濁す店主。
「ねぇ。ヴォールクはアズール出身でしょ。キュアスノーって植物知ってるの?」
ディオが尋ねると、ヴォールクは軽く頷く。
「あれは目に効く薬草だ。特に貴重でもない。咲く場所が急な斜面ということを除けば」
「じゃあ、一つぐらい良いんじゃない」
ヴォールクがフードを少し上げてディオを睨みつけた。
「お前、助ける気か」
「だって、使徒かもしれないんだったら取っ掛かりが必要じゃない」
二人のやり取りを見ていたアゼルは「むぅ」と呟いて「とにかく話をしてみんか」と切り出した。
◇◆◇
「そこのお嬢さん。お困りのようじゃの」
「……誰」
少女は訝しげな顔で三人をじろじろと見やる。耳の変な老人とフードを深く被った小柄な人物、そして少年。改めてみると、ただの旅人のようには見えない。
「ワシはアゼル。わけあって旅をしておる。聞けばキュアスノーという植物が必要らしいの」
「そうよ。お姉ちゃんが病気で視力を失ってるの。昨日も家から抜け出してここに来たんだけど、追い返されちゃって」
それを聞いていた店主は困ったように、
「金はあっても逮捕されちゃあおしまいだ」
と呟いた。
「ならさ、僕たちが採ってきてあげる。僕たちはここの人間じゃないし」
「ほんとに……?」
少女は一瞬眉をひそめた。しかし、すぐ笑顔になってディオのほうへと歩み寄った。よく見ると童顔で手足の小さな可愛らしい姿をしている。
「私はシズメ。どうかお姉ちゃんを救ってね」
「う……うん。まかせてよ!」
ディオは少し照れながら、自分の頭に手をやった。ヴォールクは小さく舌打ちをしてフードを深く被りなおした。その様子にアゼルはため息をつきながら、少女に問う。
「死を感じたことはあるか」
「え、お姉ちゃんのこと?」
――反応は無かった。もしかしたら少女は使徒ではないのかもしれない。しかし、一度してしまった約束は果たさなければいけない。そういう雰囲気になる。
「嬉しいけど、どうやってアズールに? 馬車で行くには数十日かかるし、3人では危険な場所よ」
「大丈夫、アゼルはマホウっていう力を使って……! むぐっ」
アゼルは手でディオの口を封じた。そして、「あまり無闇に話すんじゃない」と囁いた。人間に、エルフや人狼の存在が露顕するといろいろと都合が悪い。ヴォールクはやれやれと軽くため息をついた。
「私の家はあそこよ。キュアスノーが手に入ったら持ってきてね」
シズメが指差した家はひときわ大きく、赤レンガが映える広い緑の庭があった。
「やっぱりお金持ちだったんだね」
ディオは納得したようにシズメを見る。すると、どこか浮かぬ顔をしていた。
「どうかした?」
「ううん、なんでもないわ。お願いね」
シズメはそう言うと家の中へと帰っていった。
「……それでは行くかの」
アゼル一行は、少し人から離れた場所で、ワープの魔法を使って、アズールへと向かった。